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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
4章 やさしい場所
142/163

41.永遠を告げる歌

 ◆ダンジョン村北側


 蹂躙しよう。

 亜人相手ならば咎める者はいない。人間でも魔族でもない人ならざるケダモノたち。言葉を持ち、泣いて叫ぶ物に過ぎない。


 ベクトは冒険者と共に迷宮内の洞窟に潜んでいた。魔物が煩わしいが隠れ場所としては悪くない。それに魔物はあらかた片付けた。

 雨雲のせいで空はひどく暗かったが、離れた所でリザードマン達が戦っている光景が目に入る。戦っているのはどす黒い魔物のようだ。


「トカゲ共が戦ってるのは人間領の魔物じゃねぇな。期待してなかったが魔族の転移に成功したんだな。よーしよしよし」

「ベクト殿?」

「なんでもねぇ、こっちの話だ」


 思惑通りに進んでいることにベクトはほくそ笑む。

 狭間の王を消耗させるための手札はより多い方が良い。


「奇襲だ!!」

「……チッ、見つかったか!」


 深夜に奇襲をかけるつもりだったから全ての灯りを消していた、それが仇となる。

 夜間の戦闘は人間の苦手とするところだ。


 ベクトは冒険者達に灯りをつけるよう指示しつつ双剣を鞘から抜き放つ。

 戦いが終わった後どのように蹂躙するかと思いを馳せていたのだが、そんな心地よい妄想を邪魔されて腹が立つ。しかしその陰鬱な感情もケダモノを殺して断末魔を浴びれば気分が晴れるだろう。


「うわっ」

「いてぇ!!!!」

(小柄な魔物?コイツらは……)


 洞窟内に幾つもの小さな影が雪崩れ込み、冒険者の足もとに噛みつけば冒険者達が浮足立つ。

 武器を振るうも小さい上に素早いそれになかなか攻撃が当たらない。


「弱体化したヴァナルガンドだ!少し強い魔物程度だ、お前らでも倒せるだろ!?」

「っ……灯りをつけるぞ!」

『ギャン!』


 足元のヴァナルガンドを蹴り上げる。

 無防備なヴァナルガンドの息の根を確実に止めようとベクトが剣を構えた。踏み込めば一瞬で終わる。


「"ジッパー"!」

「っ!」


 ベクトの眼前に次元を裂いて金属質の線状の留め具が現れ、顕現と同時にガチンと留め具が閉じられた。ヴァナルガンドに斬りかかれば首を挟まれていたはずだ。

 ジッパーはすぐに次元の中に消え失せ、同時に洞窟上方から少女が着地する。


「炎熱の勇者ベクト!魔族の転移の話、詳しく聞かせてもらいます」

「へぇ、ケダモノがオレを知ってんのかい」

「少しだけいい耳を持っているので」


挿絵(By みてみん)


 その少女はベクトにも見覚えがあった。


「銀髪隻眼の猫、テメェが悪名高い魔人のペットか!よっしゃ、やりあおうぜ!"閃刃裂開"!」


 ベクトがジグザグの軌道を描きながら高速で狭い洞窟内を駆け回る。

 燃え上がる双剣がクローバーの両腿を貫く寸前、クローバーがジッパーを足場にして大きく後退することで回避する。短く口笛を吹いた。


「冒険者共!囲んで逃げ場を封じろ!」

「しかしっ、狼共が!」

『サセルカー!!』


 ヴァナルガンドの土魔法が足場を崩し、冒険者達が体勢を崩した。

 小柄で俊敏なヴァナルガンド達は崩れる足場を気にすることも無く土塊を飛び越えていく。


「もう一度聞きます、魔族を呼んだのはお前達?」

「んん?」


 答える義理など全くないが、ベクトはクローバーと接敵した瞬間から気に入っていた。甚振り甲斐のある大変に良い玩具になりそうだ。

 だから答えてやる。脚を失った者に歩く素晴らしさを説き、日を拝むことの無く枯れゆく徒花(あだばな)に太陽の存在を教えてやるような心持ちで。


「呼んだのは俺じゃねぇ、サウスだ。魔将軍ごと転移で連れて来る手筈と聞いてるぜ」

「魔将軍……!」


 灯りをつけて幾分かマシになったとはいえ暗い洞窟でクローバーの表情は伺い知れないが、息を呑む気配は感じられた。


「さぁ来やがれキャスパリーグ!精一杯あがいてくれよ!」


 抵抗に抵抗を重ねた果てにその肉に刃を沈められれば最高だ。

 ベクトは口角を上げ熱気の篭った魔力を漲らせるがクローバーの反応はベクトの予想外のものだった。



「え、イヤですよ。確認はとれたのであなたに用はありません。これでもボク忙しいので」

「……はぁ!?」

「勇者と戦闘なんて御ゴメンです。他の適任者に任せることにします。ヴァナルガンド、撤退です!」

『ギャン!』


 くるりと踵を返し、クローバーが洞窟の傾斜を駆けあがっていく姿にベクトの昂りは霧散した。


「ふざけっ、テメェなんでここに来たんだよ!逃がさ――!あ?」


 暗闇の中、クローバーが小さな球を投げた。

 何の玉かと眉を顰めると後方にいたイフウが叫ぶ。


「そいつはノームの爆弾だ!!」

「なっ!?……クソが!!」


 咄嗟に身を守るが最前線にいたために熱風が目を掠め、ベクトは呻く。

 爆弾が洞窟の壁と天上を砕き、岩が冒険者になだれ込んだ。


「早く逃げろ、大岩が転がって来るぞ!」

「間に合わん、伏せろ!」


 言うや否やイフウが一刀の下に大岩を両断する。

 続いて冒険者達が追撃を仕掛けたが殿(しんがり)を務めるヴァナルガンドが放った氷の礫によって体の表面が裂かれた。


「このバケモノ共!」

「追うな、いったん下がれ!」


 イフウの制止の声に冒険者達は足を止める。

 この未知の迷宮でいたずらに体力を使うわけには行かない。手持ちの食料も薬も限られているのだから。

 だがベクトのがなり声が、イフウの声を掻き消す。


「引くんじゃねぇ!引いたら俺が殺す!そのまま押し込むんだよ!!」

「な!ベクト殿!?」


 ベクトの目はまだ回復していないが、声がする方向が分かれば十分だった。

 彼が得意とするのは二つ名の示す通り、炎と爆発属性。赤々と燃える魔力を漲らせ、双剣を前方に突き出した。


「ナメやがって!"双頭炎月斬"!!」


 二本の剣から半月状の炎が放たれ、辺りの岩壁や狼狽えていた冒険者を巻き込みながら傾斜を昇る。


『ギャウゥゥウ!!』


 炎の月は殿を務めるヴァナルガンドのすぐ背後に命中して大きく爆ぜる。障害は切断し、目的に着弾すれば岩をも焼く業火が放たれる。


「もう一度だ!」

「もうやめろ!ベクト!」


 ベクトの剣から再び半月が放たれるも虚空にジッパーが現れ、炎そのものを丸ごと飲み込んだ。

 尻を焼かれたヴァナルガンドを抱え、クローバーはヴァナルガンドと共に夜闇に紛れる。


「クソが!」


 大きな舌打ちが響く。




 ◆ダンジョン村中央東



「大樹の巫女……生きていたのですか」

「スケアクロウ!」



 辺りを浮遊していたカラがメルムを守るように前に立つ。


「「撤退したんじゃなかったのか!?」」

「ベヒモスが鎮められたとなれば黙っていられません」


 スケアクロウのワイバーンが甲高く鳴けばザビドゥリアやメルムの体が竦む。威嚇効果でもあるのかもしれない。

 スケアクロウが懐の短剣を天に掲げれば、黒水の鉾が撃ち出された。

 鉾が狙う先はメルムだ!


「うおおおお!!ラティガード!」

「ふぎゃーーー!!?」


 思わず傍にいたラティを掴んでメルムの前に向かって投げてしまった。

 鉾は見事ラティに命中し、ただの水飛沫に戻ってラティとメルムに降り注ぐ。

 ラティの装備している神々の遺産は攻撃力こそ皆無なものの超耐久だと豪語していただけあって、スケアクロウの魔法も耐えてくれる。素晴らしい。


「ラグナ氏コロス!!!」

「わ、悪かったって。その、無事だったからいいじゃん?それよりあっちだ、スケアクロウだよ!」


 ぽこぽこと背中を叩くラティを宥めつつスケアクロウに向き合えばスケアクロウは上空で高らかに歌い上げる。


「――不動の哀れな藁人形。其は永劫の受刑者なり。"歪の案山子(カカシ)"」

「!?」


 スケアクロウの詠唱が終わると同時に先ほどのメルムとラティが浴びた水が腐り始める。


「うわーー!くさ!くっさ!!!」


 ラティがたまらずに飛び出した。洗い流せる場所を探しているのかもしれない。

 けれどもメルムはこの場所から離れられない。

 

 メルムの足元が青白く光る。


「魔人殿!蛭共が一斉に巫女に向かってます。あの水、おそらくデコイ効果があります!」


 デコイ、挑発か!

 デコイ状態を付与されれば周辺の魔物の攻撃を一手に集めることになる。

 メルムが今いる場所から離れれば再びベヒモスが暴れ出す。それがスケアクロウの狙いだろう。

 メルムと同じく水を浴びたラティの方にも魔物が群がるが、ラティは空を飛んでいるため捕まらない。


「ラティ、そのまま逃げて蛭共を引き付けてくれ!」

「う、うん!こっから離れるねっ!」

「「「まずいな、巫女を守れ!」」」


 ラティが離脱し、魔物の一部はラティを追って行った。残りの(ひし)めく魔物を俺とカラとサビドゥリアが片付けていくが、数が、多い!!

 その隙にスケアクロウはメルムの目前に迫ろうとしていた。

 とことんまで俺をガン無視しやがって!俺の『常在戦場』が警告を放つ。


 メルムは木々に触れて詠唱を開始する。


「――踊れ踊れ、遍く歌は木々の悦び。其は恵みを謳歌する。"古の森(ヴィエイユフォレット)"!」

「フフ、大樹の巫女であるあなたが代々受け継いだ植物の力ですね。でも私には届かない!」


 スケアクロウがハルバードを振り払えばたちまちメルムの放った植物魔法は刈り取られる。


「あぶねぇ!」

「はざまのおうさま……」


 咄嗟に腰元の武器を投げればスケアクロウの一振りを相殺し、メルムが成長させた木々の葉が散って舞う。


「王なのにまるで巫女の騎士のようですね。元いた騎士はどうしたのですか?」

「騎士?カラ達のこと?」


 メルムは困惑の表情を浮かべている。

 記憶を取り戻していないメルムは答えられない。


「もう一匹いたでしょう。名も無き島が大樹ガオケレナを失い海に沈んだ時、あなたと最後まで共にいた異形の騎士が」

「「や、やめろスケアクロウ!巫女は記憶を失くしてる!」」


 カラ達は言っていた。

 大樹ガオケレナを守る大樹の巫女メルムを守る2つの存在がいる。

 10人で1つの個体であるカラ、そしてカラと双璧を成すロバの精霊アシャヌ。


 大樹の力を奪われて島が崩壊した際にメルムはアシャヌと共に行方知れずとなった。そしてメルムが発見された時には全ての記憶を失っている。



「なるほど、記憶が無いのですね。道理で、あれだけ痛めつけたのに私に対して無反応なわけです」

「「なんだと!?」」

「私の魔法は心を磨り潰しますから記憶を失って良かったのかもしれませんが、私の前に再び現れたのが命運の尽き。どうせなら記憶を取り戻すお手伝いをしてあげましょう」


 その時、俺の『常在戦場』が激しく警告を発する。回避は容易、ただしスケアクロウの魔法を決して受けてはいけない。



「メルム、ベヒモスは後回しだ!ここから離れ…」

「精霊アシャヌと一緒に決して逃れえぬ牢獄に堕ちたのに、何故あなただけが出てこれたのでしょうね」

「え?」


 メルムの動きがピタリと止まる。

 スケアクロウは笑うような憐れむような表情を浮かべ、非情にも詠唱を切った。


「――汝は鎖に繋がれた哀れな生贄、水面は遥か未来か戻れぬ過去の先。もう一度、底へと誘いましょう。水闇混生魔法、"底なしの牢獄"!」


 メルムの足元に中心に黒い渦が現れ、メルムの体が少しずつ沈んでいく。


「……あ、あああ!!」


 メルムは抜け出そうともせず、ただ叫ぶ。

 思い出してはいけないものを思い出してしまった顔だ。

 スケアクロウの発言からしてロクでもない思いをしたことは分かる。それだけにこのタイミングで思い出すのは最悪だった。スケアクロウの発言が引き金になったのだろう。

 守る人のいないメルムに未だ効果を発揮するデコイにより蛭がどっと押し寄せる。


「巫女ーーー!!!」

「メルム殿!」


 カラとサビドゥリアがメルムを引きずり出そうと近寄るが、彼方から別のワイバーン兵が現れる。

 金髪のあどけない顔の騎士だ。


「スケアクロウ様の邪魔はさせん!」

「「……貴様、さっき巫女に捕まったワイバーン兵!身動きを封じた筈なのに何故動ける!?」」


 蛭を投げ飛ばして引きはがしながらメルムに駆け寄る。

 轟々と広がり続ける渦の中、メルムは心あらずといった目で虚空を見つめている。


「メルム……メルム!俺の手を取れ!」

「かかりましたね」

「あ!?」


 メルムを飲み込む黒い渦がどっと押し寄せ俺を飲み込む。

 受けてはいけないとスキルが警告する黒い渦。先を視ることができるこのスキルでも、これからどうなるのか何も見えない。



「思った通り、あなたは仲間を見捨てられない。あなたは大樹の巫女を助けたが故に永久に牢獄に囚われる」


 勝ちを確信したかのようなスケアクロウの言葉が降って来る。

 表情は見えない。ただその声には喜びの色は感じられない。


「永久に囚われる?」

「あなたを殺すことは難しいけれど封印なら話は別でしょう?あなたは実際に200年間封印されていたのですから」


 200年前かつての俺は封印されて、魂は永遠に失われた。だからこそ、俺はこの世界で目覚めた。

 魔法の渦が体を束縛する。黒い潮流はどこからか流れ込み、留まることを知らず知らない所へ流れていく。

 俺は未だここではないどこかを見つめて怯えるメルムを抱き寄せた。

 黒渦に頭まで呑まれれば何も見えなくなる。

 スケアクロウの声もだんだん遠くなっていく。


「"底なしの牢獄"に呑まれた者は、その者が持つ業の渦に囚われる。200年前、この大陸に惨禍をもたらしたあなたはどれほどの業を浴びるのでしょうね」


「魔人殿!」

「巫女!巫女――っ!」


「土の無い所では植物は根を張れず、光の届かない暗闇では植物は芽吹けない。さようなら、狭間の王ラグナ。そして大樹の巫女メルム・フラクシヌス」




 呑まれる。


 呑まれる。



 呑まれる。

 



 ……今更足掻いてもどうしようもないから、真面目にこれからどうするか考えてたんだけど。


「さっきから黙って聞いてりゃ、随分自分の魔法に自信があるじゃねーか!!」

「ま、魔人殿!ご無事でしたか!?」

「!……まだ()()()()()()()()()


 やっぱ言われっぱなしはシャクだ!

 サビドゥリアの声には安堵の色が混じっている。対してスケアクロウは純粋に驚いているようだった。


「そこまで言うならお前の魔法と俺の根性、どっちが上か試してやろうじゃねーか。」


「ふふ、いいでしょう。つまらない戦かと思いましたが俄然楽しみになってきました」


 スケアクロウの声は心なしか嬉しそうだ。

 言いたいこと言ったからとりあえず満足だ。

 でも、まだ伝えることがある。


「サビドゥリア!!クローバーと皆に伝えてくれ!」

「なんでしょう!?」


 時間がない、けれどもう一言だけ。



「必ず戻る!」


 短いその言葉を最後に、水の音以外何も聞こえなくなる。

 俺たちは渦に呑まれ、どこまでも続く闇の底へと落ちていった。

多忙のため放置してましたがまた始めました。

4章26~40までいろいろ修正してます。ご迷惑をおかけしてます。

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