20.世界の裂け目
「ヴァウルル!!」
雄叫びをあげながらゲッカが進化した!
ころころしてかわいかった幼い狼は成長してそりゃもうカッコよく成長した。
体はスラリとして、手足は長くなって鬣や尾のフサフサ度が上がった。
大きくなったから小柄なクローバーくらいなら乗せて走れそう。
ゲッカのステータスを確認してみる。
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名前:ゲッカ
種族:荒野の若狼
LV:1
HP:389/389
MP:196/196
速度:230
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「LV下がってるんだけど?」
「進化したらそりゃ下がりますよ」
そういうものなんだ。
荒野の若狼って、まだ進化しそうな名前だね。
とりあえずモフろう、いっぱいモフろう!
「楽しむのもいいですが獲物の解体後でお願いします」
「ヴァウゥ」
そうだった。
いや、獲物が大きくてつい現実逃避をだね。
クローバーが持ってた大きめの肉切包丁でなんとか部位ごとに切り分ける。
心臓や、肝は小分けにせずまるっとそのままのサイズの方が価値が高いんだけど、大きめの収納魔法でもないと持って帰るの無理そうだな。
さて切り分けたことだし収納魔法に入れてもらうことにしよう。
あれ、どしたのクローバーなんか言いずらそうにして。
「収納はできるんですけども……思ったより大きくて。入るかなぁ」
収納魔法であるジッパーの入口に入るか心配のようだ。
え、ジッパー広げられない?
……押し込んでみるか!
「ひ!無理無理ムリです!そんなにおっきいの入りませんって!やさしく!やさしく!あっ入ってくる!うぐぅ!」
「まぎらわしい言い方をするんじゃない!」
頭を抱えて砂の上で転がるクローバーを横目に俺は収納魔法に肉を押し込む。
あとちょっと!あとちょっとで入りそう!
収納魔法は亜空間への扉を開く魔法で、亜空間は術者にとって物体のないもう1つの体。
さしずめ胃袋に大量にご飯詰め込んでるみたいなものかな。
いやこの場合口が小さいのに噛めない程の食べ物押し込んでるみたいな感じか。
頑張って欲しい、いつか来るであろう俺の快適なマイホームライフために!
「よーし、何とか入ったな!」
「ヴァウ!ヴァウ!!」
全部入れた頃にはクローバーはぐったりしてたけど。
よしよし頑張った。休憩しような、と思うと今度はゲッカが空に向かって吠える。
何事かと空を見上げれば崖上に人の姿が3つ。
「な、何しに来た!ここはぼくたちハルピュイアのなわばりだぞ!」
腕の代わりに翼の生えた鳥の亜人の子供、男の子2人と女の子1人達が空から俺たちを見下ろしている。
ハルピュイアの住処が近いのか。相手は子供だし警戒しなくてもいいな
「お前たちの住処か、邪魔した。用は済んだからそろそろ立ち去るよ」
「あっ!ま、待って!」
ん?どしたの。
「ぼくらのナワバリに入って、何もないのかよ!」
「何もないって?」
「つうこうぜい、とかそういうのを出せ!」
通行税かぁ。うーん、まぁ払ってもいいか。
無視してさっさと行きましょうって顔のクローバーにスイカを取り出すよう頼めば微妙な顔しながらスイカを出してくれた。
シエル山脈で作ったやつだけど、良いツヤ良い大きさのスイカだ。
「これでどうだ?」
「なにそのミドリのたま?」
スイカを知らないのか、仕方がない食べ方を教えてやろう。
「ほら、こうやって割って中の赤いところを食べるんだ」
俺が割ったスイカを渡すと少年たちはしばらく眺めていたが少年の1人が翼で掬っておそるおそる口に入れる。
「!」
ぱっと目を輝かせていた。
気に入ったようで2口、3口と食べていく。
「ちょっと!1人で食べるなんてずるい!」
「ばか、これはドクミ!いちばん大事な役だ!」
「ぼ、ぼくも食べる!」
「ケンカしないで食えよー」
いいことをしてしまったな。
それじゃ帰るかと踵を返せば少年達はスイカを抱えて慌てて追いかけてきた。
「こ、こんなもので!足りるわけないだろ!」
「そうよ!あなたたちの、サンドアングラーの肝くらい出してもらわないと!」
「は、はああああ!?ふ、ふざけないで下さい!今収納したばかりなのに!!」
心の底から信じられないと言わんばかりの声でクローバーが叫ぶ。
憤る気持ちは分かるけど怒るポイントはそこじゃない。
「と言っても俺たちもサンドアングラーが必要なんだよ」
「まって、お願い!それがいるんだよ!」
ハルピュイア達が俺たちの周りをバサバサと飛び回る。
「それがあれば先生の病気が治るんだよ」
「あんた達がやっつけるのを見たんだ。おねがい、おれたちにできることなんでもするから!」
なるほど、仲間の治療に必要なのか。
「心臓が悪い時は砂怪魚の心臓を、肝臓が悪い時は砂怪魚の肝臓を食べれば長寿が約束されているという言葉があるくらいサンドアングラーの肉は病に効果があると言われています」
不機嫌そうだけどクローバーが解説してくれた。こういうところ律儀だな。
「病気……そういうことなら、一部を分けてやる位ならいいか」
「ほんと!?」
「冗談でしょう!?」
ハルピュイアの喜びの声とクローバーの絶望を滲ませた声が同時に上がった。
「クローバー、今出せるか?」
クローバーが冷や汗を流しながら目を反らす。
肝、すなわち肝臓は大きな部位で心臓の数倍もある。
……うん、さっき無理やり詰め込んだやつだよな。
無理やり取り出すしかないかな?どうせ今じゃなくても売る時とかにいずれ取り出すことになるんだし。
「俺も引っ張ってやるから!」
「出す方が入れるより大変なんです!ボク今疲れてるので3日くらい休ませてください!」
「3日ってお前」
ゲッカが唸り出してクローバーがビクリと体を震わせる。
ゲッカはクローバーに遠慮がないから俺より乱暴に取り出しかねない。
「ま、ままままって!収納魔法のサイズはステータス依存なんです。LVを上げて能力が上がれば取りやすくなる、かも!」
「LVか……敵を倒せば上がるか?」
「魔物を倒す際にダメージを与えるなどして少しでも貢献すれば入ります」
「つまりクローバーが一撃入れたあとに倒せばいいのか」
クローバーのLVは14。
戦闘に参加していないから出会った時と変わっていない。まぁ俺は戦ってるのにLVが全然上がらなくて未だに1桁なんですけどね。
「いい機会だ。ハルピュイア3人組にも手伝ってもらおう」
「「「手伝う?」」」
ハルピュイア達が首をかしげる。
「魔物を空から探してくれ。協力してくれたら肝を分けてやろう」
「わかった!」
「そのくらいならできるわ!」
「で、見つけた魔物はクローバーがしばく」
ハルピュイアと対照的にクローバーが抗議の声をあげる。
「ボクに戦闘能力はないって言ったじゃないですか!」
「任せろ。完璧な方法を考えた」
「どうせ行き当たりばったりなんでしょう!」
失礼だな。見てろよ。
①クローバーをゲッカに乗せる。
②クローバーにリザードマンからもらった槍を持たせる。
完成!!!
「これでクローバーは中距離攻撃、そしてゲッカの機動力と戦闘力を兼ね備えた完璧な戦士となった」
「バッッカみたいにガバい作戦じゃないですか!!!!!」
「クローバーはとりあえず槍を魔物に当てるんだ。そしたらゲッカが倒すから!なっゲッカ!」
「ヴァウ!ヴァウヴァウ!」
ゲッカは任せろとその場で足踏みしてやる気満々だ。
1ダメージでもクローバーが与えればあとはゲッカが100ダメージ出して倒す。
これで2人に経験値がいくってわけよ。
「うわ、わわわ!」
ゲッカがはしゃいだことでゲッカの上に乗せたクローバーがバランスを崩す。
ゲッカとクローバーをロープで結んで落ちないように固定してあるから大丈夫だと思うけど。
ロープで結んでるのは安全対策であって決して逃走阻止のためじゃないよ。
「いやちょっと他の方法考えません?時間をくださいちゃんとした案を考えっあっ待って!きゃあ!」
しびれを切らしたゲッカが走り出す。
ゲッカもLV上げたいんだな。
「ゲッカ!ちゃんとクローバーが魔物に一撃入れるのを待ってから倒すんだぞ」
「ヴァウ!」
「ニャーーーー!!」
ゲッカ達は凄まじい速度で砂漠を駆けて行き、あっという間に見えなくなってしまった。
ハルピュイア達も慌てて翼をバサバサと羽ばたいて追いかけていく。
……まぁ、ゲッカに任せておけば大丈夫だろう。たぶん。