45.形勢逆転
また仲間たちサイドの話。
◆
長い夜が明け、冒険者達が外に出れば、一面湖が広がっていた。
「迷宮を一晩で沈めるとは」
機動力の高いワイバーンといった飛行騎兵の前では距離も高低差も枷にならないため強みを発揮できる。しかし大きな体と翼は狭い場所、つまり洞窟や迷宮内の戦いには不向きだ。
「ケダモノにしては思い切りがいいが迷宮は勇者や冒険者の領分。行くぞ」
「待ってくれ!うちのパーティメンバーが怪我してるんだ」
深手を負った女冒険者が呻いている。止血処置こそしてあるものの歩くこともままならない様子だ。
「先急ぐから捨て置けよ。できねぇならオレが殺してやる」
「お前っ!」
「……よせ。分かった、置いていく」
「リーダー!」
身動きも取れないのに敵陣のただ中に置き去りにして生き残れるとは思えないが、置いて行かなければ殺されかねない。
どうにか魔物や亜人に見つかる前に騎士団に見つけてもらうことを祈るしかない。
こんな所で魔物の餌になるのは嫌だと喚く声を聞きながらベクトは歩みを進める。
破棄するのは勿体なかった。どうせならお楽しみに使いたかったが、さすがに戦が優先だ。体力のあるうちにこちらから攻め込む必要がある。どうせ亜人は休ませてはくれないだろう。
やがて開けた空間にリザードマンの群れが現れた。
「来たな人間達ッ!!」
大砲を持つリザードマンによく似た亜人が獰猛に笑う。リザードマンを率いていることから上位種だろう。
つまりコイツを片付ければ終わりだと、ベクトは電光石火の速度で駆け抜ける。一瞬の後に金属のかち合う音が洞窟内に響いた。
「お!?」
「甘いッ!」
正面から受け止められるとは思わなかったベクトは目を見開く。
「頼むぞノーム達!」
「あいあいさー!」
号令に呼応する甲高い小人たちの声。少し遅れて洞窟の離れた所で爆発音が轟いた。
「水の流れる音だ!」
リザードマン達が立ちはだかる先も、今来た道にも多量の水が押しよせ、退路が塞がれる。
「高台へ移動しろ!」
「逃がすか!」
冒険者達が我先にと洞窟のより高い場所へ駆け上がるが遅れた者から水辺を自在に泳ぐリザードマンの槍の餌食になっていく。
「小癪なケダモノが!この勇者ベクトが焼き尽くしてやる!」
「勇者と云うなら名乗っておこう!狭間の王ラグナが眷属序列参、爆弾魔ウィトル!参るッ!」
「魔人の眷属か!だったらこっちもコイツを試してやる!」
ベクトが持つのは小さな赤い石。
ウィトルもよく知るものでウィトルのポーチに入ったノーム達が叫ぶ。
「魔片か!」
「陛下にもらったんだよ。ケダモノを根絶やしにできるならと分けてくださったぜ」
魔物に与えれば群れの長となる程の力を引き出す魔片を勇者が使えば絶大な力を発揮することは間違いない。
ベクトは躊躇うことなく魔片を左腕に突き刺した。
魔片が肌に吸着し、ベクトの肉体を奮い立たせる。
「ハッ、ハハハ!これが魔片か!チカラが漲る!いいね、もっと寄越せ!てめぇの魔片もいただくぜ!」
「これは魔片じゃなーいッ!ボスの眷属の証だッ!」
ウィトルの右手甲についたラグナの眷属の証を魔片と勘違いしたベクトはウィトルの腕目掛けて双剣から剣を放つ。
水と炎が交差する傍ら、限られた足場では冒険者達はアッシュが召喚した数十の亡者と交戦していた。
「甦れ亡者たち!"罪人の行進"!」
「ゾンビ兵だと!?」
「不死の軍勢達、敵を水場へ突き落せ!」
アッシュの魔力が続く限り動き続ける不死の軍隊がただただ盾で力任せに冒険者を水辺で押し出そうとする。水に落ちればリザードマン達の餌食だ。
「落ち着いて対処しろ!動きは単調……はっ!」
自身の顔面目掛けて飛んで来た稲妻をイフウは刀に纏わせた冷気で弾いた。
「……サビドゥリア、よもやと思ったがお前と戦うことになるとは」
「因果なものですな、イフウ殿」
魔物の弱点を見抜く『弱点看破』を持つサビドゥリアは亜人でありながら冒険ギルドから重宝されていた。
かつてサビドゥリアと共に魔物の生態調査依頼が多く発注された。対処の分からない危険な魔物をサビドゥリアに弱点を見てもらう。その道中や戦闘中の彼のサポートをするというもの。
前線での攻撃に長けたイフウはよくクエストを受け、繰り返すうちに友となった。
サビドゥリアの知性にはイフウも学ぶところが多かった。戦いが苦手なハルピュイアでありながら勇知を持つ彼のような者こそ傑物と呼ぶのだろう。
自分は他の物より学ぶ機会があっただけとサビドゥリアの話を聞きながら、彼が活動を制限される亜人ではなく人間ならば、きっとより多くの者が救われただろうとも思う。
それも今は昔の話で、今は互いに生き抜くために刃と爪を向ける。
「"双頭炎月斬"」
「"水大砲"ッ!」
部屋の中央ではベクトの炎剣とウィトルの水砲が激しく衝突している。
「何故届かねぇ!」
「ウィトルさまがお前より強いからに決まってる!」
「んなわけねぇだろうが!」
押されるのは魔片の差だ。そうでもなければケダモノである劣悪種に勇者である自分が負けるはずがないとベクトは心から思っていた。
「なら冒険者共!てめぇらの魔片をよこせ!」
「なに!?」
魔片を持つ冒険者は一定数いる。
魔片は人間領においては国家の管理物となっている。
基本的に見つけた者が所有することが認められるるが国の物を借りているという扱いだ。
忌避すべき魔人の一部である魔片だが、リスクも無しに力を引き出し戦闘力を飛躍的に上げる物質を国家も手放せなかった。
一方で魔片を手に入れた者が恐喝や盗難、暗殺に遭ったり紛失することも珍しくない。
そのため魔片を所持する者は冒険ギルドや魔導組合といった所属する組織や領に所持数を申告する義務があった。申告なしの所持は重罪にすることで魔片の把握と魔片関連の犯罪を抑制している。
だが魔片の所持状況は非常時以外公開されないし、奪われる恐れのある魔片を持っていると公言する冒険者はほとんどいない。
冒険者の誰が魔片を持っているかを知っているのは冒険者ギルドでもギルドマスターであるイフウやごく一部の人間のみだ。
「ぎゃああぁぁっ!!」
ベクトの剣が冒険者の肩を抉る。抉った肉を燃やし尽くせば魔片だけが残り、その小さな石を満足げに眺めて2つ目の魔片を自慢の双剣の柄に突き刺した。
「勇者てめぇ、なぜローティが魔片を持っていたことを知ってる!」
「どうしてって、勇者だからだよ。魔片は国家のモン。そしてオレは国王の依頼で魔人退治に来た」
ベクトの発言は、本来守られるはずの機密を国が勇者に教えたことを意味している。
「お前と、お前も持ってんだろ!?」
人間相手に弱体化するとはいえ、魔片で強化された勇者に成すすべもなく冒険者達は手持ちの魔片を奪われる。
「仲間から奪うなど、イカれてるッ!」
ウィトルが呟き終える時にはベクトは3つの魔片を回収する。
集めた魔片を武器と左腕に吸着させ、ベクトの魔片は4つ。
「これだ!これだよこのチカラだ!!」
「ぬッ!?」
炎が荒れ狂い、辺りを焼き焦がす。水は一瞬で湯だたり、広場は熱気に包まれた。
「熱っ熱……!息がっ!」
「まずい!洞窟内の酸素が失われていきます。ウィトル殿、壁に穴を!」
サビドゥリアの指摘にウィトルは大砲を構える。
「合点!"激流砲"!!」
周辺の水を凝縮して砲に詰めて水流を放つ。
水砲は壁を穿ち外へと繋がる大穴を開けた。これで仲間が酸欠に倒れることはないはずだ。
「仲間を気にしてる場合か!?」
「なッ!」
ベクトの炎がウィトルの腹を存分に引き裂いた。
◆
少し離れた所でクローバー達が戦いの様子を伺っていた。
「ウィトルがやられた!まだ立ってるがキツそうだ!」
「クローバーどうする!?」
「負傷者は下がってください!待機兵、交替を!」
「今ので出撃できる奴は最後だ!」
優勢だった戦いはベクトが魔片を手に入れたことで一気に劣勢になる。
「クソッ、こうなりゃオレが出る!」
「だめです、ジネヴラさんケガしてるものー!」
「こんくらい屁でもねぇ!!」
つま先から先がない者、背を焼かれた者、深い傷をつけられた者。
こちらに有利な状況を整えたにもかかわらず、負傷者は増えるばかり。4つの魔片を持つ勇者の力は想定を超えている。
(これ以上は耐えきれない)
クローバーが歯噛みする。
敗走は味方の士気に大きく影響する、しかしこれ以上の経戦は無理かもしれない。
その時クローバーの耳がピコンと動いた。
「……き、来た!来ました!!」
「あン!?」
怪我の痛みを出撃の準備をしていたが突然の大声に思わず振り向けば、クローバーが突然駆け出した。
「クローバーさん!?」
「おい、どこ行くんだよ!?」
会計商人とリザードマンが慌てて追いかけてみればブルーグリーンの魔方陣が水辺に描かれている。
「増援を呼びます!――"召喚魔法"!!」
◆
大柄なミミズクの鳥人は刀で抉られた脇腹を押さえ片膝をついた。
零れた肉が、その命がもう長くないことを示唆している。
「サビドゥリア……」
「後悔はありませぬ。魔人殿が掲げた共生という御伽噺の如き理想郷は、ワタシの夢見た景色でもありました」
強大な魔物との戦いの前には人間も鳥人もなく、互いが信頼した者同士で背を預け戦うのは楽しかった。
その先に、まだ見たことの無い景色があるとすら思った。
「サビドゥリア。……言葉もない」
「なに、冒険を夢見る小僧の多くは冒険に散る。ならばワタシが此処で夢に殉じるのも華でしょう」
サビドゥリアが命を賭した稲妻を放てば刀越しにイフウの手を焼いた。
ギルドを背負って立つ男に実力では一度も敵わなかったが、最期の一矢に充足感を覚える。
血が体の外へと流れ、体が底冷えする。
肉体の力が急速に抜けていくことが分かる。それでも力命尽きるまで稲妻を止める気は無い。
残りの意識と命を全て稲妻の維持に注ぎ込むが、どれだけ時間が経ったかも魔法を維持できているか、自分が生きているかも分からなくなった頃。
己の体が何かに包まれたかのような暖かみを感じた。
死とはこんなにも暖かいものだろうか。今際に新たな見識を得られるとはと驚愕に近い感情を抱くが、どうもおかしい
死にしては辺りがやかましく、顔や体が触れる冷たい岩の感触が現実的すぎた。
「……、これは!?」
「怪我が癒えていくぞッ!」
体を包むのは眩い光が、出血も火傷も呼吸の苦しさも、全てを癒していく。
同時に恐ろしい物を目の当たりにした顔で冒険者達の声も聞こえてきた。
「誰だオレの成果を台無しにしやがるのは!」
ウィトルの負った深手も帳消しになり、ベクトが激昂する。
サビドゥリアの助からないはずだった脇腹には傷痕すら残っていない。
「信じられませぬ……」
「おい、増援だ!水面に何かいる!!」
冒険者の声にサビドゥリアは素早く飛び上がり水面を見下ろす。
「……あれは、北海の」
「メロウだ!海に棲む人魚が何故ここにいる!?」
「くそっ、リザードマンが次々回復してる!癒し手を探せ!」
癒し手は非常に貴重な存在。
その上こぼれた内臓も切断された四肢も瞬く間に回復させる程の力を持つ者など歴史上でもほんの一握りだ。
一体どのような猛者がこれほどの癒しの魔法を放っているのかと、溢れる光の元を見ればそこにいたのは。
「こんにちは!ヴェパルのカロンっていいます!ラグナおにいちゃんのケンゾクになりに来たの!」
「「「「……子供!!?」」」」
小さな体躯で両手をめいっぱいに広げて爛漫な笑顔で挨拶する小さな人魚だった。
「……回復してるのはてめぇか!!」
「きゃ!?」
圧倒的な力を手に入れたのに思い通りに行かない。不利なフィールドも数の差も軽く押し返せるはずだった。
相手方に癒し手が現れてから流れが変わった。
劣等種が希少な癒しの力を持つことが腹立たしい。今殺さないといけない。
大量のメロウが現れたことも面倒だった。水の中に潜られればベクトでも倒すには骨が折れる。だから水ごとすべて吹き飛ばそうと思った。
左腕に力が集まる。魔片により体も武器も力を引き出せる今なら辺り一面の劣等種をまとめて焼き焦がすだけの炎を放てるだろう。きっと気持ちがよくなる。
「バッ……ベクトやめろ!俺たちまで――――」
ベクトの意識は既に体から溢れる炎の魔力と幼い人魚に意識に向けられていた。
だから外野の声は届かない。
そして、ベクトは水面に最も警戒を解いてはいけなかった龍人の存在にも気付けなかった。
「させるかッ!!」
「なっ……?――――!!!」
「"穿鉄斬刃ッ"!!」」
超高圧に圧縮された水の塊が長い刃を形作る。
驚愕の顔で硬直したベクトの一瞬の隙を見逃さず、振り下ろされた水刃はベクトの左腕を一刀のもとに切断した。
懐かしい子登場。カロンは2章30話~39話辺りに登場してます。
余談
主要キャラクターは昔よく聴いていた曲のイメージをいくつか混ぜて作ってます。
クローバーのイメージの1つは「今宵エデンの片隅で」。ご興味があったら聴いてみてください~。




