48.ラバルトゥの提案
◆
蝙蝠のような翼を羽ばたかせ、ラバルトゥが向かうのは迷宮最下層。
(狙いは迷宮核?避難民に潜り込んでいたのは迷宮核を探るため?)
迷宮核を失った迷宮は数日以内に消滅し、その時に迷宮の中の物は全て虚無の彼方へ落とされると言われている。この迷宮にいる亜人たちも、封印されているラグナさえ逃れられないだろう。
「行かせない、ジッパー!!」
ラバルトゥの行き先に複数のジッパーを展開し物理的に道を塞いだ。自分の魔力の及ぶ範囲と一定の広さがあれば展開する場所を選ばない。
行き場を失ったラバルトゥは振り向いたかと思えばその影から無数の触手が現れてクローバーに襲い掛かった。
(ゲッカさんと同じ、闇魔法!)
実体の無い影はジッパーでは防げない。迫り来る影を潜り抜けて、空中に展開したジッパーを足場にして逃れる。
ゲッカの影魔法をよく見ることもあり、ラグナから得た『常在戦場』の効果で動きが予測できる。何よりも影の速度はゲッカのものより遅かった。
「ウフフ、1年前は身動きもとれなかったのに」
「先へは行かせません!」
「じゃあ、これはどう?」
ラバルトゥの目が怪しく光り、意識が一瞬吸い込まれる。
それが催眠だと気付いた時にはもう遅く、突然全身に襲い掛かる重圧にクローバーは床に叩きつけられた。
闇属性の攻撃は大きく分けて3つに分類される。
影を操り光を奪う、重力を操る、催眠や支配といった精神干渉。
その全てを扱うラバルトゥは闇属性のエキスパートと言える。
「うぅっ!」
「久しいわねクローバーちゃん。素敵なお顔になったこと」
もうそこに無い左目をなぞられてクローバーの体はぞくぞくと震えた。
生理的な反応なのか、悪寒なのか分からない。1年前会った時と変わらない嗜虐的な笑み。
しかしラバルトゥはすぐにその場を飛び退き、僅かに遅れてラバルトゥの頭があった所を矢が通り過ぎる。
回避したものの矢が纏う風がラバルトゥの頬を掠めて切り裂いた。
頭を吹き飛ばす筈の一撃を避けられるもキピテルが駆け抜けながら二の矢をつがえた。
「さっきの風使い!」
「……気を付けて下さい!ラバルトゥは闇の使い手です!」
ラバルトゥは頬から流れる血を舌で舐め取って右手を前に付き出した。
無数の影がキピテルを囲むように襲い掛かる。影は風では防げない。
「チッ」
「上空はマトよ。……あら」
咄嗟に上空に飛び退いたキピテルを影が追う。
だが有翼形態へと姿を変えて翼に風を纏わせたキピテルは無数の影を高速でかわしてラバルトゥに向かって矢を立て続けに放った。
ラバルトゥが腕を胸の前で交差させ、目前に迫る矢を実体化させた影でへし折る。
「お見事ね、でもその翼ではアナタ自身体の影は避けらないわ」
「!?」
次にラバルトゥが闇の影を生やしたのはキピテルの大きな翼がそのままキピテルの背に落とした影からだった。
ラバルトゥの操る影はゲッカよりも遅い代わりに、非接触型。自身が触れていない影も操れる。
背から異物が生える感触を嫌い風で振り払おうとするが逃れようもない。
「グッ!」
「キピテルさん!」
どす黒い影が顔を覆えば一瞬でキピテルの意識は刈り取られた。
力無く落下するキピテルを影が吊るし上げる。
「ウフフ!これでオシマイ」
「待っ――!」
クローバーは重圧に押しつぶされそうになりながらも収納魔法を展開しようとする。しかし指の先までかかる重力はそれすら許してくれない。
けれども意外なことにラバルトゥの悪意は首をねじ切る直前に霧散した。
「あら、バードマンかと思ったけどこの翼の色はメスかしら。若いメスはいないと聞いたけど……」
影がキピテルのターバンを引き裂く。するとラバルトゥは納得したように笑った。
「……そういうコト、だったら見逃してアゲル。あの子には世話になってるしね」
「何の話ですか……?」
「ウフフ、こっちの話」
ラバルトゥが体を翻せば影は元あるべき形に戻り、クローバーを押しつぶす重力も消え去った。支えを失ったキピテルがどさりと床に落とされる。
クローバーがキピテルを抱き起こせば意識を失っているだけで安堵する。
「それより、ラグナちゃんがいなくてクローバーちゃんも困っているのでしょう?一時休戦といかないかしら」
「……何が狙い、ですか」
人間はベヒモス、勇者と冒険者、魔将軍。3つの勢力を送り込むことで迷宮を攻略しようとした。
人間と魔族は敵対しているが、第三勢力であり亜人達の王であるラグナを倒す可能性が目の前にあれば魔族も一時的に人間の策に乗ってラグナを脱落させようとするはず。
成果を優先するタージグレやバフォメットならそうしただろう。しかし利用されるのを是とせず、奔放で気まぐれなラバルトゥの性質がそうはさせなかった。
「この迷宮をグチャグチャにしてもいいけれど、こんな形で人間に利用されるのは虫唾が走る。シンプルでしょう?」
◆ダンジョン村東
洞窟から逃れた冒険者達は迷宮東まで逃れていた。
降伏を促したものの、降伏を望む亜人は現れない。
そこまで愚かではなかったようだとスケアクロウは少しだけ感心しつつ目の前のギルドマスターの話を聞いた。
「あなた方はクエスト中、不慮の事故でこの迷宮に飛ばされた。申し訳ありませんがあなた方の保護はできません」
イフウは歯噛みしたが、極力表に出さないようにする。
国家が冒険者を巻き込み利用したとは言えないから不慮の事故ということにするつもりらしい。
ベクトは意図的に巻き込んだと言っていたが、それをこの騎士に訴えたところでそんな事実は無いで突っぱねられるだろう。
あくまで勇者が勝手にやったことというスタンス。
元より王都から離れ、独自にやっているグラリアスを良く思っていないのだろう。冒険者はそれこそ掃いて捨てるほどいる。
元よりあまり期待はしていなかったが騎士に保護してもらうことで帰還する可能性は潰えた。
ならば生き残る方法は2つ。この何もないトゥーレから僅かな物資で傷ついた冒険者達を連れて何十日もかけてグラリアスに戻るか、この戦いに勝利するか。
「勇者には同行できない。だがこの迷宮を片付けねば我々は帰ることもできないのだろう。我々は我々のやり方で迷宮踏破を目指す。それでいいか」
「いいでしょう。我々の任務はこの迷宮の陥落。迷宮を落とし戦に勝利した暁には責任をもってあなた方が街へ戻れるよう取り計らいましょう」
話を終えたイフウはやっと訪れた休息を取る冒険者達を眺める。皆多かれ少なかれ傷を負っている。
ベクトに置いていくよう言われた身動きの取れない冒険者はどうしているだろうか。この迷宮に来た時の3分の1が姿を消した。
どこかに隠れているならいいが魔物に殺されたか亜人に捕らわれた可能性の方が高いだろう。
「……クソッ、何が生き残ることが最優先だ」
口の中からは鉄の味がする。
◆ダンジョン村北
「あんのケダモノどもがァ!!」
「手ひどくやられたなぁ。だがそれだけ元気ならもう平気だ」
イフウがスケアクロウと話していた頃、ベクトはサウスに回収されていた。サウスの部下の癒し手により左腕の出血は収まっている。
「腕は治ってねぇぞ」
「いや欠損を治すなんざそれこそ黄金の果実でもなきゃ無理なんだわ」
「あのクソ魚にできて人間にできねぇのかよ!」
「んなこと言ってもな。現に狭間の王はお前さんより強いわけで」
ベクトの苛立ちは収まらない。油断して劣等種に敗北したことも、魔片を3つ奪われたことも我慢ならなかった。
「どうする、戦いが終わるまでここで休むか?」
「ふざけんな!あのトカゲと魚の前で仲間を1匹1匹刻んで殺してやらねぇと気が済まねぇ!」
「ああ、そりゃいい。アンタは人を率いるより単独の方が活きる。1人でも亜人を倒してくれるだけでありがたいさ」
勇者は一騎当千に値するが、大人数を率いる戦いは不向きだ。勇者は単独で暗殺するか、勇者同士で少人数のパーティを組んで行動が最善とされている。
単身で敵陣に潜り込むことこそベクトが最も得意、且つ亜人達が嫌がる戦い方だ。
ベクトは保存食を齧りながらサウスの部下達を眺める。
「おいサウス。アンタの部下の女1人くれ」
「ちょっ、バカ言うな。おれの部下アンタに渡したら壊される」
ベクトが女好きなのは有名だ。そして乱暴な事も。
ここまで荒れたベクトが何をするか、そしてどうなるかは想像に難くない。
「どうしてもって言うなら自分で亜人捕まえてやってくれ。見かけても見ないフリしてやるから」
「ヤるなら人間がいいんだよ。昂って仕方ねぇ」
「知るか。話は終わりだ。休んだらとっとと出撃しな」
◆ダンジョン村深部
扉が開く音でキピテルは意識を取り戻した。
まず覚えたのは浮遊感、次に感じたのは体が揺られていること。
クローバーに背負われて運ばれていたキピテルはすぐに状況把握に努めた。場所は先程いた避難部屋、今辿り着いたらしい
「おい、ここは。あの魔族はどうなった?今の時刻は!」
「わったた」
背から離れれば急に体にかかる体重が軽くなったことでクローバーがよろめく。
「起きたんですね。ええと、何から話していいやら……。あ、ごめんなさいターバン切られちゃいました。タグだけ回収してきたのですが」
「いい。変わりはある。それよりも今どうなっている」
似たような柄いくつも持ってましたよね、と余計なことは言わないでおく。
「あーっ!2人ともブジだったんだね!」
ラティがやってくれば一気に騒がしくなる。キピテルに来るなと凄まれて、そして魔将軍は普通に怖かったので大人しく退散していたのだが、クローバー達が姿を見せたことで笑顔を見せた。
「ねぇクローバーちゃん、あのラバルトゥってコワいおねーさん知り合い?」
「後にしろ。状況を先に話せ」
キピテルにバッサリ切られてラティが口をすぼめて不満を示す。
この状況でもマイペースなラティを見るとどうにかなりそうでクローバーは嫌いではなかった。けれども情報共有が優先なのは同意するところなのでこちらの話を優先させてもらう。
「ええと、まず先ほどラバルトゥと会ってからそんなに時間は立ってません。それとラバルトゥは……あれ?」
「おい!」
「えっ、魔方陣!?」
クローバーの足元に赤い魔方陣が浮かび上がる。
「わ!召喚魔法!?あ!わ、わーーーーっ!!!!」
「キャスパリーグ!」
「……いっちゃった」
肝心の話が聞いておらずキピテルが舌打ちする。
「大変、クローバーちゃんがさらわれたよ!?」
「うるさい。先ほどの陣は召喚魔法の文様だ」
「召喚?」
召喚する方法は2つ。
1つ目は長い時間とリソース、つまり大量の魔力や生贄、富や寿命を捧げる方法。本来呼ぶことのできない上位の神霊や悪魔も、相手の合意さえあれば召喚できる。
2つ目は召喚対象が自身の支配下にあること。こちらは比較的気軽に行えるが召喚対象が限られる。こちらは基本的に支配下にある人物や魔物を召喚するもので、クローバーがネコをポンポン召喚できるのはひとえに『猫の王』スキルにより全てのネコを支配しているため。
この場合術者の力が強い場合は強制的に召喚ができる。
そしてどちらの場合も『召喚魔法』のスキルを持っていなければ使用はできない。
今回は強制的に召喚されたため召喚方法は後者。そしてクローバーを手軽に召喚できる存在など限られる。
キピテルはラグナがクローバーと眷属契約で『召喚魔法』を得たのだろうと判断する。眷属であれば召喚対象になる。
「キャスパリーグは魔人に呼ばれた。緊急性は無い」
「そっか!じゃあ大丈夫だね!」
面倒なので色々省いて説明すればラティはそれだけで納得した。
そう、緊急性は無い。
クローバーが召喚されたこと自体は。
「クローバー!負傷した冒険者捕らえたらしいけどどうする……って隊長じゃないスか。クローバーは?」
「キャスパリーグは不在だ」
「マジかよ、どうしよう?サビドゥリアに聞けばいいかな?」
「サビドゥリア氏寝てたよー」
緊急性はない、けれどもクローバーがいなくなったことで指揮をする者がいないことは緊急の問題だった。
「クローバーさん、グリフォン用の砲台はどこ運べばいい?」
「次の戦闘場所の割り当てだけど」
「今クローバーいないらしいよ」
「え!?追加の砲台置き場がないからすぐに運びたいんだがどうしよう」
「おーいクローバーさーん、壊れた区画の修復と次の爆弾置き場なんですけどもー」
一気に用件が渋滞した。
「……ディッサは把握してるか?」
「すまねぇ隊長。俺っち戦い以外はちょっと」
「エイダ」
「迷宮の構造については私も……、申し訳ありません」
カメレオンと羊の商人がばつが悪そうに目を反らす。
こうしている間にも人間達は次の手に出るはずだ。時間を無駄にはできない。
「……指示は10分待て!迷宮に関する詳細な地図と資料全て出せ。今すぐだ」
「あ、あいあいさー!」
次々と出てくる資料はおそらくクローバーがまとめていたもの。
その量に眩暈を覚える。
あの小娘覚えてろ、とこの場にいないクローバーへの恨み言を呟きながら資料を漁るキピテルに商人達は苦笑するしかなかった。
◆
「おれたちどうなるんだろうな……」
「せめて苦しまない方法で死ねるよう祈るしかないわね」
早々に脱落した冒険者達がぼやく。
ベクトに捨てられ、迷宮でリザードマンに捕らわれた冒険者達は武器も装備を取り上げられ一旦物置に入れられることになった。
縛られていることもあるが、逃げ出す気は起きなかった。二度と開くことのない焼き爛れた目。壊死した足。軽くない負傷がその気を削いでいた。
「……ねぇ、いたい?みえないの?」
人魚の子が潜り込んできた。
当然だが、亜人にも子供はいる。この迷宮には亜人が生きている。
「そうだな、もう見えないよ」
「アタシももう歩けないだろうね。……その前にもう一度お天道様を拝めるかどうかだけど」
「まってて!」
体に暖かいものが流れ込んだかと思えば負傷した冒険者達は信じられないものを見る。
痛みは消え、治ることはないと思っていた体が完璧に治療されていた。
「み、見える……。お、お嬢ちゃん、一体何をしたんだ!?」
「足が、動く。もう痛くないわ!」
少女は笑顔を見せて短い尾を翻してふわりと浮いて。
本当に嬉しそうな顔を見せた。
「よかった。ナイショだよ?」
そう言って少女が去っていくのを眺めて去って行ったところで、残された冒険者達は疲れたように笑った。
「……アタシとしたことが、礼すら言いそびれるなんて」
「おいら達、何してんだろうなぁ」
「まさか勇者に殺されかけて、敵である亜人の子に治療されるとはねぇ」
500ブクマ達成してました、ありがとうございます!!




