8.風を統べる竜
苺を堪能したところで魔片についてクローバーに教えてもらう。
「200年前にラグナさんが封印された際、人間たちはあなたの力を奪いました。その力は巨大な結晶に姿を変え、魔人の結晶を巡り戦争が起こります。封印されてなお戦をもたらす魔人を恐れた当時の王は結晶を砕き、二度と1つにならないよう大陸中にバラまきました。それが魔片です」
「封印されてなおって、それ俺悪くなくない?」
「それは、まぁ」
俺の力を巡って戦争って残った奴らがやってることじゃん?それも魔人のせいになるの納得いかないんだけど。
「欠片といっても災厄の化身の一部ですから大金で取引されます。5個もあれば一般人でも街を陥落させる力が得られるとか」
そりゃ賞金稼ぎ共が欲しがるわけだ。
俺が今までに手に入れた石は迷宮ボスが4つ、賞金稼ぎが2つ、さっき倒したオオイワジゴクの1つで合計7つ。
おっ、もう国滅ぼせるな!そんな予定ないけど。
というか街を滅ぼしたかったら適当に災厄魔法ぶち込めばすぐ終わるしな。本当にそんな予定ないけど。
「ボクはラグナさんが力を取り戻すために魔片を集めてるのかと思ったのですが」
「魔法覚えられるようになるから集めてるんだよ。あとLV上限」
「元はラグナさんの力ですから、集めていけば元のラグナさんの力に近付いていくのでしょうね。今でも強いあなたが魔片を集めきった時どうなるのやら」
それは同感。
というわけで魔片についての説明は以上だ。
苺を堪能したので夕飯用と、またいつでも増やせるように種を数粒回収する。
種さえあればまた災厄魔法で増やせるだろう。
「カエルは苺にやられちゃったかな?」
「せっかく沼に行ったのに……」
イワジゴクと同じように養分にされたのか見当たらない。
ワンチャン逃げ延びてないかと辺りを見渡した時、ゲッカが鋭く吠える。
「ヴァ!」
「どうしたゲッカ!」
ゲッカの向く方を見ると飛行する大きなシルエットが目に入る。
大きな翼に長い首。
「ドラゴン!?」
男の子の夢、ファンタジーの定番のドラゴンだ!
クローバーが一瞬呆けた顔をして、すぐに慌てて俺を岩壁に向かってぐいぐいと押し出す。
どうした?そんな力じゃビクともしないぞ。
「隠れましょう!後で説明するから今はとにかく隠れて!」
「え、隠れる?」
クローバーが焦るってことは危険なんだろうけど。
「……もう見つかってるっぽいけど今からでも隠れるのは有効か?」
「ヴァウ!?」
「もうダメだ……おしまいだ……」
ゲッカが信じられないと言わんばかりに声をあげ、クローバーがこの世が終わりを迎えたかのような表情だ。
「ドラゴンは超越した生命です。地のドラゴンがひとたび動けば大地が崩れ、炎のドラゴンが口を開けば辺りは火の海に包まれます」
クローバーが弱々しく説明する。
大地が崩れたり火の海ってどこかで聞いたことある話だな。
主に俺のタブレットのスキルの項目とかで。ってことは。
「ドラゴンは災厄を起こします」
「そりゃとんでもねーな!」
でもそんなに強大な存在なら俺たちなんて虫ケラにしか見えないんじゃない?
絶対的強者が虫ケラの相手とかしなくない?
クローバーとゲッカが俺をガン見していた。何言ってんだコイツという顔で。
そんでドラゴンも俺1人をガン見している。めちゃくちゃ敵意を込めた目で。
あっなんだろう、今突然エネルバ先生のありがたい顔が浮かんできた。
"強き魔物ほど自分以外の強き者を激しく嫌悪すると云われている"
「そうだ、俺も強かったわ!!」
「ヴァウゥ!?!?」
「今さら!!?」
空を力強く羽ばたくドラゴンを中心に風が渦巻き翼が眩く光る。
いかにも何かしてきそう!
「ラグナさん、魔法で応戦しましょう!」
「無理!1日1回しか魔法使えないんだ!」
「な、なんですってええええええ!!?」
クローバーが絶叫する傍らでゲッカが遠い目をしている。
お、おい、諦めるなよ!!
竜が吠えたと同時に猛風が巻き起こり、風の刃が岩山を鋭く抉った。
「マズい!」
放心してるゲッカとクローバーを抱えて風の届かない場所を目指して走る。
「岩穴とかどこかにないか!?」
「ヴァウ!!」
ゲッカが吠えた先にちょうど身を隠せそうな横穴がある。
とりあえずあそこに隠れよう!
そう思った時、足元からガゴ!と音がした。
「え?」
「え?」
「ヴァ?」
体が傾く。
竜の狙いは動き回る俺たちではなく、山という足場そのものだった。
「だああああああーーーーーーーーー!!!!」
「ニャアアアアアーーーーーーーーー!!!!」
「ヴァアアアアアーーーーーーーーー!!!!」
足場が崩れれば当然俺たちも落下する。
谷底へ落下する瞬間に空を見上げれば竜の勝ち誇ったような顔が見えた。
◆大陸東の街シャンガルドの冒険ギルド
どこか異国の風貌を思わせるターバンで顔を覆った人物が掲示板前で足を止めた。
<風竜の出現を確認。シエル山脈方面の出入り要注意>
シエル山脈はイワジゴクの生息地で、爆発する花が自生し好戦的な亜人の集落として知られている。行く予定はないが頭に入れておく。
街を一歩出れば魔物や自然が牙を剥き、時には賊や落ちぶれた冒険者に襲われることもある。
情報と知識の有無が生死を分ける。
(最後に風竜が確認されたのは100年以上前のはず)
ドラゴンは滅多に姿を現さないものの、地上の生物にどうこうできるような存在ではない。
彼らは人間にとっては永遠とも呼べるような長い寿命のほとんどを眠って過ごすが、ひとたび目覚めれば気まぐれひとつで地上は惨禍に見舞われる。
同時に彼らが暴れた後に残していくウロコや爪は竜の加護を受けておりその価値は計り知れない、戦う者ならば誰もが憧れる素材だ。
ドラゴンを天災に準えた信仰や逸話は数多く残っている。
ちょうど依頼完了の報告を終えた冒険者達が掲示板の前を通り過ぎた。文字を読める者が風竜出現報告の知らせを読み上げて仲間に伝える。
「シエル山脈でドラゴンだと?A級パーティでも滅多に行かないだろあんなとこ」
「近頃魔族の動きがキナくさいのに魔人まで現れたそうだからな」
「そういや聞いたか?沼が一夜にして消えたって話。地面が割れて地の底から恐ろしい魔物が復活したんじゃないかって言われてるぜ」
ターバンの人物は依頼を確認する風を装いながら聞き耳を立てる。
彼らの会話に目新しい情報はない。
「まぁオレたちゃは大人しく身の丈に合った依頼をこなしましょうねっと……。おい、この猫の亜人まだ捕まってないのか?手ごわいのかね」
「いんや。D級でも勝てると言われてるが逃げ足が速くてすぐ見失うんだってよ」
「報酬はこんなにおいしいのになぁ……生かして捕らえれば金貨50だと。何をやらかしたらこんな報酬が出るのかね」
「なんでも、お偉方の大事なものを盗み出したそうだ」
「バカなネコだよなぁ」
「ホントにな」
「「これだからケダモノはなぁ!」」
会話の内容に苛立ちを覚えたが表情を変える真似はしない、よくある事だ。
それよりも仕事だ。
ターバンからのぞく茶髪を風に揺らしながらギルドを後にする。
ターバンに付けられた装飾には身分を保証するためのタグが付いている。
1つは冒険ギルドに所属する証のもの、もう1つは商人ギルドに所属する証のもの。
2つのタグが風に揺られてかちあい、微かな音を鳴らした。