8.商人との取引だ
今日は商人との取引の日。
場所は人目につかない山の麓。万が一にも誰かに見られないようにヴァナルガンドに見張りに出てもらって準備は万端。
「よぉゲイン、直接会うのは久しぶりだな!」
「ラグナも元気そうで何よりね」
ゲインと会うのは2ヶ月ぶりかな、後ろにはキピテルが控えている。
再会早々クローバーがぺこりとおじぎする。
「色々ご迷惑をおかけしました」
「目は大丈夫?」
「痛みはありませんよ」
クローバーが処刑されることを教えてくれたのはゲインだ。
連絡してくれなければ処刑されることすら知らなかっただろうから本当に助かった。
「こんな美女と逢引とはラグナも隅におけんなぁ」
「逢引じゃなくて取引だっての」
「あら、ドワーフもいるのね。こんにちは、レギス商会のゲインよ」
ゲインはひと目で分かるくらいには美人だし、胸を強調してるわけでもないのに自然に目がいくくらいにはスタイルが良い。俺もたまに目で追っちゃう。
そしたら案の定このオッサンがだらしない目線をよこす。
「イイ体してるのぅ……是非あんたの服を俺が作ぐぅおっ!!」
パワーズの手がゲインの胸元に伸びたところで派手な殴打音と共にパワーズのオッサンが転倒した。キピテルが思い切り蹴り飛ばしたらしい。
「まーそうなるよな」
「おい魔人。何だこいつは」
キピテルが怒りの目でこっちを見てくる。目つき鋭いから迫力があるね。
「武器職人のパワーズだ。ちなみにあっちでゲッカをモフってるのがソイツの娘のレイロック」
「パワーズと言えば星落としの武器を作った鍛冶師かしら?会えて光栄だわ」
「星落とし?」
30年前、4人の超一流のドワーフ達が作った伝説の武器が星落としと呼ばれ、勇者はその武器で当時の魔王を討ったそうだ。
で、その伝説の武器を作った超一流のドワーフは蹴られたよろめきながら立ち上がり今度はキピテルに手を伸ばす。
「フゥ……乱暴だがいい腕、いやいい脚してやがるじゃねぇか。どれこのワシが見合った防具を作ってやるからスリーサイズァアガアアアァッッ!!」
もう一度蹴られてた。
初見で普通にキピテルが女だと気付くのはちょっと見直したな。まぁ上がる株より下がる株のがでかいけど。
それにしてもこのやりとりに動じないゲインも大概只者じゃないな。
曰くこの手の手合いはよくあるらしく慣れてるらしい。
背が高くてスタイルも良くて美人だもんな、ゲインを守るキピテルもさぞ忙しいことだろう。
「そうだわ。頼まれていたコを連れて来たけれども、今引き渡してもいいかしら?」
「ええ、ありがとうございます」
ゲインが小さなネコが入ったケージをクローバーに渡した。いたって普通のグレーのネコだな。
かわいいけどクローバーが飼うの?ネコがネコを?
あ、せっかくだし俺もさわらせて。
「今後はこの子経由でお願いします」
「ええ、担当に話を通しておくわ」
「ん?どゆコト?」
何か俺の知らない所で話が進んでると思ったら、インクナブラから脱出したあとキピテルに次の取引時にネコを連れてくるようクローバーの方から頼んだらしい。
「このコを通して取引ができるんじゃないかと思いまして」
グレーのネコの脇を持ち上げればネコの体はだらんと伸びる。ネコってのびるよね。
「ボクがネコ限定で召喚魔法を使えることは知ってますよね。召喚対象はネコ本体とそのネコの付近にあるもの。――つまり、今後はネコを介して商人さんと商品を召喚することで取引しようかなって」
「んなことできんの!?」
「召喚契約を結べば馬車一台分くらいなら呼べますね」
それならわざわざ移動しないで済む。
ゲッカがいれば数日でいけるとはいえ移動しないで済むならそれに越したことはない。
ていうか俺たちは収納魔法のおかげで身軽だし数日で済むけど商人たちはそれ以上に大変だろうからな。
呼ぶ時はともかく帰る時はどうするのかと思えば召喚から72時間以内なら同じ場所へ送り返せるそうだ。万全だな。
「ということでラグナさん、ネコの名前考えてもらえますか?契約には名前が必要なので」
「え、俺?」
うーんそうだな。
「それじゃあ商人と商品を届けてくれるから"マーケット"ってのはどうだ?」
「みゃあ」
お、かわいい声で鳴いてくれるな。名前気に入ってくれたかな?
「いい名前だと思うわ。ウチで大切に育てるわね」
マーケットはゲインに抱えられて馬車の中に戻って行った。
商人たちにかわいがってもらうんだぞ。
「それとゲインさん、幹部昇進おめでとうございます」
「さすが情報が早いのね」
「えっ出世か?おめでとう!」
中央地区における存在感の薄いレギス商会の商圏を一気に拡大させた功績が評価されたそうだ。
「ありがとう。ラグナたちのおかげね」
俺たちが希少な魔物の素材を卸したことだな。
お互いさまだと言いたいけれど、こうも感謝されると照れくさくてむず痒いな。
「出世に関するリークくらいならまだ良いですが極秘の話も扱う我々としてはクローバーさんの情報収集スキルは恐ろしいですね」
「ゲインが懇意にしている取引相手だから見逃すがな、商売敵なら始末してたところだ」
「そこ!物騒!!」
お祝いしてるのに怖いこと言うんじゃない!
「ゲインが忙しいって言ってたのは出世のせい?」
「ええ、今後はあまり顔を出せなさそうなの。代わりにニトが引き継いだから取引はニトが行くわ。よろしくね」
眼鏡をかけた柔和な商人ニトが軽く会釈する。
俺のパンツの相談に乗ってくれた人だな、今後ともよろしく。
なんか後ろの方で女好きのドワーフが舌打ちしてるのは見なかったことにする。
さてさっそく。
商人に持って頼んでいた商品を頼んで見せてもらおう。
『来タ!!!』
『待ッテタ!!!』
持ってきてもらったのは食料や調味料、嗜好品。冬服に肌着類。あとベッド。
ヴァナルガンドが蕩けた顔でベッドでゴロゴロしだして商人たちが引き攣った笑顔を見せる。
それからユニークコアを集めていることを伝えたら1つ持ってきてくれた。なんでもオークションに出品されていたものを落としたらしい。これはクローバーが喜ぶだろうな。
「それと……ラグナに聞きたいことがあったの。インクナブラの件で」
「あの街がどうかした?」
ゲインが言いにくそうに切り出す。
インクナブラといえばクローバーを処刑しようとした街か。あそこもうあんま関わりたくないんだよな。
「あの街から光を奪ったのはあなたよね?ずっと暗いままだけどどういうつもりかなって……インクナブラは交易の街でもあるからうちの商会もそれなりに出入りするんだけど、交易が完全にストップしちゃって」
「……え?あそこまだ暗いままなの?」
ゲインが脱力したかのように額を押さえる。
い、いや待ってほしい。確かに俺は闇の災厄魔法を使って街を暗くしたけど、魔法の説明に自然に消滅するみたいなこと書いてあったんだよ!
-----------
黒の行進 闇属性 MP100
周辺の光を吸収し続け、辺りを暗黒の空間に変える。
一定の光を吸収すると消滅する。吸収量は魔法力に依存する。
-----------
「ホラ!一定の光を吸収すると消えるって!」
「……ラグナさんのステータスが高いから吸収量も多いんでしょうね」
「oh」
砂漠の宗教と交易の中心地から2週間くらい光を奪ったわけか。
また1つ望まぬ災いを起こしてしまった。
「私の勝ちだな。言っただろう何の考えもなく残したままだと」
「何か考えがあって暗くしたと思ったのですが、まさか本当にただのうっかりとは!」
「くそっ秘蔵のボトルなんか賭けるんじゃなかった!」
オイなんかクソ失礼な会話聞こえてきましたね。何も考えずに災厄を残してるかどうかで酒を賭けていたらしい。
抗議したらちょっとした賭け事は商人の間のささやかな娯楽だと返された。俺の失態を娯楽にするんじゃない。勝負はキピテルの独り勝ちだそうで、あいつ覚えてろよ。
「数日前にも勢いで隕石降らせましたからねラグナさん」
「それ今言わないでもいくない??」
コホン。ともかくあの街のことは好きじゃないけど太陽奪いっぱなしは良くないな、ユーリスの故郷だしステラもいるし。
そのうち自然消滅するとは思うけど帰る時にもう一度寄ってみるか。
◆
風竜の素材を受け渡した所で今回の取引は完了。
そろそろ夕暮れなので今日はここで野宿だ。ご飯食べながら商人たちと意見交換と洒落こむぜ。
商人の食事はマズ……簡素なものなので俺たちの方で用意することにして、材料切ったり洗う所は手伝ってもらった。
大きな鍋を購入しといて良かった。
ヴァナルガンド達がよくゴハン所望するから一度に大量に作れる鍋は必須だ。
「そんでゲイン、頼んでたものなんだけど」
「ええ、用意してあるわ」
ゲインから小さな箱を渡される。
クローバーに渡そうとゲインに頼んでいたんだ。クローバーに内緒でな。
あとは煮込むだけなので鍋をニトたちに見てもらってクローバーを探す。
さっきからいないけどどこ行ったんだろう。
商人と情報交換とかしてると思ったんだけど……と思ったらヴァナルガンドがトコトコとやってきた。
『主。ココノ奴ラ、敵ジャナイ?』
「敵じゃないぞ。お前たちのベッドを用意してくれるいい人たちだ」
今後とも末永くお世話になる予定の人達だからね。
『クローバー、鳥人ト戦ッテルケド』
「……は?」
鳥人ってキピテルだよな。
クローバーがキピテルと戦う?
なんで?