11.シエル山脈の異変
◆
燦々と降り注ぐ陽光に赤く染まる山岳の地にて、太陽を憎々しげに睨む男が1人。
6本の丸太のような太さの腕を組みながらも吐き捨てる。
「若造め、調子に乗りおって」
「素直に言えばいいじゃない。ペルビアの坊やが気に入らないって」
猫の耳を生やした魔族の女ラバルトゥが宙に浮かびながら嗤えば男の目がカッと見開かれた。
「あのような劣等種が魔将軍など認められるか!」
「魔王様は実力重視。亜人の坊やの実力を買ったのよ」
「あの小童がワシより上だと!?」
男の体から魔力が噴き上がる。周囲に熱気が漂うのは太陽の熱のせいだけではない。
大抵の人間であればその魔力にあてられただけで意識を失うだけの濃く憤怒に満ちた魔力だった。しかしラバルトゥの反応はというと目を細めて嗜虐的な笑みを浮かべるのみ。
「そんなに魔将軍の席が欲しいのならアタシを殺して席を奪ってみる?」
「な……」
「ティグリルやメフィもきっと喜んで相手してくれるワ。アタシ達の席はいつだってオープンだもの」
男が絶句すると、張り詰めた空気はすぐに霧散してラバルトゥの笑みは無邪気なものに代わる。
「ウフフ、冗談よ。この大事な時期に仲間割れなんてしたら魔王様に怒られちゃう。それよりシゴトは大丈夫?子供のお遣いくらいキチンとやってもらわないと魔王様も失望されるワ」
「……この程度の仕事、造作もない」
「ウフフ、そうだといいわね。それじゃあね、タージグレ。アタシは次の戦場に行かないと」
ラバルトゥが指を鳴らすと同時に転移の魔方陣が現れ、男にひらひらと手を振りながらラバルトゥは軽やかに魔法陣から放たれる光に飛び込んだ。
ラバルトゥの気配がその場から完全に消え、後に紳士服を着た男が1人残される。
「糞、あの雌猫め」
岩壁を力任せに殴りつければ隆起した山塊が崩れる。
2撃、3撃と岩を殴ったところでタージグレと呼ばれた魔族の男は己を落ち着かせるように息を吐いた。ここで物言わぬ山に当たったところで何も変わらない。
仕事の時間だ。
完璧にこなしてみせよう。魔将軍の席に座るために。
「――亜人共の掃除の時間だ!」
◆シエル山脈
「山って高い所に行くほど寒くなるよな」
「ウッソだー。太陽に近いんだから暑くなるはずでしょ」
レイロックが疑いの目で俺を見て来る。うん、俺も子供の頃はそう思ってたな。
「そう思いがちだけどな、高地は太陽の熱を受ける面積が平地よりも小さいから標高が高いほど冷え込むんだ」
「見た目に似合わず博学じゃな」
「見た目は関係ねー-よ!!」
いや俺の見た目が脳筋なのは認めるけどね。中身は知的なナイスガイなのだよ。
一般的に標高100メートルごとに0.6度下がる。
標高1000mなら地上より6度低くなるし、高い所は風も強いので体感温度はさらに下がる。
そのはずなんだけどね。
「オヤジ納得しちゃだめだよ!異議あり異議ありー!ウチらシエル山脈登ってるけど明らかに山の麓より暑いでーす!やっぱ太陽が近いから暑いんじゃないかな!」
「……違うはずなんだけど、実際こうも暑いと否定しにくいな」
「そもそもあの大きな太陽がどう考えても異常でしょう」
クローバーのもっともな突っ込みに俺とレイロックの高いところが暑いか寒いか議論は終わる。
そう、太陽が異様にでかい。普段の10倍くらい大きい。
異世界だからといってこんなことある?
太陽が大きくなると異常気象とか気候変動とかいろいろと心配になってくるけどクローバーの調べによると人間の街や亜人の村では特に騒ぎも混乱もないので太陽がデカくなるという現象はどうやらこの付近のみに発生しているらしい。
実際に太陽を大きくとかできるはずもないので、何者かがこの付近のみ太陽の影響を大きくするといった魔術を使用していると考えるのが自然だというのがクローバーの見解だ。
そんなやばい魔術があるのに驚きだけど人為的なものということはその魔術を行使した目的があるはずだ。でもその目的が全く分からない。
シエル山脈はノームやリザードマンが住むものの人間にとっては危険な魔物の蔓延る難所として知られている。こんなところにこんな大規模な魔術を行使する意味はあるんだろうか。
そしてこの太陽の影響をモロに受けているリザードマンやノーム達が心配だ。
「ヴァウッ!!」
「ラグナさん、魔物ですっ!」
ゲッカとクローバーの呼びかけに思考を切り替える。
唸るゲッカの目線の先に目をやれば、背に口が生えたどす黒い体の蟲がわさわさと出てくる。しかも人間の口っぽくて見てて嫌な気分になる見た目だ。
「イビルセクト、魔族領の魔物じゃ!背の口から火を噴くぞ!」
「魔族領だと!?」
パワーズの言う通り、異形の蟲たちが背を向ければ口から一斉に炎が放たれた。
ゲッカの影が伸びて襲い掛かる炎を吸収してドワーフへの攻撃を防ぐ。けれども炎が吸収されるや否や、蟲たちは左右に分かれ俺たちを囲むように一斉に動き出す。
「来させません!"ジッパー"!」
クローバーが左側から迫る蟲の脚をジッパー挟むことで動きを封じ、ナイフで頭と胴の接続部分を掻き切った。右から来る蟲はゲッカが蹴散らすと生き残った蟲たちが距離を取りはじめる。
一斉に火を放ち、正面からの放火が効かないと分かれば左右から挟撃し効果が薄ければ距離を置く。
いかにも統率された動き、ということは統率する親玉どこかにいるはず。
「……あそこ!」
クローバーの指さす方にはゲッカの数倍の大きさはある巨大なイビルセクトが3体。
人間のような歯を持つ大きな口が背と腹についており、声にならない不気味な声を発している。
レイロックが自慢のハンマーで小さいイビルセクトをなぎ倒しながらげんなりした声をあげた。
「不気味な見た目だ」
「魔族領は瘴気で満ちた土地で、瘴気に耐えられない生物は"穢れ体"と呼ばれる黒い泥を纏った姿に変化します。イビルセクトも穢れ体の魔物です」
穢れ体。確かに見るからに穢れっていうか禍々しい見た目している。
あんな魔物がゴロゴロしてたら観光しても精神刷り切れそうだな魔族領。
さて、なんでその魔族領にいる蟲がこんなとこにいるんだろうね。
前にこの山に来た時に見た虫ってアリジゴクくらいで、こんな気持ち悪い蟲いなかったけど。
「太陽がデカくなる異常事態が起きていて、そんで魔族領の魔物が出現してて、おまけにこの山は以前魔族に襲われているってさぁ。やだなぁ考えたくねぇなぁ」
「残念ですがラグナさんの想像通り、魔族が関与してる可能性が高いですね」
「ほらぁ!」
また魔族案件かよ勘弁してくれよと天を仰いだ時、聞きなれない音が聞こえた。
「……笛の音?」
イビルセクトの腹や背から漏れる不協和音で気付かなかったけれど、耳をすますと微かに笛に似た音がする。笛の音にあわせて虫たちが動く。
「ゲッカ、笛の音の出どころを見つけられるか!?」
「ヴァウ!」
耳をピクリと動かしながらも辺りを見渡したゲッカが離れた崖を睨み、牽制の黒炎を飛ばせば驚いたのか人影が出てきた。
「クワッ!?」
「この虫共を操ってるのはお前か!ダメだろ外来種持ち込んじゃ!」
ゲッカの炎を岩陰に隠れてやり過ごすのは人間の上半身に蜘蛛の下半身を持つ女だった。
爛れた皮膚のような禍々しい笛を持っている。あの笛で虫を操っていたんだろう。
「驚いた……狭間の王がこんな所にいるとは。タージグレ様に報告しないとな」
「報告だと?」
蜘蛛女は笛を吹く姿勢を崩さないままケタケタ笑う。
このまま放置するわけにはいかないけど、捕まえようにも崖で隔たれて距離がある。
ゲッカなら飛び越えられる?いやクローバーのジッパーで足場を作ってもらった方が確実だ、と思ったその時。
「見つけた――――――ッッ!!」
「うお!?」
「な、なんですか!?」
激しい轟音、いや爆音と共に雄々しい大声が響いた。
「見つけた!見つけたのですー!蟲使いの魔族アラクネ!!」
「ここであったが百年目ー!」
「「「ファイヤ――!!!」」」
勇ましい掛け声と同時に再び爆発音が轟き鮮烈な白い光が山斜に降り注ぐ。
崖が爆発で崩れ、岩が道になだれ込み蜘蛛女とイビルセクトたちの進行ルートを完全に塞いだ。
爆発の煙の中から現れたのは黒い鱗に覆われた体躯、鍛えられた体に長い鞭のような尾、大きな筒を持つ右手の甲の赤い魔片。――その姿は俺のよく知る亜人だった。
「……そこにいるのはウィトルか!?」
「オレの名を呼ぶのは……ラグナ様ッ!ラグナ様じゃないかッ!?」
「うそ!魔人さまー!?」
「本当だー!魔人さまだー!!」
以前この山脈で会った若きリザードマンの次期族長ウィトルだ。
そしてウィトルの首元に固定してあるポーチからノームが3人ぴょこぴょこ顔を出している。
「ラグナ様とここで出会えたことは嬉しいが……すまない、再開の言祝ぎはあの魔族を片付けてからにさせてもらおうッ」
ウィトルがそう言いながらも筒のような塊を振り回して襲い来る蟲をまとめて振り払う。
「トカゲ風情ガ!」
蜘蛛女アラクネが笛を吹けば壁に貼りつく蟲たちがウィトルに醜悪な口を向けて這い寄る。
ウィトルはフンと軽く鼻を鳴らすとアラクネに筒の先を向けた。
「ウィトルさま!装填完了です」
「よーーしぶちまかすッ! ファイヤーッ!!」
轟音と同時に岩壁は粉々に砕かれ、壁を這う蟲たちは焼かれながら谷底へ落ちていく。
「今のは……ノーム爆弾か!」
ウィトルの持つ筒から放たれたのはノーム自慢の爆弾だった。というかよく見たらあの筒はノームが使ってた秘蔵の大砲だな。
ノームからすればめちゃくちゃに大きな大砲だけど、ウィトルの体がでかいから普通にそういう武器かと思っちゃったな。
「ノームの爆弾カ!おのレ……」
「ウハハハハッ!!」
大砲から次々に爆弾を発射させアラクネの足場を砕き、またアラクネの頭上の山を爆破することで瓦礫を落として蟲たちを次々と潰していく。
「こ、このトカゲ!やめ!爆撃をやめろ!!」
退路を完全に塞がれたアラクネの眼前にウィトル迫り、大砲の側面を槌のように振り下ろし8つある脚の1本を叩き潰した。
「ぎ、ギイイィィーーーーッ!!!」
「オレがいる以上この山で好き勝手はさせんッ」
続いて2本目の脚ももぎ取り、アラクネが尻から出した糸は爆弾で焼き払う。
さらに怪力にモノを言わせそのまま大砲でアラクネの胴を横殴りにする。
大砲ってそうやって使うものじゃないと思います。
戦いの中ウィトルのポーチに入ったノーム達3人がきゃいきゃい応援してるのがちょっと緊張感が抜ける。
「やれーーー!魔族なんてやっつけるのですウィトルさま!!」
「おんのレエェ!!」
近接戦では敵わないと悟ったアラクネが慌てて笛を吹くと巨大なイビルセクトが現れる。蟲共の親玉だろう。
「ウィトル、助けはいるか?」
「心配ご無用、オレにはノームたちの作った爆弾があるッ!」
「爆弾、まだまだありますー!」
ポーチからノーム達が顔を出し、ちょいちょいウィトルの大砲に飛び移っては爆弾を補充している。ちなみにポーチから落ちないように命綱がついてるね。
「やれーーー!!!ぶちかますのです!」
「きゃっほーーー!!!」
「ウワハハハハハハッ!逃げ惑えーーーッ!!!」
ウィトルとノーム達が大笑いしながら大砲をガンガン撃ちこんでいく。イビルセクトの体を吹き飛ばしながら燃やしていく。
「アイツらちょっと見ない間にトリガーハッピーになってない?」
「武器を持つと性格変わるタイプかもしれませんね……」
トリガーハッピーってのはマシンガンぶっぱする行為に快感覚える奴のことね。
ハンドル持つとノリノリでアクセルべったり踏もうとする人とか、性格変わる人いるよね。
非力なノーム達は強力な爆弾は作れるけれど爆弾を投げる腕力はないし大砲で獲物を狙うのも一苦労。
けれどもリザードマンの恵まれた力を持つウィトルは動き回りながら担いで狙いをつけられる。
なるほどノームとリザードマンの利点を活かした戦い方だね、でもやっぱり俺の知ってる大砲の使い方じゃないな。
「大砲で殴る!?すっごくロック!!ウチもああいう武器あたしも作ってみたーい!」
……レイロックのインスピレーションとやらには引っかかったようだ。
おまけのアラクネのステータス。
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名前:アラクネ
種族:魔族
LV:66
HP:586/586
MP:1024/1024
攻撃:386
防御:474
魔法:665
抵抗:851
速度:84
所持スキル
『蠱惑』『蜘蛛糸』
『跳躍D』『統率C』『操り技術D』
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