第十一話 その想いの根幹
ショッピングモール内は騒然としていた。
外にはパトカーと救急車が配備されており、遠巻きに現場を覗く一般人が群がっている。
ショッピングモールの入り口は破壊されており、大人一人分の大きさのある人形が体からオイルを撒き散らしながらゴロゴロと転がっていたり、氷が地面を覆っていたりと、明らかに異常な光景が広がっていた。
「おーい!!」
優が声のする方を見ると、一人の刑事が割れた自動ドアから手を振りながら入って来た。
短く切りそろえられた黒髪に、スーツ越しからでも分かる引き締まった体は、一目見ただけで鍛えていると分かる。目測だが歳は黒崎と同じくらいだろう。
「ひっどいありさまだなぁ…。君が通報してくれた子かい?」
刑事は凍った地面に足を滑らせないよう気をつけながら優の方に近づいてくる。
「はい。戦傑学園異能戦闘科2年高木山 優です。」
「話はあらかた黒崎先輩から聞いてるよ。……って君怪我をしてるじゃないか。今すぐ医者に診てもらった方が良いんじゃないか?」
正直な所、今すぐにでもベッドに横たわりたいほど体は痛い。しかし今の優にはやるべき事がある。警察に情報共有し、一刻でも早く恵の救出に向かって貰わなければならない。寝ている暇なんてない。
「はい。ご心配には及びません。それより情報を……。」
……と、言いかけて優は口を止めた。
それは刑事が先程こぼした黒崎先輩と言う呼称。話の流れからして優は黒崎という人物を知っていた。
「黒崎先輩って……。もしかして黒崎先生の事ですか?」
黒崎 響子。戦傑学園の教師であり、彼方達の担任でもある女性。
黒のスーツズボンは、長身の彼女のスラリと伸びた脚の輪郭を浮き彫りにし、一目でボディラインが綺麗だと分かる。それでいて性格は男勝りな所があるので、男女問わず人気のある教師だ。
刑事は優の質問に答える様に、コクリと首を縦に振る。
ーーやっぱり。と、優は内心頷き、黒崎が学園で言っていた事を思い出していた。
「なら黒崎先生が言っていた『警察に信頼できるヤツ』って言うのは……。」
「俺の事だよ。あの人とは大学時代に先輩後輩の間柄でね。昔から俺はあの人にコキ使われてるんだ。」
すると急に、フッ……。と遠い目になる刑事。
ーーそれは彼と黒崎との学生時代の思い出。
おい武内!今すぐ酒買って私の家に来い!!はぁ?夜中の2時だから無理?うるせぇ!強制だ!!
武内。可愛い先輩の為に昼飯奢ってくれ。金欠なんだ。……ん?なんだその不服そうな顔は。私に貢げるなんて光栄だろ。
思い起こされる黒崎とのロクでも無い思い出の数々に思わず泣いてしまいそうになる武内刑事。
しかし今は仕事中。感傷に浸っている場合ではない。
軽く咳をすると話の本題に戻った。
「そんな事より例の彼女は?」
すると優は少し俯きがちに顔を背ける。
「……野中さんは此処を強襲して来た機会人形に連れ去られてしまいました。僕と同じ班の夏目 彼方、如月 アリスの二名は先行して野中さんの救出に向かいました。」
優の返答に武内は、眉間に皺を寄せる。
「なに?何故警察の応援を待たなかった。」
「…………………すいません。」
押し黙る優に、武内はため息を吐く。
「………もう救出に向かってしまったのなら仕方ない。いま野中さんが何処にいるか分かるかい?」
「…はい。いま野中さんは、ここの工場にいます。数年前に使われなくなった工場で、とある中小企業が所有していました。」
優は自前のパソコンに表示した、恵の位置情報が示された地図と、工場について調べられるだけのデータを武内に見せた。
暫くの間、武内はパソコンを見て優が集めた情報を確認していく。
「……よし分かった。後は俺たち警察に任せてくれ。」
パソコンを見終わると武内は、すいませーん!と救急隊員を呼び、優を病院へ運ぶよう指示した後、仲間に情報共有しながら恵を助ける算段を話し合い始めた。
武内を傍目に見ながら、優は救急隊員に体を支えられて救急車に乗り込む。
………彼方。アリス。恵さん。無事でいてくれよ。
彼方達の無事を祈りながら、優は重たい瞼をそっと閉じた。
仄暗い室内では激しい銃撃の音が鳴り響いていた。
「………………。」
「………ッッ!!」
機会人形が彼方の命を撃ち抜かんと、銃声を室内に響かせる。
しかし彼方は拳銃に怯む事なく神速の如き速度で機会人形に迫った。
弾丸は彼方の体を貫く事なく、後方の地面にチュインッ!と擦過音が過ぎるだけだった。
弾丸を外した機会人形は、再び銃口を彼方に向ける。しかしそれはもう遅かった。
自身の間合いにまで距離を詰めた彼方は、全身の捻りの力を乗せた飛び後ろ回し蹴りを機会人形の頭に炸裂させる。
その威力は凄まじく、合金で覆われているはずの首がありえない方向にひしゃげていた。
しかし首がひしゃげていても、相手は機械。当然それで動きが止まる訳も無かった。
機会人形は彼方の腰めがけてタックルする。合金の体から繰り出される超重量の突進は、まるで車に轢かれたかと錯覚してしまいそうだった。
機会人形は、彼方の背中を叩きつけるかの如く勢いよく地面に倒れ込む。
背中を思い切り地面に叩きつけられた彼方の肺腑から、切れかけのマヨネーズの様に空気が吐き出された。
拘束から逃れまいと必死に抵抗するも、ガッシリと体を掴まれており、なかなか抜け出せない。
彼方が身動きが取れない隙に、他の機会人形二体が、左右から彼方の脳味噌を地面にぶち撒けて 朱殷色の華を咲かせようと、黒く冷たい引き金に手をかける。
「………ッッ『解放』!!」
瞬き。
彼方の脳味噌を覆うかの様に電気信号が駆け巡り、血液はありえない速度で循環する。
段々と視界が広がり、時間の流れが『遅くなる』。
遅緩した世界で、二体の機会人形達が引き金を引き、撃発。薄闇で発火炎が閃く。
二つの凶弾は彼方に吸い寄せられる様に迫る。
彼方は無理矢理体を捻りながら手と足を使って跳ぶ。
不完全な態勢にも関わらず、彼方の跳躍は2メートル近くあり、弾は地面をえぐるだけに終わった。
彼方は抱きつく機会人形の関節部分を掴むと、強引に引きちぎり、ひしゃげて中の部品が露出した首に奥深く突き刺す。
胸の中心まで突き刺さると、流石に機械でも力尽きるのか、腕に込められていた力が弱まった。
彼方はすぐに拘束を解くと、敵が持っていた拳銃を奪い抜け出した。
奪った拳銃を口で挟むと、彼方の頭を狙って拳銃を撃ってきた機会人形の片割れに接敵する。
柔道の大外刈りで相手の足を払い、敵の体が重力が失ったかの様にフワリと浮く。
一瞬の浮遊時間。しかし感覚が加速した世界にいる彼方には、その一瞬すらも遅く感じる。
機会人形の服を掴んだまま地面に叩きつけると、口にくわえていた拳銃を機会人形の胸に定めて発砲。
ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!
残っていた弾を全て撃ち尽くす。体を撃ち抜かれても尚、彼方を攻撃するため手を伸ばすが、その手は彼方に届く事はなく息絶えたかの様にその腕を地面に落とした。
あと6体ッッ!!
破壊したのを確認すると、彼方は次の標的に向かって駆け出した。
彼方が次々と機会人形達を破壊していく中、蔵智 茂は内心焦っていた。
……思っていたより機会人形達が再起不能になるペースが早い。
いやそもそも腹部を撃たれ、血が流れ続けているにも関わらず10体以上の機会人形達を倒す事自体が異常なのだ……。
このままだと人工知能が人類を超える前に機会人形達が全滅してしまう。
…………『あの機体』を使うか?
……いや、駄目だ。他の手を考えろ。
現状を乗り切る為、思案し続ける。しかし程なくして最後の機会人形が、地面に崩れ落ちた。
「………これでもう阻んで来たアンタのお人形さん達はいなくなったぞ。」
ガラクタになった鉄の人形達に囲まれて、立ち尽くす少年は、今にも息絶え絶えで、倒れてもおかしく無いにも関わらず、蔵智を真っ直ぐ見据えるその瞳には正反対に力強さが漲っていた。
「今すぐ恵を返してもらうぞ。」
言葉に怒気を含みながら、彼方は蔵智に近づいていった。
恵を傷つけた事、利用した事に対する怒りは蔵智に近づくにつれ増して行き、怒りは彼方の歩みを早くさせた。
「止まれ。」
「……なに?」
蔵智が放った言葉に従うわけでは無かったが、彼方はピタリと歩みを止めた。
「………………この娘につけている頭の装置は、脳の使用領域の拡張、及び異能の強制発動と出力を上げる装置だ。」
突如として装置について語り出す蔵智。
彼方は蔵智の言葉を数瞬だけ考えると、装置の説明をし出した意味を察する。
「……ちょっと待て。脳の使用領域の拡張と異能の強制発動だと?って事はお前まさか……ッッ!!
無意識的に生存本能がかけてるリミッターを破壊してんのか……ッ!?」
彼方の言葉に蔵智は、ホゥ……。と思わず感嘆の声を漏らす。
「あれだけの説明でよく出力を上げる仕組みが分かったな。
そうだ。お前の言う通り、脳が無意識的にかけてる生存本能のリミッターを破壊しているんだよ。
異能の力には未だ謎が多いが、異能を使用する際、脳に負担をかけている事が判明している。
例え話をしよう。人間が全力で運動したとして、運動が終わった瞬間に力尽きて失神するか?
答えはNoだ。力尽きたとしても失神まではいかない。必ず余力が残る。では何故余力が残るのか。
生存本能のリミッターだよ。リミッターによって力は抑制されている。それは脳に負担をかける異能も同じだ。
生存本能のリミッターがある限り、異能の能力には上限がある。それをこの機械は壊すのさ。
後はお気づきだろう?脳への負担が許容量を超えると、やがて脳は壊死し始め、最悪死ぬことになる。」
恵の頭につけられている装置の説明をしながら薄く口角を吊り上げた。
「貴ッ様ぁぁ……ッッ!!」
蔵智の冷笑に、全身の血液がまるで逆流したかの様な錯覚。
「私が少し出力を上げるだけで、彼女の脳は許容量を超えあの世へ御陀仏だ。今すぐ彼女を殺されたく無かったらそこで大人しくしてるんだな。」
怒りの衝動に駆られる体とは別に、恵が人質にとられている為、下手に身動きが取れない彼方。
横目で恵の様子を伺うと、死への恐怖からか、体をカタカタと小刻みに震えさせていた。
「ッッ!……どうしてっ。」
思わず彼方の口から絞り出される様な声が漏れ出た。
「ん?」
「どうしてこんな事が出来る……ッ!一体何がお前をそこまで駆り立たせる……ッッ!?」
束の間の静寂が流れると、蔵智はポツリと呟いた。
「………………復讐だよ。」
「………え?」
「私は最愛の妻と娘を殺された。異能力者に。」
更新が遅くなってしまって申し訳ありません。
最近諸事情により忙しく、更新が遅くなるかも知れません。しかし頑張って書き続けるつもりなので読んで頂けると嬉しいです。
それではいつもの謝辞を。
なんとお陰様で200人の方にこの作品を読んで貰えました。ありがとうございます!
まだまだ稚拙な文ですが応援頂けますと嬉しいです!
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