49.暗黒の樹
スケアクロウは"底なしの牢獄"に呑まれた者は業の渦に囚われると言っていた。
「多分やらかしたこととか罪の意識が大きいほど苦しむんだろうな」
スケアクロウが封印に自信を持っていたのも分かる。
災厄の化身である以前の俺なら膨大な業に押し潰されただろう。俺はこの世界歴1年だからすぐ終わったけど。
『ようやく来たね』
「誰だ!?」
俺たちの前に現れたのは9の口と6つの目を持つ異形の獣だった。
見た目のおぞましさと裏腹に気さくな口調だ。けれども体は透けて実体はない。
「霊体か……?」
『ぼくはアシャヌ。ここで魔人が来るのを待っていた』
「俺を?いや待てアシャヌって、カラが言ってたメルムの騎士か?」
以前カラ達がロバの精霊を探していた。そいつの名前がアシャヌだったはずだ。
『話が早い。以前メルムと一緒にここに落とされてしまってね』
「そこ詳しくお願い」
メルムはもともと無き島にカラ達、アシャヌと暮らしていた。
けれどもスケアクロウによって島が崩壊。その際メルムとアシャヌが行方不明になった。
その後メルムは人間に捕まりインクナブラで処刑されることになる。俺が知ってるのはこんなところだ。
『メルムを助けてくれたんだね、ありがとう』
「記憶喪失と分かった時はどうしようかと思ったけどな」
『あ、メルムの記憶を奪ったのはぼくだ』
「えっ」
どうしてそんなことを?記憶を失くしてカラ達が苦労してるってのに。
『ここは業と向き合う……いや、その人の目を背けたい物に悪意を込めて苦しさと痛みを盛って突き付ける、そんな場所だ』
さっきカウサリスにやられたからよく分かる。
後半は盛るどころか捏造の域だったけど。
『スケアクロウの襲撃を受けた日、ぼくはメルムと共にここへ来た。彼女は業に耐えられなかったから、彼女の記憶を奪って脱出させたんだ』
ああ、それで記憶喪失なのか。腑に落ちた。
『ぼくは別次元の精霊だ。ぼくだけなら別次元を通って脱出できたんだけど生身のメルムはそうもいかなくて。メルムを逃がすためにはぼくの体を使うしかなかった』
「使うって、それ大丈夫なのか?」
9つの口と6つの目を持つ異形のラバはからから笑う。
『そんな顔するなよ。異形の騎士アシャヌは大樹の巫女メルム・フラクシヌスを守るという役割に殉じたんだ』
「巫女って結局何なんだ?」
神々の御廟の地下に書いてあったから、なんとなくは知っている。
大昔に16人の反逆者が神に封印されて、約束の日に巫女が祈りを捧げることでに反逆者達は解放されるとかそんな内容だ。
『巫女は神の器だ。16の反逆者の罪が許される日、完璧となった巫女の体に神を入れるのさ』
「神を入れられた巫女はどうなるんだ?」
『意識は神に書き換えられる。メルムはそれを嫌がって役割から逃げたんだよ』
「は??そんなもん逃げていいわ」
またクソみたいなシステムお出ししてきましたねこの世界。
そろそろ神々って言葉に拒絶反応起こしそう。
『だからこそ、魔人たるキミが来るのを待っていたんだ。メルムを助けて欲しくて』
「元より助けるつもりだ。何すればいいんだ?」
アシャヌが1つの球を促す。
『そこにメルムがいる。彼女を解放してほしい』
「分かった。カラ達にも頼まれてるしいっちょ助けてくる」
『カラはメルムが好きだからね。口を開けば巫女、巫女って』
とてもよく分かる。
十人十色って言葉があるけどあいつら十人一色で巫女をかわいがる。
『悪魔たちは記憶の本を切り貼りして心を壊す。メルムの本を取り返してくれ』
「本を取り返せばいいんだな!」
カウサリスも似たようなことやってたな。俺の場合は燃やしてたけど。
悪魔には気を付けよう。
『さきくませ、メルムの魔人』
球に触れればぬるりと吸い込まれ、俺とゲッカは落ちていく。
けれどもアシャヌの言葉が気になって思わず聞き返した。
「さきくませって?」
『お元気で幸せにって意味さ』
アシャヌの言葉がやけに鮮明に聞こえた。
◆
『ーー、AAA、AAAAAーー……!』
高い高い鳴き声が響く。
黒い空間の中で異様な存在感を示すそれは、どす黒く変色した天まで届く巨大な樹だった。
「ヴァウ……」
「これはどう見てもケガレ進化……」
メルムは植物の亜人だから巨大な植物に変貌していてもおかしくない。
幹は腕、枝は人間の指。幹に点在する10以上の窪みからはとめどなく涙にも血にも見える瘴気を流し続けている。
さてどうやって助けよう。
「ヴァウゥウ!」
「ん、樹の中にメルムがいるのか?」
ゲッカがガリガリと幹を剥がす。
「そういうことなら、まずはメルムを引っ張り出すぞ!」
「ヴァ!」
ゲッカに続いて大樹の幹をバリバリと剥がしていく。
幹を剥がすごとに、空間にメルムの記憶が浮かんでは消えていく。
<運命の子が生まれた>
1人の赤子が木の麓で泣いている。赤子の周りには無数の巨人。
<窮極生物となる『巫女』に祝福を>
<約束の日はすぐそこだ。地上の廃棄物に災いを>
<この巫女の名は災いにしよう>
「ステイ、ステイ」
すでにロクでもない気配がする。
メルムって災いって意味なんだ。俺も目覚めたら災厄の化身とか呼ばてれたからちょっと親近感覚えるな。こんな親近感覚えたくなかったわ。
次々と記憶が浮かんでは消えていく。
<夢がある?どうせ叶わない>
<齢16を迎える日、騎士を喰らったお前の体に神を降ろす。神の器を作る『巫女』の役目をゆめ忘れるな>
―わかりました、御使い様。メルムは、役目を果たします。
<愚かな娘、大樹の巫女。役目を放棄して生きたいだと?愚かしい!>
―ごめんなさい。ごめんなさい。ワタシには夢があるのです。
<神となる誉れを拒む失敗作!>
<『巫女』の役割を忘れたか!>
<アシャムを喰らえ。その根で異形の騎士の力を手に入れて、窮極生物へ変貌せよ>
―ごめんなさい。ワタシはアシャヌやカラと一緒にいたいんです。死なせたくなんです。
―ごめんなさい。
<失敗作には>
<生きる価値もない>
「がーーっ!なんだこれ!!」
「ヴァオウ!」
でかい木を掘り続けてるんだけど掘るたび潜るたびこんな光景ばっかでキレそう!
俺こういうの嫌いなんだが!と苛立ちを削掘にぶつけるとカウサリス似の悪魔が現れた。
「誰だ暗黒の樹に大穴あけてるのは!!……あれ、お前確かカウサリスが担当していた奴じゃ」
「魔人パーンチ!!」
「ぐぼっ!?」
致命傷にならないようにパンチをキメれば悪魔は情けなく転がって、その時に悪魔の本や鋏が投げ出される。
バラバラになったページを見るに、メルムの本だろう。
ゲッカが影の腕をしゅぱぱっと伸ばして本もページも回収する。ナイスだ!
「さて、お前はカウサリスの仲間か?」
「ななな、何者だお前ェ!カウサリスに何をした!?」
カウサリスはここに送られた魂を弄ぶと言っていた。
あいつの仲間だとしたらこいつもメルムの魂を弄んだのだろう。よしギルティ!
「オラッメルムに何したか言え!いやメルムを元に戻す方法を言えーー!」
「ぎゃあああぁぁっ」
悪魔の後ろから馬乗りになってキャメルクラッチをキメれば悪魔が盛大にもがく。
頑張って抵抗してるけど虫の抵抗だ。これでも手加減してるんだけどな。
「ヴァ!ヴァウ!」
「どうしたゲッカ」
悪魔が苦しむ傍らでゲッカが影の腕を使ってメルムのページを開く。
メルムの楽しい記憶を思い出させようとしてるらしい。
いい考えだ。
そのページとかよさそうじゃない?
「ヤメロ、我々の生きがいが!」
「そんな生きがい捨てろバカ!」
悪魔をシメてる間にゲッカが開いたページは異形のロバと10の魚が幼いメルムを囲んでいる記憶だった。
<新しい大樹の巫女だそうだ。御遣い様から巫女を育てるよう仰せつかった>
<かわいいじゃないか、今コッチみて笑ったぞ!>
カラ達が幼いメルムを高い高いしてる光景だ。
そうそうこういうのだよこういうの。見てるかメルム!
『A、AAAAAAAAーーーー……』
「くそ、メルムに全然届いてない!」
「ふはは、何百年もかけて業を見せたのだ。今更少し優しくされたところで絶望が覆るはずがない!」
「何百年?」
百年って、俺とメルムは一緒にここに来てまだほんの数時間しか経ってないはずだけど。
「球の中の時間は外の流れと異なる。あの娘はここで何百年も過ごし、精神はとっくに壊れ……」
「魔人エルボー!!」
「ごぉあぁっ!!」
うるさいのを黙らせて、メルムの繰り返される悔恨の言葉に耳を傾けた。
―ごめんなさい、ごめんなさい。出来損ないでごめんなさい。
―役目を果たさなくてごめんなさい。
―死にたくなくて、ごめんなさい。
―友達を殺してごめんなさい。
―それすらも忘れてごめんなさい。
―最低のワタシで、ごめんなさい。
『AAA、UUAAAAAAAAAAOWAAAAAAAAAAAAAA!!!』
メルムが哭いている。
「クソ悪魔!メルムに何を見せた洗いざらい吐けーー!!」
「までっ、言う、言うがら!!がああああ背中はそんなに曲がらなあああああああ!!!!!」
ということで悪魔に吐かせます。
巫女は16歳になった日に偉業の騎士を取り込んで窮極生物となり、体に神を降ろす。
神降ろしを担当する御使いと呼ばれる巨人達はアシャヌとカラにメルムを育てさせた。
しかし、アシャヌとカラの元で育ったメルムは巫女の役目を忌避して放棄し、逃げるように名も無き島でひっそりと暮らした。
以上がクソ悪魔の説明。さっきのアシャヌの説明とも一致するな。
「なーーにが神降ろしだ他人にクソ案件押し付けてんじゃねーーーよ!」
「がああああーーッ!我に言われても!!!」
おっと、つい力が入った。
「ハァ、ハァ……だが、それだけなら巫女はあそこまで大きな樹には成長しなかった」
「あ?他にも要因があるのか?」
悪魔が説明するので腕を緩めて喋りやすくしてやる。
「1度目は、娘はロバと共に落とされた。その際に娘の精神が壊れかけてな」
「壊したのお前らやろがい」
メルムは2回この封印を受けている。1度目はアシャヌと、2度目は俺とだ。
1度目の時、アシャヌはメルムを逃がすために体を失ったと言っていた。
「巫女最大の罪は役目を放棄したこと?いや違う。全てを忘れたこと?それでもない。その罪はは……」
「もったいぶんじゃねぇ!!」
頭をパカンと叩けば悪魔が涙声で叫ぶように言う。
「苦しみから逃れるために、食べぬと誓ったロバの精霊を食らったことだ!娘は根からロバの力を最後の一滴まで飲み干して窮極生物へと相成った!」
「食らった……?」
"メルムを逃がすためにはぼくの体を使うしかなかった"
アシャヌはそう言っていた。
となると、アシャヌを吸収したことでこの牢獄から脱出する力を持つアシャヌの力をメルムは得たことになる。
だがメルムが罪悪感に潰されないようアシャヌは最期の力でメルムの記憶を消した。
そしてメルムは記憶を失って1人地上に逃れた。
……辻褄が合っちゃうな。
「だが娘は再びこの空間に落とされた!そして我が手で全てを思い出し、数百年かけて暗黒の樹となったのだ!!愚かな娘の壊れる様を見るのは悪魔の最上の糧!ぐははははっ!!」
「そもそもてめーがロクでもない記憶盛って見せ続けたのが原因だろがーーー!魔人テキサスブロンコ・スープレーーックス!!」
「どおああーーー!!!」
悪魔を頭から床に叩きつけて黙らせる。
聞きたいこと聞いたしもう永久に黙っていいぞ。
「さて、状況は分かった」
異形と化した大樹は今なお許しを請い続ける。
どうしたもんかな。
「ゲッカ!楽しいページを探して片っ端からメルムに見せるぞ!」
「ヴァウヴァウ!」
とにかくまずは思い出せ。楽しい記憶を。
巫女として生まれ、神の器として育てられる。
メルムは幸せとは決して呼べない役割の下に生まれた。
だけど。
本のページを辿っていく。
<メルム、ぼくらのかわいいメルム>
<ぼくら、きみが巫女だから好きなんじゃない>
<きみがきみだから好きなんだ>
メルムの前で、カラ達が笑っている。
思い出の中には幸せな記憶もあった。
「ヴァ!」
「あっゲッカ、勝手に!……これはアシャヌとの思い出のページか?」
アシャヌと別れの記憶だ。
『AAAA、AAAA、AAA……』
樹が激しく泣きはじめる
精霊の別れの記憶なんか見たくないと思うのも無理はない。
ページを開けば、メルムが忘れていた光景が浮かんでいく。
<泣かないで 愛しいきみ>
<きみにこれから長い冬が訪れる。
目を覚ました時、となりにぼくはいないはずだ
さみしがりのきみのことだ きっと深く傷つくだろう>
<だから きみにおまじないをかけよう>
<愛しいきみよ ぼくに後悔はない。
きみがぼくを忘れようとも 異形の騎士はいつだってきみと共に在る>
<眠りの日はもうすぐだ
また会う日まで さきくませ>
今際の言葉とは思えない、穏やかな子守唄のような声だった。
『A、AAA…AA……!!』
◇
いつかの夢。
少女は10の魚に囲まれて、小さな島で笑っている。
その中で体が大きくてたくさんの目と口のある怖いロバは、見た目と裏腹に優しく語り掛けた。
―ねぇメルム、きみの夢は?
―ワタシの夢?ええっとね
―アシャヌやカラよりもずっとおおきい、お空までとどくたかい木になるの!
おまけ。キャラの名前由来一例。
メルム(Melm=災い)
ゲイン(Gains=利益)
キピテル(accipiter=鷹)
カニス(Canis=犬)
ステラ(stella=星)




