第5章 幼少時代の過去
えっ?
私は目をあんぐりさせた。
佐川先生と以前会ってる?
そんな記憶はないんだけど…
「覚えてないか…」
表情を曇らせながら先生は寂しげな笑みを浮かべた。
「あの、私と何処で会ったんですか?」
「いや、今は良い。また今度話すよ」
そう言い残すと先生は仕事へと戻って行った。
この時の先生の言葉が少し尖ってる様に私には聞こえた。
私、先生の気分を害したのかもしれない。
こんな状況の中で先生を待つのも逆効果。
仕方ない、帰ろう。
私は気の向かない重たい足を自宅へゆっくりと運ばせた。
その頃、佐川先生は入院患者の容態を診る為、病室の外から中の様子を静かな安堵を浮かべながら覗き込んでいると、
「あの、先生」
「…えっ?」
背後から声を掛けてきたのは早苗先生だった。
「あっ、早苗先生」
「あっ、ごめんなさい。今大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。僕に用ですか?」
「…あの、今日仕事終わったらで良いのでお話良いですか?」
「あっ、はい。良いですよ」
「ありがとうございます。では、後程」
約束を取り付けた早苗先生からの鼻歌混じりの声に佐川先生は不思議そうに首を傾げながら、思った。
何がそんなに嬉しいのだろうか……?と。
2人が会う約束をしてるなど知る良しもない私は自宅の自分の部屋で久し振りに1冊のアルバムを手に取り見開いていた。
すると、あるページで私は捲る手を止めた。
うん?この人、誰?
私はある1枚の写真を取り出した。そこにはまだ幼い小学2年生ぐらいの頃の私と知らない少年が写ってる写真だった。
見覚えがない、誰だっけ?
私は何度も頭の中の脳細胞を動かそうとしたけど、思い出せない。
暫くして、仕事を終えて帰宅した母に私は訊ねた。
「お母さん、この人誰だっけ?」
娘からこの1枚の写真を見せられた母は昔を懐かしむように何度も写真を見返した。
「…この写真はね、私が撮った写真よ。男前で良い子だったわ」
「だから、この人と一体何処で会ったの?」
「…あぁ、そうか、瑞希、あの時、高熱出して魘されてたから記憶が曖昧で覚えてないのね?そう、あれは瑞希がまだ小学2年生の時…。遊園地行く何日か前に風邪引いて熱出したの覚えてる?で、結局、遊園地は延期になった。その時、瑞希ったら1人でゲームセンターへ行ったの。遊園地行けなかった腹いせみたいな感じで」
「あっ、そうだった、あの時…」
ふと、幼き思い出が脳裏に甦った…。
瑞希、小学2年生の時の記憶に遡る……。
14年前……。
「ママー!遊園地、行きたい、行きたい!」
「駄目よ、今日は止めときなさい」
「そんなー、行きたい!」
駄々を捏ねる私。そう、今日は家族3人で遊園地へ行くはずだった…。
しかし、体が弱かった私は3日前に風邪を引いてしまい、高熱で寝込んでしまった。
当日になって熱も平熱まで下がったが、まだ安静が必要だからと、遊園地は延期になってしまった。
「取り敢えず、お母さんはお父さんと一緒に買い物に行ってくるから寝てなさい、良い?!」
「はーい」
私はふて腐れながら返事した。
両親が出掛けたのを見計らうと、小腹がすいた私はそっと起き上がり台所へ向かうと冷蔵庫の中を物色し始めた。
中には私の好きなプリンがある。
体調が良かったのか、プリン1個を平らげると少しなら良いかと家に常備してあるスペアキーを持ち出し、玄関の前で運動靴に履き替えた。
そして外に出た私はスペアキーで玄関の扉を施錠した。
「よし、これで泥棒も入らない」
私は勝手に家を飛び出し、その辺をブラブラするはずが結構、遠くまで来てしまっていた。
しかも目の前にはゲームセンターが……
私は手元にある所持金を見ながら、少しぐらいなら良いかな~と、つい誘惑に負けてしまった。
だけど、音響の騒がしい場所に慣れてない私は思わず、その場にしゃがみこみ胸に手を当てていた。
少し息苦しさを感じていた私に、1人の男の子が私に声を掛けてきた。
「君、大丈夫?」
「…えっ?あっ、うん」
私はその青年の顔をじっと見つめた。
私と同じ歳かな?それとも歳上?
だけど、凄くかっこ良いじゃん。
「…もしかして、胸が苦しいの?」
「うん。でも今は少しましになった」
「そっか。僕は中学2年だけど、君は何でゲームセンターに1人で居るの?多分、小学生だよね?」
「だって、今日遊園地行くはずだったのに行けなかったから…」
「そうなの?何で?」
「私、産まれた時は体が弱くて、だから直ぐに風邪引きやすくて熱出すの。今日だって熱下がったのに遊園地は駄目だって…」
「身体弱いの?だったら僕のパパに頼めば治してくれるよ。だって僕のパパ、お医者さんだから。それに僕の夢もパパと同じお医者さんになる事だから」
自分の将来を語るこの少年は凄く自信に満ち溢れてる。
ほんとに中学2年?
「取り敢えず、帰ろう。ママ達心配してるよ」
断固としてその場から立ち去ろうとしない私の手を少年は掴み、引っ張った。
「やだ!帰りたくない!」
「何で?早く帰ろう。僕が送るから」
そう言われ、私は名前すら聞いてない少年と手を繋いだ。
重い足取りの私をひたすら引っ張る少年。
そんな少年の口からは自分の親の自慢話ばかり。
少年は光輝いていた。
「家、もうすぐ着きそう?」
「うん、もうそこだよ……あっ?!」
私は咄嗟に少年の背中に回り、身を隠していた。
少年はその行動を見て、少し距離があったが母親と父親らしき2人切羽詰まって何かを探してる様子が遠くからでも窺えた。
そんな2人の姿が視界に飛び込んだ瞬間、思わず大声を張り上げた。
「瑞希!!」
自分の我が子の無事を確認出来た両親からは嬉し涙が頬をつたって流れてた。
勿論、その場で私はこっぴどく叱られた。
「所で瑞希、この子は?」
「ここまで送って貰ったの」
「あら?ありがとう。あっ、ちょっと待ってて!」
そう言うと母親は自宅からカメラを持ち出してきた。
「折角だから写真撮りましょう!はい、2人並んで、良い?はい、チーズ!」
パシャ!
お互い笑顔のピースサインをした直後の撮影と同時に私は気を失いその場に倒れ込んだ…。
現在に戻る。
「懐かしいわ。あの少年は今頃どうしてるかしら?」
「うん、すっかり忘れてたみたい。ねぇ、その少年の名前ぐらい聞いてなかったの?」
「うーん、確か、名字だけは聞いた様な…」
「何て名前?思い出して」
「うーん、あっ、確か佐川だったかしら?」
「えっ?佐川…?」
佐川先生があの時の少年?
あれ?でも何で先生はあの時の少女が私だと分かったの?
疑問だ…。あれ?でも確か、あの時……。
あっ!そうだ!お母さんが私の名前、瑞希って呼んでた時、彼も聞いていた。
だから、先生は私だと分かって…。
「お母さん、ちょっと出掛けてくる!」
私は無我夢中で自宅を飛び出し、足は勝手に走り出す。
息を切らしながら必死に走っていた…。
私達の思い出の場所へと向かって…。