第五話 能無し
「不幸を固形化してから鍋で煮込んだような顔をしてるわね。」
「うるせーな寝不足なんだよ。」
アリスが出会い頭失礼な事を言ってくる。昨夜、メールで優とアリスに校門前で待ち合わせするよう約束していた彼方。
「とりあえず恵の許可証貰いに行こうぜ。一応、他校の生徒だから許可証が無いと入れないだろ。」
そう言うと、彼方達は学校の事務所に向かった。
事務所で許可証を貰うと、今度は職員室に向かった。その道中、恵が話し始める。
「皆んなの通ってる学校って戦傑学園なんだね。」
東京都立戦傑学園
異能者の育成を目的として作られた学園の数ある中の一つ。此処、戦傑学園では特に対異能犯罪を専門とする『異能戦闘科』は全国的に有名であった。
「戦傑学園に通ってるって事は皆んな異能戦闘科なの?それだったら皆んな凄いんだね!」
恵が少しばかり尊敬の眼差しで彼方達を見る。
「いやいや確かに僕たち異能戦闘科に所属してるけど、そこまで優秀じゃ無いよ。あ、でもアリスは本当に凄いよ。
僕たちの学年でもトップクラスの成績なんだ。」
「辞めてよ。威張るほどの実力は無いわ。」
「へ〜アリスさんってそんなに強いんだ…!彼方君は?」
「ん?ん〜………俺は落ちこぼれだよ。」
ハハッと軽く笑う彼方を、アリスと優は少し物悲しそうに見つめた。
職員室に到着すると「黒崎先生〜。」と彼方が呼び出すと、20代後半か30代くらいの女性が現れた。
黒崎先生と呼ばれた女性は身長が170センチ位あり、肩にかかるくらいの髪で少しカールが効いている。女性にモテそうな女性という感じだった。
「ん?どうしたお前ら。その女の子は?」
「実は先生に相談したい事がありまして…。」
アリスが言うと、続いて「少し場所を移動したい。」と申し出た。黒崎に個室の部屋へと案内された後、恵が何者かに狙われている事を話した。
「なるほどな……。分かった。なら警察に信頼できるヤツがいるからそいつに調査をして貰えるよう聞いてみる。それで?野中さんが狙われてる理由って分かってるのか?」
黒崎の問いに、恵は首を振る。
「いえ…。全く見当がつかないんです。」
「まぁ前科持ちなわけ無いしなぁ……。あと考えられるとしたら………。
野中さん。君異能持ちだったりする?」
「あっハイ。一応持ってます。」
「どんな能力かな?」
「えっと『触った対象の成長を促す』って言う能力です。」
黒崎は少し目を細めると更に質問をしてきた。
「もっと詳しく聞かせてもらえる?」
「え〜っと…。成長を促すと言っても勉強したら普通より覚えやすいとか、料理の腕が多少上るとか大した能力じゃ無いですよ。」
恵の能力を聞き終わると黒崎は「もしかしたら…。」と話し始めた。
「……君の能力は大変珍しい。その能力が原因で狙われてる可能性もゼロでは無いね。とりあえず当分は夏目達から離れないようにしなさい。」
「分かりました…。」
その後の話し合いで、彼方達が勉強をしている間、恵は事件が解決するまで戦傑学園で保護される事になった。
あらかた話が終わると彼方達は部屋から出ようとする。
「じゃあ恵また放課後迎えに来るから。」
「ちょっと待て夏目。」
「ハイ?」
教室に向かおうとする彼方を引き止める黒崎。
「……お前。能力の発動条件はどうなってる?」
「……一応クリアしていますよ。」
少し笑って返すと、黒崎は少しため息を吐いた。
「そうか…。引き止めて悪かったな。もう行って良いぞ。」
「…じゃあまた後でな。」
先生との妙な会話をした彼方は、恵の方に向き直り別れを言うとそのまま部屋から出て行った。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
戦傑学園だけに留まらず、異能戦闘科に属する生徒は、放課後はただ学校が終わると言う訳ではなく、実技の点を取る時間でもある。
異能戦闘科が他の科とどう違うのかと言うと、グループを作り、自分達で依頼板に掲載されている依頼をこなす。その評価によって点数がつけられる。
もちろん依頼以外にも、授業内で点数をとる事も可能ではある。
基本的なものはパトロールや警備をしたり、評価の高いグループは警察やUPTと一緒に事件を解決したりする。
「今回の件も一応、恵からの依頼って事で、解決すると点数になったりはする。」
彼方が恵に異能戦闘科についての説明をしながら廊下を歩く。
「へ〜。結構大変なんだね。」
「でも単位分の活動をしてたら、最悪何もしなくても合格出来るから夏休み丸々休暇なんてのも可能なんだよ。…夏休み前に疲れで死ぬけど。」
優が恵に補足説明をしてくれる。最後に小声で聞こえた事は聞かなかった事にした。
「で、今日は何をするの?」
「今日はアナタの衣類を買おうと思うわ。」
恵が質問をすると少し予想外の答えが返ってくる。
「今回の事件がいつ解決するか分からないから、ある程度何泊か出来る様に必需品を買おうと思うの。特に女の子には必要な物が多いからね。」
「うぅ…わざわざありがとうね…!」
『今夜も寝不足だな……。』
彼方は昨夜の事を思い出し、今夜も眠れない事を悟った。
「じゃあショッピングモールにでも寄るか。」
「おいおいショッピングモールだってよ。『能無し』君はずいぶん余裕だな。」
「フフッやめとけよ。」
彼方達がショッピングモールに行こうとすると、前方から侮辱の混じった声が聞こえてくる。
しかし彼方は無言で歩みを進めるのをやめない。
「『能無し』くーん。そんな悠長にお友達とショッピングしてて進級できるの?」
「おいおいなんか反応しようや『能無し』。」
先程から『能無し』と連呼する二人組の内一人が、彼方の肩に手をかけた。
「……なんか用でもあんのか?」
「いやぁ俺らは心配してんだよ。『能無し』のお前が進級出来るかどうか!」
「そうか用件は済んだな。じゃあ俺たちはこれで。」
彼方が目を合わせずにその場を立ち去ろうとすると、絡んで来た人は彼方の前に立って通せんぼをする。
「もし良かったら俺たちのグループに入れてやろうか?
あっ!でも異能が『使えない』お前なんかいても邪魔なだけだったわ!!」
「ハハハハハハッ!確かに!!」
「えっ?」
二人組が下卑た笑いを響かせる中、恵は二人組の言った「異能が使えない」と言う言葉に疑問を持っていた。
『異能が使えない?でも私を助けてくれた時の、あの動きは確かに人間の域を越えてた……。一体どう言う……。』
恵が考えていると、辺りがグンッと冷えていくのが分かった。
ビックリした恵は寒さの原因を探ると、アリスの身体から白い冷気が溢れていた。
「それ以上彼方を侮辱するのはやめなさい。」
アリスの怒気を含んだ声に、彼方を侮辱していた二人組は舌打ちをすると去って行った。
二人組が去るとアリスの身体から溢れていた冷気は収まり、あたりの気温も元に戻っていった。
「彼方…大丈夫?」
アリスが心配して彼方に尋ねる。
「あぁ大丈夫だ。アリスもありがとな。」
そう言うと彼方はまた歩き出した。
恵は先程の二人組が言っていた事が気になり、小声で優とアリスに尋ねた。
「あの…。さっきの二人組が言ってた『異能が使えない』って言うのは……。」
すると優が苦笑しながら恵の質問に答えてくれた。
「異能者の中には能力の発動条件を満たさないと能力を発動出来ない人がいるでしょ?彼方もその一人なんだけど、彼方の能力の発動条件は少し特殊なんだ。」
するとアリスが説明を引き継いだ。
「彼方は能力の発動条件の難しさ故に、授業内での実技試験で毎回0点なの。」
「えっ……!?」
「だから周りから馬鹿にされてるの。異能者なのに異能が使えない……。皮肉を込めて『能無し』ってね。」
今回は恵の能力の詳細と軽いキャラ紹介を。
野中 恵17歳 女性
能力は「触れた対象の成長を促す」
1. 成長を促すと言っても勉強したら普通より覚えやすい、料理の腕が多少上るとたいしたものでは無い。
2. この能力は触れた対象の『異能』は成長させる事は出来ない。
3. 触れている間は成長を促す事はできるが手を離すと効果は無くなる(元の状態にリセットされる)。
4. 同時能力発動数は最大2つまで。
人に優しく、下ネタに弱い。料理が上手く奥さんに欲しいタイプの女性。