5.沼で餌探し
縦横にうねる木の幹は天然の迷路を形作り、絡みつく蔦が無骨な樹木に鮮やかな緑を添えている。
生い茂る草の間を歩き続け、やがて大きな沼が見えてきた。
ゴルファフロッグはこの辺りにいるそうだ。
道中は樹木かと思えば植物に擬態した魔物だったりするから油断ならない。ゲッカが全部燃やしてくれるけどね。
「ヴァ、ヴァフッ!」
「ゲッカさんも強いんですね」
「俺の相棒だからな。……ところで別に敬語じゃなくてもいいぞ?」
せっかく一緒に旅をすることになったし、フランクな関係でいたい。
「敬語はクセのようなものです」
「確かにくすぐった時も敬語だったな」
必死な時も敬語だったから、これが素なのかもな。
「その話はもういいでしょう」
クローバーは思い出したのか両腕で自分の体を抱く。笑いすぎて筋肉痛になったって言ってたな。
「ヴァン!ヴァ!」
「おーゲッカ、カエル見つけたか?」
話し込んで完全にゲッカ任せになっちゃったな。
ゲッカの吠える方にはカエルが3匹いた。
青白いカエルが2体、赤いカエルが1体だ。
手早く解析する。
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種族:ゴルファフロッグ【特異個体】
LV:15
HP:229/229
MP:92/92
速度:43
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種族:ゴルファフロッグ
LV:18
HP:149/149
MP:65/65
速度:29
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種族:ゴルファフロッグ
LV:17
HP:142/142
MP:60/60
速度:31
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色が違う奴には【特異個体】って文字が表示されてる。
「赤いのは特異個体ですね!通常種1体いればいいので、赤いのは是非倒してください!」
「よっしゃ、頼むぞゲッカ!」
「ヴァウ!」
ゲッカが任せろとひと声吠えて走り出せばカゲッカを敵と認識したカエル達が腹を膨らませる。
『ゲラゲラゲラゲラゲラ!!!』
鳴き声と同時に白い電撃が放たれるがゲッカに当てるには遅すぎる。ゲッカが炎の爪を纏ってすれ違いざまに2匹の胴を切り裂いた。
「いいぞ……うん?」
『ゲラ、ゲララッ』
赤い方のカエルの傷がみるみるうちに治っていく。すごい再生力だ。
「ヴルルッ!」
今度はゲッカが赤いカエルを連続で燃やして引き裂く。
赤カエルは千切れた手足と大きく裂かれた傷を修復をしようとしていたが攻撃速度の前についに力尽きた。
流れるように鮮やかな動きで最後の1匹をゲッカが体当たりで弱らせて押さえつけてフィニッシュ。さすがうちのゲッカだぜ!
「運がいいですよ特異個体なんて!特異個体は異なる進化の可能性を秘めた希少な個体。こいつらは貴重な素材を……あったあった!」
クローバーは意気揚々とナイフでカエルの腹の中を探り、親指ほどのサイズの石を引きずり出した。……絵面が凄いから両手を血まみれにしながらこっち見て笑わないで欲しい。
「これです!ユニークコア!これが魔物を異なる姿に進化させるんですよ」
「へー、魔物って進化するのか」
そう言うとクローバーは途端にトーンダウンし可哀想なものを見る目で俺を見た。
「珍しいものをラグナさんにも伝わるように説明しつつ喜んでいるのに喜びは伝わらないし、大前提の進化すら知らないなんてボクがバカみたいじゃないですか……」
「バカみたいって言ってるけどバカにされてるの俺だよな」
「かつての魔人は頭もキレたそうです。それが進化も世間も知らない脳筋になるとは歴史家達も予想できな……ぐぇ!」
ゲッカが器用にカエルを放り投げればクローバーはでっぷりした押し潰されることになった。
「うえぇ、ちょ、ちょっと、どけてください」
「ヴァウヴァウ!」
俺のことをバカにされて怒ってるようでクローバーに向かってバウバウ吠えている。
やだ忠犬ゲッカじゃん。よしよしいい子だな。
ゲッカはカエルを軽々放り投げたけど非力なクローバーではどかすことすら難しいようだ。
「カッカッカ、調子乗るからだとさ」
「……あのぅ、ボクの姿勢が低い時にボクの目の前に立たないでもらえます?」
クローバーが嫌そうに目をそらす。
カエルに潰されているクローバーは地面に顔がついているから、そんな位置から俺を見上げれば腰布の中が見えるよね。
……。
腹いせにもうしばらくカエルに潰されててもらおう。
◆
「成長した魔物や亜人は進化することがあるんですよ」
「じゃあゲッカも進化するかな?」
「するんじゃないですか?見た所幼い個体のようですし」
ゲッカの成長か、楽しみだな。
成長の姿を思い浮かべにへらにへら笑いながら作業してるとゲッカが首をかしげる。
たくましくなるんだろうな!きっと凛々しくでキリっとするんだ。俺みたいに。
でも今のコロコロとしたかわいさをまだ堪能していたい気持ちもあるし、嬉しいやら寂しいやらだ。
「手が止まってます」
「おっと悪い」
ゴルファフロッグの肉は食べれるとクローバーに教わったので確保。
そういやカエルは鶏肉に似た味って聞いたことあるな。
ゴルファフロッグはあらかじめクローバーが用意していた眠り団子を食べさせた。
眠らせることで運ぶ最中に電気を受ける心配もない。
眠り団子の材料はクローバーが持っていた眠り草と麻痺の実、それから昨日入手した猪肉だ。
眠り草は無味無臭でまず気付かれないもので、ゲッカの鼻でも肉と混ぜられると嗅ぎ分けるのが難しいらしい。
麻痺の実と食べると眠りというより仮死に近い状態になり安全に運べるとのこと。そんなの手軽に作れるとかやべーなこの世界。
ゲッカは解体が済んだカエルの皮をかじっている。
おいおい、食べるなら肉の方がよくない?
「骨とか虫とか普通あんま食べなそうなものをよく齧りたがるんだよなゲッカは」
吐きながら毒虫食べてたこともあったしね。
「進化条件に食事が関係してるかもしれないですね」
「え!食事が進化に関わることもあるのか!?もしかして骨とか虫を食べるの止めてたけど進化阻害してた?」
「本当に食事で進化するかは知りませんよ。そういう種もいると聞いたことがあるだけで」
そっか、それじゃもう少し見守ることにしよう。
カエルの肉の処理は終わったしゴルファフロッグも捕獲した。
これでこの沼での用は済んだことになる。
「なぁクローバー、収納魔法に入れて欲しい物があるんだけど頼めるか?」
「構いませんが何を?」
「これから荒野に行くんだろ?この沼には木がたくさんあるからここで薪とか用意できないかと思ってさ」
これから向かう先には木がないかもしれないし、用意出来るものは出来る内にしておきたい。
「ラグナさんも実はちゃんと考えてるんですね!」
「おめぇは一言多いよなー!」
「わたたたっ!」
とてもいい笑顔で失礼なことを言ってくるので指で後頭部をぐりぐりしてやった。
俺のことを脳筋アンポンタンだと思ってる節があるよねクローバー。
出会ってここまで教わりっぱなしだから仕方ないかもしれないけどこれから挽回するぞ。キレ者なところを見せてやるからな。
「それなら斧持ってますよ。使いますか?」
「用意がいいな!貸してくれ」
クローバーがハチェットを取り出す。
斧なんて使ったことないけどなんとかなるだろう。
丁度いい具合の切り株を見つけたので薪割り台にして、ゲッカがいい太さの木を炎の爪で切り倒したからこの木を薪にしよう。
ゲッカとクローバーが見守る中、斧を振りかぶる。
「よーし、いくぞ!」
力をいれずに、あくまで振り下ろす際の斧の重さを利用して。
あれ?
なんか、斧がすごい勢いで地面に向かって……。
「なに、してるん、ですか」
「おれ、なに、したのかな」
「ヴァ、アウ、アウ」
俺たちは途方に暮れていた。
2人とも、やめたまえ。そんな目で俺を見るんじゃない。
違う、これは違うんだ。何かの間違いなんだ。
軽い気持ちで振るった斧は木に触れたと当時に衝撃を放った。
地面が割れて沼地を裂き、沼の水は割れた地の底にこの世の終わりのような音を立てて吸い込まれる。
辺りの木という木は薙ぎ倒され、鳥獣達が逃げ惑う鳴き声が聞こえる。
そして、力に耐えきれず斧は自壊してしまった。
「クローバー。あの斧っていわく付きとか伝説の武器とかだったりは……」
「極めて普通の斧です」
よし。
わかった。
俺たちは何も見なかった。いいね?
でかい音がしたから誰か来るかもしれない。
とりあえず。
「ずらかるぞ!!」
「ヴァウ!!」
「はい!」