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災厄たちのやさしい終末  作者: 2XO
プロローグ
1/163

幕間 転生前の話

「×××は動物が好きだねぇ」

「うん」


 親戚が旅行で家を空けるので数日犬を預かってくれと言われたのは昨日のこと。

 人懐っこいわんこですぐに俺に懐いてくれた。


 喉元を撫でればわんこは嬉しそうにされるがまま。

 頭の後ろを毛並みにそって手を滑らせて、頬をわしゃわしゃする。

 俺に心を開いてくれてはいるけれど、でもやっぱり家族と一緒にいたいんだろうな。


「お前の家族は明日には帰ってくるから、もう1日俺と過ごそうなー!」

「わふっ!」


 主人の名前が出たのが嬉しいのか元気に返事をする。


「×××は動物を飼うなら何がいいんだい?」

「うーんそうだな。やっぱりまずは犬とネコを飼いたいかな」

「まずって、どんだけ飼いたいんだい」


 ばーちゃんが呆れたように笑う。

 そんな話をしたのはいつだったっけ。



 ◆



 俺は走っていた。

 連日仕事で疲れていたのは否めない。

 それでも後悔をしたくなくて走った。唯一の家族、女手1つで育ててくれたばーちゃんと会えるのはこれが最期かもしれない。


 もともとばーちゃんに残された時間は少なかった。いつ命の火が消えてもおかしくはないと病院から連絡が入り、仕事はいいからすぐ向かうよう上司に言われた。


 最寄りの駅からタクシーを使おうか考えたけれど運悪くタクシーは残っていなかった。

 駅から病院までは徒歩15分程。

 タクシーが次に来るまでどれだけかかるか分からない。鞄を持ち直して俺は走る。


(ばーちゃん、もう少しだけ頑張ってくれ)


 残り僅かな時間傍にいたい。

 その時、視界の隅で道路にネコが飛び出した。幼い子供がネコを追いかける。

 その子はネコに夢中でトラックが迫っていることに気付いていない。


「あ、危ないっ……!」


 それは無意識だったから、何が起こったのか自分でも分からなかった。



 鈍く重い音が響く。聞いたことのない音がした。

 悲鳴が聞こえる。


 救急車を呼べ、警察を!脈はあるか。


 ――声が聞こえる。

 視界がぼやけてきた。目をこらして見れば子供が泣いているのが見えた。


 転んだものの無事のようだ。

 泣き声が止まない。



 そういえば心臓が止まった時、停止していく体の機能の中で最後まで活動を維持するのは耳だと聞いたことがある。

 こんな時に何を考えているんだろう。

 早く病院に行かないといけないのにひどく瞼が重い。



 ネコの鳴き声が聞こえた。



 ◆




 俺は白い空間に立っていた。


 けれども地に足がついている感じはしない。浮いているのかもしれない。

 辺りを見回すけれど何もない。ここはどこだろう。


 仕事は、納期は大丈夫だっけ。仕事が終わったら病院へ寄って、ばーちゃんに会いに行こう。

 今日はどこまでやったっけ?病院……、病院。


 そうだ、病院だ。

 病院に行かないといけないんだった。

 なんで?

 何故だろう。急いでいた気がする。大切なことを忘れているような。




『はじめまして』


 男か女か老人か子供かわからない声が聞こえる。

 複数の人の声が重なって頭に響くような声だった。


「誰だ?ここは?」

『私たちはあなたのいる場所と異なる次元の宇宙から来た調停者。あなた達の言葉で言う"天使"と言えば理解しやすいでしょうか』


 自称天使たちの言葉が響く。


『ここは現世を離れた者の意識が漂う一時的な場所。あなたという人の肉体が死んで魂が旅立つ前、最後に留まる所』


「死んだ?」


 そんなはずはない。だって、俺は今日だっていつものように出社して、電車の中でスマホでゲームをしながら出社した。そして、電話が来て病院へ……。


「そうだ!病院だ!!ばーちゃんは!?」


 血の気が引くのを感じる。


「俺は死んだのか?」

『状況を理解したようですね』


 膝をついたけれども地に足が触れる感覚はなく、この場所が現実ではないことを思い知らされる。そして、声が再び頭に響いた。


『これは終わりであり、始まりの場所。死者はこの場所から世界の理に沿って旅立ちます。けれど、あなたには道を外れて私たちの世界へ来ていただきたいのです』

「どうして俺が?」


 天国か地獄か輪廻転生か黄泉の国か分らないが死んだらそういうところに行くとは思っていた。けれども異なる世界へ行くとは聞いていない。


『私たちの世界で今、1つの空っぽの器が目覚めの刻を迎えようとしています。器に魂を容れなければ災いになる。けれども私たちの世界には器に適合する魂が見つかりませんでした』


 適合者が他にいないってことか。

 頼まれたらできるだけ力になってあげたい気持ちはあるけど。


「どうして魂を容れないと災いになるんだ?」

『それは私たちにも分かりません。創造主がそのように創ったと言われております』


 それって欠陥なんじゃ?

 俺の懸念を感じたのか、声が少し慌てたように付け足す。


『魂を容れなければ災いが起こるというのは特別な話ではありません。知性のある生き物は命が誕生した瞬間に魂を容れられます。魂のない生命は例外なく己の制御ができず欲望のままに動き、邪道に堕ちます』


 確かに、本能と欲望のままに行動すれば大変なことにもなるか。魂は理性ってわけね。


『私たちの申し出を受け入れる代わりに、あなたの願いを2つ叶えましょう』

「願い事?」


 俺は反応する。


『1つはあなたが去るこの世界で。もう1つはあなたがこれから行く世界で願いを叶えましょう。ただし人の命を生き返らせることや過去に遡ることは理に反するのでできません』

「ばーちゃんを元気にして欲しいと言ったら?」

『今後怪我をしないように、病気に罹らないようにするなら可能ですが天寿を迎える方の命を延ばすことはできません』


 ばーちゃんは年齢を考えれば大往生と言える。


「……仕方ないけど融通は利かないんだな」

『あくまで異なる世界の私たちが干渉できる範囲になりますから』


 けれども、何が心残りかなんて決まってる。


「願い事、決まったぜ」

『では、願いを』



 ◆



 俺は病院に入る。

 受付に名を告げるとすぐに部屋に通してくれた。


「ばーちゃん」


 呼吸器をつけいくつもの管に繋がれたばーちゃんがこちらを向く。

 看護師さん達は気を遣って部屋を離れてくれた。

 命の火が僅かであることを分かっているのだろう。


 心音計の音が響く。


「間に合ったね×××。さすがアタシの孫だ」

「なんだよ。全然元気そうじゃんか」


 元気そうな声。

 こちらを見る表情は笑っていたけれどどこか苦しそうで。


「ああ、いつものお前の優しい声だ、いつ聞いても悪くない。だからこそその優しさで自分を傷つけないか心配だ。痛みを優しさと履き違えちゃあいけないよ」

「どういうこと?」

「カッカッカ。大事なものの答えを他人に求めるんじゃない。一生かけて答えを見つけな。宿題だよ」


 宿題であれば答え合わせができるけれど、答え合わせをする機会は永遠に訪れない。


 ばーちゃんはこういう人だった。

 死んでも死ななそうだ、あと100年生きてもあのばーさんなら驚かない。近所でそう言われるような快活な人だった。


「笑いな×××。笑って送っておくれ」

「こんな時に笑えって?」

「お前の笑い声を耳に焼き付けて冥土の土産に持ってくんだよ。ジイさんにね」

「冥土ってさあ!天国って言ってくれよ」

「どっちだっていいさ。ジイさん達がいるのならどこだって楽しいだろ?」


 カカカ。ばーちゃんの笑い声は、小さい。

 確かに大切な人がいるところならきっとどこだって楽しいだろう。


「カッカッカ!こうだろ?」


 ニヤリ、と笑てみせるとばーちゃんの口角が上がった。


 俺とばーちゃんはそれから話した。

 最近のこと、仕事の事。俺が小さい頃に亡くなったじーちゃんのこと。

 小さなころの話、俺の夢の話。

 途中からずっと俺が話していた。

 ばーちゃんはうん、うん、と笑いながら頷いていた。

 口数が少なくなってきた。

 俺は話し続ける。


「――それでさ、」

「×××」


 ばーちゃんの声は小さい。


「どうしたばーちゃん」

「手、寄越しな」


 痩せぎすの手を握った。俺の3倍以上の年月を生きてきた手だ。


「そのまま、握っていておくれ」


 ばーちゃんの焦点はあっていない。この部屋に入った時からだ。

 声を頼りに俺の方を向いていたんだろう。


「カッカッカ。大きな手だね」

「男だからな」

「ジイさんも、こんな手だった」

「ジーちゃんはもっとゴツい熊みたいな手だって言ってなかったっけ?」

「阿保。ここは笑うところだよ」


 俺も笑った。


 俺はばーちゃんの手を握る。

 ばーちゃんは握り返してくれたけれど、その力は弱い。


 心音計の音が邪魔だった。

 そんなものなくても、ばーちゃんの心臓の音は聞こえるのに。

 ほとんど聞こえない音が、聞こえるのに。


「ばーちゃん」


 ごめん、と言いかけた声は出なかった。

 この体はもう。

 俺はもうこの世界にいない。


 ばーちゃんはうっそり笑う。囁くような、消えそうな声だ。


「来てくれてありがとう、×××」


 最期に来てくれて。



 ばーちゃんの音は、もうしない。








 看護師が速足で院内を歩く。

 重体の青年が搬送されてきた。子供を庇ってトラックに轢かれ、運ばれた時には心肺は停止していた。

 青年の持ち物から身元が判明した。遺族に伝えねばならない。


 しかし、看護師は逡巡する。

 伝えるべきだ。けれども本当に伝えるべきだろうか。

 余命いくばくもない老婆に、今となっては彼の唯一の家族である彼女の孫の死を伝えて良いものか。


 担当医の判断を仰ごう。


「――え?お孫さんなら先ほど部屋に入ったわよ?」


 心臓が跳ねる。そんなはずはない。

 看護師たちが部屋に入れば90余年を生きた心の臓の停止を伝える音。そして穏やかな顔で息を引き取った老婆の姿。


 部屋には老婆以外、誰もいなかった。



 ◆



「ありがとう。願い事を叶えてくれて」

『1つ目の願いは叶えました』


 俺の願いは最期に祖母と過ごすことだった。

 ばーちゃんに心残りがないように、穏やかに逝けるように。仮初の体をもらった。


 ばーちゃんにとっても、俺にとっても最期の時間だった。



 自己満足かもしれないけれど、あのひとは穏かな顔で旅立った。


 ばーちゃんはじーちゃんや俺の両親の元へいくと言っていた。

 天使達の言う"この世界の理に沿って"旅立つのだろう。


 俺はこの世界の理から外れる。

 最後にばーちゃんに触れた。仮初の身体であることは気付かれなかっただろうか



 笑って送れと言っていたばーちゃんの言葉を思い出す。

 笑ってみたけれどぎこちない。

 涙を流しながら笑う姿は滑稽だろうな、そう思うとまた笑えてきて今ならば異世界へ行っても笑ってやれそうな気がした。


「さあ、あんた達の世界へ行こうじゃないか」


 穏やかな顔を浮かべるのは難しいけれど、せめて笑って行こう。

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