1.話の途中で転生させられました
俺は異世界に転生することになった。
俺の魂を転生させる自称天使達が願いを叶えてくれるらしい。
『新たな世界への門出です。願いは決まりましたか?』
そうだな、一緒に暮らしてくれる犬を飼いたい。ネコも飼いたい!
ゆくゆくはマイホームを手に入れて、わんこやにゃんことのんびり楽しく穏やかに暮らしたい!
俺が願いを告げると天使達が何やらヒソヒソ話し始めた。
……あの、まさかこの願いは難しい?
あ、もしかして異世界には犬やネコがいないとか?
『そんなことはありませんよ、ええ。極力そうなるようにいたしますね』
極力ってちょっと。
それって頑張らないと俺の展望とは程遠いとこに生まれるって意味じゃない?
『あなたの旅路が良いものでありますように』
いや待って本当に。
なに話は終わりましたみたいな雰囲気で満足そうに言ってんの??
うわなんだこれ。胸の奥がふわふわする。
世界が透けて意識と混ざっていく。
融解していく中、俺の中に鮮烈な光景がよぎった。
炎が夜空を赤く染めて、光景を1人の男が眺めている。
傍らには大柄な犬とネコの耳が生えた少女、そして男の後ろにはの数人の人影が付き従う。
知らない光景だ。
これが俺がこれから行く世界?
いや困る。まだ話終わってないんだが!
いやちょっと……。
◆
「ちょっと待たんかい!!!」
記念すべき異世界での第一声がこれだった。
勢いよく起き上がればパキンパリンと砕ける音。
俺は金属とガラスの容器を破壊しながら目覚めた。
俺がいるのは洞窟を思わせる岩壁に囲まれた小部屋。普通の岩壁ではないようでところどころ仄かに発光している。
どうやら俺はコールドスリープを思わせるガラスとたくさんの管がついた人工的なカプセルに入っていたようだ。ここが異世界?
「まさか本当にあの会話で終わって転生直行とは……」
普通もうちょっとこう、手厚いサポートっていうか説明とかないのかな?
普通の転生がどんなもんか知らんけど。
文句を言ってても仕方がない、状況確認だ。
俺の姿は筋骨隆々の大男。
裸の胸に赤い鉱石のようなものが埋まっている。
下半身は腰から腿くらいまでの短い布をベルトで留めていて、布をめくると立派なものがついていた。
これ俺の体?
つねれば頬が引っ張られる痛みを覚える。
うん、俺の体っぽい。
「ぱんつ欲しい」
下が立派なのに短い布で隠すだけというのは心もとなく落ち着かない。
服はないかと辺りを見渡してみるものの見当たらなかった。
代わりに俺の手のひらより大きいくらいの板がカプセルの傍に置かれているのを見つけた。
「タブレットか?」
好奇心で手を伸ばしてみるとタブレットの画面が光り出す。
【以下の項目を閲覧できます】
【ステータス】
あ、ゲームっぽい。
ゲームならそれなりにやってるぞ。
何故か日本語表記なことに感謝しつつさっそく見てみよう。
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名前:???
種族:???
LV:1
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ダメだこれ。何も分かんねーわ!
いや俺のLVが1とかこの世界にLVの概念があることは分かったけど。
でも現在のLVが分かるだけでも何も分からないよりはマシか。
このタブレット借りても大丈夫かな?
誰もいないっぽいし……怒られたら返せばいいか。
この世界に来たばかりの俺は分からないことしかない。
だからまずは話せる人を探そう。
そう決めて俺は部屋を出る。
◆
最初の部屋には人工物って感じの装置が置かれていたけれど部屋から出ればそこは天然の洞窟で、少し歩けば大きな地底湖が見えてきた。
岩や苔が青白く光って洞窟内を仄かに照らす。
照らされた光は湖の水面に反射して水の揺らめきを天井に映し出し、天井の鉱石もまた光をチカチカと反射して星が瞬いているようだ。
綺麗な光景だけど人の手は一切入ってないというか、人はいなさそうだ。
出口はどこにあるだろう。
小腹が空いてきたし食料も確保したいところだ。
その時ばしゃばしゃと水を跳ねながら駆ける音が耳に入る。
音の方に目を向ければ小さな白いボール……じゃない、白い子犬がいた。
「わんこ?こんな地底湖に!?」
びしょぬれで傷だらけの子犬がよろけながら走っている。
「大丈夫か?」
「ヴァウッ!」
子犬が牙を剥いて威嚇してくる。
怖くないぞ、見たまえこの善良なオーラを!
目線を低くして受け入れるポーズで暫く待っていると、やがて白犬は警戒を解いたようで威嚇をやめた。
それにしても地底湖に犬?普通こんなところに犬はいないだろ。
親犬とか飼い主……もいなさそう。
「よしよし、何かから逃げて来たのか?」
「ヴァ、ヴルル」
傷を避けてなでてやれば白犬が嬉しそうに鳴く。
この傷は他の生き物にいじめられたりしたのだろうか。
こんな小さなわんこをいじめるとか許せねぇな、許せねぇよ。
子犬を両手で抱えて持ち上げる。
見れば見るほどかわいいちっこい白い犬。
「ヴァフッ?」
「よーしよし大丈夫だ、いじめっ子は俺がやっつけてやるから」
「ヴァッ、ファフッ!」
おっ嬉しいのか?と思った瞬間、背後の湖から何本もの太い触手が生えた。
わんこを抱えたままボーゼンとしていると触手の持ち主であるめちゃくちゃ大きな海洋生物が姿を現す。
目と目の間に怪しく輝く赤い石がついた巨大なイカだ。
え、何これ。聞いてない。
異世界ってB級映画の世界だった?
わんこが巨大イカに向かって激しく吠えたてている。
……。
あの、ちょっと待ってね。
もしかしてキミに傷をつけたのってあのイカだったりする?
「ヴァフッ!」
あ、やっぱそう?
そうなんだ。
「……逃げるが勝ちだ!」
俺はわんこを抱えて全力でイカの反対方向へ走り出した。
は?やっつけるんじゃないかって?
知らん!あんなバケモノの相手してられっか!!
とにかく水辺から離れようと思ったけど、足場を突き破って別の触手が目前に現れる。
「はぁ!?そんなんアリか!」
頭の中で思いつく限りの罵倒をイカに向けて並べるも状況が変わる筈もなく、俺の脚が太い触手に巻き付かれて宙吊りにされる。
先ほど言った通り、俺の格好はほぼ半裸に腰布だけなので吊るされると丸見えになる。
今傍から見ればとても情けない格好してると思う!
ヘイ天使!俺穏やかな生活を望んだはずだけど何だこれ!
話が何もかも違うじゃねーか!!
『ギシシ……イシシシシ!!!』
イカが目を細めて俺の顔を覗き込むけど心なしか悪辣に笑っているように見える。
明確な悪意を持ってせせら笑われる、そんな不快感だ。
イカの頭の赤い石がギラリと輝く。
「ヴァウ!ガウ!!」
「わ、わんこ!?」
下の方でわんこが触手にしがみついてかじりついている。
俺よりもはるかにちっこいのに勇敢なわんこだ。
だが巨体にはまるで通じず、イカは嘲笑うかのように太く長い触手をわんこに向けて振り下ろそうとしていた。
「クソ、てめ、やめろ!!」
宙ぶらりんになり、無駄な抵抗と分かりつつも目の前のイカの頭に両手の拳をできる限りの力を込めて振り下ろす。
俺の拳が触れた瞬間、イカの頭部はきれいさっぱり消滅した。
一拍遅れて残った腹と足から液体が吹き上がり降り注ぐ。
一体何が起こった?
「ぐぇ!」
力を失ったイカの触手ごと俺は地面に落下する。
イカは俺を拘束していた触手を残し、湖を青い血で染めながら沈んでいった。
「ヴァ!ヴァウ!!」
「……ウッソだろ」
唖然としている俺の周りをわんこははしゃぐように飛び回っている。
大きなイカがワンパンで死んだんだけど、あのイカ見た目と防御力あってなさすぎじゃない?
「ヴァフッハフ!!」
俺の意識を引きたいのかわんこが俺の体を登って顔を舐めてきた。
うお、オイオイくすぐったい。
「お前、さっき俺のこと助けようとしてくれたよな。ありがとな」
「――ヴァウ!」
俺が両手で持ち上げればわんこは傷だらけながらも誇らしげに鳴く。
「お前、ひとりぼっちか?仲間は?なんでこんなとこに?」
「ヴル?」
わんこは首を傾げる。
地底湖に子犬が1体だけいるとか普通ありえないよね?
……あ、いや。心当たりがあったわ。
俺この世界に来る時に"犬やネコを飼いたい"と願ったんだ。そのせいかも。
だったらそのうちネコにも会えるかな?
「なぁ、俺ここを出たらマイホーム建ててのんびり暮らそうと思ってるんだ。お前も一緒に来ないか?」
この静かな洞窟で俺もこの犬もひとりぼっち。
ここで会ったのも何かの縁だ。
「ヴァフッ!」
わんこは元気に吠える。来てくれるみたいだ!
転生して早々にかわいい仲間ができた。
それじゃあ名前が欲しいよな。
この洞窟で光る苔や鉱石が星で、この薄暗い洞窟は夜空のようだった。
そしてわんこの白い体は月のようだ。
「よし、お前の名前はゲッカだ。月の下のゲッカ。どうだ?」
「ヴァウ!!」
「おお、気に入ってくれたみたいだな。よろしくなゲッカ!」
俺たちの出会いがやがて世界を変えていくことを、この時の俺は夢にも思わなかった。
読んでいただいてどうもありがとうございます。
なんかすごい強い魔人が生きにくい世界で穏やかな暮らしを手に入れるためにポジティブに生きていくお話です。
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