54.ギルドマスターの秘密
たっぷり休憩して、なんならハルピュイア羽毛布団でバッチリ睡眠も取ってMPは最大まで回復した。
時刻は夕暮れ、そろそろゲッカが力を発揮する頃合い。
さて、戦いの地に行く前に。
「こちらが迷宮で捕らえた捕虜の冒険者です」
羊の商人エイダに案内されて、捕虜の冒険者達の様子を見に来た。
「……っ!」
俺の姿を見るや否や冒険者たちの表情が恐怖に引き攣る。
仕方ないけどちょっと傷つくな、200年前のあれこれっていう前評判最悪だから仕方ないけど。
冒険者たちは深手を負って身動きが取れないところをリザードマン達に捕らえられたらしい。
グラリアスという街でベヒモスの進路を誘導する依頼を受けたものの、同行したベクトの転移魔法に巻き込まれここに送られて来た。
人間の街から遠く離れた最果ての地で補給も無しに生きて帰るのはほぼ不可能。
この迷宮に侵略した以上、俺に捕まれば殺されると言われて冒険者たちにはこの迷宮を踏破するしか生きて帰る道は残されていなかったとのこと。
冒険者にあまりいい印象はないけどサビドゥリアもかつて所属していたグラリアスの冒険ギルドは王都からかなり離れているせいか、亜人の扱いはそこまで悪いものではないそうだ。
そういう事情なら邪険にしにくい。カロンのおかげとはいえこっちの住人に被害はほぼないし。
「わりと元気そうだな?」
深手を負わされたって聞いけど怪我らしい怪我はしてない。
精神的なダメージを負ったとか?でも顔色もいいな。冒険者、いいもん食ってんだろうな。
そんで夕飯はチーズパン、野菜たっぷりミネストローネ、迷宮にいた何かの魚のグリル、それからオレンジジュースだよ。
戦争中でなければもっと凝ったもの用意できるのに残念だ。せめて栄養はつけてってくれ。
「………」
「あれ、野菜は嫌い?それとも魚が嫌?」
まじまじと料理を見ているけど毒とか入ってないぞ。
「……教えてくれ、俺たちはいつ殺されるんだ?」
「いよいよ最後の晩餐かしら?それとも肥えさせてからアタシ達を食べるとか?」
「なんでそんな思考が破滅的なの???」
人を、いや魔人をなんだと思ってるんだ。
もしかしてだけど、俺が来るまでの待遇が悪いからそういう思考になってるとか?
冒険者を捕虜として扱うって決定したのキピテルだよな、変な扱いしてないだろうな。
「食事は朝夕に最低でもパンとスープとデザートを出しております。捕虜の待遇は手厚くするように、そして捕虜虐待を決して起こさぬようきつく言われておりますので」
この世界では1日2食が普通らしいし待遇が悪いわけじゃなさそうだな。俺は朝昼晩食べるけど。
きっちり仕事してるじゃんキピテル、持つべきものは良い取引相手だ。
「"殺した方が楽だが、ここが魔人の統治する場である以上独断で魔人の意にそぐわない対応をすれば我々の落ち度。捕虜として文句を言わせない待遇で迎えろ。捕虜が不要ならその場で殺せ"と仰っておりました」
「聞かなきゃよかったわ」
面倒だから殺したいけど俺に気を遣ってとりあえず生かしたってことね。
いやいいんだけどね、商人の倫理観がアレってのは分かってるし。戦場における判断として別に間違っちゃいないし。
「とりあえずアンタ達が大人しくするならどうこうする気はないぞ」
「そうかい。どうせもうアタシ達にできることはない。ありがたく楽しませてもらうよ」
「スープに香辛料入ってるらしいな。死ぬまでに一度食って見たかったんだ、へへ……」
うちの村では普通に香辛料使ってるけどやっぱ珍しいんだね香辛料。
……なんかエイダさんのニコニコ笑顔が一瞬なんともいえない顔になった気がする。
「でも仲間の情報は売れないよ。アタシ達の仲間の人数も、何ができるのかも」
いやそこら辺はクローバーのネコ情報網でとっくに把握済なんだよな。
でも結構な覚悟を決めた目で睨んでくるから言わないでおこう。
「それよりアンタらはクエストを受けて巻き込まれたんだよな。その依頼を出したのは誰だ?」
「あー……お偉方としか聞いてねぇや。その辺はギルドマスターが詳しいな、こんな依頼を通して悪かったってギルドマスターが何度も謝ってたよ」
「あんなマスターは見たくなかったねぇ。クルチザンヌのフローディアにフラれた時以来だよあんなに萎れてたのは」
「え!?何それ知らねぇ!アタックしたのかよ命知らずだな!」
「そりゃとっておきの話だからねぇ。知ってる奴は少ないだろうさ」
「ほーん、深夜に街がバーサクエレファンに襲われて、褌一丁で駆けつけたあの人が」
「あーあったあった全裸で寝るタイプなんだよなあの人。俺も居合わせたけど慌てて褌締めたらしくて戦ってる時にポロってさ、刀で隠しながら物陰に走ってった時は戦闘中なのに笑い死ぬかと思った」
仲間の情報は売らないって言ってたけどギルドマスターのいらん情報は普通に教えてくれた。
ふーん、クルチザンヌのフローディアさんにね……。名前的にどこかのお店のかわいらしいお嬢さんかな?
クエストが出た経緯について聞こうと思ったらギルマスの失敗談義で盛り上がっちゃったな。どのみち冒険者が詳しく知るはずもないか。
もうちょい聞いていたいけどそろそろ俺たちも出撃しないと。
「それじゃ行くぞゲッカ」
「ヴァウウゥ!!」
◆ダンジョン村洞窟東
「ファイヤーっ!」
「かぁっ!!」
ノーム達が大砲から放った弾はイフウの刀によって両断された。
場所は迷宮2層東、深部へ続く道の関門にクローバー達は陣取っていた。
元より侵入者を迎え撃つ構造ではない、リザードマンやノームが居住地として作られた洞窟は休息を取った腕利きの冒険者にとっては大した障害ではなく攻略は順調に進んだ。
ハイペースで進む攻略は次第に彼らの士気を高める。
そんな冒険者の足止めをすべく仲間達と共に立ちはだかる。
洞窟内に作られた関門は天然の城壁のようになっており、クローバー達は眼下10m下の冒険者達の侵攻の阻止に徹していた。
突破されれば深部への侵入を許すため何としても阻止しなければならない。
一方でいくら腕利きの冒険者とはいえ地の利は明確で、上から降り注ぐクローバー達の攻撃に苦戦を強いられた。
「攻撃は俺が防ぐ!お前達は突破を目指してくれ!」
「おぉよ!」
イフウの掛け声に冒険者達が勢い付く。
「蹴落とせ亡者達!」
「胡椒爆弾をくらえー!」
「なんだこりゃ……げ、げほっはっくしゅ!ぶわっ!」
籠城戦は防衛する方が有利、だがそれは当然実力が拮抗していればの話。
「"ジッパー"!」
「へっくしょん!ひぁ、で、でけぇのが来た!」
クローバーが収納魔法から隕石を取り出せば、巨大な隕石が急な斜面を転がり落ちた。
しかし、冒険者をなぎ倒すよりも前に隕石はその役目を終える。
「下がれ!」
イフウの冷気を纏った刀が隕石一刀両断し、2つに分かたれた隕石が後方に吹き飛び壁に激突した。撒いた胡椒も冷気に包まれ意味を成さない。
圧倒的な実力差にクローバーも焦り出す。
「助かるマスター!」
「何ということは無い。この程度のダンジョン、お前達は幾度も乗り越えて来ただろう」
「違いねぇ!むしろ温いくらいだ」
「狭間の王の迷宮って聞いたからどんな難所かと思えば表紙抜けだな!」
グラリアスのギルドマスターイフウ、元Aランクの冒険者。
冒険者たちからの信頼も厚い冷気を操る居合術の使い手だ。
「「あの人間たち、昨日戦った時はここまで強くなかったよな!?」」
「上に立つ奴が違うだけでこんなにも変わるのか!」
(ダメだ、あのギルドマスターの動きを止めないとどうにもならない!)
イフウは気ままな冒険集団を実によくまとめ、鼓舞していた。
冒険者であるイフウは冒険者の気質をよく理解して御していた。
ラグナが鐘を奪取するまではまだ時間がかかる、どうすれば持ちこたえられるだろう。
彼らは望んでこの迷宮に来たわけではないと知っているから降伏すれば命は取らないと勧告もした。しかし冒険者達は止まらなかった。
収納魔法に入っている物は当然有限でいずれは押し切られる。クローバーは考える。
「侵略した我々を許せとは言わん。だがお前達を討たなくば我々が死ぬ!押し通る!」
「だから……降伏すれば命の保証はするって言ってるでしょう!」
「その言葉は事実かもしれん。だが罠であれば我々は全てを失う。ギルドマスターとして鵜呑みにするわけにはいかぬ!破滅の怪猫、その首もらうぞ!」
「この、分からず屋!」
自分がイフウの立場なら信じないなと思いながらも、文句を言わずにはいられない。
何か一瞬でも気を反らせるものがあれば。
と、そこで1つ思い当たる物があった。
激昂させるかもしれない、けれどもこのまま何もしないよりはいい。
「"ジッパー"!こい、隕石!」
「無駄だと分からんか!」
「無駄でもやるしかないんですよ、クルチザンヌのフローディアさんにフラれたイフウさん!!」
「はっ!?」
「「「「「「えっ」」」」」
「ぐぉ!!」
突然のクローバーの発言に、冒険者達が一斉にイフウの方を向いた。
幾度となく冒険者の窮地を救った居合は精彩を欠き、隕石が直撃する。
いかに頑丈な冒険者でも人よりも大きな隕石が直撃すれば無傷ではいられない。
「お、おいマスターそれ本当か!?」
「ででで、デタラメだっ!あの猫が惑わそうと!」
仲間の手を借りてイフウが隕石の下から這い出てくる。
だいぶタフだと思いながらクローバーが反論する。
「デタラメじゃないです!捕らえた女性の冒険者が言ってました!」
「それを知ってるのは……アンヌか!アンヌは無事なのか!」
「おいマスター、それやっぱ本当ってことじゃ」
「オイオイマスターほんとにフロディにアタックしたのか!?命知らずにも程があんだろ!」
「うるせぇ!!」
ボカンと鞘で殴られた哀れな冒険者を見つつも意外と効果があったことに安堵する。
「あ、アンヌが意味もなくそんな話をする筈がない。アンヌに何をした!?」
冒険者達の間に自分達の弱みを探るべく拷問にかけたのでは、といった想像がよぎる。
しかしクローバーの返答はなんとも言えないものだった。
「……いえ、あなたの失敗談義で盛り上がってましたよ」
「はぁ?何してるんだアイツら!?」
「おーい怪猫!他に何か言ってなかったか?」
「よさんかぁ!」
捕らえられた冒険者の会話などネコを通して把握済み。
この迷宮の会話は誰よりもクローバーが知っている。
「そうですねぇ。グラリアスの街がバーサクエレファンに襲われた時、ギルドマスターが褌姿で駆けつけたらしいんですけど、その時褌が緩くて」
「ぬあああああああああ!!!!!それ以上言ったら斬る!!」
「わーーっ!!?そ、それ以上近付いたらもっと恥ずかしい話します!!」
イフウが刀を構えつつも思わず動きを止める。
周りの冒険者達もイフウに倣って引き下がったが、肩が震わせ笑いを堪えている様子がクローバーの位置からだと丸わかりだ。
攻撃が止んだことにヴァナルガンド達が首を傾げる。
あれだけ強かったイフウがクローバーの一言で急に動きを止めた、さっきの言葉にどんな意味があるのだろうと顔を見合わせる。
『クローバー、クルチザンヌ、ッテ何?』
「え……っと、キミたちには馴染みが無いでしょうけど高級娼婦のことです」
『ショウフ?』
「その、お金をもらって男性の相手をする女性のことで。キミたち風に言えば、オスがいい獲物を差し出せばつがいになれるでしょう?いや、つがいにはなれないんですけど。……ともかく、クルチザンヌはものすごくたくさんの獲物を用意しないと見向きもしてくれない美人で人気なメスって言えば通じる?」
しどろもどろになりつつもクローバーが説明するが、荒野に生きるヴァナルガンド達にはピンとこなかった。
強いオスはモテて、獲物をたくさん獲れるオスはハーレムを築ける。それが彼らの常識。
あの人間はあれだけの力と統率力を持ちながら、ハーレムどころかたった1人のメスにすら振り向いてもらえないらしい、どうしてだろう?
強いのにモテない理由は獣の世界では限られる。例えば子孫を残す能力が欠けているとか。
『オストシテ、魅力ガナイ……?』
「ぶはっ」
笑いをこらえていた冒険者がたまらず吹き出した。
けれどもヴァナルガンドのオス達にとって、強いのにモテないなどオスとして死活問題であり、敵ながら同情の眼差しを向ける。
『……キット、イイ事アルヨ』
「うおおおおお犬共許さん!降りてこい!!!」
まだまだ気は抜けないものの、なんかいい感じに和やかになってきた。このままなんとか時間を稼ごう。そう考えたクローバーはどの話から言えば効果的だろうかと、捕らえた冒険者たちの会話を思い返す。
その時、冒険者の背後の壁が突然爆発した。
奥から銀色の液体が流れ込む。
「な、何だ!?」
「何ですか!?」
クローバーとイフウが叫んだのはほとんど同時だった。
この爆発はお互いが仕組んだものではないことを両者が悟る。
『ごぼ、ごぼぼっ!』
銀の液体の中から1つの人影がのそりと起き上がる。
液体が重力に従って流れ落ち、すぐにその人物の姿が露わになった。
「あ、あいつの鎧、騎士団のじゃねぇか?スケアクロウんとこの!」
「スケアクロウの傍にいたワイバーン兵です!」
間違いなく人間の姿をしている。
しかし、ところどころが銀に溶けた体は人間でないのは明白だった。
かつてアデルと呼ばれた騎士が触手状の腕を伸ばし、冒険者の足を撫ぜる。
「う、うわああぁ!足がっ、と、溶ける!!」
『食ワないと、全テ、食わなイと。スケアクロウ様ノためニ……』
その光景にカラ達が叫んだ。
「「3本の腕だと!?」」
「「あいつ……異形の騎士だ!」」