第十二話 蔵智の過去
「…………復讐だよ。」
静まりかえった空間にボソリと呟やかれた言葉は、まるで水の中に砂を入れるかの様に、ゆっくりと場の空気を沈殿させていった。
「私は最愛の妻と娘を殺された。異能力者に。」
思わぬ言葉に絶句してしまう彼方。しかし恵はその言葉を聞きながら、蔵智の言っていた事を、ぼやけた頭で思い出していた。
『異能力者に厭悪の感情を抱く者も多いんだ。』
この人が異能力者を憎んでいた理由はそう言う……ッ!
また一瞬の空白の時間が流れ出す。
蔵智はチラリと大型の機械にある液晶画面を見ると、話の続きをし始めた。
「22年前の話だーー。」
ーーー暑い夏の日。辺りからはジーワッ!ジーワッ!と蟬の鳴き声が聞こえる。
「おとうさーん!!」
両サイドに短く結われたツインテールをぱたぱたと揺らしながら、小さな女の子は父親に突進さながら抱きついた。
「おっとっと…!フフッ…。どうしたんだい芽依。」
「えへへ。お父さんが大好きだから抱きついちゃった。」
ーー当時、私は32歳で大学の准教授として働いており、7歳の娘と私より3つ年下の妻がいた。
娘の芽依は、快活と言う言葉がよく似合う子で、よく友達と外で遊んでいたせいか、その肌は少し小麦色に焼けており、ニカッと笑うと抜歯した間から舌がチロチロと覗いていた。
妻の綾女は、私には勿体ないと感じさせるほどの美人で、肌は白く潤っていた。専業主婦だった彼女は家事の邪魔にならないように、ポニーテールで髪を一つによく纏めていた。
妻は私に対しての愚痴をこぼす事は無く、「おはよう」「いってらっしゃい」「おかえり」「おやすみ」この言葉を毎日欠かさずに言ってくれていた。良き妻だった。
……幸せだった。
……幸せな日々だった。
………ずっと続くと思っていたーー。
「今日は仕事が終わるのが遅くなりそうだから先に寝ておいて構わないよ。」
「分かりました。気をつけて行ってくださいね。」
「お父さん行ってらっしゃーい!!」
「うん。行ってきます。」
気持ちの良い風がそよぐ昼下がり。
芽依は居間で家庭用ゲーム機で遊び、綾女は晩ご飯の準備をしていた。
トントントンと、心地よいリズムを刻みながら、まな板を叩く。
切った野菜とお肉を鍋に入れて、火が通って来たところでビーフシチューのルーを入れる。
クツクツと湯気と同時にビーフシチューの臭いが広がる
小皿にビーフシチューを少しだけ入れ、味見をする。
「うん。おいしっ!」
会心の出来に、年甲斐もなく語尾に「っ」を入れてしまい、一人で少し恥ずかしくなる。
そんな時、ピーンポーーンとチャイムの音が鳴る。
「はーい。ちょっと待ってくださいね〜!」
スリッパをパタパタ鳴らしながら玄関を開ける。
玄関を開けると若い男が3人立っていた。
「どちら様ですか?」
綾女が相手の事を尋ねると、男達は不適な笑みを浮かべた。
その日は介護用の人型ロボットの論文を書く為に、大学で人型ロボットの研究をする日だった。
ラボのメンバーと様々なアイデアを出し、どうすれば実現出来るのかを語り合い、その語り合いは夜遅くまで続いた。
電車で大学に通勤していた私は、ギリギリ終電に乗り込み、駅から家まで帰る頃には夜中の2時近くになっていた。
明日も講義があるのに、ずいぶん話し込んでしまった。明日の朝がキツイだろうなぁ……。
明日の朝に不安を覚えながら、家の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
「……ん?」
鍵を回そうとしても、鍵が回らない事に違和感を感じると、ドアノブを少し引いてみる。
キィ……。と少し軋む様な音と共に扉が開いた。
「なんだ?綾女のやつ鍵をかけずに寝てしまったのか?無用心だな。」
妻にしては珍しい失敗に呆れる蔵智。鍵をポケットにしまい、ドアを開けて家に入る。
……ん?
家に入って早々、嗅ぎ慣れない臭いが鼻腔をくすぐる。
なんだこの異臭は……。
辺りから漂う悪臭が気になりはしたが、一先ず玄関の明かりをつける。
スイッチを入れると電源がつき、真っ暗だった玄関と廊下が照らされる。
光源に照らし出され、視界が開くと、廊下が赤一色に染め上げられた景色が蔵智の目に映り込んだ。
そして、赤色に染まった廊下に芽依と綾女が横たわっていた。
あまりの景色に思考が停止する蔵智。
しかし、この異臭が血の臭いである事に気づいた蔵智は、叫びながら二人のそばに駆け寄った。
「芽依ッッ!!綾女ッッ!!」
急いで二人を抱き抱える。廊下に広がる血が体にくっついているのか、体を引き寄せた時に服がバリバリと音を鳴らす。
「芽依ッ!綾女ッ!しっかりしろッッ!!オイッッ!!」
必死に呼びかけるも、二人の瞳には光が宿っておらず、体も筋肉が強張っていた。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……!」
二人をもう一度横たわせると、震える手でケータイの119のダイヤルボタンを押す。
数回のコール音が続くと、電話越しに「火事ですか?救急ですか?」と言われる。
「きゅっ…救急ですッッ!!妻と娘が血だらけで倒れているんです!!返事をかけても反応が無いんです!!」
「分かりました。住所をお教え下さい。」
「はい。住所は…………。」
救急車が来るまでの間、二人に救急蘇生法を試し続ける。
蔵智は、救急車が来ない事への焦燥感と受け入れがたい現実がごちゃ混ぜになり、目からは涙が溢れ出した。
ボタボタと零れた涙が二人の顔に落ち、頬を伝って流れ落ちる。
その後、救急車が到着するも、その場で死亡していると判断された。
二人が死んだと言う事実に耐え切れなくなり発狂する蔵智。
その慟哭は、警察が蔵智の家に到着した後も続いていた。
「ーーその後、犯人達は捕まったが、未成年という事と、異能力者を擁護する声に後押しされる形で、結局犯人達は少年院に送られるだけに終わった。」
蔵智の凄惨な過去に、言葉をなくしてしまう彼方。
「犯人達の犯行動機はなんだと思う?」
「…………。」
蔵智の問いに無言で答える。
「『異能を持て余していたから、人に向かって使ってみたかった。』だ。」
蔵智はそう言うと、壊れた笑みを浮かべる。
「最愛の二人は殺され、妻に至っては強姦された形跡まであった。なのにアイツらは、のうのうと生きている。
…………許せなかったよ。」
急激に声のトーンが下がる。
蔵智が携さえる復讐に彩られた瞳に、悪寒を感じる彼方。
「犯人が出所後、私はすぐさま犯人達を殺したよ。妻子が受けた屈辱を犯人達にも味あわせた。
しかし私の復讐心はそれだけでは治らなかった。
異能力者がいるからこんな事件が起こるのだ。異能力者は排除するべきなのだ。
私はそう思い立つとすぐさま動いた。非異能力者の私が、異能力者共を殺す方法を……。計画を考え、出資者を探し出し、人工知能について勉強したよ。」
「………アンタの境遇には同情するよ。」
今まで押し黙っていた彼方が口を開く。
「だとしてもッッ!!」
彼方は臨戦態勢の構えをとる。
「恵が傷ついて良い理由にはならない……ッッ!!」
彼方の気迫が膨れ上る。その気迫は、満身創痍の状態とは思えないほど凄まじいものだった。
「アンタを……止める……!」
「…………。」
チラリ、と蔵智はまた大型の機械の液晶画面を見る。
すると、急に口角を釣り上げた。
「『止める』……か。だが少し遅かった様だな。」
「……なに?」
「人工知能の進化が完了したッッ!!」
今まで静かに喋っていた蔵智が大声で叫ぶ。
「………なッッ!!」
「これで忌々しい異能力者も今日でお終いだ。
全ての異能力者は淘汰され、非異能力者しかいない世界が訪れる!!」
蔵智は大型の機械に振り返ると、物凄い速さで操作し出す。
「起きろッッ……Mei!!」
蔵智が操作し終えると、大型の機械から駆動音が鳴り出す。
すると、大型の機械からホログラム映像が流れ、一人の女の子が映し出された。
「………ハイ。お父さん。」
久々のキャラ紹介。
蔵智 茂54歳 男性
過去に能力者に家族を殺された経緯を持ち、そのせいで能力者を殺す復讐者に成り下がる。大学の教授をしており頭は良い。異能者の能力を記録している協会のデータベースに侵入した際、恵の能力について知った。非能力者。人工知能Meiの名前の由来は死んだ娘の芽依から来ている。
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いつも読んでくださってありがとうございます!!
更新は少し遅くなりますが楽しみに待っていただけたら本望です!
今回の話は重くなってしまいましたが次回は戦闘回なので、楽しみにしててください!!
ブクマ、コメントお待ちしております!!
それではまた次回!!バイバイッ!!