14.六夜の洪水
着工して4日。
「準備はできたようだな」
しゃぐしゃぐ。
「魔人さま!全地点チェック終了しました!」
「魔人サマ、こちらも問題ありません」
「おう!」
しゃぐしゃぐしゃぐ。
ごくん。
うん、おいしかった。
昨日もエネルバ先生にもらった種を魔法で増やしたらスイカが獲れた。
水不足解消できたらスイカ割りしたいね。
さてとうとう魔法を使う日が来た。
俺たちがいるのは最初に作った一番高い所にあるダムだ。
今からここで災厄魔法で水を呼ぶ。
「皆よく頑張った!短期間でこれだけの工事ができたのはお前達の努力によるものだ!でもこれはスタートラインに過ぎない。お前達はこれから7日、水の災いと戦うことになる!」
なんかいい感じに号令をかけたり努力を労うべきだろう、ということで大声で演説をすればノームもリザードマンも真面目な顔で聞いている。
「7日間!戦い抜け!」
「「「「おーーー!!!」」」」
両種族、気合十分。ならこれ以上の言葉は要らない。
俺は災厄魔法を解放する。
「行くぞ!災厄魔法、"六夜の洪水"!!」
冷ややかな力が体から上半身へ、腕へ、掌へ流れて収束する。掌から青い光が零れて水流を纏ったバスケットボール程の蒼い水球へと形を変えた。
水球は俺の手を離れ、ふわりとダムに落下する。
僅か数秒、水球の周りを巡っていた小さな水が勢いを増してうねりはじめた。
「ほんとに水、水だ!」
水の量が少しずつ増え、やがて大きな水の流れへと姿を変える。
「勢いを増してますー!」
この山の民が渇望したこの水害と山の民は戦うことになる。
乾いた地面が喜ぶように水を吸ったのは最初だけで、飲み込みきれない水が溢れだす。
白く青い透き通った綺麗な水球はだんだん黒く濁り、水音も激しくなった。踊り狂う奔流は地面を抉って濁流へ変貌する。
水は生命の象徴であると同時に虐殺者だ。
地上全ての命を流し去った逸話はいくつもある。
「満水までどのくらいか計測しまス!」
水位が上がるペースを測ることで既に出来上がっている2つの貯水ダムにいつ水が到達するか、あといくつ貯水ダムが必要かを調べるようだ。
追加のダムが必要なのは間違いないと判断したようで、連絡係が急ぎ他の班への連絡に走り出した。
「このペースだと3日後に3つ全てのダムが満水になりまス」
紫のリザードマン、プレクシの報告だ。
長老の傍らにいた護衛のリザードマンだな。
追加のダムが完成するまで3つのダムでどれだけ耐えるかの勝負だな。
少しでもこのダムで時間稼ぎできるよう、俺もMPを使って水の流れを操作だ。
「ヴァウ!」
「ゲッカもお疲れ、長丁場だし無理するなよ」
ノームの足となって駆け回るゲッカもさすがに疲れたんじゃないかな?なんだか甘えたそうにしているから撫でてやる。
大変な時こそ休憩だいじ。
洪水との戦いは始まったばかりだ。
◆5日目、洪水から2日目
洪水の音は昼夜休むことなく山全体を包む。
寝ても覚めても水の音が耳から離れない。疲れが蓄積していくだろうがそうも言ってはいられない。
休息を取ったリザードマンの青年ウィトルは芋を平らげてから作業道具を手に取った。
睡眠と食事は絶対に確保しろというのが魔人ラグナの言いつけだ。
相手は災厄、神々がこの地を去ってから何度でも襲い掛かる現象だ。
いつだって唐突に現れて軽々に種族という種を摘み取っていく。
しかしこの山の民は手を取ることで災いを克服することを選んだ。
「ウィトル!3つ目の瓶がいっぱいになるのは明後日だったか!?」
「そう聞いているッ!それまでに造り上げるぞ!」
リザードマン達は朝から4つ目と5つ目のダムの工事に追われていた。
調査チームは最低限の人数を残して解体し工事を担う開削チームに合流するよう指示してある。
「このペースなら十分に間に合う、杜撰な仕事だけはするんじゃないぞッ!」
ウィトルはリザードマン次期長候補の青年だ。長になるにはリザードマンを束ねる実力と一族の命運を守る判断力が求められる。
そんな青年も小さな隣人と手を取り合う日が来るとは想像だにしていなかった。
「爆弾追加でもってきましたー!」
「助かるッ!」
「そこ置いておけ!こっちは危ねェから近寄るなよ」
作業員が慌ただしく行き交う。
災厄はまだ折り返し地点も過ぎていない。
◆6日目、洪水から3日目。
リザードマンやノームが交替で災厄に対抗していたが問題が発生する。
「水の量が増えてる?どういうことだー!」
「言ったとおり、1つ目のダムはもう満水で時間がないー!夕方までに爆弾三百個作るぞー!」
「なんでー!この爆弾の納品は明日って言ったのにー!」
「おれもさっき聞いたー!とにかく手を動かせー!」
予想よりも早い満水の訪れは現場の混乱を招く。
さらに悪い事は重なるもので、爆弾を運ぶべく薄暗い山道を駆けあがっていたリザードマン達が魔物に襲われた。
「止まれ!魔物だ!!」
「イワジゴクか?あいつらどうせ動かないだろほっとけ」
「違う、オークだ!オークが群れで来やがった!よりによって火のついた棍棒を持ってやがる!」
時間が惜しい時によりによってとリザードマンが歯噛みする。
しかしオークが持っている火に爆弾に引火すれば爆弾は届けられないし、それ以前にこれだけの火薬が山道の途中で爆発すれば大変なことになる。
「やるしかねぇ!暗くなる前に片付けるぞ!」
「なんとしてもオーク共を爆弾には近づけるなよ!」
◆
「っていうのがボクからの報告です」
「はー……」
クローバーの話に思わずため息が漏れる。
おっといけない、俺がげんなりしてちゃノームもリザードマン達も不安になる。
「このタイミングで魔物が沸いてくるとか」
「どうしますか?ラグナさんも手伝いに行きますか?」
俺が行けば魔物は早く片付くけど水の調整ができなくなる。
「水はこっちでどうにか遅らせるから魔物と作業に専念するよう伝えてもらえるか?」
「どうにかできるんですか?」
「俺は考えた!災厄には災厄をぶつける!」
「この忙しい時に何言ってるんです?」
俺は本気だぞ。
ちゃんと考えてあるんだから。
「とにかくみんなに伝えてくれ。それから」
一番大事なことを伝える。
「いつでも戦える準備もするよう言っといてくれ」
そのまま伝えますね、そう言って山を下りていくクローバーを見送った。
「なんか悪意を感じるんだよな」
「ヴァウ」
「ん?この忙しいタイミングでご丁寧に火を持った魔物が来たり、キナくさいと思ってな」
水の災厄から4日目、俺たちは正念場を迎えることになる。