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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
2章 犬とネコとの冒険
26/163

16.女傑ラバルトゥ

「出ておいで、アタシの(しもべ)達!」


 ラバルトゥが両手を合わせると空間に文字のようなものが浮かび、発光しながら円状に広がり赤紫に怪しく輝いた。

 円状の文字から黒い魔物が現れる。


「蹴散らすぞゲッカ!」

「ヴァウウ!!」


 飛び掛かる前列の魔物の前脚を両手で受け止めてそのまま一本背負いで地面に叩きつけ、続いて突進してくる魔物がゲッカの炎の爪に焼かれて怯んだところをグーパンで粉砕だ。


「本当にデタラメな強さなのね。魔法を使えるのは1日1回だけって聞いたからヤるなら今かと思ったのに」


 ナチュラルに俺の魔法が1日1回しか使えないことがバレてるけどリザードマンに潜入していた時にどっかで聞いたのかもしれない。


「ヴァウア!」


 ゲッカがラバルトゥに向けて火球を飛ばすが羽で難なく弾かれる。

 その隙にタブレットで解析する。

-----------------

 名前:ラバルトゥ 

 種族:迷夢の悪魔

 LV:147

 HP:2816/2816

 MP:953/953

 速度:351

-----------------


「LV3桁!?」


 これまでのどの敵よりも高いステータスだ。

 こんなのリザードマン達を巻き込むわけにはいかないな。


「あら?アナタ」

「ヴァフ?」


 ラバルトゥがゲッカを愉快気に眺める。


「ゲッカちゃんだったかしら。ラグナちゃんに眷属にしてもらえないのね」

「ラグナちゃん!?」

「眷属にしてあげないの?」


 この見た目でちゃん付けされるの正直きついな。

 眷属といえば、地下迷宮の密林エリアでも聞いた言葉だ。階層ボスの虎と鷲がそれぞれ獣と鳥を眷属にしていたとエネルバ先生が言っていた。


「眷属ってシモベってことか?」

「少し違うわ。主従であり親子になるの。眷属は主の加護を受けてより強く美しく成長する。でも……」


 女は赤い目をすっと細めて口元を嗜虐的な笑みに歪める。


「魔人の眷属なんてなるものでもないか。200年前アナタは多くの眷属を作ったけれど大半が魔人の力を受け止められずに死んだもの」


 何それ危ない。

 一瞬やった方がいいものかと思ったけど却下却下。


「ましてやこんな赤ちゃんにとても耐えられるものじゃない。それこそ、身も心も捧げる程の信頼関係がなければ……ね!」

「ちっ!」


 悪意に体を突き刺されるような感覚に咄嗟に飛び退けば、俺が一瞬前までいた所に無数の黒いトゲが生えていた。

 ラバルトゥの伸びた影が鋭利な刃として実体化している。


「ヴァウゥウ!!」

「あら、怒ってるの?ウフフ、とてもかわいい。アタシが眷属にしたいくらい」


 ラバルトゥは宙で舞い始める。その姿はかつてどこかで見たバレエを彷彿とさせた。

 けれどもその足元に広がるのは白鳥の湖なんかではなく血に塗れた地獄だ。

 踊り子(プリマ)は優雅にくるりと回りながら残酷な事を言う。


「でも残念。アタシ眷属にするならネコか豚と決めてるの。クローバーちゃんだったかしら。アタシと同じ耳のあのコなら眷属にしても良いかもね。良い考えだわ、アタシ好みに仕立てるのとっても楽しそう」

「はぁ?おい、待てっ!」


 宙でふわりと跳ねたラバルトゥは自分が作った魔方陣の中へ飛び込む。

 バイバイ、と言葉を残してラバルトゥも姿を消した。


「ゲッカ、クローバーのとこ行くぞ!」


 だが残された魔方陣から魔物達が現れる。


「時間稼ぎのつもりか、どけぇ!」



 ◆



 クローバーはリザードマンの集落にいた。


 自分の倍近い身長があるリザードマンは歩いてるだけでも威圧を感じて落ち着かない。元より大勢の目線は苦手だ。


 リザードマン達は巨大な魔物が現れたと皆戦いに向かったけれど共に行く気にはなれなかった。自分には関係ないし、魔人からやってくれと頼まれたわけでもない。


 あの魔人も大概お人よしでノームやリザードマンの問題に首を突っ込んでは世話を焼いている。

 こんな山の問題無視をしてロス・ガザトニアに行っていれば今頃目的を果たして商人とどこで会おうかといった話をしていた筈だ。

 しかしそんなお人よしだからこそ荷物を盗んだ自分をこうして傍に置いているのだからクローバーはラグナを否定することはできなかった。

 

 お人よしの魔人はいずれ大陸を相手取ることになる。

 その時きっと自分は傍にいないだろう。

 彼の味方はいるだろうか。

 あの忠実な幼い狼ならば最後まで傍にいるかもしれない。


 しかしこの大陸の悪意が世界の仕組みに対して彼は優しすぎた。

 もし幼い狼が討たれ、あの魔人が1人になったら。やがて訪れる孤独が彼を圧倒すればどうなるのだろう。



 いずれにしても自分には関係のないこと。

 その頃には()()()()()()()()()()はず。



 クローバーは思考を切り上げて、――同時に(おぞ)ましい気配を感じ全身の毛を逆立てた。


 異様に静かな、時間に置き去りにされたかのような感覚。

 危機感の鋭さには自信があった。その危機感が全力でここから離れろと訴えている。


 反射的に唯一の出入り口に目を向ければそこには人影がひとつ。

 クローバーに似た耳、そして蝙蝠のような羽と獅子のような尾が生えた女だった。


(魔族?どうしてこんな所に!)


 頭の中でガンガンと警音が鳴る。

 この女はまずい、これまでに出会ったどの魔物や人間よりも危険だ。

 距離を取ろうと身を翻そうとするも女の影が自身の足に巻き付いて動けない。

 

「ウフフ、そんなに怖がらないで。アタシはラバルトゥ、アナタとお話をしに来たの。お茶はいかが?お菓子は好きかしら」


 ラバルトゥと名乗る女がゆっくりと、唇が触れそうな程まで距離を縮める。

 クローバーに抵抗の手段は残されておらず、ラバルトゥの顔を遠ざけようと手を伸ばせば手と胴が永遠の別れをすることになると直感が訴える。

 目を反らすことも許されず、そのまま見つめているとラバルトゥの赤い瞳に吸い込まれそうになった。


「あら、アナタよく見たらケットシーじゃないのね」

「……!」 


 心臓が自分の元を離れて別の生き物となったかのようだ。

 鼓動とはこんなに主張の強いものだっただろうか。動かない体と裏腹に心臓だけが何よりも激しく動く。


挿絵(By みてみん)


「破滅をもたらす子猫ちゃん、アナタはこちら側のコじゃない?」

「どういう、意味ですか」

「それはアナタが一番よく分かっているでしょう?」


 喋るな、何も話さない方がいい。

 怯えて声も出せない哀れな弱者であれと頭では分かっているのに自然と口が開いてしまっていた。首に触れたラバルトゥの手にゆっくりと力が込められる。


「あの魔人の傍にいたいのね。でもあの魔人もいずれあなたの破滅に押しつぶされる。なんて、それってアタシ好み。アタシ、アナタの破滅が欲しい」

「ウ、ぐッ、う……」


 喉が圧迫されて潰れた声が出て生理的な涙が流れる。

 苦しい、その一心で声にならない声を出そうとした時。



「ヴァルルッ!!!」

「!」


 窓から飛び込んできたのは魔人がいつも連れている狼だった。

 炎の不意打ちはラバルトゥの髪を掠める。


「無事かクローバー!」

「いいところだったのに。案外早かったのねラグナちゃん」


 ラバルトゥが離れた所にラグナが駆け込み、首を押さえて咳き込むクローバーを背にしてラバルトゥを睨みつける。


「ヤなヤツの邪魔ほど楽しいもんはねぇな!」

「ラグナちゃん、やっぱりアタシと一緒に来ない?アタシ達は非道だけど人間と違って裏切らないわ」

「うちのネコいじめる奴はお断りだバーカ!」

「残念。アナタの存在が戦の象徴となって、世界中がアナタを恐れ崇める。そんな愉しい時代が来るのに」 

「どいつもこいつも勘違いするからハッキリ言うけどな!俺は平和に暮らしてーんだよ!!」


 ラグナがギザギザの歯を剝き出し人差し指を思い切りラバルトゥに向けながら叫ぶ。ラバルトゥは呆気にとられ、それから表情から徐々に感情が消えうせた。

 高揚は急速に冷えて興味一切を失くしたものを見る目を向ける。

 

「なにそれ、つまらない」

「平凡な人生もいいもんだぜ」


 その時、複数の走る足音が聞こえて来た。

 異変を感じ取ったリザードマン達が向かって来る音で、ラバルトゥが耳をピクリと動かす。


「……潮時ね、無駄な時間過ごしちゃったわ。魔人ラグナ。その選択、いつかきっと後悔させてアゲル」

「待て!逃げる気か!」

「きっとまた相まみえるでしょう、我らが王が現れた時に」


 魔方陣を展開し、円に吸い込まれるようにしてラバルトゥが消えた。



「クソ、逃げられた!……クローバー無事か?」


 ラグナは傍で座り込んでるクローバーに手を貸す。

 しかしクローバーは手を受け取らずその大きな手を呆けたように眺めるばかりだった。ラグナは小さな手を掴む。

 優しく気遣うように体を起こされてようやくクローバーは我に還り、同時に大いに戸惑った。


「クローバー?」

「す、すみません。ボーっとしてて」

「いいさ。あんなやべぇのに会ったら仕方ない。少し休んどきな」


"ああなんて、それってとってもアタシ好み。アタシ、アナタの破滅が欲しいわ"


 魔族の言うことなど気にしてはいけない。

 クローバーはそう自身に言い聞かせるが、ラバルトゥの言葉が頭の裏にべっとりとこびりついて離れなかった。

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