43.冒険者の憂鬱
眷属になった時、胸の奥底に何かが繋がった感覚があった。
目に見えることは無い、けれども確かな繋がり。
災厄と呼ぶには穏やかな、終末と呼ぶには暖かな力がクローバーに流れはじめた。
あの人は気持ちを隠さない。無茶なことも勢いでどうにか解決してしまい最後には笑う。
そんなヒトだからついていきたいと思えた。
鮮烈な存在感に惹かれて救われて、共生の道を掲げた王の下に様々な種族が集まった。
あの人が作ったこの場所を今、みんなで守っている。
◆ダンジョン村2層洞窟の抜け穴
「やるぞー」
「おーっ!!」
洞窟を流れる川にはリザードマンが住むエリアが設けられている。
そんなところにやってきたのは"嘆きの鐘"により弱体化して小さくなったヴァナルガンドとノーム達だった。
弱体化してもそこからの腕利きの冒険者に劣らない戦闘力と高い機動力とを持つヴァナルガンドにより迷宮中にわいたケガレ体の魔物に遭遇することはほとんどない。
そしてそんなヴァナルガンドの背に乗って小さな種族であるノーム達は大きな川の前に立つ。川はウィトルが降らせた雨を溜め込んでいる。
「この堰を切ればいいんだな」
「爆弾を設置だ!作業にかかるぞ!」
破壊工作ならば爆弾であり、爆弾を熟知したノームの右に出る者はいない。
「手伝ってもらえるか、ヴァナルガンドたち」
『任セロー!』
◆ダンジョン村深部
「オレたちは元々魚だから水場は得意だから構わないが、ノーム達に工作に行かせたのは何故だ?」
帰還したカラがクローバーに尋ねる。
迷宮深部の隠し部屋にはクローバー達を除けば10人程の非戦闘員や待機している伝令役がいるのみだ。
帰還したばかりのカラとサビドゥリアにクローバーは情報共有も兼ねて説明する。
多くは朝に備えて休憩を取っており、一部が夜間の襲撃に、そして避難している住人達が暴動を起こさないようそれぞれの持ち場へ移動していた。
「朝になれば間違いなく勇者と冒険者がここ深部を目指して行動を開始します。スケアクロウは正午まで降伏を待つと言っていたので六刃聖将軍は正午過ぎに現れるでしょう。こちらの状況次第ではもっと早く来るかもしれません」
この戦いの主導権はほぼ人間側にあった。
妨害が難しい空からの侵略、そして迷宮内部に神獣ベヒモスと魔族、勇者や冒険者を転移させることで本来迷宮の外で行うはずだった防衛戦は、迷宮内部で戦うことを余儀なくされる。
内部での戦いは辺り一帯を破壊する魔法が多いラグナの苦手とするところで振り回されることになる。
「まずは主導権を奪い返します。迷宮の地上や空中の制圧はくれてやりましょう。水没させた状態でね」
「「意外と大胆なことするな……」」
「どうせ戦いに勝てば迷宮核でいくらでも戻せますし」
水が苦手な怪猫はこともなくそう言った。
「皆さんにはもうお伝えしたのですが、サビドゥリア様とカラさんにも敵について共有しますね」
「ありがたい。戦況を知らずに戦うのと知った上で戦うのでは、判断に雲泥の差が出ますからな」
「オレたちは余計な事考えない方が戦えるタイプなのだが……、まぁ一応聞いておこう」
思慮深いサビドゥリアとメルムを最優先にするカラのタイプが違うことに苦笑しながらもクローバーはよどみなく説明を始めた。
「知っての通り、敵はスケアクロウ、サウス、ベクト、そして魔将軍。そしてベヒモスですね」
「「ああ、スケアクロウ以外は転移魔法で現れたんだったな」」
カラたちが頷きながら確認する。
「村を守りきればボクらの勝ち。その条件は先ほどの4人の撃破か撤退、そしてベヒモスの無力化になります」
「メルムの護衛も追加しといてくれ」
「……まぁ、カラさんにとってはそちらが最優先ですよね」
ラグナが傍にいるからラグナと共に戻って来ると信じるしかない。スケアクロウの封印がどの程度の力を持つのかが未知数だ。
必ず戻ると言ったあの魔人を信じるしかないだろう。
「敵は今スケアクロウとサウスの部隊は村の外に一時撤退、勇者達は2層、ケガレ体の魔物を召喚している魔族はまだ確認できてません。ベヒモスはラグナさんとメルムさんにより休眠中ですね」
「このままベヒモスが目を覚まさなければ事実上倒したようなものだな!」
「……まぁ、この戦いが終わった後にどうやって外に持ってくかという問題はありますが、そうなりますね」
頭の痛い問題ではあるが今は手が打てない以上置いておくしかない。
「洞窟の勇者達の様子はどうなっておりますか」
「身動きが取れないみたいなのでリザードマン達に交代で嫌がらせをお願いしてます」
「「嫌がらせ?」」
「ええ、もともと夜間に奇襲を狙って潜んでいたようですがボクのスキルで居場所が筒抜けなので逆にこちらから軽く奇襲かけたら冒険者達がそれなりに被害を出しました。外は大雨ですし洞窟内は視界も悪いので朝まで篭るつもりでしょうね」
「「やるじゃないか!」」
「まぁ、ほとんど勇者が味方を攻撃したせいなんですけど」
「「「なんで?」」」
「なんででしょうねぇ……」
魔族について探りを入れるつもりだったのが調子に乗っていたようでベクトはつらつらと魔族について喋ってくれた。もう用は無いと撤退する時ベクトが味方ごと攻撃したのでこちらも多少被害が出たものの、至近距離にいた冒険者は大きな怪我を負っている。
冒険者にとっては死なないだけマシかもしれないが、それ以上にクローバー達も有利だった。
死んだ仲間は捨て置かれるが、生きている仲間は他の仲間が庇うことになり、そちらに戦力が割かれることになる。
元々人間は夜間の行動に適さない。
夜目が利く者、振動に敏感な者、鼻が利く、熱源を察知する。そういった特性を備えるこの迷宮の住人は闇に行動を制限されない者が多い。
さらに外は光の無い曇天の大雨。雨に体温が奪われるのを嫌った人間たちが洞窟に潜み朝を待つのは当然だった。
朝を待つということは当然朝になれば活動を開始する、つまりこの村であるダンジョンを攻略し始める。
迷宮に潜むのは勇者ベクトと冒険者たちだ。腕利きの冒険者も多く、その戦闘力はリザードマンを凌駕するため正面から戦えば敗北の可能性が高く、上手くいっても大きな被害が出るのだが。
「冒険者達が洞窟の浅いところに拠点を作ったので休息を取れないよう時々奇襲をかけてすぐ撤退したり、沸いて出る魔物を誘導してけしかけたりしてます」
「効果はあるのか?」
「たまに爆弾を投げ込むだけでも効果はありますよ。要するに明日の朝まで一切休ませなければいいんです。勇者は非常に強いので倒すのは無理ですが、冒険者連中は間違いなく大きく疲弊します。爆弾投げこむだけで眠らせない効果はあります」
いつ襲撃が来るか分からない状況が長く続けば神経を著しく磨り減らし、休息が取れなければ優秀な戦士だろうが熟練の冒険者だろうが戦闘力は確実に落ちる。
「「案外えげつないことするんだな……」」
「勇者と冒険者達は朝まで不定期に奇襲してすぐ撤退を繰り返しています。朝まで一睡もできない状況にしてやりますよ!もちろんこちらは交替してちゃんと休みを取ってね。冒険者の戦闘力は落ちるはずです」
加えて勇者と冒険者の関係がどうも悪いらしいのもクローバー達にとっては追い風だった。
勇者はスキルによりある程度の不眠不休や飢餓にも耐えられる体を持つ。単身で過酷な魔族領に潜り込み魔王と戦う必要性からそんな頑強な体になったそうだ。
実際クローバーがリザードマン達に軽い奇襲のみで決して深追いをしないよう命じたのはベクトが強いが故で、不利な状況でも冒険者が壊滅的な被害を受けないのは勇者の圧倒的な戦闘力によるものだ。
だが勇者ベクトは他人を気遣うことのない男だった。
自分と同じようなパフォーマンスをただの腕が立つ人間に過ぎない冒険者にも求め、夜通し戦わせている。元より冒険者は望んでこの戦いに身を投じたわけではなく、半ば勇者に騙された形で参加している。
生きて帰るためにはこの戦いに勝利しなければならないとはいえ勇者との不仲は無理も無い話だった。
「先ほども言いましたが勇者達は明るく成れば、スケアクロウとサウス達は遅くとも正午までにここに参戦します。その前にノーム達に堰を切ってもらってい、水で人間の動きを抑制します」
大量の水は人間や魔物の動きを大きく抑制できるし水中での戦いは身を守るための鎧や衣服が却って重い枷となる。
亜人達の動きも鈍るものの水辺で暮らすリザードマンや魚であるカラはその限りではなく、相対的に見ればプラスに働く。
「迷宮の表での戦闘は避けて、ワイバーンやグリフォンが機能しない洞窟内及び深層を主戦場にします」
「「確かにワイバーンが強いのは空とか地上だな」」
「あちらは明日仕掛けてきます。ボクらも明日朝に仕掛けましょう。まずは正午までにベクトを撃破します!」
倒すべき4人の敵の1人を倒せば状況は間違いなく好転する。
そのためにノーム達にはどこでもリザードマンの得意な水辺に変えられるように工作してもらっている。
「正午までに勇者連中を倒したとして……負傷者が多く出る状況でこのままではジリ貧だぞ」
「――大丈夫です。とっておきを用意しましたから」
◆人間領中央西
少し前。
静まり返った夜の廊下の扉から背の高い女が出てきたのは、月が雲に隠れた瞬間だった。
昼間は多くの人間が行き交う廊下もこの時間になればほとんどいない。
長い金髪を1つにまとめたゲインが目指すは隣の部屋。
「キピテル、起きてるかしら?」
扉を控えめに、それでも確実に聞こえるようにノックをして少し待てばほどなくして部屋の主が扉を開けた。
「どうかしたか」
この相棒は嫌な顔もせずに迎え入れてくれる。
今日はいくつも商談があったから護衛である相棒も疲れているのは分かっているけれど、こんなことを頼めるのは彼女しかいない。
「こんな時間にごめんなさい。とても申し訳ないのだけれど、今からマーケットを連れて今ノーラン領まで飛んでくれる?今すぐに、できれば朝までに」
ノーラン領は馬車でも20日はかかる距離だ。
厄介事と察するには十分だったようで、滅多な事では動じない相棒の表情が引き攣っていた。
ポケモンアルセウスやってます。おもしろいですね。
次回はラグナサイドに戻ります。




