29.眷属の贈りもの
◇
守るべきものはどこにもない
きみのそこに在る理由も意義も守るべきものも深い海の底へと消えてしまった
泣かないで 愛しいきみよ
きみにこれから長い冬が訪れるだろう
目を覚ました時、となりにぼくはいないはずだ
さみしがりのきみのことだ きっと深く傷つくだろう
だから きみにおまじないをかけよう
これはひとときの夢
悲しみの底におちたきみが
いつか歩いていけるように
いつかきみが
歩き出せるだけの理由を見つけるまでの
束の間の夢
愛しいきみよ ぼくに後悔はない
きみがぼくを忘れようとも 異形の騎士はいつだってきみと共に在る
眠りの日はもうすぐだ
また会う日まで さきくませ
◇
大樹の麓で木漏れ日を浴びながらメルムは目を覚ました。
夢を見た。
この村に来てから何度も見た。
大樹の下で眠るとテノールの声で囁かれる夢を見るのだ。
何を言っているかはメルムにはよく分からないけれど、声をもっと聞いていたくて夢の中でどうにか意識を繋ぎとめようとした。それでも今回も最後まで聞くことはかなわなかった。
きっと大切な内容。
そんな気がするけれど、声の主はいつだって肝心なことは教えてくれない。
どうにも頭の一部が抜け落ちてしまったような空白感、そして少しのもどかしさ。
処刑を前にしてもどこか遠い世界の出来事のように思えてこのような気持ちにはならなかった。
メルムは焦りという気持ちを思い出す。
この村に来てから朧げな記憶をなぞる様にひとつひとつ何かを思い出してきた。
木々を操る魔法も、木が大切だという気持ちも。
普段と違う様子にカラたちが心配そうに群がった。
ああ、いつも通りだとメルムは安堵した。
(いつも通り……、いつも?)
カラ達はいつも甲斐甲斐しくメルムの世話をする。
どんな時も彼らの1人は必ずメルムの傍にいる。いつも通りの光景だ。
これが当たり前になったのはいつだっただろう。
何かを思い出せそうだけれど、その何かが分からない。
これは何だろう、この気持ちは何者だろう、わたしは誰だろう。
何かが足りない。ぽっかりと穴が開いて忘れ去られたような。
メルムは何かから逃れるように大樹に寄り添う。
力強い大樹の息吹に身を委ねて樹と1つになる。
思考を止める。思考が止まる。
そうしてやっと安らぎが訪れる。
◆
「ラグナは ぱんつを 手に入れた!!!」
全人類見たまえ、刮目せよ!!
この世界に来ておよそ1年、俺はとうとう念願のぱんつを手に入れました。
シンプルな黒のボクサータイプです。それがいい!
下着自体は以前商人から買って手に入れたことあるんだけどね。
魔力摩擦、つまり俺の体から溢れる魔力が大きいすぎるせいでどんな服を着ても1、2日で擦り切れてボロボロになる。
でも今回のは違うんです!
俺の魔力に耐えられる服を作るためには魔力を流す性質のある素材、そして俺の魔力に耐えられる魔力を持つ職人が素材に魔力を流しながら編み込まなければならない。
素材は以前入手したミラージュスパイダーの卵から産まれた子グモ達が作ったクモの糸だ。魔力を受け流し性質と伸縮性と強度を備えるクモの糸は素材にぴったりだ。
「喜んでもらえるのは嬉しいのですが下着を掲げて高々と宣言するのはちょっと」
「ヴルルゥゥ」
俺の眷属達が言いにくそうな顔をしている。
でもね!このぱんつ用意したのキミたちなんですよ!
俺の喜びが分かるだろうか!
「ラティちゃんパンツ掲げてドヤ顔する人初めて見た。記事にしとこ」
「うっせ!うっせ!!あと記事は許可しません!」
茶を飲みに来ていたラティに許可なく記事を書かないよう念押ししておく。
「編んだのはボクですが糸に魔力を練り込んだのはゲッカさんです。ラグナさんの眷属で非常に高い魔法力を持つゲッカさんなので強度に関しては申し分ないと思いますよ」
「ヴァ!!」
ゲッカが胸を張る。
伝説級の生物である風竜すら下したゲッカの魔力だ。
魔力を練り込むならこれ以上ないくらい適任だろう。そしてその糸を使ってクローバーが作ってくれたらしい。
「ここ数ヶ月、妙にクローバーが腹に抱き着いてきたりしたけど、これあれか。俺の腰回りのサイズ確認してたのか。言ってくれればサイズくらい普通に測らせたのに」
「このバカチンがーーーー!!!」
「何ごとー--!??」
試作品の大砲を持ったままレイロックが特攻してきた。俺は大丈夫だけどレイロックのダメージ大きいんじゃないかこれ。あ、ドワーフは物理に対しては頑丈なんだっけ。
「年頃の女の子が下着作ってるとか言えるわけないじゃん!ラグナ氏正気!?」
「そ、それもそうか」
当のクローバーは無言で顔を背けている。
どことなく顔が赤いのは気のせいではないだろう。
そんなクローバーにラティとレイロックが何やらニヨニヨしてるけどなんなんです?
「ふっ、ラグナ氏もまだまだね」
「なんか腹立つなオイ」
ところでラティに正論言われたり分かってないねツラされるの地味にダメージでかくて冷静になってきた。
これまではいてなかったからテンション上がってたけど下着だからな。本来見せるもんじゃないよな。でも感謝はしてるんだよ、と思った時である。
-ピコン!-
「ん?今の音は?」
「タブレットの通知だな。このタイミングで何だろ?」
【ゲッカの眷属LVが2になりました。ゲッカのスキルを1つ取得できます。】
【クローバーの眷属LVが2になりましたクローバーのスキルを1つ取得できます。】
「眷属LVが上がった!?」
「ヴァウウゥ!」
ゲッカが喜びの声をあげる。
ちょっと待ってなんだこれ。ゲッカとクローバーのスキル1つ取得できるって書いてある!
「以前眷属にLVがあることお伝えしましたよね?それですよ!」
「あー!いろいろありすぎて完全に忘れてた。あったねそんなの」
遠征中にクローバーが教えてくれたやつだな。
眷属Lv1で主と眷属のステータスが強化するけどLVが上がると主と従者でスキルの共有ができるようになるんだっけ。
眷属が主人へ送る最上級の信頼を主が受け入れた時にLV2になるって言ってたけど、俺のぱんつを作ることが2人とっての最上級の信頼のようだ。
「ラグナさんがボクやゲッカさんのスキルを、そしてボクたちもラグナさんのスキルを1つ使えるようになりますよ!」
「改めてすごいな眷属契約」
眷属LVも上がって、俺のぱんつも手に入っていいことづくめ!と思っている。
「待ってッ!!け、眷属の契約って上があるのかッ!?」
話は聞かせてもらった!ポーズでウィトルが壁を壊しながら現れた。後で修理しろよな。
眷属のことは知っていても眷属LVのことは知らなかったらしいのでクローバーが改めて説明する。
「あい把握したッ!最上級の信頼か……オレは常日頃ボスに感謝をしてるがこれ以上感謝示すとなると……そうだ、竜の肉は長寿の秘薬になるそうです!オレの体の一部を召し上が」
「却・下」
そういうスプラッターは御免こうむります。急ぐことでもないしいつでもいいからね、気長に頼みます。
ぱんつはクローバーが頑張ってくれた甲斐あってサイズは良い感じ。ただ微妙に、ちょっと、前の方が窮屈かもしれない。いや穿けるってだけでも全然嬉しいんだけど。
「ねぇラティちゃん、あの男年頃の女の子にパンツ用意させといて注文までつけてるよ」
「ラグナ氏にはデリカシーが足りないよねレイちゃん」
「そこさっきからうっせぇ!!」
ラティとレイロックの会話はもっともなんだけどこっちだって下着という文明人の必須アイテムに対してはなりふり構ってられないんですよ!
ともかく大切にはかないと。
魔力で擦り切れることはないとはいえ、毎日はけば当然そのうちボロボロになる。
っていうか洗うことを考えると普通に毎日はけない。
「勝負服……いや勝負ぱんつとして大事な日に穿くか」
「エート見出し、『狭間の王、下着用意してもらったのにまだノーパン貫く!』でいいかな」
「いいわけねーだろバカヤロウ。好きで穿いてないわけじゃねーんだよ」
「だったらオレもパンツとやら作るッ、作らせてくださいッ!」
ウィトルが名誉挽回と言わんばかりに宣言しはじめた。
「それでパンツというのはどういう用途で使うものなんです?」
そこからかい。
リザードマンは水辺で生きるせいか服らしい服を着ないし下着の概念もないようだ。
ぱんつってのは……その、なんだ。大切な所を守る防具って言えば伝わる?
「ボスの大切な所を守る防具か!ボスの大切な所ね!それは誠心誠意作らせてもらおうッ」
「大切な所って連呼しないで恥ずかしい。つーか適材適所ってのがあるだろ。ウィトルのでかい手じゃ難しいんじゃないか?」
「カモン!ノーーーム達!」
「「「アイアイサー!!!」」」
ウィトルが合図すると首元のポーチからマジョリ、サレ、ゲルニカの3人のノームが飛び出す。
「手先の器用さならノーム達が負けませんッ!ノーム達とオレは一心同体だから実質オレ!!」
「無茶苦茶なこと言ってんな」
実際に手を動かすノーム達が満足げな顔をしてるからいいけどさ。
「オレはゲッカのアニキに比べたら魔力も足りないが、頑張るのでッ!!」
「「「がんばるのでー!!」」」
熱く語ってるけどぱんつの話です。
これ止めても聞かないな。暴走機関車みたいなヤツだ。
……でもこれで眷属のLVが上がなら止める理由もないか。
ところで俺はこれからも眷属になってくれそうなヤツがいたら眷属にしようと思ってるんだけど、これから眷属にする奴から毎回ぱんつ送られたりする流れだったりしますかね。
「水の性質を持つウィトルさんが作ると水に強いのができそうですねぇ」
それって水着って言わない?
あ、水着、それはそれでいいな。夏が来たら水着で泳ぎたい!
「ボス、マジョリ達が採寸させて欲しいそうだ?カラダを測っても?」
「もちろん構わないぞ」
「ボ、ボクが聞けなかったことを堂々と!!」
どこからか採寸用の道具を持ってきたウィトルにクローバーがショックを受けていた。
いやクローバーにも感謝してるから。特別ボーナスにおやつとか作ってあげるそモフモフしてあげるから……あ、それは俺が楽しいだけか。
じゃあなでなでしてやるから。
ところで眷属LVは最高3。
そしてLV3に上げるためには"はじまりの7人"と言われる特別な眷属が7人必要だそうだ。7番目までに契約する眷属は特別で主人の恩寵を受けられるとかなんだとか。
今俺の眷属はゲッカ、クローバー、ウィトルの3人。
「LV3にするには眷属があと4人必要なのか」
ゲッカは言わずもがな俺の相棒。
クローバーは情報収集ができる参謀役。
ウィトルはリザードマンの次期リーダーだ。本人の戦闘力と指揮能力を考えると隊長格ってところかな。
街の外で出かけては魔物を狩ったりして、ここ数ヶ月で魔欠を持った魔物を3体も討伐して回収してくれている。
みんな頼りになる仲間だ。
「忠実な眷属を探すのも大事ですけれど、協力者してくれる組織も欲しいですね。レギス商会みたいな外とのパイプも増やしたいです」
「確かに」
クローバーが処刑されそうな時だってレギス商会のゲイン達が手助けしてくれなければ救出できなかったし、ここ最近も戦争が近いからと情報を流したり武器を持って来たりと彼らなりに手助けをしてくれている。金はとられるけど。
ともかく直接的でなくても助けてくれるような第三者とのパイプはあった方がいい。
「用意周到なクローバーのことだ、協力者のアテはもうあるんだろ?」
「もちろん!」
「なるほど、どんな奴らだ?」
「地獄の人達です」
ホワイ?
「連絡取ったら近々お目見えに来ると言ってました!」
何て?
とうとう悲願のぱんつを手に入れたようです(ただしもったいない精神でなかなか穿かない)




