10.差し出された手
「水が奪われた?」
「ここ数年最近雨が非常に少なく、作物が育たないのだ」
雨が降らないというシンプルに深刻な問題だった。
「確かに近年大陸全体で降雨量が減ってます。何者かが雨を奪ったのではと言われてますが」
「シエル山脈は元は水が豊かであった。山頂から流れる川は中腹で東と西に分かれ、我々は東の川で生活していた。だが水が減ったことで西に住むリザードマン達が東側に水が流れないようにしたのだ」
我田引水の切羽詰まったバージョンってとこかな。
本来なら争いになってもおかしくない出来事だけどノームのサイズじゃ戦いとかできなさそうだし。
「水なら俺の魔法で何とかできるかな?」
さっき倒したオオイワジゴクが持っていた魔片でスキルポイントが1増えた。
いかにもおあつらえ向きの属性がある。
「ほ、本当に?」
エアルスの傍らの女性のノームが縋るような声を出す。
そんな顔を見ればどうにかしてやりたくなるじゃん。
「どのみち何かするにしても明日だな。今日のうちに確認しておくから明日改めて話そう」
「待たれよ、あなたの名は?」
「ああ、そうか」
ゲッカとクローバーがあっと声をあげる。
「ラグナだ、よろしくな!」
「ラグナか。ラグ、え……」
「「「災厄の化身!?」」」
「泣く子も黙り、泣かせた女は数知れずー!」
「Sランクモンスターすらひと睨みでひれ伏して!」
「溶岩の風呂で身を清めた逸話がある!」
「巨人との戦いで手刀で心臓を貫きそのままえぐって食べたというあの災厄の化身ーー!?」
ノーム達が畏怖に満ちた表情を向けてくるけど何だそれ。
お風呂は42℃がいいですね。
つか200年前の俺そんなことやってたの?さすがに尾ひれついてるよね?
◆
一晩ノームの住処を借りることになった。
火気厳禁らしいので火は封印して魚の燻製の残りと摘んでおいた苺の残りが夕飯だ。
食料にも困ってるって言うから苺をいくつか分けてやると総出で感謝の舞を始めた。かわいいけどちょっと食べづらいから早く持ってってお食べ。
体が小さいノームにとってはイチゴでもそれなりの量になるだろう。
「ノームは小さな洞穴で生活してるんだな」
「広い所だと大きな魔物におそわれますから、壁の中なら大きな魔物は追ってきませんー!」
「小さい体でよく掘れたなぁ」
ノームのマジョリが教えてくれる。
「爆裂花を加工して爆弾で穴を掘ってますー!」
爆裂花はさっき言ってた火で爆発する花か。
「すごいけど危なくない?」
「爆弾を作らせれば我々の右に出る者はいないですともー!爆弾を撃ち出す大砲だって持ってますー」
爆弾職人なんだな。
ん?それなら。
「俺たちを捕まえた時に楊枝……ゴホン、剣より爆弾使って脅した方が良かったんじゃないか?」
「洞窟内で使うのは危じゃないですかー。それに生き物に使うのは最後の手段ですー」
もっともなご意見だな。
マジョリが住処に戻った後タブレットを取り出す。
暗くなる前に一仕事。
「魔法を覚えるぞ!」
水不足を解消するならやっぱ水の魔法。
どうせMPバカ食いする水の魔法を覚えるだろうから開き直って災厄を利用してやろう。
「いくぜタブレット!俺はスキルポイントを水に振る!」
「1つ気になってたんですけれどもいいですか?」
タブレットを掲げた瞬間クローバーに話の腰を折られてしまった。
「なんだよいいとこなのに」
「ヴァウー」
クローバーから横槍をいれられて思わず唇が尖る。
ほらゲッカも不満そうじゃん?
「そのタブレットという板でラグナさんは解析したり魔法を覚えられるんですよね」
「おう!」
「どうしていちいちタブレットを掲げたり無駄な動きをするんですか?」
ふむ。
どうやら俺が声高々に"スキルポイントを振る!!"と宣言してるのが気になるようだ。
確かに画面に触れれば操作できるから宣言は必要はない。
だが重要なことを失念しているぞ、クローバー。
「俺の気分が上がるから!!」
クローバーの頭に大きなハテナが浮かぶ。
分からないかなぁ。
「新しいことができるんだ、テンションだって上がるだろ!」
「元々使えていたものを覚え直すだけでしょう?」
「だーかーらー、俺には前のラグナの記憶がないんだって。全部知らない魔法だから、覚えるたびにどんな魔法かなってワクワクするんだ」
俺は思う。
達人が磨いた技を出す時に叫ぶのは、魔法使いが修得した魔法を声高々に叫ぶのは!
かっこいいからに他ならないと!!!
いやこの世界の達人とか魔法使いとか会ったことないけども。
「技は知りませんが、魔法は術式を頭の中で組み声をトリガーにして発動します。だから何言っても発動しますよ。それこそ"えい"とか"やぁ"でも」
「あ、そうなんだ」
「魔法を使用する際に魔法名を叫ぶのは声が発動のトリガーであると同時に、味方に使用する魔法の伝達を同時に行えるからです。効率重視ですね」
「カーーーーッ!ロマンもへったくれもないやつだなー!」
聞かなきゃよかった!
いや知ってた方が良いことだけど。
技名叫ぶのは合理的だからか。そういえばクローバーも収納魔法を使う時は"出てこい"て言ってたな。分かりやすいけど味気ないなぁ。
クローバーが魔法を使う頻度は俺より遥かに多い。
飯で食器を出す時、寝る前テントを出す時、必要な時はその都度使う。
言う機会が多いのに"出てこい"て。
機会が多いのに地味な発動って勿体なくない?
"スタンバイ"とか"アブラカダブラ"とかどう?
俺は魔法使時はわりと気持ちよく嘘つきの炎とか叫んだぞ!
使った後火の海になって愕然としたけど。
「クローバー!俺から1つ提案があるんだが」
「お断りします」
「まだ何も言ってない!!」
カッコイイ技名つけてあげようと思ったのに!
ゲッカはどう思う?
「ヴァウ!ヴァヴァヴァウ!ヴァーーー!!!」
多分カッコイイ技名を吠えながら炎を爪に纏わせ、回転しながら切り付ける!……ような動きをした。炎が螺旋を描くのはとってもカッコイイ!!
「見たかクローバー!カッコイイっていいことだろ!」
「ノーム達に火気厳禁と言われたでしょう」
正論パンチを受けてゲッカが耳を垂らして分かりやすく落ち込んだ。
……俺も水魔法修得するか。
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六夜の洪水 天属性 MP325
7日続く洪水を引き起こす災厄魔法。
MPを追加で使用することで水の流れを操作できる。
◆追加効果◆
追加MP15:水が流れる方向を変える
追加MP30:水を逆流させる
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そして覚えた魔法がこちらです。
相変わらずMP持ってくのはいいとしよう。
でも7日って何日だよ。
いや7日だけど。
「どうしたんですか渋い顔して」
「いや、この魔法危ない気しかしなくて」
「何を今さら。ボクが知る限りあなたの魔法で危なくないモノなんて1つたりともありませんよ」
火の海、隕石、大地震、暴走植物。これまでの災厄魔法のパターンを考えると水属性で何が起こるか大体絞れるじゃん。
で、来たのは洪水だ。案の定って感じの結果を突き付けられた。
こんな魔法ホントこんな状況でもなければ絶対使わない自信あるんだけどね。でも水は水だ。
「2人とも、水不足なんとかできるかもしれないぞ」
ゲッカがヴァ!と元気に返事をするけどクローバーはなんとも言えない顔をしている。
「1日1回しか使えない魔法をノーム達のために使うんですか?」
「いいじゃん減るもんじゃないし」
「減りますよMPが」
そりゃそうだけど寝れば回復するし。
風竜に襲われた時MP切れで何もできなかったから心配なのかもな。
「ノームから見れば水を止めたリザードマンは許せないでしょうけど、リザードマンが悪いとは思えません。水が無いのはどちらも同じ、彼らは自分達が生き残るためにノームを蹴落としただけです」
確かにタイミング的に困らせたくてやったわけではないだろう。
「誰が悪いわけでもないのに、どうして得もしないのに助けるんですか?」
「助けた方が俺がスッキリするからな。助けられるなら手を差し伸べるのも悪くないだろ」
「手を差し伸べる、恵まれた側の言葉です」
クローバーはそう言って顔を背ける。
「でも手を差し出されるだけいいのかもしれません。ボクに関わろうとした人は……」
「おりゃーーー!!!」
「ひゃあぁ!?」
ガバッと小柄な肩を引き寄せ流れるように手を掴めばクローバーは変な声をあげた。
「カカカ!隙だらけなんだよ。お前の手なんて簡単に取れるわ」
「そういう物理的な話をしてるんじゃありません。ちょ、ちょっと、放してっ!」
ブンブン腕を振ってるけどその程度で俺の手を振りほどけるわけもない。
「世界中の人を助けるなんて思わないさ。でも、俺が無理なくできる範囲なら助けてやりたい」
きっとこの世界には困り果てて、どうすることもできずに終わる人がたくさんいる。
災厄の化身の名の通り、俺は壊すことはできても癒すことはできない。
でも力だけはあるわけだし、目の前で捨てられそうな命があったら引き上げたい。
手を解放してやれば、クローバーは気まずそうに小さく声を洩らす。
「ボクには……分かりません。分かれません……」
微かな呟き声だったのに、やけにはっきりと聞こえた。