表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
4章 やさしい場所
145/163

44.黒い渦の底で

 俺は青く昏い空間を漂っている。


 ここはどこだろう。

 俺は誰だろう。

 いつからここにいたんだろう。



「お目覚めですかな」


 しわがれた声がした。

 俺の体は声の方を向いている。


「ヒッヒヒ。ようこそ、ここは"底なし牢獄"の中。あなた様が因果と向き合う場所。ワタクシは案内人のカウサリスと申します」


 え?ええと、どうもこんにちは。

 俺の名前は……俺は、誰だっけ。


 俺の前に現れたのは異形の人型。執事服に真っ黒なプラズマボールのような頭。服や体付き、低くしゃがれた声から男だと分かる。


挿絵(By みてみん)


「ああ、何者かは答えていただかなくて結構。もっとも答えられないでしょうな。此処に来た者は皆初めはそうなります。ヒ、ヒヒヒ」


 カウサリスは俺の先を浮かぶような、滑るような足取りで歩いて行く。

 歩こうと思う前に俺の体はカウサリスの後をついていく。俺は歩いているんだろうか、浮いているんだろうか?それすらも分からない。


 辺りには天上の闇の奥から無数の細い糸が垂れ、大きな球がそれらの糸一本一本に吊られてぶら下がっている。


「球が見えるでしょう。あれら1つ1つに魂が容れられております。中は時間も空間の概念もない重く果てなき牢獄で、各々の業に押しつぶされているでしょう」


 体が朽ちてもなお魂は囚われ、あの球の中で押し潰され続けている。


「あなた様もすぐにあれらのうちの1つになる」


 カウサリスが足を止めれば1つの球が現れる。

 俺という存在は自然とその球の中へ入り、辺りは暗転する。カウサリスの(ページ)をめくる音が聞こえてくる。


「それではあなたさまのここまでの旅路、業をこのカウサリスと共に紐解いていきましょう。さぁあなたのこれまでの人生は……え?生後1年ちょい?うすっっっぺら……コホン、失礼。では参りましょう」


 何か失礼な言葉が聞こえた気がするけど抵抗する術もない。

 どうやら俺は1歳ちょいらしい。


 球の中に何かが現れる。

 俺は俺の旅路をここで()っていくことになる。



 ◇



<クソッ、とんだケダモノに遭遇しちまったもんだ。聞いてんのかオイ!>


 ……?

 なんかチンピラに絡まれたわ。

 どちらさま?


<このオレを忘れたか!衝撃のガソッド様を!この俺を生き埋めにしやがってよォ……!!>


 チンピラの言葉と共に、空だった俺の中に、旅路が生まれた。

 あーー…ああ!思い出した!!この世界に来て迷宮から出た時に会ったクソ野郎……いや冒険者だ。俺が初めて殺した人間だ。

 いやよくも殺したなって、まずお前が俺を殺して魔片奪おうとしたじゃん?***も怪我させたし。


 あれ?***って……、誰だったっけ。大切な何かを忘れている気がする。


 ガソなんとかがまだなんか喚いてる。なんだよ、今思い出すのに忙しいから黙ってろや。

 え、殺した罪悪感が無いのかって?無いねぇ……。



「……これは、違いましたな」


 ガソッドが消えたと思えばカウサリスがパッパッとホコリを振り払うような仕草を見せた。

 あ、そうすか。そんなこともあるよ。


「次へ参りましょう」


 えぇ、まだ思い出せてないんだけど……。


<我々の商売を邪魔してくれたわね。私たちをズタズタに殺した貴様を絶対に許すものか。永遠に呪ってやるわ!>


 ?

 誰このオバサ……ギルティネさん?そんな知り合いいたかなぁ。

 あ、なんか思い出してきた。そういやいたね!魔族と結託してメロウの肉を出荷しようとしたクソ商人。

 俺のせいでって言われても俺が殺したわけじゃないしなぁ。メロウ達に武器は渡したけど。

 この商人たち、最期は自分が解体したメロウ達に滅多刺しにされてたよな。勇者に助けを求めて喚くも見て見ぬ振りされてさ。

 後悔してないのかって?うーんしてませんね。因果応報、ザマ見ろとしか。


<魔将軍であるこの僕の頭脳を失ったことは損失だぞ!貴様にこの罪が贖えるか!>


 お、今度は思い出せたぞ。ギルティネと結託した魔族、メロウ解体を指示した方。なんでお前を殺したことに対して俺が追い目感じないといけないんだよ知るかバカ。

 ステータスを改竄して、ぼくを殺したらステータス戻せなくなるぞギャハハハ!て斜め上の命乞いしたけど****も改竄できましたお前を殺しても何の問題もありませんバーカで終わったヤツだな。


 ……まただ、思い出せない。

 ****、誰の名前だったっけ。



「……これも違いますな」


 ああ、そうですか。

 いろいろ思い出してきたからだいたい次何来るかも予想できるぞ。あれでしょ、インクナブラの処刑大好きオッサン辺りでしょ、明日の昼飯賭けてもいいよ。もしくはスルトかな?



<おのれ狭間の王!よくもあんな目にあわせたナ……!>


 出て来たのは下半身クモの魔族。

 っていやいやいや、お前シエル山脈でウィトルに負けて捕まったヤツじゃん。死んでなくない?いつの間にかいなくなったから逃げたと思ったんだけど。

 目の前で旨そうな飯をちらつかされて酷い目に遭った?カカカ尋問だからな。俺も心を鬼にしてやったわけよ。


 ところで今まで一応俺が倒したとか倒すのに協力したヤツらだったけど、このクモの魔族って目の前で飯ちらつかせたくらいしか接点ないぞ。急になんかいろいろ下がったけどさては本当はインクナブラのオッサン出そうと思ってたら俺が言い当てたから慌ててチェンジしたヤツだろ!


「………」


 おーい何か言ってくれよカウサリス。


<ギシャアアア!!!><フゴッブゴオォォォォ!!!>


 おっと、次がきたか。これは……。

 魚、魔猪、カエル、蛇、あのでかいのはサンドアングラー。サンドアングラーに***が食べられた時はヒヤっとした。でもあの時***は進化したんだよな。


 俺たちが狩ってきた魔物だ。俺のせいで死んだと怒っている。

 これに関しては純粋にゴメン。お前達の体は俺たちが生きていくために必要だ。

 おいしくいただいたし素材は有効活用させてもらった。感謝してます。


「……1年そこらではこの程度の業が限界のようですな」


 終わり?え、終わり?

 もう終わりですか。

 なんか永遠に苦しむみたいな雰囲気出してた割にアッサリだな……。


「これ以上遡ろうとすると不自然に、まるでスパッとあなた様の魂の痕跡が途切れています。あなた様はいったい何者なのでしょう?」


 それについては思い当たる節があった。


 ここ、似てるんだ。

 俺がこの世界に来るときの、何もない空間に。


 けれども決定的に違うところがある。

 あれはきっと、生まれる前に訪れる場所で、死んだ後にたどり着く場所。


 ここは生でも死でもなく、停滞している。

 流れを遮って堰き止めて密閉したような、そんな場所だ。

 本来あってはならないところ。



「……契約者もこんなつまらない魂を寄越すなど、つまらないですな。いたぶり甲斐も食い甲斐もない」


 カウサリスは不満げだ。

 俺のことが気に入らないらしいけど奇遇だな、俺もこんな場所無い方がいいんじゃね?って思ってるところだ。


 カウサリスが仰々しい装丁の本をパラパラとめくればページがはらはらと抜け落ちていく。

 そして、あるページを開いたところでカウサリスのプラズマボールの頭に生えた口が三日月の形に笑う。


「ああ、よかった、あるではないですか。あなた様が向き合うべき大きな大きな因縁が」



 カウサリスの持つ本を構成するページの1枚1枚が本から離れて俺の周りを飛び交って、やがて奔流となり視界を埋め尽くしていく。


 そのページ1枚1枚は俺の道程。

 道端に咲いていた花。川のせせらぎ。戦った魔物、出会った人。俺が触れて来た全てのもの。


 そのうちの1枚は俺の足元に落ちて、もう1枚は俺の顔にへばりついた。



 ◇



 この感覚は何度目だろう、頭の中で声がする。


<蹂躙せよ!我らを(おびや)かす者共を!我らを守るために!>



 俺は村に立っていた。

 この世界で生きていくと決めた俺が作った、俺の場所。俺たちの居場所。

 違う誰かと一緒に飯を食うことが当たり前の場所。


 その村が燃えている。



 俺の場所が奪われる。

 俺たちの居場所が。


 足元に誰かが倒れていた。

 ネコの耳にネコの尾の小さな体。


「****」


 名前を呼ぶ。



<お前の弱さが招いたことだ>


 弱いから俺の村が燃えた?


<そうだ。我々を拒み、虐げる奴らがいる>

<村は焼かれ、肉を嬲られ、全てを奪われる>


<奴らが、憎いだろう>


 頭の中で声がする。


<奴らを憎め>


――憎い、許せない。

  殺したい、壊したい。

  何もかも、誰もかれも、壊したい。


 声は止まらない。


<体を寄越せ>

<お前の憎むもの全てを灰燼に変えてやる>


 体が動かない。

 別の意識の主が俺の中に入ってこようとしていた。



――ヴァウゥゥウゥゥウウ!!!!!!――


 あ!!!!!

 いってぇ!!!!!??!??!

 なんか噛まれた!!!!!


 ナニ!

 いきなり何だよ!

 顔にへばりついた(ページ)を引きはがすと粒子となって消えていく。


――ヴァウウゥ!――


 粒子が消えたと同時に俺の頭にその頁にまつわる全てを思い出す。


 知っている鳴き声、知っている匂いだ。

 俺がこの世界に来て初めて会った月の犬、マーナガルムのゲッカ。


 楽しい時も辛い時も。いつだって助けてくれる相棒だ。

 このモフっとした黒い相棒はゲッカは今だって助けてくれた。



 それじゃあ足元にいるのは。


 少女かと思ったのは一枚の頁。頁を拾い上げればまた粒子となって消える。


 やっぱりクローバーだ!

 この世界で一番お世話になってると言ってもいい、物知りなネコ。



 心の中に大切なものを取り戻したところでもう一度辺りを見渡した。


 燃えているのは俺の記憶。

 誰かが俺の記憶を取り出して燃やしている。悪意をもって俺の中に偽の記憶を作ろうとしている。

 村を守れず、全てを憎む俺を作りあげて偽りの業を背負わせようとしている。


 誰だよそんなことするバカは!

 俺の中の記憶をちょろまかしたって、現実は変わらないぞ。


<確かに現実ではない。だが起こりうる未来だ>


 そうか、じゃあ現実にさせないためにもさっさと帰らないと。


<お前に帰るところがあるとでも?>


 あるよ。俺の帰りを待つ、俺が好きな人たちがいる。

 俺は俺が好きなやつらと一緒にこの世界で生きていくと決めた。

 だから、帰りたい所へ帰ろう。


<お前は魔人としては不完全だ>

<その甘さは守るべきものをとりこぼす>


 そんな分かり切ったこと言うなって。

 この体は融通が利かないから薪割り1つマトモにできないし、知らないことも出来ないこともたくさんある。

 それでも皆で寄り添って力を合わせることでどうにかしてきた。なんとかしてきたし、これからもなんとかしていく。

 そもそも完璧なヤツなんていないだろ。完璧だったらきっと、つまらない。



 この声の持ち主は、機があれば俺の体を乗っ取ろうとしている。

 もしこの声がラグナと呼ばれたかつての災厄の化身のものなら、お前は200年も前に舞台から降りたはず。


<我が魂消え失せど>

<この無念、怨念が消えることはない>



 大柄の男が目の前に立っている。

 怨念に満ちた黒い靄を目の奥から噴き出しながら、俺に向けて大きな手を伸ばす。


 無数の頁が俺の前に集まってくる。


 1枚1枚が大切な人たちで大切な出会いだ。俺の中の大切なものを取り戻そう。

 俺が触れた頁が粒子となって俺の中に入り込む。


 ところがまだ触れていない頁が燃え始めた。

 あっ、ちょ!お前何すんだよ!!俺の(おもいで)燃やすなよ!


 勝手に手ぇ出すんじゃねぇ!!




「バカ、な」

 

 俺の拳はプラズマボール、もといカウサリスの胸を貫いていた。


 そこにはもう頁も、燃える村もない。初めにいた何もない青く深い闇が続いていた。

 この空間に来た時俺の存在は不確かだったけれど、今は体も記憶も確かにここにある。

 俺が容れられていた球は砕け散り牢獄の役目を失う。これは一種の脱獄って言うのかな?


「スケアクロウめ……こンなの、聞いてなイィィ……!!」


 スケアクロウ!そうだ、俺はあいつの封印を受けた。ってことはここはスケアクロウの魔法の中とかそんな感じのやつだろうか?


「魂をくれるって、言ったノニ!永遠に苦しメて、イつまでも嬲っていイって、契約したのニ!」


 どうやらカウサリスはスケアクロウと契約した悪魔のようだ。

 スケアクロウが消したい敵をここへ閉じ込めカウサリスが永遠に飼い殺す。win-winの関係なんだろうな。趣味の悪いことだ。


「永遠に囚われるのはお前だ、とっとと闇に戻れよ」



 程なくして、苦悶の声をあげながらカウサリスは消えていった。



 それにしてもさっきまで俺が見ていたものはなんだったんだろう。

 カウサリスが見せた幻覚だろうか?


 その時、再び頭の中に声が響いた気がした。


<いずれその体、貰い受ける>


<束の間の安らぎを享受するがいい>



「……どっちでもいいか、そんなこと」 


 何度も俺を支配しようとしては失敗してるんだからいい加減に諦めて欲しいところだな、声の主。

 いやまぁ俺も毎回呑まれかけて毎回ゲッカに叩き起こされて正気に戻ってるんだけど。


 記憶の中のゲッカに助けられるとは、ゲッカまじゲッカだな。

 ……。


 なんか足元がムズムズする。くすぐったい。

 なんだろうと思って見てみると。


「ヴァ!!」


 俺の足元から元気に黒くて小さな塊、もといゲッカが飛び出して来た。


「ゲッカ!?なんでここにいるんだ!?」

「ヴァウウゥ!!」

「封印される時『影潜り』で俺の影に潜り込んでいた?」


 そうだったんだ。


「ヴルルルァ!ヴァウゥ!」

「月の犬であるゲッカは闇魔法である封印に強い、だから助けになれると思って来た?まじか……どこまでも頼りになるなお前ってヤツは!」


 ゲッカの頬をむにむにしてやれば気持ちよさそうに目をトロンとさせる。その顔を見るとついついもっとやってあげたくなるけれど今は早く帰らないといけない。戻ったらいっぱい構ってやるからな。

 ここからどうやって出ればいいか分からないからゲッカが来てくれたのは心強い。カウサリス倒したら帰れるってわけでもないし。


 まずはメルムを探そう。

 辺りには無数の球体が浮かんでいるからどれかに囚われているのかもしれない。


「メルムがどこかにいるはずだ。探せるかゲッカ!」

「ヴァウ!!」


 鼻をスンスンスンと鳴らした後、ゲッカが駆けだした。

 とっととメルムを助けてこんなとこオサラバしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ