12.シエル山脈の大工事
◆
空は黄昏れ時。
山の中腹に俺は座っている。
そんな俺の前ではリザードマン達がロープで長さを測っては難しそうな顔をしてるしノーム達も定規とコンパスを混ぜ合わせたようなものを持ち出して唸っていた。
俺は何もしてない。
リザードマンとノームの間でトラブルがあるかもしれないので近くで待機してるけど本当に何も起こらない。こいつら意外と仕事の相性いいのかもしれない。
そろそろ陽が暮れるので今日最後の仕事をしよう。
「そろそろ日が暮れる。集合!集合!!」
声をかければ俺の前にノームとリザードマン達が並んだ。
3メートル前後のリザードマンと20センチのノームの身長差ものすごい。
「各チームの班長、報告頼むぞ!」
「採取チーム、爆裂花を採取中ー。採取した花は制作班へ届けてましたー!」
ノームのマジョリが元気に答える。よし順調。
「計算チーム、最初の瓶制作に必要な火薬量の計算を終えましたー!各チームに共有してますー!」
報告者はゲルニカ。OK、明日も頼むぞ。
「爆弾制作チーム、作業中ー!第1ダム分は徹夜してでも明日までに用意するぞー!」
こっちはサレ。危ない作業だから気をつけてね、それと徹夜はしないでいいよ。
無理せず……えっ1日でも早く水を解決するためにやらせてくれ?
俺はサビ残許すまじ主義だけど一族の命がかかってる以上強くは止められない。ほどほどにね。
「調査チーム、本日第2、第3の瓶の位置を決定しましたッ!」
黒リザードマンのウィトルの報告。いい感じだ。
「開削チーム、爆弾制作チームから譲り受けた試験用爆薬を使い破壊範囲の検証を終えました。明日早速第1瓶の工事に入ります」
仕事が速いな、こっちも順調だね。
「水路チーム、調査班から共有された第2地点の水路工事に入りました。明日朝までに終わらせます」
あ、報告者の後ろに尻尾のない個体がいるけどお前はここの担当か。
明日朝までってお前らも徹夜かよ。
1日でも早い水と一族の安全のため?分かった分かった、止めないから。
「よーしよしよし、本日の業務終了!作業の報酬を用意したから受け取れ。クローバー!」
「はいはい」
クローバーの収納魔法から大量の袋が出て来てドサドサと積まれていく。
「宙から袋が!?」
「食料だ!こんなにあるぞ!」
わッとリザードマンとノーム達が袋に群がる。
「報酬は現物支給で食料だ。そこにあるのはリザードマンの分だから持っていくように。ノームには重いだろうからクローバーにノームの洞窟まで運ばせる」
袋の中身は中身は大量のジャガイモ。
水不足は即ち食糧不足、食べなければ力は出ない。
睡眠と食事はしっかり取る、魔人との約束だ。
「新鮮なイモが食べれるたぁありがたい。明日も頑張ります」
「おう。気を付けて帰れよ」
「ではまた明日!」
芋の入った袋を抱えてリザードマン達が次々帰っていく。
「リザードマンとノームの間でトラブルがあると思いましたが杞憂でしたね」
「カッカッカ、いいことだ」
俺たちも戻ろう。昨日と同じくノームの洞窟を借りて眠らせてもらう予定だ。
「ゲルニカ、サレ。洞窟に戻るなら連れて行くけどどうする?」
「是非お願いしますー!」
「よっし俺の手に乗れ。それじゃ帰るぞクローバー」
「今行きます」
俺たちの下る山道を朱色の夕陽が照らしている。
今さらだけど、異世界にも地球と同じように太陽があるんだな。
ゆっくり歩くことで見えてくるものだってあるもんだ。
クローバーの歩幅に合わせて山道を下る。
と。
こんな感じで驚くくらい初日は順調だった。
というわけでノームとリザードマン共同工事をすることになりました。
なんでこんなことになったかと言えば話は前々日まで遡る。
◇
「水を呼ぶだと?可能なのか、そんなことが……」
「できるけど問題があって」
「続けて下され」
サイプレアに続きを促される。
このまま雨が降らなければリザードマンの存亡は絶望的だし藁にも縋る気分だろう。
「魔法で水を呼べるけど制御不可の災厄でもあってな、一度呼べば一週間水が溢れ続ける。何の対策もせずに魔法を使えばこの里ごと流されるかもしれない」
これまでの災厄を考ればそのくらいの威力はあるだろう、多分。
「だから大量の水を受け止められるダムをいくつか作ろうと思ってる」
「だむ、とは?」
ダムって言葉はこの世界にはないっぽいな。
「大量の水を受け止める自然の瓶だと思ってくれればいい。ノームの爆弾で山を削り、リザードマンが瓶を作るイメージなんだけど、できるか?」
「それは可能だが……」
「我々も無論、できますが……」
エアルスとサイプレアが言いよどむ。
生きるためとはいえ奪った者奪われた者。
一度振り上げた拳は重くて簡単に降ろせないし、奪われた者の痛みは奪った者の想像以上。
それでもどちらが欠けてもこの工事は成り立たないし乗り越えなければ進めない。
「無理にとは言わない。アンタらのどっちかでも首を横に振ればこの話は終わりだ」
と言っても答えは出ているはず。
先に意思を固めたのはエアルスだった。
「我々は提案を受け入れよう。……手を取ることが我々が生きていく唯一の方法であれば断る理由などあるはずもない」
エアルスの決定にサイプレアもゆっくりと頷く。
「我々としても断る理由がありません。水を御してみせましょうとも」
水に流して無かったことにはできないけれど、互いに生きていくために手を取り合って進むことはできる。
両種族の長が手をとる。
大きな手と小さな手、本来手を取り合うこともないはずの手が触れあった瞬間だった。
それからはサイプレアがリザードマン全員を呼んで改めて説明。
ちょっとした反発はあったけど最終的に全員が工事に賛成した。
工事計画については俺が最初に雑に考えた、"最初に数個ほどダムを作ってから魔法を使用して、水の勢いを見て追加で必要分のダムを作ろう"案が採用された。
「本当に雑ですね」
「ヴァウゥ(いきあたりばったり)」
「うるせー!分かってんだよンな事!」
水がどれだけ出てくるか魔法を使うまで分からないし仕方ないじゃん?
ダム作りすぎるにしても時間はかかるし。
だから様子を見ながら調整ができるこの案で決行することになった。
ノームとリザードマンがイケるって言ってるからなんとかなるだろう、たぶん。
ダム作れそうな場所の候補も多めに出しておくって言ってるし。
とりあえず最初に3つ作り、あとは様子を見て追加だ。
決まった後はびっくりするほどトントン拍子に進んだ。
工事に必要なのはやはり爆弾。
ダイナマイトの発明は山の開拓効率を飛躍的に向上させたと言うけれど本当にその通りでノーム達がガンガン山を削る。その後の力仕事であるダム作りはリザードマンの出番だ。
異なる種族の共同作業だから、1日の終わりに俺にそれぞれの作業内容を報告してもらうことにした。こうすることでノームとリザードマンもお互いがどんなことをしてるか分かるし、あと俺たちも現状を把握できる。
ノーム達は爆弾制作、材料収集、必要火薬量算出するチーム、リザードマン達は現地調査、開削、水路作り、大きく分けて6つのチームが組まれてそれぞれが働き出した。
「困った。俺のすることがない」
「いいじゃないですか楽で」
そりゃそそうだけど皆が働いてるのにボーっとしてるのはなんだかな。
ちなみにクローバーはこの世界の知識が足りない俺のサポートってことで俺の傍にいるんだけど、俺に仕事がないのにサポート係に仕事があるはずもなく暇してる。
ゲッカは山の移動が厳しいノームの足としてノームを乗せて駆け回ってるから忙しいんだけど。
あまりにもすることがないので食料を確保することにした。
リザードマンの主食の種芋を1つ分けてもらい、クローバーに収納してもらった猪の肉を取り出して準備完了。猪肉を養分に世界樹の繁栄を発動させる。
オオアリジゴクはでかかったからめちゃくちゃに育ったけど、猪は遥かに小さいし苺の時のようにはならないだろう。
その結果、被害が大きくなることも量が少なすぎることもなく、芋がいい感じに獲れた。
いやはや、植物の魔法があれば食糧難知らずだな。
その後は俺が力で芋を収穫してクローバーが片っ端から袋に詰める作業だった。
「クローバー、頑張ったよな俺たち。芋の収穫と袋詰め」
「頑張りましたね……ボクしばらく芋触りたくないです」
「ヴァウ?」
ゲッカ、夕飯は芋だぞ。
めちゃくちゃいっぱい出来ちゃったから食べてくれ。1人ノルマ4コね。
俺たちの初日の仕事は芋の収穫と袋詰めだった。
各メンバーの仕事内容。
◆ノーム
爆裂花採取チーム:爆弾の材料集め。リーダーはマジョリ。
計算チーム:開削チームと連携して現地で火薬が必要な量を計算。リーダーはゲルニカ。
爆弾制作チーム:採取チームが集めた花を洞窟内で爆弾に加工。リーダーはサレ。
◆リザードマン
ダム調査チーム:広さや土質を調査してダムの場所決め。リーダーはウィトル。
開削チーム:ダムを作るチーム。ノームの計算チームと連携。ラグナに最初に攻撃した個体が所属。
水路チーム:ダムを作っても川がちゃんと流れるよう工事。川の堰き止めも元通りにした。
その他、両種族に食事の用意したり雑務したりする人がいろいろ。
◆魔人達
ゲッカ:ノームのタクシー兼、魔物絶対討伐するマン。
ラグナ:芋詰めと収穫
クローバー:芋詰め。