第十三話 ネメシス
「起きろッッ……Mei!!」
大型の機械から発せられるホログラム映像に映ったのは、短めに結われたツインテールに小麦色の肌をした小学生くらいの女の子だった。
Meiと呼ばれた人工知能は、蔵智の声に反応するかの様に開眼した。
「…………ハイ。お父さん。」
「………Mei。私の可愛い『芽依』!!また会えて嬉しいよっ!!」
嬉々とした表情で何度も少女の名前を呼ぶ蔵智は、どこか盲目的に見えた。
「……私の可愛いMei。今から各工場の位置データを送るから、工場を遠隔操作して人工知能の量産を始めてくれ。」
「ハイ。分かりました。命令を実行します。」
淡々とした声でMeiが受諾した瞬間に、部屋中に備え付けられたハードウェアが稼働し出す。
「……ッ!そうはさせるかッッ!!」
人工知能を止める為走り出す彼方。すると人工知能の本体である大型の機械の影から、何かが彼方目掛けて突っ込んできた。
「!!」
彼方は咄嗟に腕を組み、顔を守る。すると、構えていた腕が弾かれそうな程、強い衝撃が走る。
彼方は一旦バックステップで、攻撃して来た『何か』から距離を取る。
そこには一体の機械人形が立っていた。
その機械人形の風体は、他の人形達とは少し違っていて、頭部の部分はフルフェイスの様になっており、人工の皮膚を体全体に覆っていないせいか、金属部分が完全に露出していた。
「………なんだコイツ?」
「それは私の秘密兵器だよ。」
彼方の疑問に答えるように蔵智が口を開く。
「typeネメシス。
君が戦った量産型の機械人形の数倍の性能を誇る機体だ。君に勝てるかな?」
「……………。」
瞬きの間にネメシスとの距離を詰める彼方。そのまま相手の腹部に渾身の右ストレートを叩き込む。
ーーーはずだった。
ネメシスは足運びを用いて上体を左に逸らす。彼方の拳は虚空を穿つだけで、ネメシスに当たる事は無かった。
「!!?」
ネメシスの動きに驚愕を隠しきれない彼方。
ネメシスはその隙を見逃さず、上体を逸らした勢いを利用して後ろ回し蹴りを繰り出した。
攻撃をする為に、伸びきった右腕ではガードする事は叶わず、ガラ空きの胴体にネメシスの蹴りがモロに入る。
「ーーッッガッ!!」
強烈な胴体への衝撃に激しく吹き飛ばされた彼方は、まるで護謨毬の様に地面を何度もバウンドした。
すぐさま態勢を立て直し、またネメシスとの距離を詰める。
掌底を相手の顎めがけて撃ち込むも、首の動きだけで躱されてしまう。しかし返す刀で、掌底を繰り出した手をネメシスの頭に回し、引き寄せる。
引き寄せた頭に膝蹴りを見舞わせようとするも、これも直前でガードされてしまい、当たる事は無かった。
一瞬の攻防の後、彼方はまた一旦距離を取ると、ネメシスから感じる違和感に、胸中を埋め尽くされていた。
「………コイツ。回避モーションが速すぎる……ッ!」
先程から彼方が攻撃を仕掛ける『前』にネメシスは足運びで攻撃を避けたりガードしている節がある。
……まるでこちらの攻撃を事前に理解しているかの様に。
ネメシスの得体の知れない強さに戸惑っていると、高らかな笑い声が彼方の耳朶を打つ。
「フフッ……。アハハハハハッ!!
気づいた様だね。そうさ。ネメシスは君が攻撃するよりも前に回避行動をしている。」
「……どう言う事だ。」
ありえない事実に思わず問い返す彼方。すると、蔵智は嬉々として彼方の質問に答えた。
「タネは簡単さ。ネメシスはMeiとリンクしているんだよ。
ネメシスの視覚情報から敵の目線、筋肉の動き諸々をMeiが分析し、次に相手の起こす行動を超超高速演算で導き出す。つまり『未来予知』だよ。」
「………そうか。なら俺が量産型と戦っていた時にこの機体を出さなかったのは……。」
「あの時はまだMeiは成長しきって無かったからね。流石にMeiとのリンク無しでネメシスが君に勝てるとは思えなかった。」
「そんなに俺の事を高く買って貰って嬉しい限りだよクソっ!」
最大限の皮肉を投げかけながらも、胸中は冷や汗をかいていた。
超超高速演算による未来予知……。これはちょっと勝てないかも知れないな………。
なにか打開策は無いかと思案を巡らせるも、敵がそれを大人しく待っているほど優しくは無かった。
今度はネメシスが彼方に接近すると、彼方の臓腑を抉り込む勢いで左ボディーブローを繰り出す。
右手でガードした後、すぐさまネメシスの腕を掴む。
この至近距離なら攻撃も躱せねぇだろッッ!!
彼方はネメシスの頭目がけて左のハイキックを放つ。その威力は大木すらもヘシ折るほどの膂力を有していた。
ハイキックは、綺麗な弧を描きながらネメシスの頭部に迫る。
ガクッッと体のバランスが崩れる。
「!!?」
突然重心が崩れる感覚に一瞬理解が追いつか無い彼方。
ネメシスは、彼方のハイキックを避けるでもガードするでも無く、右足を足払いする事によって体のバランスを崩す事で対応していた。
当然ハイキックはネメシスに当たる事は無く彼方はバランスを崩したまま床に叩きつけられた。
ネメシスは床に叩きつけられた彼方の胸骨を踏み砕かんとスタンプを繰り出す。
横回りで攻撃を回避し、すぐさま立ち上がるも休む暇もなく追撃をかけようとネメシスの拳が唸る。
彼方はそれを受け止めると、ネメシスはもう片方の拳も繰り出した。
もう一つの拳も受け止めると、そのままの態勢のまま拮抗状態に陥る。
しかし、彼方の方がネメシスより膂力が優っているのか、だんだんとネメシスが押し込まれていった。
このまま床に組み伏せた後に、足蹴りでネメシスの胸板を踏み砕こうとしていた時に、パシュッと言う音と共にネメシスの脇部分からもう一本の小さな腕が出てくる。
これは…補助腕かッ!?
ネメシスの補助腕は、腰に装備してある拳銃にゆっくりと手をかけた。
ッッ!ヤバイッ!!
急いで離れようとするも、時すでに遅し。
銃声音と共に、体を焦がす様な灼熱の痛みが彼方を襲った。
「ッッ!!ガァァアァァアアァァァ!!」
「……ッッ!!彼方ァ!!」
彼方の絶叫に、思わず名前を叫ぶ恵。
「ッッ……ウゥッ!!」
撃ち出された六発の凶弾の内、二発が彼方の腹部に命中した。
撃たれた箇所からは、おびただしい量の血液が漏れ出し、肉がジュクジュクになっていた。
今にも発狂してしまいそうな痛みを堪え、彼方は立ち上がる。
「もういいよ彼方!!もういいよぉ……ッ!!」
恵の頬からボロボロと大粒の涙が溢れる。
大粒の涙は血涙と混じり、色を滲ませた。
「このままじゃ彼方が死んじゃうよぉ……ッ!!」
たった二日間しか一緒に過ごしてはいないけど、恵の中で彼方はとても大切な存在になっていた。
自分を助ける為に、その大切な人が死にそうになっている。
恵の胸中は罪悪感と恐怖で胸がいっぱいになり今にも押し潰されそうだった。
あの時私が『助けて』なんて言わなければ………ッッ!!
そしたら彼方がこんなにも傷つく事も………ッッ!!
恵の嗚咽を聞きながら、彼方は自分の力が抜けていくのを感じる。
力が抜けていく……。
血が流れすぎただけじゃ無い。『想い』が薄まって来てるんだ……。
………………………優しいな……恵は。
自分の命が危ないのに、俺の心配して、自分が助かる事よりも俺が助かる事を願ってる………。
優しいなぁ……。本当に優しい奴だよ……………。
でも………だからこそ………!
アイツが助からないのはおかしいだろッッ!!
「なぁ……恵………ッッ!覚えてるか?昨日の夜のこと……。」
「…………ぇ?」
「『お前がピンチになっても俺が全力で守ってやる。だから恵も俺の事を最後まで信じ続けてくれ。』」
その言葉は、恵が襲われる恐怖に押し潰されそうになった時、彼方が恵にかけた言葉だった。
「絶対助けるから……ッッ!!俺も死なねえし、お前も死なせない!!
信じてくれ……ッ!最後まで俺の…事を……ッッ!!」
「…………。」
「恵はどうして欲しいんだ……ッ。さぁ言ってみろ………。」
彼方は不敵な笑みを浮かべながら恵に問うた。
「なぁ……恵。『助けてほしい』か?」
その不敵な笑みと言葉は、初めて恵と彼方が会った時と全く同じで。
「………………ッッ!!お願い!私を助けて!!」
「任しとけ。」
すると今まで沈黙を守っていた蔵智が呆れながら口を開く。
「…………茶番は終わったかね?」
「なんだ?待っててくれたのかよ。意外と優しいんだな。」
彼方は蔵智に向けて皮肉を込めながら鼻で笑うと、手をクイクイッと挑発する様な仕草をした。
「来いよ。テメェのネメシス共々お仕置きしてやるよ。」
「……………戯言を。やれ。」
蔵智の合図と共に再び襲い掛かるネメシス。
立っているだけでも精一杯の彼方にはネメシスの攻撃を防ぐほどの余力もなく、ネメシスの鉄拳が無慈悲に振り下ろされた。
ガンッッッッッッ!!
轟音と共に吹き飛んだのはネメシスだった。
「……………なに?」
超超高速演算による未来予知で相手の攻撃を回避できるネメシスが攻撃を受けると言うありえない事態に驚愕の声が漏れる蔵智。
カウンターを入れた姿勢のまま動きを止めていた彼方は、不敵な笑みを浮かべたまま蔵智を見据える
「まだ……俺は立ってるぜ?」
「ッッ!!本当に厄介だよッ君は!!」
次回ついに彼方の異能について語ろうかと思います。
それと、本編で書きたかったんですけど、typeネメシスの名付け理由について。
ネメシスはギリシア神話に登場する女神らしく、人間が神に働く無礼に対する神の憤りと罰の擬人化らしいんですよね。
で、ネメシスの語は「義憤」の意味があるらしく、蔵智の復讐には『正義』の名の下によってくだされる。と言う蔵智自身の考えにピッタリだなと思い、この名前にしました。
ではいつもの謝辞をー!!
いつも読んでくださり有難うございます!これからも精進いたしますのでぜひ最後までお付き合いください。
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