60.夜明け
「おいで"レムレース"!この迷宮を飲み込みなさい!」
ラバルトゥが両手を空に掲げ、高らかに声を張り上げる。
賭けてもいい、アイツ今絶対余計な事しようとしてる!!!
仲間とは言わないけど、手助けしたり教えてくれたり頼りになるトコあるじゃんとか一瞬でも思ったらコレだよ。
空の月はとうに傾き明け方が近い。
そんな空に歪な顔が貼りついた黒い月のような巨大な塊が現れた。
「あれは……!?」
「ねぇラグナちゃん、アタシがシエル山脈でリザードちゃんに成りすましてまでノームちゃんとの仲違いをさせた理由は知ってたかしら?」
「ハァ?」
ラバルトゥはシエル山脈に瘴気を発生させるために来てたことはゴキ……もといタージグレから聞いている。
けれどもラバルトゥはリザードマンに潜り込んで水を奪うよう仕向けたりダム作りの妨害をした。
瘴気を発生させるためにそんな手間のかかることをする必要はないはずだ。
クローバーが正面から答える。
「今なら分かります、亜人達を憎ませ合うことで濃い瘴気を引き出そうとしたのでしょう」
「強烈な負の感情を抱けば強い瘴気が溢れるんだったな」
仲間がみな溶岩流に巻き込まれたと思い込んだウィトルは歪な姿になり瘴気を撒き散らし、罪を突き付けられたメルムは真っ黒な木になって瘴気の涙を流し続けた。
2人が完全なケガレ進化を果たしていたら、理性を完全に失くしてただただ瘴気を吐き続ける魔物に成り下がっていただろう。
「アタリ。クローバーちゃん、やっぱりラグナちゃんの眷属なんてやめてアタシに乗り換えない?」
「俺の前で堂々と勧誘やめろや!」
「お断りですよ。ボクのご主人様はラグナさんだけです」
ホラみたか!
「残念、大切にしてあげるのに」
クローバーが靡くとはラバルトゥも思っていなかったようで、残念でもなさそうに、どちらかというと楽し気に言う。
そんでその瘴気が一体どうした、と言おうとしたところでラバルトゥの悪意に気付いた。
「……まさかあの黒い塊!」
「察してもらえたみたいね。アタシ達が集めた瘴気の星よ。もうすぐここに落ちるわ」
「ヴァウ!?」
「何してくれてんだお前!??」
霧のように吹き飛び水で流れる瘴気とは違う、瘴気を極限まで圧縮した塊だ。
『常在戦場』が警鈴を鳴らす。あの塊が衝撃を受けた時、爆発した手榴弾が金属片を撒き散らすように凶器となった瘴気がこの地に降り注ぎ一帯が瘴気で溢れるビジョンが頭をよぎった。
そうなればここはシエル山脈のように、人の住むことのできない場所になってしまう。
「ウフフ、この迷宮が大切なんでしょう?大切なものこそ踏みにじってやりたくなるじゃない。――それに」
どいつもこいつも俺じゃなくて俺の周りを狙いやがる。
「魂が負に潰れた時にヒトはケガレ体になる。目の前で大切なものが奪われ凌辱されて、心の底から絶望した時アナタはどんなケガレ体になるのかしら。ねぇ、どう思う?」
「生憎だけどそんな予定はねぇよ!!」
手元の短剣をぶん投げるが宙を舞うラバルトゥにひらりとかわされる。
同時にスケアクロウに封印された時の、前の俺の言葉がフラッシュバックした。
"お前は魔人としては不完全だ"
"その甘さは守るべきものをとりこぼす"
"我が魂消え失せど"
"この無念、怨念が消えることはない"
「くそっ、今思い出すことじゃねンだよ!」
「ウフフ、落下まで30秒というところかしら。束の間の共同戦線、まぁまぁ楽しかったわ」
「ヴァウウゥ!!」
苛立ったゲッカが炎を飛ばすがラバルトゥは魔方陣へと消えて炎は空を切った。
辺りにラバルトゥの声が響く。
「それではごきげんよう狭間の王。大切なヒトたちと一緒に良いユメを」
周囲に無数の魔方陣が現れた。
撤退がてら魔物でも召喚するのかと身構えると。
「は?あ、あーーーーーー!!!?」
「なっ……、オイオイオイオイなんだこれ!?」
「どうしてぼくたち、迷宮の外へ!?」
『デカイ塊ガ来ル!!』
「……あれは瘴気!?いけませぬ!」
「やだーーーーーーなんか怖いのが空から落ちて来てるーーーーー!!!」
リザードマンにメロウ、ノーム、ハルピュイア、ヴァナルガンド、カラ、ドワーフ、商人たち。
魔方陣から出てきたのは魔物でも魔族でもなく、この村の住人たちだった。
「あ……あの女ーーーーっ!!?」
普通に逃げるだけじゃなく、ご丁寧に村の住人をこの場に転移させてから消えやがった。
それもほとんど戦闘で頑張ってくれた仲間たちだ。
「確実に、ラグナさんに近しい人を害するつもりでしょう」
「性格の悪さ極まれりかよ!クソ、逃げ……だめだ、今からじゃ間に合わねぇ」
あの巨大に正面から災厄魔法を当てようものならその場で爆発を起こして瘴気を降らせてしまう。
考えろ。
瘴気を凍らせる、風で吹き飛ばす、燃やす。
どのシミュレートをしても被害を回避できない。
いっそ、あの瘴気を受けて、全部俺1人で浴びるとかどうかな?
魔人の体だしいけるんじゃ?『常在戦場』が危険って訴えてるけど……これしか……、これしかないのでは??
こう、ギリギリまでゲッカに乗って、ゲッカに避難してもらいつつも俺が上空で全部浴びる感じで!考えてる時間も惜しい。
「ラグナさん、とんでもなくガバガバな作戦考えてたりしませんよね!?」
「………モチロン」
うっかり目を逸らしたのがまずかった。
クローバーが俺に掴みかかる。
「1人で瘴気を受けるとか正気の沙汰じゃありません!瘴気は体じゃなくて心を蝕むんですよ!?」
「な、なんで分かったの!?」
「ラグナさんの考えてることくらい分かりますよ!」
でも口論してる場合じゃないんだ。
「山から落ちても風竜の攻撃受けても無事な俺の頑丈さを知ってるだろ!?」
「体は頑丈でもあなたの心はボクたちと変わらない!傷ついて落ち込んだりするじゃないですか!」
羽交い絞めにされるけど体格と力の差のせいで、しがみつかれてるみたいな格好だ。
「イヤです、他の誰が傷ついても、あなただけには傷ついてほしくない!」
「ヴァウゥ!」
気持ちはとても嬉しいけれど、数十mはある瘴気の流星がまっすぐに俺たちの頭上に迫る。
「どうしてもって言うならボスだけに行かせはしませんッ、眷属であるオレも一緒にヤルッ!」
「それじゃあワタシも。皆でちょっとずつ受ければ1人あたりの負担が減るんじゃない?」
ウィトルとメルムが挙手するけどキミらケガレ進化起こしかけたこと覚えてるよね!?
「そ、それじゃあみんなでちょっと受け止めるっていうのはどう?」
「これだけ人数がいれば……」
「い、いや!真面目に絶対やめろよ!?」
俺の眷属は多少の瘴気は大丈夫だけど、体の頑丈なリザードマンすら瘴気を浴びると体に異変をきたす。圧縮された瘴気を浴びれば一瞬で自我を失いかねない。
「空中で破裂させろ!瘴気が撒き散らされる瞬間に全員で同時に魔力をぶつけて瘴気だけでも吹き飛ばす!」
『無茶ナ!』
「そ、そんなのぶっつけ本番でできないよぉ!?」
もう時間がない、一か八かで一番防ぐ可能性の高そうな災厄魔法を使うしかない。
けれども俺の魔法よりも先に見慣れた魔法が展開された。
「"ジッパーーー"!!!!」
「クローバー!?」
「この場所も、ここにいる人も、ここにある物も全部ひっくるめてボクの居場所でもあるんです!!こんなもので、奪わせなんかしません!」
それはこれまで見た中で一番大きくて、一番長い巨大なジッパーだった。
クローバーが魔力を通せばギチギチとジッパーが悲鳴をあげ、スライドファスナー部分が裂けて開口部分が大きくなる。
俺たちをすっぽり覆い、空から降る流星をぱくりと呑み込むほどに。
そう、呑み込むほどに。
……。
「の、呑み込んじゃった……」
ラバルトゥが呼んだ巨大な悪意の星はまるっとジッパーの中、亜空間へと収まった。
全員がポカンとクローバーを見つめ、クローバーが自分でも何が起きたか分かっていないかのように振り向いた。
「……ど、」
数秒してようやく状況が追い付いてきたらしい。
「ど、どどどどうしましょう!?思わず吞み込んじゃったんですけど!?」
「おおおおおお落ち着け!!ヤバかったらペッしなさいペッ!」
「ヴァ、ウウゥゥ!!」
「ボス!ペッはまずいですッ!!」
あんなの呑み込んで大丈夫か!?
クローバーはしばらく青い顔して腹の辺りをさすっていたけれど。
「……だ、大丈夫、大丈夫みたいです。収納魔法の中には着弾する場所もないですし」
「ス、スキルの『亜空間』の中なら仮に破裂しても漏れ出さない限りは本人に影響もないでしょうな」
「よ……よっしゃーーーーーー!!!!ナイスだクローバー!!ザマミロラバルトゥ!!」
「ニャー!?」
「ヴァウゥ!」
思わずゲッカとまとめてクローバーを抱きかかえる。
心の中でラバルトゥに中指を立てるのも忘れない。
「あんな大きなジッパーが出せるならもっと早く教えて欲しかったけどな」
「ボクも出せるとは思わなかったというか……」
LVが上がったことで大きな物も収納できるようになったのかな。もしくは火事場の馬鹿力か。
サンドアングラーの出し入れにも苦労していた1年前のクローバーに見せてやりたいくらいだ。
安心したらなんか一気に疲れた。
皆も安堵の表情を浮かべていた。
ラバルトゥのことは次会った時にシバいとくからな。
「でもいつまでも瘴気収納するのはなんか気分悪いよな?食べ物とかも入れるんだし」
「どこかに捨てるのはダメ?ポイっと」
メルムが気軽に言うけどどこに捨てるんだこんな迷惑極まりない粗大ゴミ。
「魔族領に捨てましょうッ!ラバルトゥの家にドカンと!!」
あ、それはいい案だな。不法投棄物は持ち主にちゃんと帰さないとな。
ラバルトゥの家とかどこにあるのか知らんけど。
「ラグナ氏に朗報!ツインロッドの反応が消えてるよ!」
「ってことは、この迷宮での大きな出来事は過ぎ去ったってことか」
ツインロッドの性能は悔しいけど疑いようがない。当分はまた攻撃されたりすることはないだろう。
村はおかげでめちゃくちゃになったけど。
「ヴァウウゥ」
『……朝日ダ!』
空は白み、村を覆う壊れた壁の合間から太陽が差し込む。いつの間にか夜通し戦っていた。
ゲッカとクローバーを抱えたままそのまま地面に横になる。
休憩を挟んだとはいえ、丸3日戦いっぱなしだった。そりゃ疲れるし眠くもなるわけだ。
住人たちにも疲れの色が見えるものの、やりきった表情をしている。
「魔人殿、ワタシとあなたが初めて会った時、貴殿は安心して住めるところを探しておりましたな」
寝転ぶ俺の前にサビドゥリアが膝をつく。
そんな話したこともあったね。
「あの時は夢物語だと思っておりました。しかし貴殿は実際に、我々を受け入れる場所を作り、命を賭して守ってくださった。命ある限り貴殿に応える者も現れるでしょうな」
のんびり過ごせる場所が欲しくて辿り着いたこの場所だけど、なんか大ごとになってきたね。
俺1人で作ったわけじゃないけれど、なんだか悪くない。
それに安心して住むと言う意味では課題がまだまだ多いから、これからも仲間たちの手を借りることになるだろう。この村に住む人たちの。
「ティルナノーグか……。そうだ、村の名前、ティルナってのはどう?ティルナ村」
「あ、ダンジョン村は正式名称じゃなかったんですね」
それもいいけど、ほら。村なのにダンジョンはどうかなと思って。
隣人と一緒に笑いながら過ごせるやさしい場所となることを願って。
ここがやさしくない世界である限り、これからもこの場所は危険に晒される。
魔族がティルナの場所を知ったし、スケアクロウが言っていたシステムの話も気になる。それに人間が俺の打倒を諦めるとも思えない。
これから考えないといけないこともたくさんあるけれど。
とりあえず今は戦いを乗り切ったことを喜ぼう。
「皆、お疲れさまだ!」
◆
ダンジョン村改めティルナから少し離れた所で、飛翔するグリフォンの群れの先頭で青年が伝映鏡に向けて話していた。
「いやー、どうなることかと思いましたよ」
『狭間の王の討伐は失敗したか。フン、騎士団長たるものが無様だな』
「面目次第もないなぁ」
サウスの後ろに控えた騎士の視線が鋭いものになったことを察知したサウスは苦笑しながらも報告を続ける。
「スケアクロウは死んだけど褒めて下さいよ、どさくさに紛れて!超がんばって!ちゃーんと彼女の亡骸は回収しときましたから!『ドレイン』スキルを持つ体、欲しかったんでしょう?」
『当然だ。必ず王都まで運んで来い』
「ステータスはなんか気持ち悪かったけど大丈夫です?」
『体があれば十分だ』
死んだ後も働かされるんだねぇ、と茶化しながらも亡骸の入った袋を見る。
退廃的な雰囲気の微笑みを見ることはもうないということが残念だったが、それだけだ。
『亜人共の戦力はどうだった?』
「狭間の王はムラはあるけど強さは疑いようがないな。それに着実に眷属を増やしてるな。1匹1匹が災厄級の力を持っていると見ていい。人象画は用意したし、詳細は戻ったら伝えるよ」
『分かった。眷属の首にも賞金をかける方向で進めるからじきにS級冒険者が動くだろう』
あの社会不適合者共が動くだろうかとサウスは鏡の向こうにいる中性的な魔導士を眺める。
けれども冒険者が動くかどうかは自分には関係ないことだ。
それに金で動かずとも魔片を餌にすれば動く者も現れるだろう。連中は力に飢えているのだから。
連絡を終えたサウスはグリフォンに座り直した。
王都は遠い。グリフォンでも数日はかかるだろう。
「眷属か……。このまま眷属が増えれば、狭間の王はいずれ最悪の災厄ラグナロクに辿り着く」
「その前に手を打たないとなぁ」
サウスの独り言は、風に消えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
4章のメインのお話は終了ですが、もうしばらく仲間たちや日常のお話が続きます。