ペテン師からの贈り物
世界的に評判の名医と言われる男がいた。人並みはずれた医術の腕前を持っていたが、彼の名声を世界的に高めたのは、彼の薬を処方する腕前によるものだった。彼の診察を受けた病人は口々にこう答えるのであった。「先生はまさに名医でございます。先生の処方された薬を飲むだけで、どんな病気でもたちどころに良くなるのですから。」
彼が今の名声を手に入れるために、日夜努力を重ねた事については疑問の余地はない。それにもまして、彼は他の誰もが手にする事の出来なかった、ある幸運に恵まれていたのだった。それは、『どんな物質でも、一口舐めただけでその物質の名前と量を正確に言い当てる』という特別な能力だったのだ。どれ程精密な機械を使っても分からない僅かな物質であっても、彼の舌は見事にそれを識別することが出来たのだ。その能力を使って、彼は様々な特効薬を開発したのだった。
そんなある日、彼の元に1つの箱が送り届けられた。配達人が彼に告げたところによると、送り主は不明だが間違いなく彼に宛てた物であると言うのだ。不審に思いながらも箱を開けてみると、中にはガラス製のビンが1つと一通の手紙が入っていた。
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初めてお手紙を差し上げます。私も貴方と同様、医術に携わる者です。貴方のご活躍を耳にしない日はなく、同じ医者として誇りに思っております。しかし、貴方の存在が私にとっては非常に目障りで仕方がないのです。私がどれ程努力を重ねようとも、貴方には生まれつき特別な能力が備わっており、そのために私は貴方に勝つ事が出来ないのです。
ところで、昔から医学会において囁かれている『幻の毒薬』について、貴方も噂くらいはお聞きになった事があると思います。それは『水と同じ成分を持つ液体のため無味・無色・無臭。一口舐めただけでも死に至らしめるだけの毒性を持つが、人間にだけしか効果がなく、服用しても人体には一切の痕跡を残さない』という幻の毒薬です。仮に、この毒薬の成分を誰かが発見したという事が公になれば、その方は大変な名声を博す事となるでしょうね。
長々とくだらない話をして申し訳ありませんでした。医者と言うのは何かと忙しい職業です。お互い無理して働きすぎないよう、くれぐれもお体にはお気をつけ下さい。それでは。
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次の日の朝、世界的に有名な医師の訃報を伝えるニュースが報道された。現場からは空になったガラス製のビンが発見されたが、検出されたのは水だけで毒物の反応は無く、また死因に不審な点は見つからなかったため、過労による突然死が原因では無いかというのが警察の見解だった。