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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
4章 やさしい場所
136/163

35.人間の悪意

 ◆人間領北西の山岳


 北西の山岳地方アケノンにおよそ40名ほどの冒険者、超大型モンスターベヒモスの対応のために集められた冒険者達がテントを貼って駐留していた。


 大地を食らう魔物ベヒモス、小山ほどの巨体を誇る魔物である。

 ベヒモスが活動するのは人間の街から遠く離れた地点だったがベヒモスのうちの1体が街の近くまで移動してきたため緊急クエストが発令された。


「皆も知ってると思うがベヒモスはSランクモンスター、戦えば命がいくつあっても足りん。間違っても戦おうと思うなよ」


 集まったのはC~Bランクの冒険者パーティが中心だった。

 討伐であれば戦力不足も甚だしいが、今回はベヒモスと交戦するのではなくベヒモスの餌となる魔物を誘導することでベヒモスを誘き寄せて人間領から遠ざける作戦。

 そのためベヒモス本体に近付くことはなく、餌となるD~Cランクの魔物を相手取れる冒険者が選ばれている。

 とはいえSランクモンスターが絡むクエストであり、ベヒモスが暴れでもすれば危険度は跳ねあがる。


「イフウの旦那も損な役回りだな。ギルドマスターなのにAランク冒険者ってだけで参加させられてよ」

「Aランク冒険者は皆出払っているから仕方あるまい。Sランクモンスターが絡むクエストにAランク不在で行かせるわけにもいくまい」


 Aランクパーティは大陸に数えられるほどしかいない。

 クエストの受注期間が長ければAランクパーティに呼びかけも出来たのだが、今回は緊急のためAランクパーティを待つことはできなかった。

 結果グラリアスのギルドマスターでありAランク冒険者でもあるイフウが指揮を執ることになる。

 イフウは貧乏くじを引いたと苦笑する。


 しかし何もしなければ街に住む多くの人間の命が危険に晒されるのは明らかであった。


「ハルピュイアがいればAランクパーティが来れたかもしれないんですけどね」

「まったくだな。……ベクト殿に感謝しなければ」


 幸いなのは勇者ベクトが同行してくれることだ。

 勇者のスキルは人間を守る時、そして人間の敵を相手にした時能力が大きく上がる。

 ベクトは能力的にはAランクだが魔族や亜人を相手に戦えばSランク相当の実力があると見て問題ない。


「ハルピュイアが姿を消して連絡が滞るようになったな。ギルドには伝映鏡があるものの皆が持っているわけでもない。それに手紙が届かなくなった」

「王都が亜人奴隷化とか余計なことしたからなぁ。旦那はハルピュイアと仲良くしてたんだろ」

「ああ、世話になっていた。かつてはハルピュイアの賢人と共にクエストに行ったりもしたのだがな。病に倒れたと聞いたが……どうしているだろうか」


 その時、背後に気配を感じたイフウは気を引き締める。


「おぉ、何の話してんだイフウ」


 現れたのは目の覚めるような赤い鎧に燃える双剣を腰に携えた勇者ベクトだった。


「ベクト殿。大した話ではありませぬ。ギルドの連絡役のハルピュイア達と長らく連絡がつかないので……知己の仲でもあるのでどうしているだろうかと気になりましてな」


 何気なく言う風を装いつつもイフウは慎重に言葉を選ぶ。

 王都の人間は亜人を嫌っている。

 王都の勇者であるベクトの前で亜人の肩を持つことや亜人奴隷化の不満などとても言えるものではない。

 亜人奴隷化を決定したのは人王フォルテトードである以上、不敬罪として処断されることだってあり得る。


 そのため当たり障りのない言葉を選んだが、ベクトの反応は意外なものだった。


「ハハ、なるほどなぁ。まァ生きてりゃ会うこともあるだろさ」

「ベクト殿……。そうですな」


 イフウは安堵にも似たため息をつき、同時に少し気持ちが晴れた気がした。


 暴虐武人な勇者として知られているベクトのことだ。亜人の肩を持つ発言などして機嫌を損ねようものなら魔物以上に厄介なことになると思っていたが、聞いていたほどの暴君ではないようだ。


 この勇者ベクトの言う通り、生きる場所は違っても同じ空の下にいる。

 お互いに生きていれば、いつか再び会って酒を飲みかわすことだってできるだろう。


「ああ、生きてりゃな」

「ベクト殿?」


 ベクトが垣間見せた不敵な笑みにイフウは気付かなかった。





 ◆ダンジョン村



 村の上空を旋回するワイバーン兵がいる。

 そのワイバーン兵は両腕で抱える程の大きな鐘を担ぎ、天を轟かすような鐘の音を響かせていた。

 音が鳴るたびに鐘は黄金色の輝きを降らす。


 そんで。


 鐘の音に身体をびくりと震わせたゲッカは。




 めっちゃ縮んだ。



「ゲッカーーーーー!!!??なにこれ!どうなってんの!?」

「ヴァウルル……!」


挿絵(By みてみん)


 こんなにしぼんじゃってまぁ。

 カワイイ、とってもカワイイんだけどね。

 いやちょっと待て、ステータスとかどうなってる?


-----------------

 名前:ゲッカ【魔人の眷属LV2】

 種族:マーナガルム【虚弱】

 LV:85

 HP:1412/1412(+555)↓

 MP:588/588(+40)↓

 攻撃:1533(+498)↓

 防御:1207(+389)↓

 魔法:1221(+406)↓

 抵抗:1162(+212)↓

 速度:824(+10)

 所持スキル

『惨劇の狼』『悪食C↓』『月の加護C↓』

『神速B』『毒耐性D↓』

『解析C』『炎魔法D↓』『闇魔法D↓』『影潜り』

『災厄魔法』

-----------------


「ギャーーーーステータスもスキルもめっちゃ下がってる!!なんかいっぱい↓書いてある!!!」

「ヴァウゥ!?」


 ステータス半減、スキルもランク2つダウン。

 ゲッカだけじゃなく、周りのヴァナルガンドもステータスがB~Cランクの魔物程度まで弱体化している。


『ク、屈辱……!』

『コンナ弱サ……イッソ、殺セ!』

「あ、諦めないで!!」


 Sランクモンスターとして恐れられる荒野の狼達にとって弱体化は耐えがたい仕打ちのようだ。



「"嘆きの鐘"は有効のようですね。これが効かなければさすがに撤退を視野に入れる所でした」

「嘆きの鐘ぇ?」


 いつの間にか直接声が届くところまでスケアクロウが降りて来た。

 さっきから聞こえる鐘の音の話か。


「"嘆きの鐘"、指定した種族を大きく弱体化させる特級ランクの神々の遺産です!」

「なんだよそのセコいアイテム!!」


 特級って言うくらいだしめっちゃ貴重なアイテムだろう。


「ラグナさん、鐘が聞こえる限り弱体化は解けません!どうにかして鐘を破壊しないと……」

「鐘は飛んでるワイバーンが持ってるぞ!?」


 あんな空高く飛ばれたらいくらなんでも攻撃は当たらない。

 1体で街を破壊するほどの力を持つヴァナルガンドがいるから地上の防衛はイージーモード、空中に気を付ければいいと思ってたのに前提が一瞬で崩れてしまった。


魔人(あなた)を直接弱らせるという手もあったのですが」


 スケアクロウが首をゆっくり傾けながら話す。

 顔に残る大きな傷跡に焦点が合っているんだか合っていないんだかわからない真っ黒な瞳、見ているだけで不安を掻き立てられる。


「ですが、やめました。我々にとってはあなたよりも狼達の方が脅威ですから」

「え」

「彼らは数が多く動きも早いですが、あなたはどんなに強くても所詮はひとり」


 俺を一人ピンポイントを弱らせるよりたくさんいるヴァナルガンド達を抑える方が有利に働くと判断したようだ。


「1対1の戦いであなたに勝てるのは王の称号を冠する者くらいでしょう。けれどもこの迷宮にはあなたが守りたい物がたくさんあるのではないですか」

「あ?」


 いや、いやいやちょっと待って。

 まさかこいつ。


 スケアクロウが上空のワイバーンに向けて号令をかける。


「亜人は一匹残らず殺しなさい。リザードマンはもちろん、リザードマン以外にも隠れている亜人がいるはずです」

「待て待て待てーーー!!!」


 降伏を受け入れないとか言った時点で薄々そんな気がしてたけどマジで非戦闘員の虐殺命令出しやがった。

 戦時国際法ご存じない!??

 民間人に攻撃しちゃいけませんよってルールなんですけど!亜人の人権が無い人間領にあるわけないですね!クソが!


 スケアクロウの命を受けたワイバーン兵達が4人1組で四方八方へ飛んでいく。

 行かせるわけにはいかない。


「ふざけんな!俺と戦えよ!!」

「嫌ですよ」


 スケアクロウはハナから俺をガン無視してこの村の住人を殺して回る気だ。

 ゲッカ達が弱体化した今、ワイバーン騎乗兵達を同時に相手取る手段は無い。



「クローバー!武器っ!!」

「どうぞっ!」


 俺の言葉と同時にクローバーが俺の頭上に収納魔法を展開、何本もの武器を降らせるので残らずキャッチする。

 "鍛冶神の三振り(ダーナグラディウス)"で作っておいた大量の武器だ。

 カニス戦では本数が足りなくてジリ貧だったけど今はこれでもかってくらい用意してあるぞ。


 ゲッカが縮んだ今、何十体ものワイバーンを追いかけるのは無理すぎる。

 とにかく早めに兵を減らしていかないと。


「行くぜ、武器ミサイル!」


 目標はワイバーン。

 けれども俺が投擲した武器は間に入ったスケアクロウが構えたハルバードに弾かれる。


「な、何だと!?」

「おや……」


 弾かれた武器が明後日の方に着弾して壁に大きな穴を開けた。


「助かりました、スケアクロウ様!」

「アデル、決して油断しないように」


 アデルと呼ばれた金髪を守ったスケアクロウはワイバーンを旋回させながら不敵な笑みを見せる。


「噂に違わぬ力。あなたに打ち返すつもりでしたが軌道を反らすので精一杯でした」

「俺の投擲を弾いたのもお前が初めてだよ!」

「凡人でも相手にしているつもりでしたか。あなたが相手にしているのは人間の最高戦力です」


 言ってくれるな。禍姫が出撃した戦場は焦土と化す、その噂に嘘偽りはなさそうだ。

 スケアクロウはワイバーンの体に備え付けてあったもう1本のハルバードを手に取る。


「では、せいぜい頑張って私たちを止めて見て下さい」


 くそ、行かせるわけには……!


「"ハイドロキャノーーーン"ッ!!!」

「む……」

「ぐわっ!」


 突然横殴りの水の塊がワイバーン兵に直撃し、騎乗していた人間が落下した。


「この水砲は!ウィトル!!」

「ボス!その女は俺が引き受けますッ!皆の元へ行ってくださいッ!」

「ナイスウィトル!いいとこ来てくれた!」

「ヴァウ!」


 大砲を抱えゴーグルを装着したウィトルが現れた、と同時に雨が勢いを増し土砂降りになる。

 相変わらずの雨男だ。

 落下した兵を空中で受け止めながらスケアクロウはウィトルに顔を向けた。


「水を操るとは報告に無い亜人ですね、この雨もあなたが?」

「いかにも!オレの名を覚えていけ六刃聖将ッ!」


 マントを翻し、左手でゴーグルを軽く持ち上げて大砲をブンブンと振り回す。


「狭間の王ラグナが眷属、序列参!爆弾魔ウィトル!いざ参るッ!!」


 ウィトルの宣言と共にぱっぱらぱー!とゴキゲンなファンファーレが奏でられ、ウィトルの首元のポーチからノームのマジョリ、ゲルニカ、サレが顔を出す。


「ウィトルさまが相手だ!」

「ぼくたちもまいる!」

「一生懸命爆弾つくるからな!」


 4人が一斉にキメポーズを取る。


 ……うーん、これやるなら背後に爆発とか欲しいところだな。

 特撮の戦隊モノみたいに。


「普通に恥ずかしいですねアレ」

「やりたいようにやらせてあげて!」


 モチベーションって大事だから!

 クローバーだって二つ名考えたはいいけどお披露目する機会なくて、いつか名乗れる時のためにウィトルがずっと練習してたの知ってるだろ!


 ちなみに序列3と言ってるのは3番目に眷属になったからだそうです。

 でもってこれは文字にしないと伝わらないけど"3"ではなく"参"って大字を使う辺りウィトルだよな。



「ウィトル、ここは任せる!」

「合点ッ!勝負だ禍姫!」

「……ふふ、あなたを倒さないと先へは行けなそうですね。いいでしょう、狭間の王の眷属のお手並み拝見といきましょう」


 ウィトルがボスを足止めしてる間に村のあちこちに飛んで行ったワイバーン騎士をさっさと片付けよう。



 駆け出した俺たちの傍にざざざっと現れたのは20余りの白犬……もといヴァナルガンド(弱体)たちだ。


「ヴァウウルル」

「……別行動しようってか?」


 狼達がやる気に満ちた鳴き声でキャンキャン吠える。

 ……こんな状況でなければ小さいわんこ触れ合い広場みたいだって癒されてたとこなんだけどな。

 弱体化したと言ってもゲッカには俺のステータスの一部が加算されてるし、元よりゲッカのステータスはかなり高い。


「………よし、そっちは任せたぞ!何かあったら召喚で呼ぶから」

「ヴァウウゥ!!」


 黒い子犬のゲッカの後にたくさんの白い子犬のヴァナルガンド達がついていく。

 え、子犬の集団めっちゃかわいいな!?


「………………………」

「ついて行きたいとか思ってるんでしょうけどダメですよ、ラグナさんにも働いていただかないと」

「なんで分かったの!?」

「どれだけ一緒にいると思ってるんですか。どうせ触りたいと思ってるんでしょう」


 クローバーが呆れ顔でボヤく。

 さすが定期的にモフモフされてるだけあって俺のことを分かってるな。

 いやでもあんなん不可抗力でしょ。


 ……まぁ、その辺は戦いの後にお楽しみにしよう。



「行くぞクローバー、俺の村で好き勝手させるもんか!」

「了解です!」

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