16.俺とお前が願うもの
ウィトルを覆う黒い泥がボロボロと崩れていく。
カロンは癒しのユニークコアの力で癒しの能力を持つヴェパルとなった。
同じように、ウィトルもユニークコアの性質を受け継いだ進化をするはずだ。
ユニークコアの属性とか知らないけどね!
クローバー曰く調べるにはスキルとか必要らしいけどそんなのないし。
……ん?
溶岩だの太陽だので渇いていたこの山でふと肩に温い感触を覚えた。
噴煙から落下した小石か塵が降ってきたかと思ったがそれなら温いはずがない。
手で触れて見れば粘着質のあるどろりとした黒い水がついていた。
「あ、雨です。雨が瘴気に触れて黒く変質してます」
「雨ぇ?シエル山脈って雨不足で困ってる山だったんじゃ」
「この山に限らず大陸のほとんどの場所で雨が降りません」
ふーん。
となるとタイミング的に雨の原因として考えられるのは。
「ウィトル!!起きて!起きろ!!この雨お前のせいだったりしない!?」
「グ、グウゥゥゥ……」
巨大な泥の中から黒い体を引っ張り出す。
泥まみれだから姿はよく見えないけど、瘴気にまみれていた時は巨大な泥の装甲を纏っていたようで、中から出てきたのは元のウィトルとあまり変わらないシルエット。
泥まみれだからどれが顔か手探りで探っていると突然黄色い光が灯る。
それがウィトルの目だと気付いたと同時に怒声が放たれた。
「あの、ムシ野郎ーーーーー!!!!」
途端にゴロゴロと音が鳴って嫌な予感がしたと思ういや否や、猛烈な土砂降りに見舞われる。
「ギャーー!!きたねぇ雨ーーー!!」
魔人も魔人の眷属もどうやら瘴気に耐性があるらしく、俺もゲッカもクローバーも瘴気を浴びても問題はない。
それはそれとして瘴気を含んだ水はどす黒く粘着質のある嫌な感触で普通に触りたくないんだわ。そんな黒い泥雨が降った。
しかもウィトルが激昂したと同時に。
「雨を降らせる力……特異進化の影響ですね」
「そ、そんな能力あるのかよ」
泳ぎが得意だったとはいえリザードマンに水を操る力とか無かったから進化して手に入れたものだろうな。となると青いユニークコアは水関係の属性を持っていたのかも。
「とりあえず雨降らせるのやめてくれや」
「いでッ!?」
人差し指デコピンを眉間にキメればウィトルが両手で額を押さえて痛がり、一拍置いて雨もいくらか小ぶりになった。
ウィトルはもともと防御が高かったし進化したから大丈夫かと思ったけど、一撃でリザードマンを岩に叩きつけてKOした俺のデコピンを痛がる程度で済む辺り進化で戦闘力も上がっていそうだ。
……ん?両手で抑える?
あれ、魔族に取られた右手は?
「リザードマンは再生力が高い種族。再生に時間はかかりますが死なない限り肉体は再生します。進化して再生速度が上がったんでしょうね」
あ、そうなの。
ジネヴラも尻尾すっかり元通りだったからな、いや戻るならよかったわ!
「よーしウィトル落ち着いたか。俺のことは分かるか?2×2はいくつだ!」
「ラ、ラグナ様ッ!エート、ニカケルニとは?」
「デコピンじゃまだ正気に戻らないのか可哀想に……」
デコピンで痛がるならチョップくらいでもギリ耐えられるだろう。
「ラグナさま!?オ、オレは正気だッ!?」
「あの、ラグナさん。亜人は教育を受けていないので計算はちょっと」
「あ、そうなの」
泥から這い出して逃げようとするウィトルを追いかけたところでクローバーからストップが入った。
クローバーが博識だから感覚がマヒしてたな。亜人どころか人間でも一部の貴族や商人以外では計算はおろか読み書きができない人がほとんどだそうだ。
クローバーから説明を受けている間にウィトルは何が起きたのかぽつぽつと思い出しているようだった。
「そうだ、オレはあのムシに負けてノーム達が攫われて……ラグナ様が爆発に巻き込まれ……洞窟に溶岩がなだれ込んで……」
おっと止みかけた雨が強くなってきたぞ。
泥雨って視界悪くてかなわないな。
「おーいウィトル。ノームとリザードマンは無事だぞー。皆もう脱出してる」
「ラグナ様からもらった魔片も奪われ、目の前が暗くなって体から目が生えて……オレ、オレは……」
「雲行きがすごい勢いで怪しくなってきましたね」
どうやらコイツのメンタル次第で雨の強さが変わるみたいだな。
俺と初めて出会った水に困っていた頃にこの力があれば水は安泰だったろうな。でも今は水いらないんだよ。
「オレのせいでラグナ様が爆発に巻き込まれ!あまつさえ大きな迷惑をかける始末!合わせる顔がないッ!」
「コラ待てどこ行く気だ!怒ってないから話すたびに雨降らせるのやめろや!!」
ゲッカも泥の雨嫌そうじゃん!
そもそもの元凶はあの6本腕のせいだし。
さてウィトルの話をまとめると、ウィトルが行った先にタージグレがいて敗北、ノームの爆弾を奪われてその爆弾で俺に攻撃&火山の噴火を誘発させたようだ。
さらにその後魔王に功績を報告するためにノーム達、それからウィトルの魔片を奪って行ったと。
……この情報を整理している間にもウィトルがあまりにも大雨を降らせるものだから瘴気で満ちた空の黒はだんだん薄れて泥の量も減ってきた。
「もういっそこのまま雨にうたれた方が瘴気を洗い流せる気がします」
「瘴気を落とすのは悪くないけど風邪ひくからパワーズ達の家に戻ったら風呂借りような」
「えぇ!?」
おいクローバー何だその信じられないようなものを見る目は。
パワーズ達の家に風呂があるのは確認済み。風呂に関しては俺は譲らないぞ。いや今はそんな話をしてる場合じゃないか。
「風呂はさておき、ノーム達が攫われたならどうにか助けないとな」
「面目次第もないッ」
ウィトルがこれ以上ないってくらいに申し訳なさそうに、もうそのまま地面と一体化するんじゃないかってくらい頭を地面にめりこませる勢いで頭下げてるけどこれに関しては仕方ない。
「アラクネに圧勝したお前が勝てなかったくらいだし相当強かったんだろ。俺ももうちょっと考えときゃ良かった」
「でもオレは!何もできなかったッ!」
山を守る使命を持ちながら何もできず、さらに山は溶岩と瘴気まみれにされたのだからウィトルの悔しさは計り知れないだろう。
「次ぶっ飛ばせばいい」
「オレはアイツに手も足も出なかったッ!」
「お前、俺の眷属になるんだろ。俺の眷属になればもれなく俺の力の一部がお前に流れて強くなる。しかもお前は進化したんだ、さっきまでのお前とは違うぞ」
ウィトルの目がカッと見開かれる。
雨が少し弱くなった気がした。分かりやすいヤツ。単純なヤツ好きだよ俺。
俺がタージグレを殴りに行ってもいいけどウィトルだって殴りたいだろう。
山をめちゃくちゃにした輩の制裁のためなら俺も協力は惜しまないぞ。俺も顔面ドカーン食らったし。
「なりたいッ、ラグナ様の眷属になることを夢見て来たッ!」
「よしきた、いざ契約の時だ!……ところでクローバー、眷属の契約ってどうすればできる?」
「ラグナさんてイマイチしまらないですよね」
「余計なお世話だっつの」
ゲッカとクローバーの時は信頼の証がどうたらって通知が来たけど条件がイマイチ分からないんだよね。
「主と従者、2人の気持ちをシンクロさせる必要があります。ボクやゲッカさんと契約した時も気持ちが重なる感じがあったでしょう?」
ゲッカとはスルトとの戦いで魔方陣の展開で動けない俺を守るべくスルトの攻撃を防いだ時に契約した。あの時俺はゲッカを信じ、ゲッカもまた俺を信じた。
クローバーとはインクナブラから脱出する時、眷属に誘い続けていた俺と隠し事を全てさらけ出して眷属になる決意を固めたクローバーの気持ちが重なった。
同じように、ウィトルと俺の気持ちがシンクロすればいいのか。よーし。
「ウィトル、お前の気持ちを俺に聞かせろ!お前は俺の眷属になって何を望む!」
「オレは……今度こそ仲間達を守りたい。ノームたちを助けたい」
守りたい気持ちは本物だろうし、俺にも当然その気持ちはある。
けどもっと大きい感情があるはずだ。
「それよりも、もっと強い気持ちがあるだろ!」
「エッ」
「お前は進化待機状態だったんだろ。これまで戦っても進化しなかったお前が今進化した理由はなんだ!」
ノーム達を助けたいのは力が欲しい理由の1つだけれど、もっと直接的なものがある。
体の内側から魂を穢してまで進化をした理由。
力が欲しい理由は綺麗な理由とは限らない。
この穢れた瘴気にまみれた山のように泥臭く、そして今降り注ぐ雨のような暗い理由。
ウィトルは俺が言いたいことをくみ取ったらしい。
「オレは、悔しくて、情けなかった。それで目の前が真っ暗になって……」
本音を口に出したくないことも、言いにくいこともあるだろうけど。
言わなければ俺たちは先に進めない。
「あ……アイツ、あのムシ野郎!俺のことを蔑んだ!嘲ったんだッ!!」
降り続ける雨は瘴気を洗い流していく。
淀んだ泥も、敗北の悲しみも。
けれども冷たい雨の中、激情だけは鎮火せずに燃え続ける。
「オレを嘲笑ったあのムシ野郎!今度は絶対!捻り潰すッ!」
「いいぞ、その調子だ!もっとシンプルに!」
通じ合う気持ちはシンプルなほどいいはずだ。
「あのムシ野郎絶対許さんッ!」
「もっと大きな声で!!!」
「ムシ!!ぶっ飛ばすッ!!!」
「そう来なくちゃな!!」
ウィトルから見てタージグレは明確な敵で許しがたい奴だけど。
俺にとっても顔面に爆弾と噴火コンボをキメた挙句ノームやリザードマンの住処を溶岩に沈めたあのクソ蟲、今最もホットな殴りたいヤロウ堂々のナンバーワンだ!
俺とウィトルが今何よりも強く願うのはただ1つ、タージグレをぶっ飛ばすこと。
「よっしゃウィトル!あのクソ蟲、絶対にぶっつぶすぞ!!!」
「オオッ!!!」
【信頼の証を得ました】
雨があがり、分厚い雲が晴れていく。
照らす大きな太陽が今だけは光を照らす希望のように見えた。
雨はとうに空の瘴気も俺たちを汚した泥も全て洗い流している。
改めてウィトルを見れば、黒い体はそのままに角がだいぶ立派になった。
そして耳と赤茶色の鬣が生えたことでより動物的な印象だ。
これまで蜥蜴やカメレオンみたいだった体が東洋の龍みたいになっている。
うーん特異進化って感じ。
【ドラゴニュート・ウィトルを眷属にしますか?】
「YESだ!」
「いざ眷属の契りをッ!」
俺の胸元の赤い欠片が光り、同時にウィトルがもともと魔片をつけていた右手の甲が光り出す。
数秒後、そこには俺の胸と同じ赤い宝石が刻まれていた。
ゲッカ、クローバーと同じ魔人の眷属の証。ウィトルは今、俺の3人目の眷属となった。
「力が水源のように溢れてくる、これがラグナ様の力……今ならあのムシを捻り潰せるッ!!」
「いいぞ!俺の力乗りこなして見せろ!」
ウィトルが天に向かって叫ぶと同時になんかすごい勢いで雲が舞い戻ってきて太陽が隠れた。
まさかそんなギャグみたいなこと、とウィトルを慌てて止めようとした時には再び大雨が降っていた。
「だーかーらー!雨を降らせるなっつの!!!」
「苦しい時だけじゃなくて感激しても雨が降るんですねぇ」
ウチの犬とネコはもう諦めて雨にうたれてるよ。
とんだ雨男が眷属になったもんだ!




