第三十一話 彼方VS『太陽』①
東京湾岸アリーナコンサート会場中央。
そこで対峙する二人の男を、観客10万人が固唾を飲んで見守っていた。
「………………。」
夏目彼方は、眼前の敵を睨見つけたまま敵との距離を詰めていく。
身にまとった警備服は、所々焼け落ちており、露出した肌からは火傷の痕と、乾いて黒く変色した血の痕が痛々しく刻まれていた。
しかし、今にも倒れてしまいそうな姿とは裏腹にその瞳には力強さを宿していた。
対する『太陽』は、燃え盛る炎の杖を下段に構えたまま静かに彼方を迎え撃つ。
両者が距離を縮めるごとに観客達の緊張も高まっていく。
緊迫した空気の中、彼方達の戦いを一番近くで見守る星宮は、両手が痛くなるほど握りしめながら吐き出す様に呟く。
「……………勝って……彼方さん。」
その言葉がまるで合図になるかの様に両者が動き出す。
最初に仕掛けたのは携えた炎杖分リーチが長い『太陽』だった。
鋭い風切り音と共に繰り出される刺突の雨。当たれば必殺の威力を秘めたその攻撃を、彼方は全て避け切っていた。
星宮の異能のお陰で痛みは引いているとは言え、受けた傷が癒えた訳ではない。
当然体は疲弊しきっているにも関わらず攻撃の雨を避け続ける彼方の集中力は賞賛に値する物だった。
繰り出される攻撃を全て避けられる『太陽』だが、怒りで満ちた表情とは裏腹に思考は意外と冷静だった。
…………攻撃は避け続けられているが、コイツには逆転の目が無い。『鬼人頭杖』の火炎放射を警戒して攻めあぐねてるのが良い証拠だ。
それとも空振りを誘発させて俺がへばるのを待つ作戦か?
どちらにしてもコイツとの戯れにも飽きてきた。短期決戦で決める!
「吐き出せぇ!!『見る目』『嗅ぐ鼻』!!」
『太陽』が叫ぶと、炎杖の先端にある二つの鬼の頭部から火炎放射が飛んでくる。
彼方はたまらず後ろに大きく跳んで攻撃を避けると、それに合わせた様に『太陽』が両手を叩く。
「『焦獄ノ鬼火』」
何も無い空間から、大きさ1メートル程の火球が複数出現した。燃え盛る炎はうねりを上げており、まるで小さな太陽を連想させる様だった。
火球は彼方の逃げ場を奪う様に全方位から迫り、それに続く様に『太陽』が突撃してくる。
「もう逃げ場はねぇ!これで終いだァッッ!!」
上段からの振り下ろし、周りには燃え盛る炎。絶体絶命の状況に観客達から悲鳴が上がる。
自身に向けられる敵意と悲鳴。そんな状況の中、彼方は逃げる訳でも身構える訳でも無く、まるで攻撃を自分から受けにいくかの様に前へと飛び出した。
退路がねぇなら進むしかねぇよなァ!?だが仕掛けるタイミングが遅すぎる!俺の攻撃が当たる方が速い!!
『太陽』は自身の勝利を確信したのか歪んだ笑みを貼り付ける。
近接戦闘の手段しか持っていない彼方に対し、100cm以上のリーチ差は圧倒的な優位を誇っており、『太陽』の思惑どおり先に攻撃が当たるのは彼方の方であった。
――――――本来であれば。
攻撃が当たる直前、彼方は左腕を伸ばすと、杖を持っている方の『太陽』の手首を掴んだ。
「アァ!?」
予想外の彼方の行動に思わず困惑と怒りが入り混じる様な声を出す『太陽』。
彼方はお構い無しにそのまま腕を自分の方へ引き寄せると、突然腕を引っ張られた影響で『太陽』の体勢が崩れる。
体勢が崩れたせいで『太陽』の顔面がノーガードになる。彼方はその隙を見逃さず、右手に力をこめる。
「しまっ…………ッッ!!」
瞬間、彼方の右ストレートが相手の顔面を撃ち抜く。
「がっ……ブハッッ!!」
殴られた衝撃が強かったのか、先程までうねりを上げていた火球も維持できなくなったのか弾ける様に消えていき、『太陽』の膝は震え、立っているのもやっとの様だった。
彼方はすかさず追い討ちをかけるも、これ以上攻撃を受けるのは危険と判断したのか、『太陽』もガードを構えたり、炎杖を振り回すも先ほどまでの動きのキレは無く、彼方は容易く避けながら次々と打撃を叩き込む。
『英雄体現』によって膂力が底上げされた彼方の打撃は、身体強化系の異能では無い『太陽』にはとてつもない威力を有しており、攻撃を受けるたびに体中の骨が軋む音が鳴っていた。
先程までとは打って変わって彼方が圧倒する展開に観客達から声援が上がる。
彼方は観客達の声援に応えるかの様に強く踏み込むと、渾身のボディブローを叩き込んだ。
「―――――――――――ッッッッ!!!!」
拳に『太陽』の骨が折れる感触を感じながらそのまま打ち抜く。
その威力の高さを伺わせるかの様に『太陽』の体は数メートルほど吹き飛ぶと、何度か地面にバウンドしてやっと静止した。
強烈な一撃が決まった瞬間、会場中のボルテージも最高潮に達したのか観客達の声で辺りの空気がビリビリと震えていた。
まるで格闘技の世界大会にでも出てるかの様な盛り上がりと気分だな。
上がった息を整えつつも、そんな呑気な感想が彼方の頭をよぎる。
「彼方さんっ!」
後ろから名前を呼ばれ振り返ると、星宮が小走りで近づいてきた。
「大丈夫ですか!?痛くないですか!?と、とりあえず横になりましょう!」
心配そうな顔を覗かせながら横になるよう促す星宮。そんな星宮に小さく笑いながら心配をかけさせないよう振る舞う。
「大丈夫だって。さっきも言った通り、星宮の異能のお陰で痛みは引いてるんだ。心配してくれてありがとう。」
「そ、そうですか。」
渋々といった感じで引き下がるも、自分の中に秘められた異能が彼方の助けになった実感を持てて少し嬉しさを滲ませる星宮。
そんな姿も可愛らしいなと感じつつも、彼方は内心気を引き締め直すのだった。
とはいえ今の状況はだいぶヤバい。倒した敵はたったの一人でこれだけのダメージ。他の刺客が現れた時に対処出来るかどうか…………。
突然喋らなくなった彼方を疑問に思ったのか声をかける星宮。
「あの、彼方さん?」
「ん?あぁどうした?」
思案を巡らせるのを一旦やめ、星宮の方に向き直ると、突然歌姫の様な装いをした星宮の姿が元に戻った。
「ふぇ?」
いきなりの事でまたもや困惑してしまう星宮は、自分の姿を確認すると、そのまま疑問に思った事を彼方に聞く。
「彼方さん……元の姿に戻っちゃったんですけどコレって…………。」
そう言いながら彼方の顔を覗くと、彼方が苦悶の叫びを上げながらうずくまってしまった。
「ア……アァアアアアッッッ!!」
「ど、どうしたんですか!?」
星宮の心配する声を他所に、彼方は突然襲って来た痛みについて状況を理解していた。
体中が痛い…………ッッ!!きっと星宮の姿が変わるのと同時に異能の効果が切れたんだ……ッ!
焼ける様な痛みと動いた際に血を流しすぎたのか、意識が遠のきそうになる。なんとか気力を振り絞って耐えるも、体の悲鳴が嫌というほど限界を教えてくれていた。
このまま横になったら二度と立ち上がれない……ッ!立たないとマズい………ッッ!!
彼方は、すぐそばにいる星宮に大丈夫と繰り返し呟きながら立ちあがろうとする。
その時、彼方とは別の男の呻き声が聞こえた。
彼方は呻き声がした方向を振り向くと、そこには血反吐を吐きながら立ち上がる『太陽』の姿があった。
「嘘……だろ…………?」
信じられない光景に思わず驚きを隠せない彼方。星宮や観客達も同じ様で先程までの騒がしさが一気に静かになっていった。
「クソ……クソクソクソクソ…………。」
立ち上がった男はブツブツと悪態を繰り返し呟いていた。
「クソクソクソクソクソクソクソクソッ!」
段々と声のボリュームと怒りが上がっていく。
「クソクソクソクソクソクソクソクソクソォォアアアアァァアアアッッッ!!!!
ブッッッ殺してやるッッッッ!!!!」
まるで会場全体に聴こえるのではないかと錯覚してしまう程の絶叫を轟かせる『太陽』は、両手を大きく打ち付けると彼方に向けて殺気を迸らせた。
「『装神閻羅』ッッッ!!」
そう呟くと同時に、『太陽』のいた場所から巨大な炎の柱が立ち上がる。
巨大な炎の柱は渦を巻いており、ドンドンとその大きさを小さくしていった。まるで何かに吸収されるかの様に。
やがて炎が収まると、姿が変わり果てた『太陽』が立っていた。
顔以外の全身が炎で覆われておりその姿は禍々しくも、まるで火の神を人の身に降ろしたかの様だった。
きっとアリスの『氷の女王』で生成したドレスと似ているのだろうが、アリスとは違い攻撃に転用したのだろう。熱によって床が溶けている所から見ても殺傷能力の高さが窺える。
「………………ッッ!!」
痛みのせいで動く事も困難な状態にある彼方は、あまりにも絶望的な状況に挫けてしまいそうになる。
そんな時、自身の右耳につけていたインカムから通信が入って来た。
『彼方!彼方聴こえるか!?黒崎だ!!』
「先生!?なんで先生がこのインカムから通信が出来てるんですか!?」
本来学校に居るはずの黒崎が通信に出た事に驚きを隠せない彼方。通話越しの黒崎は、その疑問と現在の状況について手短に伝えた。
『如月と高木山がテロの事を学校に伝えてくれたんだ。二人とも敵との戦闘で重傷を負っているが、今治癒系の異能を持つ先生の応急処置でこっちは何とかなりそうだ!
それと応援としてUPTも出動してくれた!テロリストの殆どはもう鎮圧出来た!後はお前の目の前にいる奴だけだ!良いかUPTが来るまで時間を稼ぐんだ!!絶対無理はするなよ!!』
黒崎からの通信が途絶えると、彼方は深く息を吐いた。
………………黒崎先生……それは無理だ。
UPTが来る事によって『太陽』の事を刺激したり、俺に向いている意識が外に向いてしまったら周りにいる人達に何をするか分からない………。
それに俺自身の残りの体力の事を考えると、時間を稼ぐのはあまりに現実的じゃない……。
―――――動けて五分。今の体の状態でアレを使用して動ける五分の間に『太陽』を倒す。それしか無い。
彼方は、激痛に耐えながら立ち上がるとそばにいた星宮を後ろへと下がらせた。
鬼の様な形相でコチラを睨みつける『太陽』へと向き直ると、自身の髪をかきあげながら、奥の手を使う決意を固める。
「『解放』」
まるで脳に電流が駆け巡る感覚と共に、脳の処理速度が上がっていくのを実感する。
「…………………それじゃあ……決着と行こうか。」
物語もいよいよ終盤です。楽しんでいただけるよう頑張ります。
今回も読んでくださりありがとうございます。読んでくれる沢山の人に感謝を。