30.新しいスキル
◆王都コル・イェクル
「――背を向けて泣きわめきながら逃げる亜人共の姿、是非ともお見せしたかった。地下国東部は問題なく制圧し、例の物も入手いたしました」
王宮、大臣アンビテオの部屋。部屋その仕草も言葉遣いも咎める者はいなかった。
焦点のあわない退廃的な視線を彷徨わせる女が紫紺の翼竜にもたれかかる。
「ぐふふ……ご苦労であったな。では次の仕事だが」
「魔人ラグナ、今は狭間の王と言いましたか。彼の迷宮の破壊でしたか」
「然様。だが工作は済んでいる。あとは任せても良いな」
「私は命令を遂行するのみです」
アンビテオはスケアクロウに顔を近付ける。
「狭間の王は攻め込み蹂躙するなら比肩する者はいない。インクナブラはあれだけの人員を割いたにも関わらず狭間の王の足止めすらほとんどできなかった。だが処刑される罪人を救出に来る程に亜人に寛容だ。そんな男が目の前で亜人達を蹂躙されたらどうするのだろうな?お前にはその様子を見届けて欲しい」
「それは、乙女のように心が躍る命令ですね」
「では改めて六刃聖スケアクロウ。君に命令を与える。――狭間の王の迷宮へ攻め込み、亜人共を駆逐せよ」
「拝命いたしました」
女が熱っぽく息を吐いた。
妖艶な仕草にアンビテオは目を奪われるが、女が思いついたかのように口を開いたことで現実に引き戻された。
「ところでアンビテオ様。お言葉ですが……あの愛玩動物はアンビテオ様には似合いません。アンビテオ様を侮る眼をしている」
「そ、そうか?しかし」
「あくまで、私の予感ですが」
「……直感に優れた其方が言うなら、そうやもしれんな。分かった、あのネコは王宮からつまみ出そう」
◆ダンジョン村
この世界にも地獄という概念はあるらしい。
そして俺の忠実な眷属は地獄の協力を取り付けたいとか言い出しました。
「地獄の人達と仲良くしたいと」
「はい!」
「却下」
「どうしてですか!?」
どうしても何も。
「地上では馴染みのない場所かもしれませんが、由緒正しい地下の王国ですよ?」
「ゆいしょただしいちかのおうこく」
「地下王国は罪人を裁いて更生させる裁きの国。インクナブラではじゃかじゃか処刑してましたけど罪人は本来地獄で公平に裁かれるもの。地獄は罪に対して最も誠実な機関なんですよ」
ふーん。
またひとつこの世界のことが分からなくなった。
「ひとくちに地獄と言っても人間領にコル・イェクル、シャンガルド、インクナブラといった街があるように地獄にもいくつもの機関があるのですが、そのタルタロスの統治者が是非とも交友を持ちたいと」
なんでも地獄の機関の1つに人間が侵攻してきて壊滅的な被害を受けたそうで、人間が恐れる俺と協力関係を取りつけることで人間に対して牽制したいのだと言う。
人間が攻め込んできた際に実際に俺が動くかはともかくとしても、俺たちはあの魔人の友達だぞ?やんのか?って態度を取りたいわけだな。
「それなら話は分かるな。っていうか人間たち全方位にケンカ売ってるな」
「人間は元々他種族に対して排他的な傾向が見られますが、現人王が即位してから特に顕著ですね」
現人王ってフォルテドートとかいう細目の男だな。
人間こそが大陸の支配者でありまつろわぬ者は死を!なスタンスで亜人を嫌う貴族の間で非常に人気のある王様なんだとか。
「ともかく近日中に地獄の使者が来るはずです」
「それじゃ迎え入れる準備でもするか」
地獄の使者とかイヤな響きだけど、要は人間から攻撃を受けた地獄とこれから攻撃受けそうな俺たちによる被害者の会みたいなものだろう。
向こうがこっちに来るっていうなら歓迎の準備とかしておかないと。
で、おもてなしの準備は進めるとして。
「眷属LVが上がったので新しくスキルを修得できるようになったから確認しておかないとな!」
「ヴァンヴァウ!」
「ゲッカも新しいスキルが気になるか……ん?」
ゲッカが自分を解析してスキルを見ろと言ってくる。
どれどれ。
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所持スキル
『惨劇の狼』『悪食A』『月の加護B』
『神速S』『毒耐性B』
『解析A』『炎魔法B』『闇魔法B』『影潜り』
『災厄魔法-黒の行進』
『災厄魔法-嘘つきの炎』
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「災厄魔法-黒の行進と嘘つきの炎???」
「ヴフン!」
いやヴフン!じゃなくてね。
ゲッカのスキルに災厄魔法とかいう物騒な文字が見えるんだけどなぁにこれ。
いや、眷属LVが上がったことでゲッカも俺のスキルを使用できるようになったって分かるけど。
「……ん?覚えられるスキルは1つなのに災厄魔法が2つ扱えるようになった?」
「ゲッカさんは元々闇と火属性の適正があるので災厄魔法を覚える事で闇と火の災厄魔法を修得したのしょう」
なるほどな。
災厄魔法を使える俺も、属性LVを上げることで対応する属性の災厄魔法が使えるようになるもんな。
俺は魔片さえあれば全属性扱えるけど、ヒトが扱える属性は大抵1つか2つ、多くても3つ。4つ以上持つことはかなり珍しい。
けれども属性が多いことが必ずしもいいというわけでもなく、属性が少なくても1つの属性を集中して鍛え上げた結果、超特化した強力な魔術師になったり逆に属性が多くても全ての属性が半端にしか扱えないなんて話もあるそうだ。
「クローバーはどのスキルを覚えるか決めた?」
「ボクはゲッカさんと違って属性の適正がないので災厄魔法を覚えても腐りますね」
そういえばクローバーには属性魔法がないな。ゲッカは火闇、カニスは氷、ユーリスは光、キピテルは風と知ってる魔術使いはみんな分かりやすい属性があったけど。
災厄魔法の超コストもクローバーの豊富なMPなら活かせそうだったんだけどな。
「ボクが取得できるのは『武器解放』と『常在戦場』の2つですが地雷は踏みたくないので『常在戦場』一択です」
「呼吸をするように俺のスキル地雷扱いするのやめてくださる?」
分かるよ『武器解放』は武器使うと問答無用で武器壊れるしオンオフ不可だもんな。攻撃手段がナイフのクローバーがそんなスキル選べるわけがない。
一方『常在戦場』は経験を積めば積むほど回避や防御が洗練され最終的に未来予知に近いことができる便利な常時発動スキル。デメリットなし、安心して使えるスキルって素晴らしいよね。
「一応言っておきますがMP消費以外のデメリットがあるスキルの方が珍しいですよ」
「ヴルル!(それな)」
「こら!俺の心を読むんじゃない!」
さて、俺の眷属達が流れるように修得スキルを決めたけど俺はどうしよう。
一度決めたら変更は不可だからよく考えよう。
「取得できるスキルとできないスキルがあるね」
「はい、種族由来の固有スキルはムリですね。それからその人の行いによって得たスキルも」
クローバーで言うと、『破滅の怪猫』はキャスパリーグとしてのスキルだから魔人である俺は修得できない。それから『博識』もクローバーが知識をつけたことによって得たスキルだからこれもムリ。
ゲッカのスキルで俺が修得できるのはこの辺りだ。
『毒耐性』毒および毒スキルに対して耐性がつく。
『解析』は相手のステータスを確認。
『炎魔術』は炎属性の魔法を、『闇魔術』は闇属性の魔法を修得できるようになる。
『影潜り』は影に出入りできるようになる。
『解析』は便利だけどタブレットで代用可能だからパス。
次に『炎魔術』と『闇魔術』は災厄魔法よりも小回りの利く技を覚えられそうだけど、単純に破壊力だけで見れば災厄魔法でいい。
でも炎の魔術を取得すれば料理でいい感じの火加減が自分で出せるんだろうな……ゲッカ、そのジト目はやめるんだ。冗談、冗談だから。こんな理由でスキル取得しないから。料理する時はゲッカ呼ぶから。
となると残るは『毒耐性』『影潜り』か。
毒耐性はシンプルに毒に強くなるから間違いなくあって損はしないスキル。でもね。
「ゲッカの影潜り、カッコよかったんだよ。なぁタブレット!!」
【ゲッカのスキル『影潜り』を修得しました】
「カッコイイって理由だけで決めたんですか?」
「ヴァ、ヴルル……」
何も成長していない、みたいな目を向けるのはやめるんだ2人とも。
「いや冗談ですけどね。破格のステータスと攻撃スキルで既に戦士として完成されてるラグナさんですから、絡め手や奇襲手段を増やした方がいいので『影潜り』の取得に文句はありません」
影潜りの検証は以前インクナブラ潜入の時にある程度検証してるしね。
影のあるところじゃないと使えないとはいえ隠密に奇襲に目くらまし、潜入と使いようはいくらでもある。
次はクローバーのスキルだ。クローバーのスキルで修得できるのは、
『収納魔法』亜空間への扉を開く。
『並行処理』は異なる動き・思考を同時にこなせるようになる
『改竄』はステータスを改竄できる。
『召喚魔法』は僕を召喚する魔法。
『亜空間』を持たない俺が使うと死にスキルになるのでまず『収納魔法』を除外。一番使いたかったんだけどなぁ便利ジッパー!
『改竄』はクローバーが故郷を離れることになった、持っているだけで罪とされる禁忌スキルだけど戦闘でも日常でもほとんど使わないし、使うとしてもクローバーに頼むからこれもパスだ。
『並行処理』は『猫の王』スキルの力で大量のネコに情報収集をさせてるクローバーならではのスキル。
俺が使って活かすところがあるとすれば……料理とか家事がマルチタスクで効率よくできるようになるとか?あ、それは魅力的だな?
いや魅力的ではあるけど今優先するべきは今後この村を守ったり戦っていく時に必要なスキルだ。家事はみんなに手伝ってもらったりしてカバーしよう。
「となるとやっぱ『召喚魔法』か」
「召喚魔法で召喚できるのは僕、つまり術者が支配している相手です。ラグナさんで言えば眷属であるボクたちが対象ですね」
クローバーの場合、名前を持つネコなら大体召喚できる。普通のネコマーケットから化け猫ルーニン、召喚したことないけどラバルトゥまで召喚対象だ。
「『猫の王』がネコを召喚できるなら『狭間の王』の俺だって狭間の者召喚できても良くない?」
「……ちょっとボクとラグナさんの王のスキルを確認してみましょうか」
言われるがままにスキルを確認してみる。
『狭間の王』
【狭間の者たちの王の証。王の宣告を行えるようになる】
『猫の王』
【猫の王の証。王の宣告を行える。全てのネコを支配し、出会った猫とどこにいても意思疎通ができる】
狭間の王、猫王に比べて文短いっすね。
「『猫の王』は『全てのネコを支配』の一文がある通り、ネコを支配するスキルなのでネコは自動的にボクの支配下にあるんです。でもラグナさんのスキルは亜人を支配しているわけではないので……」
「カーッ使えねぇ!クローバーの方がよっぽど王っぽいスキルじゃねーか!」
王の宣告とかいう罰ゲームやるためだけのスキルかよこれ!
放送事故やらかしたし実際罰ゲームだったわ。
「まぁ眷属をいつでも呼べるのは安心感があっていいな。ゴキが出た時にすぐに眷属を召喚すれば代わりに倒してもらえるのか」
「やめてくださいね??」
いやさすがに冗談だよ。でもゲッカは燃やしてやるからいつでも呼んで!てフンスフンスしてるよ。だから何だって話だけど。
とにかく召喚魔法を覚えるとしよう。
【クローバーのスキル『召喚魔法』を修得しました】
「これでゲッカとクローバーのスキルが使えるようになったわけだ」
「ボクが言うのもなんですけど、ボクもゲッカさん基本ラグナさんの傍にいるしウィトルさんもこの村にいるので召喚を使う機会は少なそうですね」
クローバーが少し申し訳なさそうな表情をする。大きなネコ耳がいつもより垂れてるのがちょっと庇護欲をそそられる。でもその心配はご無用だ。
「安心しろ。使う機会はいくらでもあるぞ!」
「そうなんです?」
「ヴァウ?」
いい使い方閃いたんだわ。
「……?ラグナさんどちらへ?」
「ちょっと温泉入ってくる」
「はぁ。行ってらっしゃい」
案の定水を嫌がるクローバーは付いてこようとしない。
俺だって嫌なことを無理強いはしたくない。
でもね。どんなにネコが嫌がってても洗うだろ?
俺はね、年頃の女の子にお風呂の習慣をつけて欲しい気持ちがある。
俺が迷宮核で作った露天風呂。
記憶にある日本の温泉を参考にした自然に囲まれ湯煙が風情を感じさせる自慢の空間。
さっそく使ってみよう。
湯舟の中に赤い魔方陣が浮かび上がる。よしよし良い位置だ。
「召喚魔法!いでよクローバー!」
「は、はあぁーーーーー!!???」
建物の外からクローバーの驚愕の叫びが聞こえて来た。
声が聞こえなくなったと思ったら俺の足もと、湯舟の中の魔方陣から突如くぐもった音が溢れ、その後すぐにクローバーが出てきた。
「ガボッゴボゴボ!なに、ゲホ!するん、ですか!!」
「すごい!召喚成功だ!!」
「成功だ!!じゃない!!!」
「まさかボクの召喚魔法、こんなふざけたことに使うためだけに修得したんじゃないですよね!?」
「ははは、まさかそんな、ははははは」
「ボクの目を見て言ってみろーー!!」




