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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
1章 災厄の目覚め
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9.魔人のルール

 ガソッドは"衝撃のガソッド"の2つ名を持つCランクの冒険者であり賞金稼ぎだった。

 2つの魔片を持ち攻撃力だけならBランクに匹敵すると言われる実力者。


 しかし彼らの評判は悪かった。

 腕は悪くないが乱暴で残酷だったからだ。


 酒の余興で泣き叫ぶ亜人を生きたまま解体した。周りの人間が吐いたところで興が削がれて殺害した。

 毒沼から帰る途中偶然亜人の子供を見つけた。毒沼を渡り靴が汚れていたから舐めさせた。嫌がったから顔の形が変わるまで蹴れば大人しく舐める。けれどもすぐに血を吐いて死んだ。


 咎める者はいた。

 それでも彼らは罪に問われなかった。



 ◆



 魔片を持つ亜人を殺した。これでガソッドは3つ目の魔片を手に入れられる。

 思わぬ収穫に笑みが隠せない。


「相変わらずガソッドさんのソニックブレードすごいっすね」

「魔片を持ったLV4ってカモがネギ背負ってきた並みに話が出来過ぎてるな」

「もっと嬲りたかったが今は急いでるからな。とっとと魔片を回収してケダモノを追うぞ」

「昨日からメスガキを犯すことしか考えてねぇなうちのリーダーはよ!」


 気持ちがいい。

 今日は良い日だ。良いことが起こりそうだ。

 

 彼らは機嫌が良かった。

 だから機嫌が良い時の話をした。


 ケダモノを捕まえたら手足を折ってから犯そう。

 金が入ったら亜人の奴隷を買って壊そう。

 笑いながらそんな話をする。


 その場に彼らの気分を理解できない男がいることも気付かずに。



「ヴァウ!ヴァ、ヴァウゥ!!」


 ガソッドが巻き起こした砂煙の中から白い子犬が飛び出した。

 絶え間なく続く鳴き声にガソッドの高揚した心地は急速に引き戻される。


「チッ、そういや犬もいたか。おいとっととソイツくびり殺しちまえ」

「こ、この犬すばしっこ……!」


 死んだモノには興味はない。

 それに、今は目の前で吠え立てるその犬が煩わしかったから。

 砂埃の中で男が先ほどと変わらぬ場所に立っていることに気付くのにも時間がかかった。


「――お前らの狙いは魔片か」


「えあ?……て、てめぇっ、何故立ってる!?」

「キリングベアーさえ一撃で内臓吹っ飛ばす"ソニックブレード"を受けて生きてるだと!?」


 気分が良かったのに。

 今日は良い日のはずだったのに。


 ガソッドは歯ぎしりをあげて叫ぶ。


「クソが!!」



 ◆



「チッ……頑丈だな。腐っても魔片持ちってワケかよ!」


 ガソッドが再び剣を掲げた。


 剣先から高速で衝撃が放たれ、着弾した衝撃は激しく爆発する。

 そこらの魔物なら簡単に倒せる威力だろう。


 それでも俺を倒すには威力が足りなすぎる。

 二撃目、三撃目が飛んできて閃光がゲッカを掠める。


「ヴァ!」

「ゲッカに何しやがる!!!」


 少し掠っただけでゲッカの肉が抉れていた。

 咄嗟にゲッカを抱えた俺にガソッドの口角が上がる。


「おい、お前らも攻撃しろ!犬を狙え!」

「な!?」


 ゲッカを抱えてガソッドの衝撃波から守る。

 しかしガソッドだけでなく取り巻きがクロスボウを放つ。ゲッカが攻撃を受けるのは時間の問題だ。


「だっ!?」


 ガソッドの攻撃が後頭部に当たって脳が揺さぶられる。

 倒れはしなかったが気分が悪くて思わず膝をついた。


「頭は効くようだな!さっさとくたばりな!クソ亜人!」


 人との戦いは望んでいない。

 魔片を差し出せば戦いは回避できるだろうか。


「全ての亜人は人間サマの所有物だ。気まぐれに生かしてるだけに過ぎねぇ。何せ亜人は殺してもお咎めなしだからな!亜人は亜人らしく、人間サマに全部捧げろや!」




 ……。

 分かってる、きっとこいつらは俺が死ぬまで攻撃をやめない。



 エネルバ先生に人間に会わない方が良いと言われてからずっと考えていた。


 自分と違う者を対等な存在として認められない世界。

 遅かれ早かれ誰かから悪意を向けられる日が来る。

 さすがにこんなに早いとは思わなかったけど。



 でもこの世界で命を狙われた時、俺はどうするか。



 口を開いたのはほとんど無意識だった。

 気になることがあった。


「亜人を殺したことがあるんだな」

「あァ?」


 ガソッドは俺がまだ口をきけるのが気に入らないようだった。


「殺した時どう思った?」

「はっはは。何を言い出すかと思えば」


 心の底から笑っていた。

 このガソッドという男は、俺の質問に対して心から可笑しいと思っている。


「スッキリするに決まってるじゃねぇか。蠢くゴミが歩いてりゃ殺したくもなるだろう?そもそも亜人は殺してもいいんだ。()()()()()()()だからな!」


「喋るゴミを元のゴミにする!何の問題がある!?」


 エネルバ先生は地上は好かないと言っていた。


「ヴァ!」

「ゲッカ!!」



 矢がゲッカの後ろ足を掠める。


 俺の目の前が、意識が(あか)く塗りつぶされる。


 こいつらは遊びで奪ってきた、そしてこれからも奪っていく。

 ケダモノだ。


 そう思った。



 ◇



<殺せ!>


 声がする。


<奪われ、蹂躙された。だからこれからは我々が……>


 大勢の声が頭の中でこだまする。叫ぶ。怒鳴る。がなる。


<我々が、我々を蹂躙してきた者共を蹂躙する番だ!>

<金色の星を降らせ!殲滅し勝鬨(かちどき)を上げよ!混沌の時代の幕開けだ!>


 そうだ、全部平らげてしまえ。


<然り!!>


厄災魔法(ディザスタースペル)嘘つきの(ロプトフラン)…」


―—ヴァウ!!!!



 ◇



「!!?」


 思考が止まる。

 今の声はなんだ。

 今、俺に魔法を撃たせようとしたのは誰だ。


「……ゲッカ?」


 どうして俺に噛みついてるんだ?

 矢が刺さった脚で懸命に体を支えて。


 その姿に俺の頭は急速に冷えて視界がクリアになっていく。


「ガソッド、あいつそろそろ限界みたいだぜ」

「最後まで油断すんなよ。死にかけに暴れるヤツもいる」


 えらくうるさい。

 俺に何が起こったんだ。


 そうだ、賞金稼ぎ達の言葉を聞いた時、俺の物じゃない感情が流れてきた。


 "金色の星よ降れ!殲滅し勝鬨を上げよ!混沌の時代の幕開けだ!"


「ヴァウ!」

「……お前が止めてくれたのか」


 さっきのは、魔人ラグナの記憶?

 乗っ取られかけていたのだろうか。いや、魔人の魂は消滅したはずだから残留思念?

 魂を失ってなお体を操ろうとする強い怨念。


 魔人の体で目覚めた俺はこれまで大きな苦労はしてこなかった。だから甘く見ていた。

 この世界は俺が思っていたよりも優しくなくて。


 そしてこの体は戦と災厄を呼んだ魔人の体だ。


「そろそろ特大の技で終わらせてやるよ!」


 ガソッドが剣を掲げれば剣に光が収縮する。

 俺もまた、ゆっくりとタブレットに手をかけた。


「……スキルポイントを振る」



 呑まれるな、自分を見失うな。やらされるんじゃない。

 俺は、怒りに呑まれるでも魔人の意思に従うでもなく、自分の意思で魔法を使う。


 大丈夫、傍にはゲッカという心強い相棒がいるのだから。


「ヴァ!」


 ゲッカの子気味良い鳴き声が心地良かった。


【地属性のLVが1になりました】

【災厄魔法"天牛降臨(グガラナ)"を修得しました】

【NEXT:派生属性が解放されます】



「お前達で良かったよ」

「……あぁ!?」


 俺の言葉に賞金稼ぎ達は頭がおかしくなったのかと言わんばかりに顔を歪めた。

 こいつらは最初から最後まで亜人と呼ばれる隣人を認めなかった。

 隣人を認められないこの世界で俺はこれからもこんな奴らに会うだろう。


「最初に会った人間がお前達で良かった。お前達にひとかけらでも情がわいたら、覚悟を決められなかったかもしれない」

「なァに言ってやがる!!」


 俺とガソッドが叫んだのはほぼ同時だった。


「降りてこい、災厄魔法(ディザスタースペル)、"天牛降臨(グガラナ)"!」

「これで終わりだっ"ソニックバスター"!!」



 ガソッドの渾身の攻撃が放たれるがその衝撃が俺に届くことは無かった。

 狙いは大きく外れ、明後日の方角の岩壁を成大に破壊する。


 俺の魔法の発動と同時に大地が激しく揺れたから狙いを外したのだろう。


「なァっ……急に、揺れ!?」

「じ、地震だ!」


 俺の体の足元が突然熱されたように熱くなり、ゲッカを抱えた手に力がこもる。


「て、てめぇ!魔法を――!?」


 賞金稼ぎ達は立つこともままならず、愉悦の表情は恐怖に塗りつぶされる。


 もうすべてが遅かった。

 "天牛降臨(グガラナ)"、地震を起こすシンプルな魔法だ。


 俺の周辺だけは魔法で守られこの魔法による一切の影響を受けない。

 しかし俺の周辺は見渡せど見渡せど地面が隆起し土が割れ山が崩れる地獄絵図だった。

 崩れた山は岩石となって滑り落ち土石流となる。


 1人が割れた地面に悲鳴と共に落下した。

 それを見た別の男が岩石に巻き込まれながらもガソッドに助けを求める、が。


「ガソッド、助け……!」

「クソ野郎!!自分の身は自分で守りやがれ!」


 ガソッドはその手を跳ねのけた。


「ガソッドてめぇ!てめぇがオレ達を守るって言うからオレ達はてめぇに魔片を譲っ……」


 男の声が最後まで紡がれることは無かった。

 ガソッドが男の頭をかち割っていた。


「オレは……使い捨てのお前らとは違う!」

「ひぃっ!」

「う……うわああぁぁあぁあ!!」


 取り巻き達が這々の体でガソッドから離れるも岩石は次々と流れ注がれる。

 剣を支えにして逃げようとするガソッドもとうとう土石流に巻き込まれた。


「ぐあっ……は、はぁ、あがぁ!」


 岩石が胴を撃ち、倒れたガソッドを石と岩が吞み込んでいく。

 もう身動きは取れないだろう。


「そうだッ、お前ッ……俺と組まないか!?お前と俺が手を組めば、なんでもできる!」


 ガソッドは、俺という最後の望みに縋る。


「獣共を、好きなだけ飼っていい。奴隷も買う、女だって好きなだけあてがってやる!俺が全部お膳立てしてやる!ギルドにだって口をきいてやる!なぁッ、だからッ!」


「何か勘違いしてるようだけどな」


「俺は今、()()()()()()()()()にしてるだけだ」


 ガソッドの顔が絶望に染まった。

 体が埋まっていく。


 岩と土はまだ留まる気配はない。



「殺す時は"スッキリするに決まってる"んだったな。確かに胸のすく思いだ」


「――――――!!!」










 分かったことがある。

 人間は亜人を殺しても罪に問われない。


 ガソッド達は亜人は殺しても咎められないと言っていた。



 エネルバ先生に人間に会わない方が良いと言われてからずっと考えていた。

 この世界で命を狙われた時どうするか。


「逃げることも、そこそこに懲らしめて追い返すことだってきっと出来たんだろうけど、お前が傷つけられた時……」

「ヴァウ?」


 隣人の存在を認められない優しくないこの世界で、隣人から悪意を向けられた時どうするか。


「無理だった。俺の好きなヤツ、いつか俺が好きになるかもしれないヤツを笑って傷つける奴をそのままになんて」


 最初に会った人間があの賞金稼ぎ達で良かった。

 あいつらだったから殺す覚悟を決められた。


 世界のルールなんか知らない、俺には俺のルールがある。


「ゲッカとか、これから出会う大切な人が傷つけられたり奪われたりするなら躊躇わずに戦うし、必要なら命だって奪うつもりだ」


 この世界に来る前、優しい奴だと言われたことがあるけれど。

 優しさってなんだろう。

 俺が優しくあれば、誰かが泣くこともあるかもしれない。


 皆が互いに優しくできる世界であれば良かったけれど、そんな都合の良い話もないだろう。

 だったらせめて俺の好きな人にとって優しい世界であってほしい。


 好きな人を守るためならこの力を使おう。でも怒りに呑まれたまま力を振るいたくはない。


 俺の頭の中に響いた声は明確な怒りを滾らせて殺せと叫び続けていた。

 あの声のままに力を振るえばきっとよく分からないまま賞金稼ぎを倒していただろう。



「なぁゲッカ。もし俺がまた呑まれて、怒りのままに誰かを傷つけようとしたらまた俺を止めて欲しいんだ。……頼めるか?」

「ヴァウ!」


 任せろと言わんばかりに鳴く。とても頼もしい。

 この世界で最初に出会った人間が賞金稼ぎで良かったけれど。

 最初に出会った奴が、ゲッカで本当に良かった。


「ゲッカ、お前がいてくれてよかった」

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