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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
3章 王の宣告と世界の敵
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幕間 クローバー

インクナブラ脱出してから2日後くらい。

ダンジョンに帰る途中のクローバーの話。

 開けた明るいところにいた。


 体は動かなくて、目前に赤色が見える。

 真っ赤に燃えるその鉄が目前に迫って、触れてもいないのに熱かった。

 

 いや違う、自分はこの熱さを知っている。

 この痛みを知っている。


 心臓が早鐘のように鳴り、逃げなくてはと思うのに逃げられず、目を閉じることすら許されない。

 息が荒くなる。上手く呼吸ができない、口から空気が洩れた。


 赤々と光る鉄の塊が目に押し付けられ、


「―――ッ!!!!」


 クローバーはそこで跳ね起きた。




「……はぁっ!はぁ、はぁ……っ!」


 心臓が自分のものではないと思うくらいにけたたましく、痛い程に鼓動を刻む。

 夢だったと漠然と認識しながら、無意識に左目を抑え、そこに()()()ものを爪と指の腹で確かめる。 

 もう痛みなど感じないはずなのに、何も映しはしない左目がひどく熱い気がした。

 脳天を突き抜けるような痛みを思い出す。


(水、水……)


 収納魔法は日常的に使っているからまるで手足を動かすかのように自然と展開できた。

 固い線状の金属が空間に現れ空間が開く。


 水筒を取り出して夢中で中のものを飲み込む。

 飲み方がうまく思い出せなくて、水が口の横から零れ胸元を濡らした。

 けれどもそれすら構わずにひたすらに水を飲んで、ようやくクローバーは一息つく。



 左目を失って視界が狭くなって前のように平衡感覚を取るのが下手になったし距離感が掴みにくくなり時折吐き気と眩暈を覚える。

 けれどもいずれこの景色が当たり前になるだろう。

 この無いはずの痛みもいつか時間が忘れさせてくれるだろうか。


 汗で衣服がへばりついて気持ち悪い。

 赤い柱で生活用品をいくつか受け取ったことを思い出して収納魔法から布を取り出す。

 ひどく冷える夜だった。汗を拭いても拭いても体は底冷えして、寒くてたまらない。


 目覚めた時に声を出さなかったのは奇跡的と言えた。


 

 周りを見れば皆はまだ寝ている。

 インクナブラを脱出して2日。ヴァナルガンド達の脚なら明日にはダンジョンに辿り着く。

 走る狼達はもちろん、長時間狼に乗って移動する亜人達も疲れるのだから今は寝かせておく必要がある。

 そういう自分も当然体を休めないといけないが、あんな夢を見た後なのですぐに眠る気にはなれなかった。



 毛布で体をくるんでクローバーは音を立てずに外へ出る。

 外と言っても岩穴から出ただけだ。空を見れば白い月が地面を照らしている。

 宣告期間は終わったのだと漠然と思った。


 『猫の王』として王の宣告を行うことは無かったけれど、自分は王よりも王を支える方が合っている。

 胸元に手をやれば数日前まで無かった赤い石がそこに確かにあって、眷属になったことを思い出した。


 眷属になった時の高揚感は忘れられない。

 狭間の王ラグナの力が体に流れ込んで、まるで豹になったかのようだった。

 そのことを思い出せば寒さも、痛みと熱で満ちた夢のことすらも些末なことに思えてきた。


 クローバーは指をあわせて術式を組み上げる。周辺に緑の幾何学文字が展開し化け猫を呼び寄せた。



『てめぇ、また!』

「……まさか本当に()べるとは思ってませんでした」


 召喚する際には召喚者と召喚対象が合意することが必要だが、召喚者の能力が対象よりも大きく上回っていると強制的に呼び出せる。

 魔人の眷属になって能力が飛躍的に上昇した何よりの証だった。


『今度は何だ!もうてめぇのようなメスと関わりたくは――』

「ボクもあなたのことは好きじゃないし関わりたくもありませんが、それとこれは別で謝っておこうと思いまして」

『ハァ?」


 化け猫が素っ頓狂な声をあげる。


「あなたを脅したことは悪かったと思ってるんです。あの時ボクには時間も手段もなかったからああするしかなくて。迷惑をかけました」


 処刑されるためにトゥーレを飛び出した日。クローバーはルーニンを脅す形で暗がりの大地まで移動させた。


『どういう風の拭き回しだ?ずいぶんいい()()になって毒気でも抜かれたか破滅のキャスパリーグさんよ』

「そうでしょう?ラグナさんが助けてくれた何よりの証なんですよ」


 潰れた目をせせら笑うつもりだったのに皮肉は通じずルーニンは口を閉じる。今までならこれで嫌な顔の1つでも見せたはずだった。


「世の中何があるか分からないね。破滅の運命をずっと疎ましく思っていたけどようやく自分が好きになれそう。この破滅がボクとラグナさんを引き合わせてくれましたから」

『……用件はそれだけか?』

「ええ、これだけです」


 喉を噛み千切ってやりたい気持ちに駆られるが、クローバーに手を出せば温厚な魔人もさすがに怒るだろう。この世界で最も敵に回したくない存在の1人だ。


『ハ、謝ったって許してやるもんか』

「構いません、けじめとしてボクが言っておきたかっただけです。それにこれから世界中がボクらを許さなくなる」

『人間なり魔族なりに襲われてくたばっちまえ』


 どんな嫌味を言っても今のクローバーには何も(こた)えなさそうで、ルーニンはつまらなそうに顔を背けた。





 心残りはさっさと解消するに限る。

 許してはもらえなかったものの言いたいことを言えたことに少し満足しながらルーニンを召喚魔法で送り返す。

 自分たちを世界中が疎むだろうけれど後悔は微塵もない。

 満ちた気持ちになっていると背後から声をかけられた。


「いないと思ったらこんなトコいたのか」

「あれラグナさん。起こさないように気を付けたつもりだったんですけど起きちゃったんですね」

「お前が抜け出したこと察知したヴァナルガンドに起こされたぞ。お前が化け猫と会ってるってな」


 逃げるように魔人の元を去った日の夜、ヴァナルガンドに遭遇して適当に散歩だと誤魔化したけれどあの時自分を放置したヴァナルガンドが責任を感じていたらしい。夜中に抜け出した自分を察知してラグナを起こしたらしい。

 そう言われてしまえば悪いことをしてしまったなと思う。ルーニンと話していたからまた逃げ出すと思われても仕方が無かった。


「話をしてただけですよ。もうどこにも行きませんって」

「だろうな。それよりも顔色が悪い、さっさと寝た方がいいんじゃないか」

「ううん……その、夢見が悪くて。気分転換です」


 どんな夢を見たのか察してくれたようで、それ以上は何も言われなかった。

 その代わりに大きな腕で抱えられる。


「お前体冷たいな!?病み上がりで体冷やすとかアホか!」


 ラグナに触れられるとラグナの手がやけに暖かく熱く感じる。

 寒く無いような気がしていたが気のせいで、自分の体がそれだけ冷えてることに気付いた。


「……本当だ、思ったより冷えていたみたいです。ラグナさんはあったかいですね」


 大きな手と体が暖かくて、温もりを求める子供のようにクローバーはその腕に縋った。


「さりげなく俺で暖を取ってるな?」

「いいじゃないですか、今悪い夢を中和してるんです。こうしていれば良い夢が見られるかもしれません」



 夢にまで見る、処刑台で民衆の前で見世物として処刑される最悪の思い出。

 けれどその後に破滅の名を冠した自分のために遠い荒野の彼方から駆けつけてくる人が現れる。


 みすぼらしい娘を白馬の王子様が迎えに来る。そんなおとぎ話を人間が話しているのを聞いたことがある。そんな妄想を夢見る暇があって羨ましいと皮肉気味に思ったものだ。


 けれども今はもう少女たちが夢見るおとぎ話を笑えなくなってしまった。

 今まさに殺されようとしていた時に助けに来てもらったことが、言葉に表せないほど、筆舌に尽くしがたいほど。ほんとうに、本当にこの上なく嬉しかったのだから。


「カッ、仕方ねーな。添い寝でもするか」

「それもいいですね」

「冗談で言ってんだけど!」


 こちらは冗談ではないのにという言葉は飲み込んでおく。


 災禍を呼ぶ破滅の怪猫ということも、猫の王ということも、禁忌(タブー)スキルを持っていることもバレた以上この人たちにもう隠すことなど何もないと思っていたけれど、またひとつ隠し事ができてしまった。

 この気持ちを何と呼ぶのかが分からない。

 尊敬にしては愛しさが強く、恋慕にしては未成熟過ぎて、心酔と呼ぶには思いのほか冷静だ。


「……暖かいと言えば、ゲッカさんの毛皮も暖かそうですね」

「お!分かるぞ!!うもれるとあったかいぞ。一緒に行くか?」


 自分の中で言葉にできるまではしまっておこう。

 いくら受け入れる王と言っても今この感情を伝えられても困るだろうから、これから創る居場所が確かなものになるまではしまっておくとしよう。

 忠実な狼だってこのささやかな隠し事くらいは見て見ぬふりをしてくれる。 


「ええ、それならいい夢が見れそうな気がします」


 片腕で自分を担ぎ上げる自らの王の暖かさをもう一度確認してこれからの眠りに想いを馳せる。

 今ならあの悪夢の続きが見れそうだ。

 白馬の王子と呼ぶにはいかつすぎるし白馬じゃなくて黒い狼だけれど、大切な人たちが自分を劇的にさらうために現れる。

 そんな、おとぎばなしのような夢が。


挿絵(By みてみん)

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