23.ティルナノーグ
ハルピュイア達も苦労してるようだ。
せめて食事面くらいはどうにかしてやるかと植物魔法を使うことにした。
「なんか食べたいものの種とか持ってる?増やしてやれるぞ」
ハルピュイア達に植物魔法の説明をする。
元になる植物の種と養分となる肉があれば大量に植物を育てられる。
これまでも小麦とかカボチャとか作ってきた、危ないけど便利な魔法だ。
「……ならばトウモロコシを増やしていただくことはできますか?」
「任せろ!」
するとしばしお待ちを、とハルピュイア達が席を立つ。
種を持って来るのかな?
養分はどうしよう、LV上げで倒した魔物を回収しておけば良かった。クローバーがあまりにも疲れてたから巨大馬の肉しか回収していない。サンドアングラーの肉は売り物だし。
などと考えていると神妙な顔をした数人のハルピュイア達がやってきて、その中のうら若い女性ハルピュイアが進み出た。
後ろには両親と思われる苦しみを堪えたような表情の壮年の男女。
ん?
何この雰囲気??
「一族の為でしたら悔いはありません。食物のために生贄が1体必要とのこと。どうかこの私を贄にしてください。願わくば、ハルピュイアの繁栄を……」
娘の涙を流す後ろの壮年の女性。
いや。
ちょっと待って。
「そういう話じゃねえ!!どこで間違って伝わった!?」
「いやラグナさんが1体分の肉を用意しろって言ったんじゃないですか。災厄の化身に肉を寄越せと言われたら生贄のことだと思いますって」
「そう受け取られるって気付いてたなら教えてくれよ!!?」
魔物の肉でいいんだよ、若い女を干からびさせて食う飯が上手いわけあるか!
「ヴァウ!」
そこにゲッカがやってきた。
さっきから姿を見ないなと思ったらワニかと勘違いする程の大トカゲを咥えて引きずっている。それを養分に使えってことね!
でかした最高。こういうのでいいんだよこういうので!
というわけで生贄になる筈のハルピュイアには丁重にお帰りいただいた。
生贄予定の女性と両親は無事を喜ぶ涙を流しながら帰って行く。
よかった。こっちが安堵したわ。
「そういえばサビトゥリア様は弱点が視えるそうですね」
クローバーが尋ねるとサビトゥリアがゆっくりと頷いた。
「うむ、その者が苦手とするものが視えますな」
苦手とするものか。
あって損しないスキルだな。
「ラグナさんに弱点ってあるんですか?」
「おっ俺の弱点聞いて叛逆かクローバー」
「ただの好奇心ですよ。何しても死ななそうですし」
失礼な。でも俺も気になるな、この体に弱点ってある?
弱点を知っておくことで対策とかとれるだろうし知っておくに越したことはない。
病み上がりに見てもらうのも悪いと思ったけれど、スキルの使用に負担はほとんどないらしい。
「そういうことなら、俺の弱点視てくれるか?」
「よろしいのですかな?」
「さぁこい!」
腕を広げて何でも受け入れるぜのポーズ。
サビトゥリアの目が青く光り――、目を光らせたまま、ゆっくり口を開いた。
「これは、何というべきか。魔人殿、あなたは……」
「何か分かったか?」
「……空っぽ。胸の奥に空洞が見える。魂がないというべきか。いや失礼、こうして話している以上魂が無い筈はないのですが」
サビトゥリアは首をゆっくりと振る。
「ワタシには貴殿の魂が視えぬ。視えぬ魂こそが、あなたの弱点なのでしょう」
◆
宝物を見つけよう。
自分だけの、誰も持っていない物が欲しい。
そんな夢を抱いて、故郷を飛び出した。
もう戻れるはずもない遠い故郷。
ハルピュイア達に別れを告げた日の夜。
もう眠る時間だったが風に当たりたくなってクローバーはテントの外に腰かけた。
落ちて来そうな大きな青い月。
夢を抱いて故郷を後にして初めて見た夜もこんな月をしていた。
世界は思っていたよりもずっと広くて残酷だと知らなかった頃、手を伸ばせばまるでこの世界が自分のものになったかのように思えたものだ。
世界にも未来にも憧憬の念を抱いていた幼い自分はもういない。
クローバーはユニークコアを取り出して月にかざす。
夜空に乳白色の結晶を掲げてみると、まるで夜空の一部を切り取ったかのように見えた。
暗い青の色彩を切り取るひとかけらの白は月の光を帯びてより輝く。
「そんなに夢中になってるとそいつもゲッカに食われるぞ」
背後から声をかけられる。
夢中になっていたので気付かなかったが突然声をかけられてもそれほど驚かなかった。
背後から突然声をかけられても驚かない、そんな自分に小さく驚いた。
「その時はそれで構いませんよ」
「意外だな。ユニークコアが欲しかったんじゃないのか?」
「コアではなく、誰も持ってない物が欲しいだけです。いや別の理由でコアは集めてますが……別にボクが持ってなくてもいいんです。正しく使ってくれるなら」
ラグナは首をかしげた。
ピンと来ないのだろう。ついこの間まで進化を知らなかった彼だ。
「正しく使うって?」
「亜人は進化します。進化して優れた個体が環境に適応し、その性質を継ぐ子を生む。進化すればより優れた種族になる。ボクは良い進化が見たいんです」
何も持たない種族は淘汰される。
けれど、進化して優れた存在になれたなら。
「もしかしたら異なる進化が、亜人の境遇を何か変えてくれるかもしれませんから」
クローバーは口を噤む。
こんなことを言いたいのではない。
その気持ちを隠すように話題を変えた。
「そんなことより、ラグナさんは寝ないんですか?サビトゥリア様が言っていた弱点のことを気にしているとか?」
「あれねー、やっぱ気になるよな」
「そうです?ラグナさんに弱点があるとしたら内側だってボクでも分かりますけれど」
ラグナが意外そうな顔をする。
この魔人は怖い顔をしながら意外ところころと表情を変える。
「魔人の力を持つにはあなたは優しすぎる」
魔人は呆けたような表情をして。
ああ、少し笑ったのかな。そう思うと大男は目の前にいて――、頭を撫でた。
「お前も俺を優しいって言うんだなぁ」
「な!なな、なんですか!?」
驚いたクローバーが体を固まらせる。
動かないのは驚いたから。
それに少しだけ気持ちよいと思ってしまったから。
決して、その手つきがあまりに優しくて、表情が穏やかだったからではないと自分に言い訳をする。
ラグナはクローバーを見ている。
なのにどうしてかは分からないがここではないどこかを見ているとなんとなく思った。
「サビトゥリアが言ってたのなんだっけ、理想郷みたいなの」
「ティルナノーグ、ですか?」
「そう、それだ。俺、創ってみようと思うんだ。永遠の命とは言わないけど、皆が安心して笑って住める場所」
隣人に厳しいこの世界。
どこにも居場所がないのなら、作ればいいと彼は笑う。
「またそんな……」
バカな話を、と言いかけた言葉は声にならずに口の中で消えた。
クローバーは否定できなかった。
皆が過ごせる世界。
幼いころの自分自身もそんなところを夢見たから。
それに。
見てみたいと思ってしまった。
この優しい災厄の化身、終末の王が作る楽園を。
「俺にはまだまだ知識が必要だ。クローバー、良ければ手伝ってくれないか。"ティルナノーグ"の出発を」