第二十六話 アリスVS『隠者』②
「カハッ…ッッ!!ぐぅ……ッッ…ゴボッッ!!」
自身の体内から迫り上がる血液を床に撒き散らしながら懸命に起き上がろうとするアリス。
しかし、痙攣する手足は自分の思う様に動かせず、また床に頭を落としてしまう。
………立ち……上がらなきゃ……ッ!!
今…ここで立ち上がれなければ…私や優君……そしてスタッフの人達も殺されてしまう……!!
……それに………コイツを彼方の所へなんて…行かせられないッッ!!
しかし、そんな考えとは裏腹に、アリスはこの状況を覆す事が困難である事を理解していた。
……でも……立ち上がったからと言って一体どうなると言うの……?
私の攻撃は、ほとんどコイツには通じず、さっきの一撃で私自身ほぼ再起不能。
……まともに動くことすら叶わない。
………ッ!…一体…どうすれば……ッッ!!
絶望的とも言える状況に、アリスは心が折れてしまいそうだった。
「とりあえず、『隠者』の姉さん。この人まだ動いてるけど、どうするっスか?そこら辺に転がってる人達と同じ様にロープでグルグル巻きにしとくっスか?」
「……そうね。どうせ会場にいる人達は全員殺す予定だし、いくら瀕死とは言っても、彼女が私達にとって危険な存在である事には変わり無いわ。
……やはり今すぐ殺しておくのが良さそうね。」
「んじゃ、後はよろしくお願いしますっス。私は会場の様子でも観ておくっス〜。」
『塔』はそう言うとクルリと椅子の向きを変え、モニターの映像を観ながら再びパソコンを操作しだした。
「分かったわ。」
『隠者』は了承をすると、アリスの体を起き上がらせ、外に出ようとする。
「さわら…ないで……ッ…!」
アリスは弱々しい力で『隠者』を突き放すと、フラフラとした足取りで距離を取った。
「……もう諦めなさい。貴方じゃ私は倒せないし、今の貴方に何が出来るの?」
満身創痍にも関わらず、抗い続けるアリスに、思わず呆れてため息をつく。
「姉さーん。その人、鼓膜破れてるから聴こえてねーっスよー。」
「………。んっんん!…もちろん知ってたわよ?あえて、宣言したの。あえてね。」
『塔』の横槍に『隠者』はまるで何事も無かったかの様な澄ました顔で答える。
絶対忘れてたっス。…『隠者』の姉さんって時々抜けてるんスよねぇ……。
『塔』は『隠者』の天然ぶりに少し不安を覚えながらパソコンをいじり続ける。
「……とにかく。貴方が抗うと言うなら、私も手加減しないわ。」
『隠者』は、今すぐにでも倒れそうなアリスに対して、再び殺意を瞳に宿す。
相手が弱っているにも関わらず、その表情には油断が一切窺えなかった。
アリスは、そんな『隠者』を見ながら内心舌打ちをする。
クッ………。少しでも油断してくれていたならまだ付け入る隙があったのに…。
………まだ…コイツを倒す術を思いつかない……。今は少しでも、時間を稼がなきゃ…。
「『氷刃の舞踏会』……ッッ!」
アリスは少しでも時間を稼ぐ為、氷刃の弾幕で敵をゴリ押す。
しかしアリスの攻撃は、やすやすと躱され、接近される。
『隠者』は強い踏み込みと共に左拳を放ってくる。
「クッ……ッ!」
体を回転させる事でなんとか攻撃を躱すと、『隠者』の足元に氷の刃を生成する。
しかし、氷が生成されているのに勘付かれ、アリスが攻撃を仕掛けるよりも前に距離を取られる。
攻撃が不発に終わるも、アリスは力を振り絞って攻撃の手を休めない。
「『氷棘の園』!」
氷の棘が『隠者』を突き刺さんと地面から突出する。
しかし、これも攻撃の予兆が読まれてしまい、バックステップで回避されてしまう。
だがアリスは、相手にバックステップをさせる事が目的であった。
「そこだっ…!『氷刃の舞踏会』!!」
バックステップ中の弾幕攻撃。回避行動の取れなかった『隠者』は、この攻撃を迎え撃つ事しか出来なかった。
アリスの『氷刃の舞踏会』は『隠者』相手に致命傷を与える事は出来なかったが、その場に釘付けにする事には成功する。
アリスは足止めを続けながら、『隠者』に対する、ある疑問について考えていた。
彼女の能力は一体なに?
最初、彼女は身体強化系だと考えていた。攻撃手段や、発勁の威力の高さという点から見てもその可能性が一番高い……。
でも一つだけ腑に落ちない点がある。
それは、彼女の鼓膜が破れていない事だ。
彼女の耳から血が出ていない事や、先程の『塔』と呼ばれる少女との会話をしている様子からしても鼓膜が破れていない事は明らか。
『塔』の様に、ヘッドホンを装着していたならまだ分かる。でも、私と同じ様な状況で鼓膜が破れていないのは何故?
……その理由は、彼女の能力に起因しているとしか思えない。
音を操る能力?いや、それなら彼女の攻撃力の高さの説明が出来ない……。なら他に考えられるとすれば……振動?
アリスが『隠者』の能力の本質に気づき始めると、さらに仮説を立てていく。
振動を操る能力なら今までの全てに説明がつく。つまり彼女は身体強化系では無く、私と同じ事象干渉系の可能性が高くなってくる…!
敵の異能も分かった……ッ!!後は攻略法だけ……ッッ!!
敵の異能、私の異能、氷、振動……全ての要素から考え抜けッ!勝利の手口をッッ……!!
アリスは数秒ほど思案すると、一つの作戦を思いつく。
……上手くいく可能性は低いけど、これに賭けるしか無い……ッ!
アリスは作戦を実行する為、射出し続けていた『氷刃の舞踏会』を少しだけ操作する。
……まずは…氷の『状態』を操作する…ッ!氷の固体としての状態を中途半端に……!
『隠者』は、アリスの攻撃を捌きながら少しずつ、少しずつ前進していた。
この攻撃…身動きが取りにくいから厄介ではあるけど、対処出来ない程じゃ無い。
このまま距離を詰めて、発勁を打ち込む。
着々と歩を進める『隠者』。飛んで来る氷刃を捌こうと手を打ち付けた瞬間、事態が急変する。
ビチャビチャビチャッッ!!
「!!?」
大量の『水滴』が『隠者』の体全体を打ち付ける。
水滴!?まさか氷の状態を操作して、氷から出た水滴を飛ばした!?
くっ……!?ヤバイ……!!目に水が入って前が見えない……!!
急いで目元を拭おうとするも、そこにアリスの凛っとした声が耳朶を叩く。
「『氷結の槍』ッッーー!!』
「……ッッ…ぐぅ!!」
不確かな視界の中、なんとか避けようとするも、アリスの氷槍が『隠者』の左足を掠める。
「………ッッ!」
直撃では無かったものの、左足からは血が溢れ出し、『隠者』の機動力を確実に落としていた。
………クッ!避けきれなかった!!でも、この程度なら支障は無い…!
足の痛みを堪えながらも、アリスに接近する。
自身の射程距離まで接近すると、発勁を打ち込む為に強く踏み込む。
ズッ……!
踏み込んだ脚が空中に放り出される。
「!?」
何が起こったのか理解が追いつかない『隠者』は床を見てみると、小さな氷が床を覆っており、これに足を滑らせたのだと察する。アリスは、そんな体勢の崩れた『隠者』の腹部に右ストレートを打ち込む。
発勁のダメージの影響で、攻撃自体は大した威力を発揮しなかったが、殴られた事で完全に体勢が崩れ、体を床に打ち付ける。
「うっ……ッ!」
『隠者』は、すぐさま上体を起こそうとすると、目の前に氷の壁が屹立した。
更に氷の壁が生成され、『隠者』を取り囲む様に屹立する。
しまった……ッ!!閉じ込められた!!
『隠者』は、更なる攻撃に警戒するが、一向に追撃の気配が無かった。
攻撃が止まった……?
アリスの不可解な行動に眉根を寄せる『隠者』は、警戒心を解かずに暫く相手の様子を伺う事にする。
一方アリスは、自身の頭を抑えながら、片膝を床につけていた。
頭が……痛い………ッッ…!
アリスに襲い掛かる頭痛。
それはーー。
異能使用時の脳への負荷が原因であった。
異能と脳は密接な関係があり、異能使用時に僅かに脳に負担をかける。つまり異能を過剰に使い過ぎる、もしくは限界が近づいて来ると頭痛という形で現れる。
………そろそろ私も限界が近い…か……。ここからは決着が着くまで無駄打ちは出来ない……!
アリスが自身の限界を悟ってから数分が経った後、氷の壁からバキンッと、割れる様な音が響きだす。
「発勁……!」
ズンッッッ!!
重々しい衝撃と共に、分厚い氷の壁にヒビが放射状に広がっていく。
「発勁……ッ!!」
ズンッッッッッッッッ!!
先程より重い一撃。ヒビは壁全体に走り、やがて崩れる様に壊れていった。
『隠者』は、警戒心を怠らないまま、氷の檻から脱しようとすると、またもや氷の壁が目の前に屹立した。
再び現れた氷壁に『隠者』はアリスの考えが読めた。
………なるほど、時間稼ぎか…。応援が来るのを待ってるのか、それとも私を仲間の元へ行かせたく無いのかは定かでは無いけれど、愚策ではあるわね。
これなら、檻を形成した後に追撃をかけた方が私としてもかなり苦しい状況になっていたわ。
『隠者』は、そんな事を考えながら氷の壁に手を添えると発勁を繰り出した。
そこからは、イタチごっこだった。
『隠者』が氷の壁を壊し、アリスが再び氷の壁を形成する。
そんな事を10分近く繰り返してようやく終わりを迎えた。
氷の檻から抜け出した『隠者』が、疲弊した表情で片膝をつくアリスを見て納得する。
「……もう貴方…限界なんでしょ?」
「くっ………!」
アリスは立ち上がると、眼前の敵を睨みつける。しかし、発勁のダメージと頭痛により足はフラつき、息も絶え絶えであった。
「……もう、いい加減諦めなさい。貴方が死ぬのに変わりは無いわ。」
コッ…コッ…と、静かにアリスに近づくと、反撃する力も残ってこないのか、近づいてくる『隠者』に対し、なんの抵抗もせず、ただ黙って近づいてくるのを見ていた。
『隠者』は、アリスの腹部に手を添えると、アリスに語りかける。
「……これも、異能力者の人権を確固たる物にする為…貴方には悪いけど死んで貰うわ。」
「…………。」
「…ごめんなさい。そして、さよなら。」
『隠者』は別れの言葉を告げると、自身の伸筋群を操作し、掌から運動エネルギーを押し出す。
「発勁。」
ドンンッッッッッッッッッッッッッッッ!!!
「……………ッッゴポ……ッッ!!!!」
アリスの口から大きな血が吐き出され、糸が切れた人形の様に崩れ落ち、
ガシッッッッッ!!
「!!?」
「……ッごの…時を待って…た……ッッッ!!!」
アリスは血反吐を吐きながら、死にかけとは思えない程の万力で、『隠者』が発勁を放った手を掴む。
そんな……っ!!確かに発勁は、この子の体を………!!!
発勁の確かな手応えを掌に残しながら、目の前の白銀の姫に動揺を隠せないでいる『隠者』。
そしてその動揺に拍車をかける様に、自身の手が急速に凍り始めていた。
バキバキバキバキィッッッッ!!
氷が自身の手を飲み込む勢いで侵食していく。
ヤバイッ!!凍らされるッッ!!
『隠者』は思わずアリスの手を振りほどき、急いでアリスから距離を取る為、後ろに下がる。
しかし、『隠者』の足はすぐさま止まる事になる。
ビキビキビキッッ!!
「なっ………ッッ!?」
足元を見ると、そこには『隠者』の足が徐々に氷漬けにされている所だった。
『隠者』は自身の異能で、すぐさま氷を壊そうとする。
しかし、この時点で勝負は決していた。
「足元を見てますけど、後ろの攻撃には備えなくて良いんですか?」
アリスが、口元の血を拭いながら笑う。
『隠者』は、アリスの言葉を聞くと急いで後ろを振り返る。
ゴオォォオオオォォッッッッッッッッ!!!!
振り返った先には、巨大な鉄槌がもの凄い速度で迫って来ていた。
アリスは、自身の銀髪を手で払いながら端的に言葉を発する。
「押し潰れなさい。
『氷槌の刻印』ッッ!!」
ドゴシャアアァァァアァァアアアアアッッッッ!!!
「カッッ……ハ………ッッッ!!!」
超高質量の氷の鉄槌は、一撃で床を陥没させ、『隠者』の意識を奪った。
アリスは、『隠者』が気絶するのを確認すると、アリスも力尽きた様に倒れる。
……なんとか…勝てた…………。
アリスは朧気な意識の中、作戦が成功した事に安堵した。
アリスの作戦。それは過冷却を利用した物だった。
過冷却とは、水を冷却していくと、その融点である0℃で凍るが、ごくゆっくりと温度を下げてゆくとより低温の水が得られる場合がある。その状態が過冷却にあたる。
そして過冷却状態にある水に何らかの刺激(振動など)を加えると、急速に結晶化する。
まずアリスは始めに、氷の状態を操作し、水滴を敵に当てる。相手は目潰しをして来たと考えるが、正確にはこれは水を服に体に当てる事が目的であった。
そして次の段階としてアリスは、時間稼ぎの策に出る。氷の檻で相手を閉じ込めている間、アリスは冷気を出して、ゆっくりと部屋の温度を下げて行く。
この時、氷の檻で閉じ込めている間に追撃をかけなかったのは理由があり、追撃をかけても相手を倒し切れる程の確証がなかった事と、氷の壁で隔てている為、相手の姿が見えなかった事に起因する。
そして最後に、敵の発勁を利用しての過冷却。
発勁の衝撃を利用して服に付着した水滴に、過冷却を引き起こし、体を凍らされていると相手に錯覚させる。
異能での氷の生成は、生成が完了するまでに1〜2秒の時間がかかり、発動の予兆も気付かれやすい。
しかし過冷却は、衝撃が加わった瞬間に凍結がはじまり、発動の予兆も勘付かれにくく、防ぐ事が不可能であった。
相手は、気づかない内に凍り始めた自分の手を見て、焦りを覚える。この心理的な隙を誘発させる事で相手の注意を前方に集中させる。意識が前方に集中した段階で、大技の『氷槌の刻印』の生成を始める。
相手が焦りを覚え後退した時、足の裏部分に付着した水分が後退時の足の衝撃で、また過冷却を引き起こす。
アリスは、過冷却で生成された微量の氷を遠隔で操作する事で、氷を床一面に張らずに敵の足を凍らせて足止めをする。
完全に足が止まった段階で生成しておいた『氷槌の刻印』でトドメを刺す。
これがアリスが考えた作戦であった。
……それにしても…この作戦だいぶガバガバよね…。戦闘中に温度調整もしなきゃいけないし、何より相手の攻撃を一度受けないといけない。
作戦と呼ぶにはあまりにも欠陥だらけ……か………。
アリスは、自身が考えた作戦の頭の悪さに反省をしながら、こっそりと逃げ出そうとする『塔』に向けて氷の刃を一本飛ばす。
「ピィッッ!!?」
氷の刃は『塔』の鼻先を掠め、壁に突き刺さった。
「あら?貴方は一体どこに行くつもりなのかしら?」
アリスは、上体を起き上がらずと笑顔で少女に行き先を尋ねる。
「アッ……アハハ〜……。ば、バレてたッスか〜?」
うぉぉぉ!!なんスかあの笑顔!?あの人絶対に人殺しっス!!人殺しの人相してるッス!!
表面上は引きつった笑顔で答えるが、内心はアリスの圧力を感じさせる笑顔にビビっていた。
「貴方には聞きたいことが山ほどあるの……。さぁ…コッチに来てお話ししましょ?」
「あ、…いや〜……それは遠慮したいと言いますッスか…お断りしたいと言いますッスか〜………。」
あの人嘘付きッス!!ゼッテーお話で済まねーッス!!
「あ、ちなみに私今、鼓膜破れてるから『はい』か『YES』以外は貴方に選択肢は無いからね?」
「あっ、………。はいっス……。」
ほーら見ろぉ!私の思った通りっス〜!!アイツ人の皮を被った鬼かなんかッス!!鬼畜ッス!!
『塔』は、このままでは不味いと感じ取ると、髪の毛で隠れているインカムにさり気無く触り味方に救援を求める事を決意する。
コイツは今、鼓膜が破れてて音が聞こえねーっス…。それなら仲間に救援を呼んでもバレねーっス……!
計画を実行しようと、頭をかく振りをしてインカムに触ろうとする。
「あ、それとその左耳につけてるインカムで仲間に救援なんて……呼ばないよね?」
「………………YESっス。
バレてるッズ〜〜〜〜〜〜!!誰か助げて〜〜〜〜〜!!
『塔』は、心の中で泣き叫ぶも、その声が誰かに届く事は無かった。
激闘のアリスVS『隠者』の対決はどうでしたか!?
楽しんで頂けたら幸いです!!
今回の話を書いてて『隠者』の天然っぷりとか、『塔』とアリスのかけ合いとか書いてて楽しかったです。
『隠者』は個人的にお気に入りのキャラで、番外編なんかで書いてみたいな〜とか考えてます。皆さんも『隠者』の事を好きになってくれたら嬉しいです。
それではいつもの謝辞を〜!!
いつも読んでくださる皆様ありがとうございます!!お陰でユニーク数が500を超えました。ありがとうございます!
これからも頑張りますのでブクマ、コメント、高評価よろしくお願いしまーす!!




