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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
4章 やさしい場所
115/163

14.絶望のウィトル

 話は少し前に遡る。


「ずいぶんと場違いな蟲がいたものだなッ!」

「ほう、この山のリザードマンか」


 ラグナと別れて数刻ほど。

 目的地へたどり着いたウィトルはイビルセクトの撒き散らす炎と瘴気の渦中に似つかわしくない優雅に紅茶を飲む6本腕の人間でも亜人でもない男と遭遇した。

 あまりにも場違いな佇まいに思わず目を細める。

 魔族は魔物を操ることができるという。イビルセクトに襲われないのもその性質によるものだろう。


「ウィトルさま……」

「大丈夫だッ」


 ポーチから不安げな声をあげるマジョリを宥め、ウィトルは油断なく大砲を構える。


「ムハハ!この山のリザードマンはノームを飼うと聞いたが本当に飼っていたとはな。てっきりラバルトゥの妄言かと思っていたよ」

「ラバルトゥ……あの化け女かッ!」

「ほう、化け女とはなかなかいい呼称だな。不本意だが劣等種に同意せざるをえまい」


 男は紅茶を飲み干し、ティーカップをいささか乱暴に机に置く。


「できればこんな片田舎であの女のつまらん仕事の引継ぎなどせずに人間共を殲滅し魔王様に御覧に入れたかったのだがね。ここでは大した報告はできぬのだ」

「つまらない仕事だと?」

「こんな辺境の仕事などさっさと終わらせるに限る。貴様たちには私の仕事を見届ける証人となってもらおう。その命をもってな」


 挑発のつもりもあるだろうが、この男は実際にこのシエル山脈をその程度の価値にしか見ていないのだろう。声と態度からウィトルはそう判断する。


「申し遅れた、私はタージグレ。魔王であるエクスヴァーニ様の勅命でこの地に来た」

「……魔王勅命か!」


 魔王が直接命じたとなればこのタージグレという男は魔族でもそれなりの地位の実力者にある筈だ。

 先ほどアラクネが呼んでいた名前とも一致する。


「ならお前を倒せば万事解決というわけだなッ!」

「アタリ?違うな。ハズレだよ。大ハズレ」


 ウィトルがすぐさま大砲から爆撃を放つがタージグレは爆弾を軽くいなして軌道を反らす。

 軌道を反らされた爆弾がタージグレの背後で大爆発を起こす。


「ふむ、相手にとって不足ナシだッ」

「こちらは不足しかないがね!」


 タージグレの手から放たれた炎を大砲で防ぐ。

 炎使いのようだ。熱に弱いリザードマンにとっては分が悪いが普段から爆弾を扱うウィトルは比較的熱に慣れている。


 最善は勝利だが最悪この男をこの場に留めておけばやがてラグナ達が来る。

 ウィトルは持久戦狙いに切り替える。


 襲い来るタージグレの腕をかいくぐり、ウィトルは力任せに大砲という鉄の塊を叩きつける。

 しかし渾身の一撃もタージグレの腕1本で軽く受け止められ、遠心力を利用して岩壁に叩きつけられた。


「ッグ!」

「ウィトルさま!」


 実力差は明らかだがタージグレはゆったりと彼我(ひが)の力量差を見せつけるように動く。

 自分の力を誇示するタイプなのだろう。


「劣等種が魔族には敵わんとお分かりいただけたかな?我々と貴様達では生きる環境が違う。こんな生温い地で生きる貴様らなど魔族領では3日も持たず全滅するだろうて」


 魔族領は弱い者は生き残れない過酷な地であり、人間領よりも遥かに危険な魔物の蔓延る地だ。

 だからこそ人間も亜人も異形の魔物の住まう魔族領を、そしてその地の支配者として君臨する魔族を恐れる。


 慢心するタージグレの無防備な胴に太く長い尾を鞭のように打ち付けるが、岩すら砕くその尾を目の前の大柄な男はあえて受けてみせた。


「……おや、チビ共をうっかり捕まえてしまったな?」

「わーっ!」

「この、はなせっー!」

「マジョリ、サレッ、ゲルニカ!」


 苦しそうに呻くノーム達にウィトルは再度体を奮い立たせた。


「待ってろ!今助ける!」

「ほう、こんな小さな劣等種の名をいちいち覚えるとは、人間領のトカゲは思ったよりも知恵が回るのかもしれんな!」


 タージグレの下卑た偉い顔に歯噛みする。


「オレたちを何だと思ってるッ!」

「何だと思って、だと?」


 ノームを弄んでいたタージグレの姿がゆらりと動いたと思えばウィトルの目前に迫った。

 敵わない。

 圧倒的な上位種を前に守りすらも許されなかった。


「劣等種だろうが!!」

「グガッ!」


 顎をかちあげられれば目の前が白くなる。

 嫌な音が顔中に響き、遅れて口から洩れる血と口の中の鉄の味でウィトルは歯が数本砕けたことをぼんやりと理解する。


「ウィトルさま!」

「ムハハハ、早く魔王様に報告がしたいものだ!この程度では物足りぬ!ハアァ、これからすること成すこと、魔王様は褒めて下さるだろうなぁ!ムハハハハ!」


 タージグレは笑いながら腕の1本を掲げる。

 指先から煙を発し、おもむろに大砲を掴めば大砲が溶けるように形を変えた。

 指の力が強い上に異様に高温になっていると気付いた次の瞬間、その指が右の手首を掴む。

 皮膚が焼け、骨が砕ける音がする。


「が、ああぁ!!」

「おや、魔片を持っているのか。弱すぎて気付かなかったよ」


 ブチンと音がしたと同時にウィトルは解放され、地面に転がった。

 右腕の肘から先が熱でねじ切られた。

 声にならない声で叫ぶ。

 これからはこの山を守っていくのだからと魔人からもらった魔片だった。


「ムウ、力加減が難しい。少しでも力をいれれば首を追ってしまいそうだ」


 タージグレはノーム達を掴んでこれみよがしにウィトルの目の前に見せつける。


「ワシはお前のような身の程知らずにも寛大だ。チャンスをくれてやろう」

「グ、うぐッ!」


 磨かれた黒い革靴でウィトルの頭を踏みつけて、タージグレは満足気に切り出した。


「ノームの爆弾を保管する場所はどこだ?」

「……!」


 やはり狙いは爆弾か。ウィトルは歯が折れたことも構わず食いしばる。

 折れた歯が口内に突き刺さるがそうでもしなければこの現状に耐えられそうになかった。


「ウィトルさま……ダメ……あアッが!」

「んん?あまりにも小さな音で分からなかった。ひょっとして骨でも折れたかな?どれ、確認のためにもう一度。リザードマン、お前も聞いてみるか?」


「や、やめろッ!頂上から5番目のダムの側に開けられた穴だッ!」

「フム、となるとあの辺りか」


 タージグレが6本腕のうちの2本を掲げれば魔方陣が現れた。

 頭を掴まれ、タージグレに引きずられて魔方陣の中に入る。


「転移魔法は初めてかな?我ら魔族の間では当然の技術なのだが人間や劣等種には縁の無いモノだろうよ……さて」


 転移が終わりうっすら目を開けば、爆弾を保管していた洞だった。

 誰かに使われないように、何かあっても爆発しないように密封して隠しておいたもの。


「フム、これのようだな。ありがとうよ、もうお前の口に用は無い!」

「――!?」


 丸太のような太い腕がウィトルの喉に触れたかと思えばごりゅ、と嫌な音がした。

 口からはカヒュ、コヒュと空気が通る掠れた音しか出なくなる。


「これがあればワシを虚仮にした連中を見返してやることができる!そして今度こそワシも魔将軍入りだ!」


 気分が良いのだろう、タージグレは楽し気にウィトルに語りかける。


「以前この山にラバルトゥが来たのは知っているな?こんなチンケな山に我ら魔族がわざわざ来る理由を知りたくはないか?」


 喉が潰れて声は出ない。哀れな亜人の返答など微塵も期待していないのだ。

 こんな自分に一体何を聞かせようというのか。


「我々は雷や風、熱といった自然から瘴気を発生させる術式の実験をしていた。この山は火山でな。地下深くの溶岩に術式を仕込めば時間はかかるが莫大な瘴気を生む。ラバルトゥは術式を仕込みに来た。あとは術式を起動させればこの山は瘴気で満ちる。そして山の中が溶岩と瘴気で溢れた時に破裂、つまり噴火する」


 ウィトルは目の前が暗くなっていくのを感じていた。

 喋っている内容は分かる、だが理解が追い付かない。


「今この山は破裂目前。ちょっとした衝撃があればすぐにでも噴火して絶え間なく瘴気と溶岩が流れる死の山となる。ちょっとした衝撃でいい。例えばノームの作った爆弾とかな」

「!!」

「そしてこの山から放たれる瘴気で辺りの魔物を穢れ体にして人間共へけしかけるのがワシの仕事だ。だが、せっかくだから魔王様のために少し趣向をこらそうと思ってな」



 そんなことのために爆弾を使うのかという気持ち。いや、それよりも。

 ノームの洞窟はどうなる。

 今、あの洞窟には同胞とノーム達がいる。


 ウィトルの声は届かない。


「そこで転がってろ」

「……ッ!」

 タージグレはノーム達を籠に入れ、魔法でティーカップを取り出し紅茶を入れて優雅に呑み始めた。


「この山には狭間の王が来ているのだったな。我々はこんなこともできるのだ」


 タージグレが取り出す鉄の塊。

 ウィトルにはそれが何か分からなかったが神々の遺産か魔族の技術で作られたものだろう。

 青白く光るラグナの姿が映し出される。


『……とにかく一度洞窟に戻るか。この暑さじゃジネヴラが参るだろうし』


(……これは。ラグナ様は今頂上にいるはず……)


「ああ、早く戻った方がいいだろうな狭間の王」

『!?』


 驚いたラグナの姿。

 装置を通して離れた場所の相手と話ができるようだ。


 タージグレは話をしながら時折愉しそうに大量の爆弾が保管されている洞窟に目をやっている。

 ウィトルはタージグレの狙いに気付く。ノームの爆弾があれば噴火して死の山になると言っていた。


「トカゲはもういらん。そちらに魔方陣があっただろう?ワシは親切を心掛けているのでな、なんなら送ってやろうか」


 ダメだ、罠だ。

 けれどもタージグレの魔力で押さえつけられた体はぴくりとも動かない。

 タージグレは大量の爆弾を魔方陣で転移させ、その爆発にラグナを巻き込むつもりだろう。

 分かっているのに、止められない。


『冗談じゃねぇ!』

「10秒後にそちらに転移するぞ。急げ急げ!」


 すぐに岩をどかしはじめるラグナにタージグレは笑いを堪えている。

 いけない。魔方陣を解放してはいけない。

 それもこんな惨めな自分のために。


 初めに転移させたのは魔片をはがしたウィトルの手。

 そして直後にノームたちの爆弾を魔方陣に落とせば爆弾は紫の光に包まれて消えた。


(ラグナ様、ダメだ、逃げ―――)


「転移完了だ。じゃあな、愚かな王」

『は?』


 ウィトルが見たのは、自分の手首を持ったまま何が起きたのか分からない、という表情のラグナの顔。直後、ノーム達が作った数百の爆弾がラグナに覆いかぶさる形で現れた。


 山の頂上で天を燃やすかのような大爆発が起こり、そこで青白い幻体は消えた。

 遅れて耳を突きさすような爆音が聞こえる。



「ムハ、ムハハハハハハハハハッ!!!!!見たか!お前の腕を拾って爆弾に気付いた時の、あの呆けた顔を!」


 笑い声。

 山と山の間を反響する爆発音。




 山が燃えている。

 爆発は火山の岩盤を破壊し、突如開けられた穴にマグマと瘴気が殺到した。


 ラグナのいる場所から瘴気と溶岩が噴出する。


「いくら魔人といえども、爆発を浴びた上瘴気の混じった溶岩をまともに浴びれば生きてはいられまい!瘴気の解放など大した手間でもないが、そのついでに狭間の王も片付けたとなればワシの魔将軍入りは確実だ!見たか、これが仕事のできる魔族の姿よ!!」


 山は瘴気を濛々と吹き上げ、溶岩は濁流のように流れる。

 かつて作ったダムに流れ込み、空からは高温の岩石が降り注ぐ。

 溶岩がノームの里へ向かって流れていく。


「この山は溶岩で満ちる。生き物が溶岩を浴びればどうなると思う?なぁに、一瞬で体の水分が沸騰するから苦しくもあるまい。だが運よく逃れてでもすれば熱で蒸し焼きになるかもしれんな。高温のガスを吸って体の内側から焼けて窒息するか、それとも山の崩落で死ぬか。どれになるだろうなぁ……グフフ、ムハハ!」


 里へ。はやク里に行かないと。

 洞窟にみンながいる。このままデはみんナ溶岩と瘴気デ死ヌ。

 体はピクリとも動かなイ。


「さて、お前はどうするか。せっかくだ、ノームの里にでも送ってやろう。仲間と死ねて嬉しかろう?」

「や、やめてっ!」


 か細いソプラノの声が響いた。


「ぼくらがお前と行く。ウィトルさまに手を出すなー!」

「ムハハハ!そういえばチビ共もいたな。だがお前たちが来たところでワシに何の利益がある!?」


 息も絶え絶えなノーム達が必死にタージグレに呼び掛ける。

 ウィトルが制止させようと言葉を紡ごうにも喉からは掠れた音しか出ない。


「お、おまえがしたことを、ありのまま、お前の王に、伝える」

「……ほう。ほうほうほう。ワシの仕事を我らが王に伝える証人になると。そうだな、第三者の言葉を伝えるというのも悪くはないか」


 ノームの狙い通り、タージグレには好感触だった。

 

「トカゲ1匹放置したところで何の問題も無い。いいだろう、乗ってやる」

(待テ……!)


 タージグレはノームの言う通り、ウィトルから手を引くようだ。

 ウィトルが感じていた重圧が消える。


「ウィトルさま。みんな、きっと生きてるはず。どこかに逃げ延びてますー!」

「ウィトルさまもどうか、生きてー」

(待テ……)


 ノームたちはまだ諦めていない。


「じゃあな、惨めなトカゲ野郎。ムハッ、ムハハハハハハ!!!」

(マ……!!ア、!)


 タージグレが転移の魔方陣を展開し、ノームの入った籠を持って姿を消した。



 山から吹きあげられた瘴気は空高く昇り、巨大な太陽を覆い隠す。

 太陽は隠れたというのに辺りは流れる溶岩熱でひたすらに熱い。

 ウィトルはゆっくりと起き上がり、生き残りがいるかもしれないノームの洞窟を目指すが2、3度足を前に動かしたところですぐに倒れた。


 溶岩が下へ下へと流れていく。流れる先はノームの洞窟のある辺り。

 洞窟がどうなっているのか、ウィトルの居場所からは分からない。

 けれども溶岩ですべてが飲み込まれたことは分かる。


 なにが、眷属だ。

 なにが、山を守るだ。


 潰れたはずの喉から出るはずの無い声が腹の底から溢れ出る。


「オレ は 弱、……ア、ガア"アアッ ア"!!』


 地を這う灼熱の溶岩が辺りを照らしているはずのに目の前がどこまでも昏い。

 暗雲のただ中で衝動がこみあげる。


 真っ黒い衝動が破裂し、意識が黒く塗りつぶされていった。


挿絵(By みてみん)

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