10.ハルピュイアの希望
◆人間領王都コル・イェクル
「魔人は最果てトゥーレの大型迷宮を拠点にしているようです。迷宮そのものは未成熟ですが二十以上の災害獣を確認しています」
部下の報告を聞いたフォルテトードは表情を変えることなく問う。
「攻め込むには何日かかる?」
「飛行部隊で移動に5日。ですが補給に限界があるため長期戦は困難です」
狭間の王ラグナの拠点を魔族領の偵察に行った飛行斥候が偶然発見したのは僥倖だった。
しかし人間領とは名ばかりの最果ての辺境に攻め込むのは困難と言える。
徒歩ではどんなに急いでもおよそ二ヶ月はかかる上に季節は冬。莫大な補給が必要になる騎士団を動かすのは難しい。
となれば少数精鋭の勇者で攻め込ませるのが現実的だが災害獣ヴァナルガンドの群れがいる以上半端な戦力で行っても意味がない。
フォルテドートは仕方ないと苦笑いを浮かべ、遠いトゥーレの果ての方角に顔を向けた。
「狭間の王のダンジョンが未成熟のうちに攻め込みたかったけれど、場所と季節に救われたね。準備だけしておこう。魔族領に攻め込むための補給ルートはどこにあったかな?」
「グラリアスの街を経由するルートと、エナンド領の2つのラインを計画しておりましたが、グラリアスは現地の協力が得られないため頓挫しております。開拓が進んでいるのはエナンドラインのみかと」
「ではエナンドの補給ルートを魔人のダンジョンの方にのばすよう伝えてくれ。それから付近の勇者にも連絡を」
「御意」
フォルテドート王が指示を出した後、アンビテオはふと報告兵に確認を取る。
「狭間の王のダンジョンは空から確認したのだったな。どのような迷宮になっているかは確認できたのか?おそらく魔人が戦いやすい環境になっているか、何人たりとも寄せ付けぬ悪辣な迷宮を象っていると思うが」
至極もっともな確認だった。
迷宮は現地で攻略するにしても事前にどういった環境なのか知っておくに越したことはない。
極寒の迷宮なら防寒具が、毒沼なら毒消しが必要になる。
そして迷宮の特性は大抵迷宮の主に適した環境となる。迷宮が火山なら迷宮の主は炎を操る魔物、迷宮が密林なら蟲や獣だろう。
では災厄の化身の特性を反映した迷宮はいかなる要塞か。
「は、それが……。報告によると砂浜に海、ヤシの木がひたすら続きとてもダンジョンといった雰囲気には見えなかったと……」
「砂浜に海?」
予想外の言葉にフォルテトード王も眉根を寄せる。大臣アンビテオに至っては眉間に深くしわを刻んでいる。
「砂浜と海が災厄の化身が力を発揮できるフィールドだったりするのですかな?」
「……それは、聞いたことがないね」
◆
「俺のダンジョン!俺のリゾート!人間に攻め込まれてないだろうな!?」
「あわわわわわまだ大丈夫ですから揺さぶらないでくださ……!!」
思わずクローバーの肩を揺らすとクローバーがすぐに目をまわす。しまった、つい。ごめん。
とにかく、俺のダンジョン村が発見されたので攻め込まれるのは時間の問題。
と言っても人間領から遠く離れているのですぐに攻めてくることはないかな。
俺のダンジョンには渾身のリゾート地がある。あれを破壊されるわけにはいかないんだよ。帰ってきたら泳ぐんだから。泳いだ後温泉入るんだから。
「……旅館!温泉旅館も欲しいな!あとスキーできるところ!」
「防衛強化したらいくらでも好きなの作っていいですからまずは要塞としての機能を整えましょう」
「ヴァウ」
ごもっとも。娯楽は大事だけどまずは安心できる場所にしないとな。
村のことは気がかりだけど今日明日攻めてくるわけでもないから用を済ませておこう。
「ハルピュイアの里か~!ハルピュイアの羽って保温性高いから抜け落ちた羽が布団とか防寒具に使われるんだよね」
レイロックがウキウキと語る。
ハルピュイア布団の良さは以前泊まった時にやみつきになったから知っている。マイホームのベッドにも是非使わせて欲しい寝心地だった。
商人と別れた俺たちが目指すのはハルピュイアの里があるロス・ガザトニア。この地方はとにかく寒いと聞いている。
「ううぅ……、寒いのはイヤですが仕方がないですね」
「寒さなんて感じたこと無いけど」
「ラグナさんはどうしてその格好で冷えないんでしょうねぇ……」
俺は相変わらず半裸の格好。だって服着るとボロボロになるし。
幸いこの体は寒さや暑さに耐性があるから困ったことはないし病気にもかからない健康な体。
ゲッカやヴァナルガンドは狼だけあって寒くても元気だけどネコであるクローバーは寒がりらしい。
ドワーフも寒さは不得意らしいからここに来る前に商人に会って服を購入して正解だったな。
と思ったんだけど。
「話が違うじゃんよ」
「あっづーー!」
「情けないぞレイロック。こんなん鍛冶場にいると思えばだな」
「鍛冶してるなら耐えられるけど外歩いてるのにこの温度はなんかなぁ!」
「……おかしいですね。この辺りは例年極寒の地になると言われてるんですが」
ハルピュイアの里に到着した。みんな冬とは思えない軽装です。
今年は暖冬かな??いやむしろ熱冬。
ハルピュイアの門番は俺たちのことを覚えてくれていたようで、俺をを見るや否やことすぐに村に入れてくれた。
「お久しぶりです魔人殿」
「サビドゥリアか。もう動けるようになったんだな!」
「お陰様で。しかしすっかり体力が落ちてしまったので勘を取り戻しているところです」
病を患っていたハルピュイアの賢人もすっかり元気になったようだ。
ハルピュイアの村長ヒルンドが姿を見せたところでサビドゥリアにも同席してもらったところで、俺は用件を伝える。
トゥーレの果てにダンジョンを作ったから住む場所を探しているなら受けいれるって内容だ。
「以前お話したことを真に考えていただき感謝の念に絶えませぬ」
「ダンジョンに住むとは大胆なことをされますな。とはいえラグナ様の魔力ならダンジョンを1つの国に造り変えることも現実的な話なのでしょう」
「でもでかい問題もあってな。食事の心配はないけど俺もいい塔王だろ?人間や魔族が攻撃してくる可能性が高い。なるべく攻め込まれないように頑張るけど危険があるってことは覚えておいてくれ」
拠点の場所がバレた以上人間が攻め込んでくる可能性が高いのは頭の痛い問題だ。
攻め込まれると分かってるところに普通移住しないしな。
「我々が人間の街で伝達役として働いているのはご存じでしたな?」
「らしいね」
ギルドからギルド、街から街への連絡の伝言や手紙の伝達役として重宝されているハルピュイアを襲うことは場所を問わず禁止という特待を受けている。
特待も何も当たり前じゃねぇかって思うんですけどね!!
「先日伝達の任に就く亜人に隷属の首輪を義務付けると伝達がありました」
「亜人を奴隷として支配する令を出してますからね。
インクナブラの亜人がつけてたやつだな。
指揮官が亜人を肉壁にして俺を足止めしようとしていた。
あの時操られた亜人達は虚ろな目をしていた。一度はめれば自分では取り外せなくなり、主人に逆らえなくなるクソ首輪。
「我々には人間の奴隷になるか、人間の元を離れるかの二択しかありませぬ」
「なんでそんな究極の二択が迫られるんだろうな?」
「亜人の扱いなんてそんなもんですよ」
クローバーの言い方からして人間の動きは予想の範囲内なんだろうな。
ハルピュイア一族が人間に(比較的)厚遇されているのはザビドゥリアが人間に貢献したからだったよな。人間の支配者の一声で反故にされたサビドゥリアは今どんな気持ちだろう。
「人間の元を離れたところで水も恵みもないこの地で生きていくのも限界を感じています。移住の件、是非前向きに考えさせていただきたい」
「た、戦いがないとはとても言えないけど……俺のとこ来たら飯だけは食わせてやるから!3食昼寝つきで!」
「ヴァウゥウ!!」
「それだけでも願ってもない待遇ですとも」
サビドゥリアがにかりと笑う。
戦いは遅かれ早かれいずれ起こる。
ますます防衛に力入れないと駄目だな。残念だけどリゾート地の建設は後回しにしよう。残念だけど。
それから移住の話になったけれど、いくらあったかいとはいえ一度に一族まとめての移住は困難。だからまず移住を希望するハルピュイアの中で若くて健康な家族に試験的に来てもらう。
そしてしばらく過ごしてもらって問題なければ残りのハルピュイア達をまとめて来てもらう方針だ。
「このまま人間の奴隷になるか、俺の村に来て魔族や人間に襲われるかの究極の選択だけど意外とトントン拍子に進んだな」
「どこに住んでも巻き込まれる時は巻き込まれますし、この辺りは食べていくのも大変です。それなら危険でも寝食が保証された所を選ぶのは自然ですよ」
「冬の間は食料事情も厳しいから口減らしも兼ねてるんだろうな。お前さんちょうど良いタイミングで来たな」
口減らしか。
食べ物に困った記憶がほとんどないけど毎年餓死したり栄養が足りずに死んでいく亜人は少なくない。
移住希望者を募ったり支度にも時間がいる。
その間に俺たちはノームやリザードマンたちに会いに行く事にした。
ちょっと数日シエル山脈まで行ってくるねとハルピュイア達に別れを告げて去ろうとした時。
「あ!狭間の王だ!」
「え!?ホンモノだ!!」
無邪気なハルピュイアの子供たちが俺を見てワイワイはしゃぎだした。
少年達の母親がこらこら王さまのジャマしないのと言いつつお辞儀をする。
「狭間の王様の宣告拝見しました。力強く頼もしい宣告、感銘いたしました」
「貴方が宣言した共生の道、我々も夢見ております」
「え?あ、うん、どうもね!!」
放送事故やらかしたからちょっと記憶から抹消したいんだけど、こうも感動されるとこそばゆい。
クローバーには内容めちゃくちゃって言われたけど分かる奴には分かるんだよ!見たかクローバー。
「もう子供たちにも大人気で。子供たちの間で"狭間の王様ごっこ"が流行っております」
……。
パードゥン?
ちょっとよく聞こえませんでした。
すると俺の近くにいた頭に赤いボサボサをかぶったハルピュイア少年の一人がいそいそと高い所へ立ったかと思うと突然大声で叫び出した。
「『王とは何でもうけとめるもんだ!おれがめざすのはキョーセーのみち!行き場のないヤツらはおれのもとへこい!力も弱さもゼンブうけ止めてイバショをヨーイしてやる!』」
「ギャーーーーーー!!?」
くっそ恥ずかしい俺のやつじゃん!?
は?この村こんなん流行ってるの?ダメでしょこんな乱暴な言葉づかい子供に覚えさせちゃ!
「良かったですねラグナさん、人気者じゃないですか」
「よくねーーよ!?」
けらけら笑うクローバーだが今度は頭に耳に2つの飾りをつけたハルピュイア少女が現れ俺の宣言を真似た少年に掴みかかったところで真顔になった。
「『ちょっと!!ナイヨーめちゃくちゃじゃない!あたしが教えたやつは!?』」
「ニャーーー!?ちょっとそこまでやるんですか!!??やめてくださいよ要らないでしょそこ!」
口調は違うけど宣告で俺に文句言うクローバーのシーンだな。
「『おれがルールだ!!』」
「『そう言えば何でもまかりとおると思わないで!』」
「ヴァフッヴァフッ!」
今度はゲッカが笑ってる。
お前笑ってるけどさ、この後の展開覚えてない?
「『ばうばう!!』」
案の定四つん這いのハルピュイア少年が現れて俺役とクローバー役のハルピュイア少年達を止めに入ってゲッカがあんぐり口を開けたまま固まった。
「と、こういった感じでいつもやってるんですよ」
ハルピュイアママさんが笑顔で教えてくれたけど、いや止めようよコレ。
俺たち3人おもしろ芸人みたいじゃん。
「へー。あたし宣告見てなかったんだけどこんな感じだったんだね!」
「「見るなーーーー!!」」
俺とクローバーが同時にレイロックを抑えにかかった。
……さて!宣告なんてものはなかった。いいね?
今度の目的地はシエル山脈。
「困窮してたわりに元気だったなハルピュイア達」
「王の宣告はほんの2、3週間前にやったんだろ?アイツらはお前さんの宣告を見てそれを支えにしてたんじゃないか?」
え、そうかな?
「行き場が無いなら自分のとこへ来いって言ったんでしょ?それも人間も魔族も恐れるあのラグナが言ったんだもん、亜人からすれば嬉しかったんじゃないかな」
ドワーフ親子がいつになく嬉しいことを言ってくれる。
「形式はともかく、内容自体は生きていくことも困難な亜人達の希望となりうるものでした。アレさえなければ……」
「ヴァウ……」
放送事故のことは忘れような!魔人との約束だ。
でも俺の言葉で希望を持ってくれたなら嬉しいことだ。こっぱずかしい宣告をした甲斐があるってもの。
「照れたら暑くなってきたな」
「いや、もともと暑いだろうが」
寒すぎるのも困るけどせっかく冬服買ったからもう少しくらい冬っぽくてもいいのに。
ガッデム熱冬。
「それにしても暑すぎませんか?」
「一体どうなっ……、て……?」
シエル山脈の山道に差し掛かり、思わず空を見上げる。
太陽が、やけに大きく見える。
「……クローバー。太陽が大きくなる現象とかってあったりする?」
「あるワケない、ハズですけど……」
みんな太陽を見て絶句している。
明らかに太陽がデカい。暑いのはこのせいだろうけど一体何が起これば太陽がデカくなるんだろう?
現在の遠征予定ルート
◆CLEAR!◆
①ヘルペッソ領の熊の獣人ドゥールムを送り届ける
②ヘルペッソ領のドワーフに会いに行く
③神々の御廟に寄る
④商人達に会う
⑤ロス・ガザトニアのハルピュイアに会う
◆これから◆
⑥シエル山脈でリザードマンとノームに会う
⑦インクナブラに災厄魔法の様子を見に行く
⑧ダンジョン村に戻る




