56.潮騒の巫女
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「うわああぁ!!」
「駄目です、止められません!」
そうだろうそうだろう。
今まで陸VS空だから苦労したのであって、こっちが飛べる今、ザコに苦労することなんざないわけよ!
「怯むな、前へ……ぐわっ!」
「くそっ!狼が飛ぶなんて聞いてない!」
「嘆きの鐘で弱体化してるんじゃなかったのか!?」
「カカカ!いいぞゲッカ!!!」
ゲッカが闇の炎を流星のように飛ばし、次々とワイバーン兵を無力化していく。
鐘の力で本来の力は出せないものの、ゲッカには俺の眷属ボーナスがあるからヴァナルガンド達ほどの大きな弱体化は受けていない。
「ヴァオオオオオゥゥゥゥ!!」
炎と闇を操るゲッカのために、ウィトルには雨を止めてもらっている。
雲は遠ざかり、落ちて来そうな月の下でゲッカが吼える。
「会いたかったぜスケアクロウ!」
「まさかとは思いましたが、本当に戻って来るとは」
スケアクロウの表情の読めない目はどこか虚ろだ。
顔に刻まれた傷痕がその印象をより不気味なものにしている。
言葉と裏腹にそこまで驚いている様子はなく、どこか俺が来ることを期待していたかのような声色だ。どうせなら驚いて欲しかった。
「お陰様でな!……一応聞いとくぞ!降伏して引き上げる気はないな!?」
「今更ですね。ありませんとも」
「そりゃ良かった。ここで降伏って言われたらどうしようかと思ったぜ!」
スケアクロウの封印魔法"底なしの牢獄"で暗いところに閉じ込められ、ロクでもない悪魔共に記憶改変されそうになるわメルムはケガレ進化するわで大変だったから落とし前はきっちりつけさせてもらおう。
「それはまた。どうして?」
「お前を倒しに来たんだ。勝手に戦意を失くされたら興覚めだろ!!」
「なんだ、優しいだけのつまらない男かと思っていたけれど。なかなかどうして。善い顔をされるじゃあないですか……!」
心臓を鷲掴みにされたかのような悪寒。
「ゲッカ、上だ!」
「ヴァウッ!」
「フフ、弱体化しても避けますか。息が合うようですね」
合図に合わせてゲッカが上空へ急上昇し、スケアクロウが放った水の槍を難なくかわす。
俺の常時発動スキル、『常在戦場』のおかげでスケアクロウの動きは先読みできる。
スケアクロウと正面から戦うことでようやくあいつの解析ができる。
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名前:ディカダ・マリアナ【人王の眷属】
種族:人間
LV:154
HP:2345/2345
MP:1231/1231
攻撃:1429
防御:982
魔法:1536
抵抗:1323
速度:122
所持スキル
『潮騒の巫女』『案山子の契約』『ドレイン』
『水魔法S』『闇魔法C』『斧使いB』『槍使いC』『解析』
『神殺し』『苦痛耐性』
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スケアクロウは偽名みたいだな……って、いや。
待て待て待て待て。
「『巫女』に『神殺し』!?」
「おや、それは『解析』装置ですか」
タブレットで自分のステータスを見られたことに気付いたのだろう、スケアクロウが目をうっそりと細めた。
「メルムとは別の巫女か!?」
「そうなりますね。大樹の巫女は土、植物、金、創の4柱を。潮騒の巫女たる私は水、氷、闇、腐食の4柱の器になります」
なんとなくそんな気はしていたけれど、巫女は属性になってるんだな。
霊峰の巫女は火、潮騒は巫女は水、雲霞の巫女は風、大樹の巫女は土。
そして派生属性を含めると属性は16。
16の神とかいう言い伝えと一致する。
それから『神殺し』は神を殺した者が持つスキルだ。
俺も廃棄神スルトを倒した時に手に入れたけど、いやなんでこいつが持ってんの??
「この世界に神などいらない。そうは思いませんか」
神サマってのがどんな奴らなのかよく分からない。
でも地上の生き物を全て燃やして神の国へ行くとか言っていた廃棄神スルト、巫女の精神を人身御供にすることで神の体にする。
大昔1つだった種族を人間と魔族に分けて争うようにした。
あんまし良い印象ないからシャクだけどまぁ同意ではある。
「……神は大昔に去ったんじゃなかったか?」
「多くはね。でもまだいるんですよ。巫女がいる限り」
「メルムとお前、あと2人の巫女のことだな?」
「ええ。霊峰と雲霞の巫女は、神を降ろした時点で殺しました」
「!」
『神殺し』はその時に手に入れたんだろう。
となると、メルムを狙ったのも同じ理由。
「でもメルムはアシャヌを食うことを拒否していた」
「ええ、困りました。だから封印したのです。封印すれば騎士は巫女を助けるために自分から食われるでしょう」
……なるほど。
メルムの思惑通りになったってワケか。
ただその後記憶喪失になったこともあってスケアクロウはメルムを見つけられなかったわけだけど。
「おや、お友達が来てますよ」
「え?……カラ!?」
下の方にカラ達が俺たちに必死に声をかけている。
スケアクロウから距離は十分取っているが十分被弾する可能性はある。
「「ラグナ!クローバーから伝言だ。アシャヌとは別の異形の騎士が来ている!」」
「別の騎士って……」
巫女は騎士を従えるもの。
スケアクロウが巫女だと言うなら騎士がいてもおかしくない。
「アデルには迷宮内の亜人を全てドレインし、迷宮核の破壊を命じていますが……どうやら失敗したようですね」
特に残念でもなさそうにスケアクロウは眼下に広がる迷宮を眺めた。
冒険者達を阻むため、飛行騎兵の動きを制限するために広げた迷宮を沈めた水にボコボコと銀色の気泡が発生する。
『スケアクロウ様……申し訳ありません、ドレイン、失敗デ……』
銀色のそれの中から赤い目玉模様のような物体が気味悪く光る。
その目玉模様がスライムのコアで、あれを破壊しないとスライムは倒せないとカラ達が教えてくれた。となるとクローバー達が撃退に成功したんだろう。
「構いません。この迷宮の水を支配するというもう1つの目的は果たされたようですから」
水を支配?
ふと下を見れば、迷宮を満たす水がどんどん鈍い銀の混じった色になっていく。
「「まずい、スライムは酸性だ、絶対に落ちるなよラグナ!」」
「酸!?オイオイ人ん家にデカカバ呼んで土足で荒らしただけじゃ飽き足らずクソデカ酸スライム作る気かよ!人間の作法ってのはお上品だなコラ!」
「戦いにおいて相手の嫌がることをするのは当然でしょう?」
「その通りだチクショウ!!……カラ、お前達はとにかく離れろ。スケアクロウは俺がどうにかする!」
宙にはまだ無数のワイバーンやグリフォン兵がいるのが気がかりだけど、スケアクロウをどうにかすれば動きも鈍化するだろう。
「私は水使い。あなたがたが迷宮を守るために降らせた雨も、決壊させた水も残念ながら私にとっては追い風です」
ワイバーンの翼に丸い輪が現れたかと思えば輪から凄まじい速度で水が噴射され、ワイバーンの飛行速度が劇的に上がった。ゲッカの飛行でも追いつけない。
「その水の使い方おかしいだろ!……ゲッカ、下へ!」
「ヴァッ!」
ゲッカは今弱体して十全の力を発揮できない。
俺の『常在戦場』による攻撃予測でサポートしないと全てを避けるのは難しいだろう。
ゲッカとジェット噴射付きワイバーンが酸スライムの水面ギリギリを飛行する。
スケアクロウは俺とゲッカのすぐ後ろについている。
バックを取られるのは全面的に不利だけど速度はあちらの方が早い。
「フフ、弱体化しているとは思えない力ですね」
「いつまで余裕かましてられるかな?」
「私はあなたに勝つ気でここに来ているのですよ狭間の王。アデル!」
「ゲッカ!右だ!そんで1秒進んだら左!!」
スケアクロウの合図と同時にゲッカの目の前に酸が間欠泉のように吹き出した。そのくらい予測済みだ。
「ゲッカ、真下に炎いったれ!」
「ヴァウウゥ!!」
急激に熱されたことでスライムの体が蒸発する。
「表面への攻撃などアデルには効きません!それとも目くらましのつもりですか!?」
「どっちでもねーよバカ!」
「なっ!?」
噴射により真っ直ぐ飛んでいたゲッカの頭が真上に持ちあがる。
宙返りのような軌道で逆にスケアクロウのすぐ後ろにつく。
「が、頑張れゲッカ!!」
あと少しで届く、けど。速度が足りない。
「アデル!酸を!」
「くそっ……!」
真下から酸が噴きあがる気配がする。
後ろを取れたチャンスを逃すことになるが仕方ない、上空へ回避の指示を出そうとしたその時、突然ゲッカの魔力の出力が跳ねあがる。
「ヴァアアウウゥゥ!!」
「――な!」
体から炎を吹き出して急加速したゲッカは噴きあがる酸を一瞬で蒸発させてワイバーンに食らいつく。
噛みつきはワイバーンの体とスケアクロウの脚を引きちぎった。
「かふっ!」
「ウフフ、間に合ったわね」
「ラバルトゥ!?」
バランスを失い酸に落ちていくスケアクロウには目もくれず、大きな鐘を持ったラバルトゥが羽根を羽ばたかせて舞い降りた。遅れて体を裂かれたワイバーン兵達がぼとぼと酸に落ちていく。
「それは……嘆きの鐘か?」
「ええ、ワイバーン達がジャマだったから片付けて来たの。約束は果たしたワ」
ってことはゲッカが急に強くなったのはラバルトゥが鐘を止めたからだな。
シャクだけど助けられてしまった。
「ホントに約束守ったんだ……いや待て、その鐘置いてけよ。つか壊せ!」
「ダメよ。魔王様に献上するんだもの。代わりにこっちをアゲル」
「これは?」
ラバルトゥが小さなメガホンのような装置を寄越す。
「禍姫が使っていた遺産ね。指定の範囲に声を届けるっていう」
まんまメガホンじゃん。
いや俺嘆きの鐘の方が欲しい、というか危険だから破壊しておきたいんだけど。
『まさか、魔族が亜人に協力するとは』
「!?」
それはスケアクロウの声だった。
焦点の合わぬ目でうっそりと笑いながら、酸の中に沈んで行く。
ラバルトゥもまさか生きているとは思わなかったらしく一瞬息を呑むが、すぐに攻撃体勢に入った。
「ラグナちゃん、確実に殺して!」
「くそっ!」
俺の武器ミサイルとラバルトゥが足先から伸ばした闇の刃物がスケアクロウを狙うもスライムの表面に阻まれる。
そのままスケアクロウは水底へと沈んでいく。
「マズイわね、巫女の体と騎士が完全に合流したわ」
「スケアクロウが酸で溶かされたりしないのか?」
「巫女が自分の騎士の影響を受けるわけないじゃない」
ですよね、溶けてる様子ないし。
迷宮を満たすスライムの色が紫を帯びた銀色へ変わり、そこかしこから数十、数百mほどの長さの巨大な蛸の触手が無数に生えてきた。
「俺の村事故物件にしてんじゃねぇ!」
「周辺の水分を吸収している。このままだとこの迷宮の全ての生き物の水分が吸い取られるわ」
「冗談じゃねぇ!ゲッカ、一旦退避だ!」
「ヴァウ!」
ラバルトゥも危険を察して距離を取る。
これは災厄魔法、いやむしろ殃禍魔法を使うしかないか。
そう思ったその時。
-ピコン!-
タブレットの通知が来た。
こんな時に一体何だ?
【『ドレイン』されました。殃禍魔法・"灰色の炎"を奪われました】
【『ドレイン』されました。災厄魔法・"暗く深い国"を奪われました】
待って???
奪われました、じゃねんだわ!
そうこうしてるうちに"黒の行進"も奪われる。
「待て待て!魔法もドレインされんのかよ!?」
「……っ、水と派生属性を奪うみたい。アタシの闇の魔術も持っていかれちゃった」
水と水の派生属性は水、氷、闇、腐食属性。
この4属性が奪われるってことか。
「ボス―ーっ!なんかヤバイの出てきたので!オレも加勢に……」
「命令だお前は今すぐこっから限りなく離れろウィトルーーー!!」
「はぁ!?は、ハイ!?」
水使いのウィトルとか今一番来ちゃいけないヤツだよ!
「あとこの蛸に近付くの禁止って皆に伝えてくれ!」
「し、承知しました!どうかご武運を!」
大砲ジェットでやってきたウィトルがそのままUターンして帰っていく。
これでよし。
「ヴァ!ヴァウゥウ!」
「うわ、ゲッカもスキル盗られたか?闇使いだもんな……、って」
あの。
ゲッカって確か闇の力で翼を作って飛んでたよね。
ってことは翼が維持できなくなるのでは?
「だーー!!!やっぱ落ちるーーー!!」
「ヴァウゥゥ!!」
「ラグナちゃん!?」
「「ラグナ!?い、今行く!!」」
カラ達が助けようとするけれど、カラは俺の落下速度より速く泳げない。
このままだと酸性の蛸スライムの中に落ちる。
その時、どこからかピシ、ピシと音がした。
「何の音だ!?」
「……ヴァウ!!」
音の元は植物の生えた小さな丘。
数日前、ベヒモスを休眠させた場所だ。
丘の頂上は水に浸かっておらず、スケアクロウの封印魔法、"底なしの牢獄"による小さな渦が渦巻いている。
その渦に亀裂が入り、何もない空間を裂いていく。
空間から突如現れた蔦が、落下する俺とゲッカを引き上げて間一髪、酸の蛸にドボンを免れた。
"おうさまの村に大きな樹を生やすから、期待して待っててね!"
"また会う時まで、さきくませ"
「蔦……まさか!」
あいつらは自力で次元を移動する手段があった。
まるで勢いよく紙を縦に裂いたような大きな割れ目が現れ、俺たちの目の前にそれは現れた。
「なんだこれーーーーーー!?!!?!??」
ここ数日の俺の村。
1日目:デカいカバ登場
2日目:湖で沈む
3日目:スライム湖
と来て今度は天まで届きそうな巨大な樹と巨大な酸蛸が出て来ました。
「いよいよ俺の村、迷宮じみてきたな……」
「初めから迷宮じゃないの?」
ラバルトゥに最もなツッコミをされた。
これもうあれじゃない?
ゲームで言うとこのラストダンジョンっていうより、クリア後に挑む裏ダンジョンとかじゃない?
いやナイスタイミング。素晴らしいとしか言いようがないけどそれはそれとして。
「「世界樹!?」」
驚愕するカラ達の視線の先、大きな樹の枝に座りこちらを見下ろすのは俺たちのよく知る女。
少女だったメルムは大人の女性へと成長していた。
「お久しぶりね、おうさま」