1.最後の楽園①
新章始まりました。
1話は少し未来のお話になります。
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薄暗い森の中を馬車を引いた馬型の魔物が走っている。
それを大きな蝙蝠の群れが追っていた。
その蝙蝠、フォレストボアバットは生き物の血を好む魔物だ。
噛まれたら最後、体中の血液を吸われ干からびた肉だけが残る。
それだけでは終わらず、その肉を囮にして肉を喰らいに来た他の魔物の血をまた吸い尽くす知能のある魔物だ。
そして今馬車には多くの餌、もとい人間と亜人が乗っていた。
御者台の人間が叫ぶ。
「駄目だ!追いつかれる!」
「だから森なんて突っ切らずに迂回しろと言ったんだ!」
「今さら仕方ねぇだろうが!生き延びることを考えろ!」
「まぁ、命には変えられないわな」
傭兵と奴隷商人は荷台の獣人達を見る。
まともに食事も与えられず馬車の荷台に立ったまま詰め込まれた獣人達は数日前に捕らえたばかりで、薄汚れて手枷と足枷をつけられている。
「降りろ!」
獣人達を囮にすればボアバットはそちらに意識がいくし、荷物も軽くなって馬車の速度も上がる。
売り上げはなくなるが背に腹は代えられなかった。
「いやだ、いやだ!!」
「だずげでぇ!!」
「お願いです、どうかこの子だけはっ」
ここで降りれば魔物に食われることは明らかで、当然獣人達は必死に懇願した。
しかし疲弊しきっている上に手枷と足枷をつけた彼らに抵抗する術はない。
そもそも彼らは捕まる時に抵抗したものの成すすべもなく傭兵達によって捕らえられたのだ。
「そんなに子供が大事なら一緒に降ろしてやるよ!」
「いやああ!」
兎の耳がついた親子を皮切りに獣人が次々と蹴落とされ、転がる獣人に蝙蝠たちが群がっていく
「せいぜい時間稼ぎしてくれよ」
せせら笑う傭兵の声は耳で聞こえても頭には入らない。
泣きながら子を抱きしめる獣人に大蝙蝠に牙を突き立てた瞬間。
蝙蝠の上顎から上は消滅した。
「な、に……?」
蝙蝠が次々倒れ、奴隷商人達は間の抜けた声をあげる。
傭兵でも数人がかりで1匹倒すのがやっとのボアバットを枷をつけた獣人が倒せるはずはない。
だがその背後に蛇のようにうねる黒い触手ようなものを足元の影から無数に生やした大きな黒狼が現れた。
傭兵達が本能で察する。「アレはやばい」と。
あの触手1つ1つですらボアバットとは比べ物にならないほど圧倒的な存在感を持っている。
逃げなければと思った瞬間、馬車が大きなものに衝突し、中の商人達共々馬車の外に弾きだされた。傭兵が怒声をあげる。
「おい!何してんだよ!?」
「ちがうっ、急に目の前に岩が現れたんだ!」
何をバカなことを、と振り返れば自分たちがたった今まで乗っていた馬車はどこにもなく、代わりに先ほどまでなかったはずの大岩が転がっていた。
そして岩の上にネコの耳を生やした少女が座っている。
「貴様、キャスパリーグか!!」
「あら、ボクをその名前で呼んでくれるんですね」
教会から導きの笛を盗み指名手配された破滅の怪猫。よほどの世間知らずでない限りその名を知らない者はいないだろう。
公開処刑されるはずだった破滅の怪猫は処刑の日に大災厄を呼んだ。
200年前、大陸中に戦禍をもたらした災厄の化身、魔人ラグナと呼ばれる災厄を。
凶星を降らして街を破壊し、居合わせた神官を殺してキャスパリーグを連れ去ったのは2年も前の事だが、災厄の化身が街に現れたという事件は大陸を駆け巡った。
それから2年。
キャスパリーグは人間領に幾度となく現れるが、例外なく災厄の化身と行動を共にしている。
"キャスパリーグを見たらすぐに逃げろ。すぐに恐ろしい魔人が狼に乗ってやってくるぞ"と恐れられるようになる。
奴隷商人や傭兵が恐怖するのも無理はなかった。
キャスパリーグのクローバーは組んだ自分の脚に肘を乗せ、頬杖をつきながら人間を不敵に見下ろしている。
だがひときわ体格のいい傭兵が血管を浮かべながらネコの少女に向けて怒声を上げる。
「馬車をどこへやった!」
「さぁ、そんなもの初めから無かったような気がします」
「き……、貴様が隠したのだろう!?"災う者"め!」
敵は前方だけではないく、黒狼が後方からゆっくりと歩いて来る。
「ヴァウルルル……」
「ひィ!」
狼には敵わない。
ここを切り抜けるならこ前方のキャスパリーグを撃つしかない。
けれどもキャスパリーグを倒せたとしてもこの狼がいる以上、自分達が生きて帰れる気は微塵もしなかった。
「やれやれ、かわいい眷属たちが頼りになりすぎて俺のやることが無いぜ」
狼よりさらに後方から、大柄な男が現れる。
傭兵達は体を震わせて武器を落とし、奴隷商人は腰を抜かした。
「2人とも待たせたな」
「構いません。あなたを待つ時間ならそれすら愛しいくらいです」
「おぉ、ロマンチックなことを言う。詩でも書いてみたらどうだ?」
「ヴァフッ」
軽快な雰囲気のやりとりとは裏腹に傭兵達には圧倒的な魔力による重圧がのしかかり、動くことすらままならない。
「さーて、跳兎族の集落で住人を攫った人間さんよ。亜人の集落を攻め込んじゃいけないって人間のルールにあったよな?」
「それフォルテドート王が撤廃しましたよ。虐殺は禁止されてますが奴隷調達目的なら亜人の集落を攻め込む権利が買えば許されるそうです」
「は????クソルールここに極まれりじゃねーか」
ラグナが口を開ければギザギザの歯がのぞく。
「お、おれ達は何も悪い事はしてねぇ!」
「そうだ、亜人奴隷の調達は認められてる」
奴隷商人は奴隷の調達に来た。そして傭兵は金を受け取り奴隷を捕らえた。
ボアバットに襲われた際に奴隷を落としたのは不可抗力と言える。彼らの行いは人間のルール上は問題ない。
「人間のルールね。なら亜人のルールに則って俺もお前たちを好きにしていいってことだよな?」
「さーて災難だったなウサギたち。助けに来たからから安心しな」
「ヴァ!」
2年前に狭間の王となった大男。
災厄の化身こと魔人ラグナを人間は恐れ、魔族は強く警戒する。
しかし。
「狭間の王……!噂はかねがね聞いております」
「助けてくれて、本当にありがとうございます!」
しかし、人間からも魔族からも虐げられ続けてきた亜人達にとっては希望であった。
「いいっていいって。あまり食ってないんだろ?うちのネコが飯出すから並んでくれ」
「暖かくておいしいですよ!」
「ヴァウフ!」
クローバーが収納魔法から鍋を取り出せば食欲をそそる香りに亜人達が釘付けになる。
亜人の間でまことしやかに噂されていた。
"この世の果てに魔人が創った国がある。受け入れられない者達を迎え入れる、亜人たちの最後の楽園がある"、と。
「食べながらでいいから聞いてくれ。帰りたい所があるなら連れていく。けれどもし行く場所がなかったら俺のとこに来い!」
◆
「よーしよし、見えてきたぜ!」
移住希望の跳兎族を連れて俺たちは村を目指している。
僭越ながら俺がダンジョンの主をやらせていただいてます!雲より高い大きな木の麓にあるのが俺のダンジョン、もとい俺の村だ。
「お帰りなさいラグナさま!」
空からハルピュイアの少年フテロが出迎える。2年前俺にサンドアングラーをねだったこの少年も大きくなったもんだ。
いっちょまえにパトロールしてる気分なんだろうな。
実際空から異変に気付いていち早く知らせてくれるからありがたいけど。
「様はやめろっつってんだろ」
「でも大人たちはさまを付けろって言うよ?」
これがまた何度言っても受け入れてもらえないんだよな。
やりづらいんだけどね。
「ねぇ、その獣人たちは」
「ああ、いろいろあって助けたから連れて来たんだよ」
「さっすが!ねぇ、後でうちに寄ってよ。採れた野菜もってって!」
「ハルピュイアが育ててるのはトウモロコシだったよな。急に焼きトウモロコシが食べたくなってきたわ」
バーベキューにコーンあるといいよね!するとフテロが興奮したように早口で言う。
「み、みんなに準備してって伝えておく!!」
「みんな?準備??い、いや待ちたまえ!!まさか総出で宴会の準備するとか言わないよね!?」
俺の制止の声も虚しくフテロはハルピュイアの住む高台へと急ぎ羽ばたいていった。
クローバーが諦めたように笑う。
「今夜はハルピュイア達と屋外バーベキューパーティですね」
「ヴァウ!!」
くそ、この村の住人は油断するとすぐこう大袈裟にしやがる!
ええい今回は仕方ない。次はもっと気を遣わせないようにするぞ。
移住希望の跳兎族たちの面倒を見るように村の住人に頼んでおいたからあとは任せるとして、久々に戻ったダンジョン、もとい狭間の者たちの村を見回る。
山に囲まれた盆地にぽっかり空いた巨大な大穴。
大穴そのものが巨大なダンジョンであり、このダンジョンが俺が作った狭間の村だ。
階層ごとに草原、森、洞窟と色んな環境になってるので種族ごとに好きな所に住んでもらっている。
一番上の階層は建物がたくさん並んでいるスタンダードな居住区でお店も出ているから買い物するなら主にココ。いろんな種族が作った工芸品や食べ物が手に入るよ!
基本的に亜人が住む村だけど、ここだけはごく一部の人間が商売のために出入りしているから人間の街でないと手に入らないものも買える。レギス商会にはいつも世話になっている。
俺の家は村の入口近くに作ったこじんまりとした家……の予定だったんだけど、王が入口、しかも小さい家に住むとかありえない。示しがつかないとめちゃくちゃ周りから言われたので仕方なく。そう、仕方なくなんか派手な館に住んでいる。
メイド服着たお手伝いさんがいつもきれいにしてくれるんだけど落ち着かないな。
村の説明はごく一部だけどこんな感じだ。
といっても今は絶賛人間・魔物・俺たち亜人で戦争中だからいざとなったら俺たちはこの場所を守らなくてはならない。
守る手段のために戦力とかは必要なので戦える奴も常駐しているよ!
これに関してはおいおい説明していこう。
「魔人さま、お待ちしておりました!準備はできております。もちろん眷属様たちもどうぞ!」
そう言って迎えるのはハルピュイア達。
ホントに一族総出でバーベキューの準備しやがったな。
しかし料理はめちゃくちゃ旨い。ありがてぇありがてぇ、生きてるって感じがする。
「おれ、いつか魔人さまの眷属になるからな!」
「フテロには無理よ。あたしがなるんだから」
「カッカッカ、どっちも楽しみにしてるぜ」
お酒までついでもらう。いやいや悪いね。
ゲッカとクローバーも同じようにもてなされているな。クローバーは未成年だからジュースだけど。
「ねぇ魔人さま。またお話ししてよ、冒険のこととか!」
「こら、ラグナさまは疲れてるんだから……」
「話くらい構わないぞー。どんな話が良い?」
酒が入って今の俺は饒舌だ!
「魔族と戦った話がいい!」
「眷属さまとのお話がいい!眷属にしてもらう参考にする!」
「ボクが眷属になった日の話なら何万回でもしてあげますけどね」
「クローバーは本当に何万回でも話しそうだなー」
クローバーが眷属になった日はクローバーが処刑されかけた日でもあるからな。ゲッカとクローバーが眷属になった日はどちらもめちゃくちゃ濃い1日だった。
「ねぇ、あたしこの村ができるまでのお話がいい!」
ハルピュイアの少女が提案すればハルピュイア達がほう、と頷きだす。
みんな興味ありそうだな。
この村ができるまでとなると、俺がこのダンジョンの主になってゲッカとクローバーを眷属に迎えた後らへんからかな?
「それじゃまぁ、話してやるか」
「やったぁ!」
ハルピュイアの子供たちは俺を囲んで話を聞く姿勢だ。鳥のモフモフもかわいいね。
俺が王の宣告をして狭間の王になってから早いもので2年経った。
この2年でいろいろなことがあった。少し長くなるけど話していこう。
……。
ちょっと待って。なんかすごい真剣に畏まって聞いてる大人ハルピュイア集団がいるんだけどなにこれ?
よく見たらハルピュイア以外にもいろんな種族いるんだけど。
「魔人様の口から語られる創国の歴史、我々が一言一句聞き漏らさず覚え、後世に語り継いでいきます。どうぞ我々のことはお気になさらず、お話しくだされ」
「重いっつーーーーの!!もっと軽い気持ちで聞いて!!?」




