初めてのクエスト
「うそでしょ…。」
訳が分からないままシェルさんに背中を押された私の目に次の瞬間飛び込んできたのは、どこまでも果てしなく広がる荒野だった。まるでそれはよくゲームの世界でよく見る戦いの場のように見えて、本当に私は自分の目を疑った。
キューーーー
「きゅ~?」
そんな状況に私が慌てることもなくただただ茫然としていると、聞き覚えのない鳴き声が足元から聞こえた。恐る恐る自分の足元を確認してみると、そこには見たことのない蛍光色のような色をした生き物が私の足にまとわりついていた。
「きゃあっ!」
反射的に私から発せられた声は、自分でも驚くほどかわいかった。
ああ、私ってまだこんな声出せたんだと確認すると同時に、目に入るその蛍光の生き物がなんなのか理解しようと考えてみたけど、私の知っている範囲ではそんな動物見つかるわけがなかった。
私がそんなオーバーリアクションを取ったからか、その生き物は大きな目で私を不思議そうに見上げていた。イタチみたいに長い細い体に、カメレオンみたいにごつごつしたしっぽ。体は亀の甲羅みたいに硬そうで、でも目はくりくりでかわいい顔をしていた。しばらくそいつとにらめっこをしていると、そいつはまた私の足に猫のようにまとわりつきはじめた。
「なんなの、これ…。」
「そいつはタリオンキャットですね。」
最近のストレスや疲れで私はついにおかしくなってしまったのだろうか。変な生物が見える上に独り言に変こまで聞こえるようになった。そう思って顔をあげると明らかに武装した5人の人間が目に入った。
「はじめまして。もしかしてシェルさんの言ってた新人の方ですか?」
男性3人女性2人のうちの一人の男性が私に向かってそう言った。まだまだ状況がうまく呑み込めないでいる私はよくわからないままその問いにうなずいた。
「初めてってことはまだよくわからないですよね。」
「わかるわかる~。
私も最初にここに来た時そうなりましたもん!」
「無理ないですよね~あれだけしか説明してもらえないんですもん。」
とても常識的に常識的なことを語ってはいるものの、見慣れない剣や盾が腰についていたり甲冑がついていたりする姿はとても常識的ではなかった。身なりも普通の人間みたいに見えるものの、耳がとがっていたり普通の耳の他に猫耳みたいなものがついていたりして、コスプレで婚活しているとしたらとてもじゃないけどまともでないと思った。
「はじめまして、僕はアーサーです。
今日はどうもよろしくお願いします。」
「あの…ここって…。」
自分のことをアーサーと語る男性にあいさつも返せないまま、私の口はやっとの想いでそういった。そんな私の言葉に一度は驚いた顔をしたけど、アーサーさんはニッコリ笑って「説明を聞いた通り、異世界ですよ。」と、また常識的に常識的でないことを答えた。
「設定じゃなかったんだ…。」
「そうそう、私もそう思った。」
自分のことをテンと自己紹介する女性はたぶん私より年上で30代半ばと言ったところだろうか。とてもフレンドリーに話してくれるのがとても好印象で、とても婚活に悩んでいるようには見えなかった。
「いわれなかった?最初の説明で、”異世界に転生する”って。」
記憶をたどればたしかにシェルさんは私にそう言った気がする。私がそう思ったのを察したようにテンさんは笑って、ポンと私の肩に手を置いた。
「まだ信じられないとは思うけど、
本当に異世界転生型の結婚相談所なのよ、ここは。」
まるでそれが一般的な分野かのように、テンさんは”異世界転生型結婚相談所”と口にしたけど、私は全然納得はしていなかった。でも目の前に見える荒野や武器、この見たことない生物や自分の体に感じる風やにおい。すべてが私にこれは夢ではないと伝えてくるようで、思わず息をのんだ。
「今日は初めてのクエストだから、後ろで見てればいいからね。」
「そうだ、お名前聞いてなかったですね。」
常識的にそう聞く人たちに、私は条件反射で28年間名乗って来た”田部妃代梨たべひより”と名乗るところだったけど、あと一歩のところでぐっと言葉を飲み込んで、小さい声で「ヒョリンです。」と慣れない名前を口にしてみた。
「ヒョリンさんですね、改めまして今日のリーダーを務めます。アーサーです。」
「よ、よろしくお願いします。」
「では早速、ゴブリン狩りに行きましょうか。」
なんだかとても慣れているパーティーの皆さんは、アーサーさんの言葉に思い思いの返事をして後をついていった。私はというと、そんな皆さんについていくのに必死になりながら、一度無理やり冷静に戻って自分の手を見てみると、なんだか手にはグローブみたいなふわふわの毛皮がついていた。
「ヒョリンさんの装備、
初心者なのになんだかかわいくてうらやましいです。」
もう一人の女性メンバー・マリエさんの装備は確かにとても強そうでクールではあったけど、お世辞にもかわいいとは言えなかった。
「私は最初からこんな感じで黒光りしているというか、、、。
私ってそんなイメージにみえるんですかね。」
「は、はぁ。」
いかにもおとなしそうな黒髪ロングヘア―のマリエさんは、色白で黒光りしているようには見えなかったけど、総合してクールなイメージの装備は見た目にピッタリな気がした。でも本人が気にしているからそんなこと口にできるはずもなく、私はやっとの想いで無難に返事を返しておいた。
「クールビューティーって感じでかっこいいですよ。」
そんな私をフォローするようにアーサーさんは言った。その言葉でとてもうれしそうな顔をするマリエさんを私は見逃さなかった。
さすがリーダー。上手いな、女慣れもしてそうだし。
「よし、ついた。この洞窟がゴブリンの住処です。」
15分ほど談笑しながら歩いていると、いかにもゴブリンが住んでいそうな洞窟が見えた。といってもゴブリンにも洞窟にもゲームですら縁のない私がゴブリンが住んでそうな場所なんてわかるわけがないんだけど。
装備を整えるパーティーたちに唖然としていると、先に準備を終えたアーサーさんが私の武器の使い方や装備の仕方をすかさず教えてくれた。
「念のため装備はしますけど、
本当についてくるだけで大丈夫なので安心してくださいね。」
「は、はい…。」
とはいっても何が何だか自分でもよくわかっていない私はただただ初めて見る光景を物珍しく見るほかすることがなかった。そんな私の気持ちは置いてけぼりのまま、パーティーの準備は終わったようだった。
「では、いきましょうか。」
「はい!」
アーサーさんが先頭に立って、その後ろにマリエさんと男性メンバーのトシさん、そしてその後ろに私ともう一人の男性メンバー・キムさん、一番後ろにテンさんが続く布陣で私は初めての洞窟に突入した。
ゲームなんて全然しないけど、洞窟の中は本当にゲームの中の世界のように暗くて雰囲気があって、今にもゴブリンがでてきてもおかしくない感じがした。音は私たちの足音しか聞こえなくて、とても不気味だった。わたしはアーサーさんが準備してくれた小さな剣をぐっと握って、暗闇の中にあるトシさんの背中を見失わないように必死で歩いた。
「おっと、思ったより早めに出ましたね。」
その時、静寂の中に何とも言えないうめき声のような声が響き渡った。その声を聴くや否やメンバーの目つきは鋭くなって、全員が戦闘態勢を取った。私はというと剣を握ったまま立ち尽くすしかなくて、ただただ怖くて周りをキョロキョロと見渡していた。
キーーーーーーッ
次の瞬間、暗闇の中から突然ゴブリンが飛び出してきた。耳の奥まで指すように響くその鳴き声がとても痛くて私は思わず耳を覆った。ごつごつした肌に吊り上がった目と耳。その姿はまさに怪物で、私は自分の目をさらに信じられなくなった。私がそんな余計なことを考えているうちに、飛び出してきたゴブリンはそのまま洞窟の天井ギリギリまで高くジャンプして上から降ってくるように襲ってきた。
私の中でのゴブリンのイメージは突進して攻撃をしてくるようなものだったが、ここの世界のゴブリンは身軽にジャンプをしていた。
ゴブリンって飛ぶんだ…。
私は絶句したまま頭の悪そうなことを考えた。そして反射的に頭を覆ってしゃがみこみ、なんとか自分の身を守ろうと必死になった。
シャッ
すると私の頭の上からはまさに空気を切るような軽やかな音が聞こえてきた。恐る恐る目を開けてみると、私の体程の大きさのある大きな剣を振り下ろして立っているアーサーさんの姿と、真っ二つになったゴブリンが目に入った。
「ヒョリンさん大丈夫ですか?」
その姿が私には勇者に見えた。
なるほど。吊り橋効果とよく言うけど、こういう危機的状況の中ならだれだって恋愛しやすいかも。
私はまだ整理ができない頭の中で、また頭の悪そうなことを考えた。
キーーーッ
アーサーさんが真っ二つにしたゴブリンがキラキラと空気に溶けていくように消えると、その音を聞いて集まって来たのか20~30匹はいそうなゴブリンが一斉に襲ってきた。
「うそでしょ…。」
「さあみなさん、気を引き締めていきましょう!」
ただただ驚くことしかできない私は無視して、メンバーはどこか生き生きとした目で戦闘態勢を取ってゴブリンをどんどん倒していった。声を聴くだけで倒れてしまいそうなくらいの奇声をもろともせず、どんどんゴブリンが空気に溶けていく光景を呆然としながら眺めていた私はそこでやっと「なんてところに来てしまったんだ」と思える頭が復活したようだった。
「今日は量が多かったですね。」
「さすがに疲れましたね…。」
呆然としている間にあんなにいたゴブリンはマジックみたいに消えてしまった。メンバーは疲労感の中に達成感を感じるようなすがすがしい顔をしていて、そんな光景も私は映画を見るような気分のまま見ていた。
「ヒョリンさん!危ないっ!」
すると穏やかな顔をしていたトシさんが怖い顔をして私の方に素早く近づいてきた。トシさんの目線は私の頭の上にあって、見上げると不気味な顔をしたゴブリンが私に向かって牙をむいていた。
「まじかよ…。」
10年前のギャルみたいなセリフを言って、私は死を覚悟した。
こんなことならもっと本気で婚活して、結婚してはやく子供でもうんどけばよかったな。意地張ってお母さんにも冷たくしちゃったな。美紀とビール、まだ飲みたかったな…。
色々な想いが私の中をめぐって、「あ、これが走馬灯か」なんてのんきなことをその一瞬で考えた。特にやりたいこともなく無気力に生きてきたものの、まだ死にたいわけではない。これからの私には結婚や出産だけでなく、たくさんの楽しいことや明るい未来が待っているはずだ。そう思うと同時に私の手は振ったこともない剣をゴブリンに向けて振っていた。
ザクッ
ゴブリンを切った感触は、肉を切る感触よりはどちらかというとタマネギを切る感覚に似ていた。怖くて目をつぶったまま剣を振り上げた私だったけど、恐る恐る目を開けてみるとその件はゴブリンの脳天にしっかりとヒットしていて、頭の上でゴブリンはキラキラと空気に消えていった。
それはまるで星が降ってきているような、何とも言えないキレイな光景に見えた。
「すごい!ヒョリンちゃん!」
テンさんが素早く寄ってきて私の両手を取って、ぶんぶん振りながらいった。
何が起こったかまだ理解できていない私に向かってメンバーの全員が大きく拍手をしてくれて、私はそれにこたえるようにぺこりと頭をさげた。
「すみません、ついてくるだけでいいなんて言ったのに。」
そんな私にアーサーさんは申し訳なさそうに言った。
本当に吊り橋効果とはよく言ったものだ。特にイケメンでもなく、身長も170センチくらい、普通に出会ったら印象にも残らなそうな彼が、洞窟フィルターにかかるとすごくスマートでかっこいい人に見えた。
「でもほんと、才能あると思いますよ。
僕は初めての時剣を振ることさえ抵抗がありましたから。」
ハローワークに行けばゴブリンを倒す仕事を募集している会社があるだろうか。才能があるなら今すぐにでも転職して正社員になりたい。私の頭の中は浮ついた中でしっかり地に足がついたことを考えていた。
☆
「お疲れ様でした~。」
その後また談笑しながら元の場所に戻って光に包まれたと思ったら、次の瞬間にはもうギルドの中にいた。どんな時でも崩れないスマイルで迎えてくれたシェルさんが少し憎く見えた。
もう少し説明してくれればよかったのに。もっと言い方あったでしょ。
でも詳しく丁寧に説明してくれたからといって、実際に自分の目で見てみないことには絶対信じられなかっただろうけど。
「すごいですね~、ヒョリンさん。
さっそくレベル更新してみますか。」
ここにきてから初めて聞く単語ばかりで最初はいちいち反応していたけど、それもめんどくさくなった私はシェルさんに促されるままカウンターに座った。
カウンターのモニター上には最初に撮影した顔写真と”ヒョリン”という名前とステータスのようなものが表示されていた。
【ヒョリン(28)】
レベル Ⅰ
能力 ――――
体力 10
経験値 10
アピ力 10
マリル 0
「これはクエストに行く前のヒョリンさんのステータスです。
このステータスを見てカップルクエストを
お申込みされる男性もいますので、
どんどん色々なクエストに挑戦していってくださいね。」
「は、はあ。」
「ちなみに説明すると、体力、経験値はそのままの意味。
アピ力とは自分の魅力をいかに発揮できるかの値になります。」
そこはちゃんと婚活っぽいんだ。
ゲームでもステータスなんて確認したことのない私は、納得できるようなできないような説明をただただうなずきながら聞くしかできなかった。
「先ほど説明した通り、
ヒョリンさんのステータスは異性に開示されますが、
アピ力だけは表示されないので安心してください!」
何の安心かはよくわからなかったけど、でも確かに他のポイントが上がっているのい極端にアピ力だけ低かったりしたら誰にも選んでもらえない気がする。でもいつでも表示されても恥ずかしくないようにそこだけは磨かないとなぁと生真面目なことを考えた。
「年齢はでるんですね…。」
容姿は帰られるのに年齢はしっかり表示されるんだということに少し絶望したけど、「容姿は関係ないという方でも、年齢は婚活において必須ですからね」というシェルさんの言葉にうなずかざるを得なかった。
「能力はレベルがⅤになった時に、それぞれの特性に合わせて選ばれます。
火を使うとか、剣士とか、バラエティに富んでいるので
ヒョリンさんも楽しみにしていてくださいね。」
できればそんなにレベルが上がる前にこのギルドを卒業したい。私のそんな思いをよそに、シェルさんはレベル更新とやらの準備をすすめはじめた。
「あ、マリルと言うのは簡単に言うと”お金”みたいなものです。
クエストを成功させると成功報酬として受け取ることができて、
マリルを使って気になる異性やマッチングされた異性と合うことができるので
一生懸命貯めてくださいね。」
どこの世界でも婚活をするのにはお金がかかるらしい。
今までファンタジーな世界にいたはずなのに、厳しい現実に急に引き戻されたような気分になった。
「では、更新しますね。」
そんな私の絶望なんて気づくはずもなく、事務処理と同じ要領でシェルさんがキーボードのエンターをクリックすると、ステータスが表示された画面は一度真っ白になって、まるで誰かの手で書かれているようにじわじわと私の新しいステータスが表示され始めた。
【ヒョリン(28)】
レベル Ⅲ
能力 ――――
体力 50
攻撃力 100
アピ力 15
マリル 100
「わぁ~ヒョリンさん、
一気にレベルが2も上がって今回はレベルⅢになってますよ!」
「ほ、ほんとだ。」
ゴブリンを剣で攻撃したというだけあって、攻撃力や体力は格段にあがっていたけど、アピ力はそんなに上がっていなかった。婚活をしているという本当の目的を差し置いてその部分がアップしているなんてちょっと違う気がした。
「アピ力をあげるにはどうしたらいいんですか?」
「いい質問ですね~ヒョリンさん。」
待ってましたと言わんばかりに前のめりになったシェルさんが私の両手を握りながら言った。疲れからかそんなオーバーリアクションについていくこともできず、一歩体を後ろに引いた。
「アピ力はあちらの世界で異性と接する中で、
文字通り自分をアピールしていただくことであがっていきます。
ようは男性をどれだけキュンとさせられたかという数値ですね。」
婚活をしていく中でそう言うのが数値で目に見えるのってとてもいいなと初めてこの結婚相談所のシステムに感激した。
と、いうことは今回私はパーティーの男性に5程しかキュンとされていないのか。
まず5という数字がどれだけのものなのかよくわからなかったけど、自分が全然自分をアピールできていないことを初めて痛感した私は少なからず落ち込んだ。
「大丈夫です、最初はみなさんこんなものですよ。
あ、ちなみにこのアピ力の中には容姿をみて
キュンとされたポイントは入りませんからね!」
もし容姿もポイントに入っているとしたら、本人の姿で参加している私はきっともう立ち直れなかっただろう。自分を美人とも思ってないしブスとも思っていないけど、それを数値にされたらきっと落ち込む。
シェルさんの説明にすこしだけホッとし私は、少しの疲労感と一緒に結婚相談所を後にした。