婚活という名のクエスト
アラサー女子の人生とは、まさに戦闘をしているようなものだと思う。
男尊女卑だった”古い時代”が終わりを遂げた今、女性たちだって正社員で稼いできてくれる女の方が需要がある。特に夢もないし、バリバリ働きたいとも思っていない平成生まれの私にとっては男尊女卑で女性は家を守っていた時代の方がよっぽどうらやましく思えた。もっともその時代を体験していないから断言はできないけど。
冒頭で” アラサー女子の人生とは、まさに戦闘をしているようなものだと思う。”と断言してみたものの、それにはすこし語弊がある。
正確に言い換えると
” アラサー(独身彼氏なし)女子の人生とは、
まさに戦闘をしているようなものだと思う。”が正しい。
彼氏がいたって旦那がいたってきっと違う戦闘があるのだろうけど、でも慰めてくれる相手がいるだけ幾分かましだろ。と私は思ってしまう。
「あんた、そんなんで大丈夫?」
「なにがよ。」
「人生。」
アラサーそして独身彼氏なし。それに加えて”実家暮らしの非正規雇用者”というダメな条件がたくさんそろった私に、20数年前私を生んで育ててくれた母はまるでごみを見るような目でいつもそういう。
こんな私にとっては家ですら”戦場”の一つなのだ。
「おかんに心配されるほどじゃないし。」
「そう思ってることが一番心配だわ。」
強がってはいるものの、私が一番よくわかっている。わかっていても認めたくないのだ。自分がもはや危機的状況に立たされていることを。
☆
「んで、また私は呼び出されたわけか。」
「もう美紀しかいないの…。」
「彼氏と別れたくないしつこい女みたいなこと言わんといて。」
幼馴染の美紀は私の戦場の状況を理解してくれる少ない友達の一人だ。同じくアラサー独身彼氏なし、そして実家暮らしの彼女も同じ葛藤を抱えて、逃げ出したくなった時はきまっていつも2人の家の中間地点にある居酒屋”がやがや”で大人にだけ許された至福の時間を過ごすことにしている。
「珠美も結婚するらしいよ。」
「まじか。彼氏グダグダしてたのによかったね。」
大学を卒業して数年たつと一気に”第一次結婚ラッシュ”がやっていた。学生時代から付き合っていた相手と円満に結婚するタイプの人たちだ。そんな人たちはとても穏やかな気持ちで見送った。新鮮な気持ちで参加する結婚式は、”いつか自分もあんなキレイな衣装をきて素敵な人と、、、”なんて妄想がたくさんできるとても素晴らしい時間だった。
「またご祝儀貧乏かぁ。」
その後彼氏を作ったり別れたり友達と旅行をしてみたり好きなアーティストのライブに行ってみたり…。色々しているうちにあっという間に”第二次結婚ラッシュ”がやってきた。バリバリ仕事はしてきたけど、社会人になってからであった相手と結婚するというパターンが多くて、付き合った時は「私も頑張るね」なんて言っていたのに、ひどいうらぎりだと思う。
「30まであと2年…。」
女性の社会進出がすすんで、当然それと同時に結婚の高齢化もすすんでいる。今の時代30で結婚する人だって少なくないし、子供だって40近くなってもう産める最先端の医療だってある。でもそれでも”30”というのはいつの時代だって女にとって一つの壁なのだ。
「妃代梨、私婚活始めようと思って。」
「何よ改まって。今までもしてきたじゃん。」
私たちだってただ焦っているだけでなにもしていないわけではない。
25を超えたころは自分たちはまだまだいけると思っていたけど、新しい出会いなんてなく、スペックも低い武器のない自分たちにさすがに焦って、27を超えたころには婚活サイトに登録して色々な人と食事をしたりデートしたり、婚活パーティーにも積極的に参加したりして色々な出会いを求めてきた。
でも行動してもろくな出会いなんて全然なかった。私たちはどんどん疲れていって、男性と会う予定があったって「どうせ今回もダメでしょ」という気持ちにしかならなかった。そんな”婚活鬱”状態が最近続いていたのに美紀の口から出た意外な言葉に私は驚きを隠せなかった。
「違うの、本格的にするの。」
「本格的って?」
「結婚相談所。」
婚活を始めたころは”婚活”をするって言ってもあくまでもとりあえず探しているのは”恋愛”だ。
なにもお見合いするほどの年でもないと余裕をかましていたし、結婚するならちゃんと恋をして好きになれる相手とできるだけ自然な形で出会いたいという、いつか描いていた”憧れ”をどこかで捨てきれなかった。
だから結婚を目的に最初から活動する”結婚相談所”というところには少し抵抗があった。もちろん出会える条件も確立も、サクラやヤリモクがゴロゴロいるサイトやパーティーなんかより確実に高いことだってわかっていた。でもなんとなく”最後の手段”なようなきがして、今まで2人とも避けていたのが結婚相談所だった。
「まじ?」
「まじ中のまじ。もう余裕でいられない。あと1年以内に絶対結婚する。」
そういった美紀の目は本当にまじだった。その証拠に美紀はすでに入会手続きを済ませていて、高額な入会金なんかを全部払い終わったらしい。
「ひーのこと置いていくかもしれないけどうらまないでね。」
いつもと同じようにビールを飲んだ美紀がとても遠い存在に思えた。私は美紀にも置いて行かれるのか。考えただけでぞっとして、手元のビールを全部飲み干した。
「田部さん、これも入力しといて。」
非正規雇用者ではあるけど、この会社で働きはじめてもう7年目になった。就活戦争に負けた私は非正規雇用社員としてならこの会社になんとか雇ってもらうことができて、それなりに居心地のいいこの会社に居座り続けていた。探せば正社員として雇ってくれる会社なんていくらでもあったのかもしれないけど、一度戦争に負けている私はもう戦争にでる気力さえなくなっていた。
長ければ長いほど抜け出せなくなるこの場所に私は十分なほど居座ってしまって、同じような毎日を繰り返していた。今日だって同じ1日を過ごしているはずだけど、昨日の美紀の発言から私はどこかおかしかった。
「結婚相談所、か。」
何度も何度も処理をしたことのある”いつもの仕事”は、考えごとをしながらでもできる。そうやってなんとか午前の業務を終えた私は、いつもの中庭で口にしたくもないその言葉を一度かみしめてみた。
「お、ついにいくの?」
そんな私の言葉にこたえるように、同期の岸田が言った。
「美紀が行くんだとさ。」
「へぇ、あの瀬戸が。」
岸田と美紀は大学が同じで学生時代に同じクラスになったことがあるらしい。別に地元の大学に進学したわけでもないのに、世間は本当に狭い。しばらく会っていないだろう美紀のことを頭に浮かべたのか、宙を見ながら岸田は煙草の煙を吐いた。
「んでお前は?」
「私は…。」
「お前も行っとけよ。この際。」
なんともないことのように岸田はそう言った。
こいつがこんなに余裕なのも、自分が去年超絶べっぴんさんな奥さんをもらったからだ。その余裕で意味ありげな笑みに心底腹が立って、岸田の肩を思いっきりはたいてやった。
「いったっ!女子の肩パンの威力じゃねぇ。」
岸田はそういってニヤニヤしながら肩をさすった。その言葉が本心から言っているのかふざけてて言っているのかよくわからなかったけど、もう考えるのもめんどうくさくなった。
「そういや俺、パパになる。」
しばらく肩をさすっていた岸田は、得意げな顔をしてそう言った。
あのひょろひょろで頼りないこいつがパパ…?
仕事で辛い時も何かあったときもこうやって中庭でお互いの愚痴を言い合ってきた言えば”戦友”が、知らないうちにどこか遠いところに行ってしまっていたことに気づいた私は、昨日の美紀の発言にプラスして大きなダメージを受けているのが自分でもよく分かった。
青ざめた私の顔を見てすべてを察したかのように岸田は笑って、
「な。お前も変な意地はらずに行って来いよ。」
とサラッとそう言った。
☆
非正規雇用者の私にだってプライドがある。
残業なく実家に帰ってしまうと母に何を言われるかわからないし、それが本当に心労になるから、いつも仕事終わりはカフェで少し時間をつぶすことにしている。
不毛で無駄な意地に時間とお金を使っていることはわかってはいるものの、その少しのプライドを守ることが私にとっての精一杯なのだ。
「絶対行かんし。」
岸田に昼そういってみたものの、本当にやばいかもしれないという焦りは今も収まらなかった。いつもはカフェにおいてある雑誌を読み漁っているのだけど、今日はそんな気分にもならず、ずっと窓際の席でぼーっと忙しく動く人たちの流れを見ていた。
私一人が、この忙しい世の中から取り残された気がする。
私が生まれるよりずっと前からあったような、カフェというよりレトロな喫茶店の空間の中で私は少し泣きそうになった。
「何、してたんだろう。」
大学を卒業してからもう6年。
入学したばかりの小学生がもう卒業する年になる。その子たちは小学校でたくさんのことを学んで、傷つけて傷ついて大人になったはずなのに、私だけが何も変わらなかった。こんなはずじゃなかったのに。そう思ってみたものの、全部が自業自得だと自分が痛いほどわかっているから、それ以上考えるのをやめた。
「お嬢さん、今日はなんか悩んでるみたいだね。」
そんな私を見かねてか、マスターが甘そうなクッキーを持ってきてくれた。
毎日のようにくる私だけど、会計以外の時は気を使って話しかけてこないマスターがそんな行動をするなんて、よっぽど凹んでいるのがわかってしまったんだろうなと思ったら恥ずかしくなった。
「何してたんですかね、私。」
「生きてたよ、精一杯。」
6年間私を見ていてくれたマスターはそう言ってくれたけど、自分ではそんな気がしなかった。
たしかに私は生きていた。生きていてはいたけど、ただ”生きていた”だけだった。それは犬でも猫でもできることであって、少なくともこうやって考えたり悩んだり話したりできる能力をもって生まれた人間がしていいことではない気がした。
「結婚相談所、興味ある?」
考えれば考えるほど落ちていきそうな私に、マスターはそう言った。
何も言っていないのにすべてを察したように笑ったマスターが少し怖くなった。でも私がどんな感情を抱こうと崩れないふんわりとした笑顔は、そのままずっと私を見ていた。
「興味、、、あります。」
そしてその笑顔に引き込まれるように、私はあんなに拒んでいた結婚相談所に興味があるとサラッと言っていた。自分でもびっくりするほどサラッと口から出ていたから、私は自分が本当に発したのか頭の中でそう思ったのかも理解できないほどだった。
「んじゃ、おじさんが紹介してあげる。」
でも次の瞬間マスターが言ったその言葉を聞いて初めて、「あ、わたし言ったんだ」と理解した。でもその理解が追い付かないほど早くマスターはどこかから名刺をもってきて、私にスッと手渡した。
「ここ、行ってみて。」
その名刺には”The Marriage Guild”という相談所の名前らしき表記と住所だけが書かれていた。不思議に思ってマスターを見ると、マスターはもう一度ふわっと優しく笑って、「大丈夫、いつでもいいよ。行けばわかるから。」と言った。
☆
私はとても警戒心が強い方だ。いろいろなことを慎重にするし徹底的に調べるオタク体質みたいなところがあるから、詐欺になんて絶対に引っかからないと思う。でもそんな私が住所と名前しか書いていない怪しさマックスの場所に次の日あたりまえのように足を運んでいたことに、自分自身が一番ビックリした。
ネットで調べてみたけど全然が情報がなくてさらに怪しかったけど、でもそれでも仕事終わり自然と私はその場所にたどり着いていた。自然と導かれているような気もして、こういうのが運命なのかなと、勝手に妄想も膨らんでいた。
―――もしかしたら私、詐欺にあいやすいタイプなのかもしれない。
たどり着いたその場所は、鉄製の重そうなドアに小さな表記で” The Marriage Guild”と書いてあるだけの場所だった。さらにそれが怪しくて、本当にここで私は幸せをつかめるのかと不安にもなったけど、ダメならダメでまた考えようと珍しく楽観的な考えを巡らせてその重いドアを開けた。予想通り重いドアは、私の結婚への想いを表しているようだった。
「すみません…。」
「いらっしゃいませ。」
予想を反して、中はとても近代的でキレイな空間だった。
いかにも”結婚相談所の人”という感じのするキレイなスーツを着たお姉さんがニッコリ笑ってカウンターで立っていた。それだけでも私の怪しむ気持ちは少し軽減されて、あまりやばかったら「間違えました」と出ていくつもりだったけど、でも私はそのまま歩みをすすめることにした。
「お話を聞きに来た…」
「田部様ですね。どうぞこちらにおかけください。」
私マスターに名前言ったっけ。予約も取らずお金もそう大金を持たずに来たから不安に思っていた私だったけど、お姉さんは私がここに来ることをすでに知っていたようだった。私は不思議な気持ちを持って促されるままカウンターに腰掛けた。
「ようこそ、The Marriage Guild へ。
私案内人のシェルと申します。」
「シェ、シェル…?」
怪しさがちょっと緩和されてきたところだったのに、お姉さんの名前で一気に私の警戒バロメーターがマックスに上がった。不思議な顔をする私に笑顔を崩さないまま「はい」と答えるお姉さんがもっと怪しく見え始めた。
「おめでとうございます。
田部さまは当・結婚相談所に選ばれた、選ばれし勇者です。」
「は、はぁ。」
なるほど、そういう設定なのか。
そう思うとすべて納得がいった。いや、納得はいかないけど、でもこの状況を飲み込むにはそうするしかなかった。私は勇者なのだ。アラサー独身彼氏なし実家暮らし非正規雇用者ではなく、勇者なのだ。
「今日から田部様には異世界に転生していただき、
様々なクエストに挑戦していただきます。
クエストに挑戦しながら、出会った方の中で気になる方いれば、
実際に現実世界で食事やデートに行くこともできます。」
なるほど、ゲーム感覚で婚活を楽しくしていこう!というコンセプトなのか。淡々と笑顔のまま語るシェルさんを前に、私はそう理解するほか自分を落ち着けられなかった。そんな私の焦りなんて目にも留めず、シェルさんは説明する口を止めることはなかった。
「フィーリングの合う方は現実世界の方でもいいことはもちろん、
向こうの世界で気になる方がいればそちらをご紹介したり、
うまくいけば結婚までしたりすることもできます。」
設定にとても忠実だな。夢を壊さないようにしているんだ。
あきれることなくここまでしっかりと仕事をこなすシェルさんを私は尊敬すらした。もし自分がシェルさんの立場であれば、とっくに心折れて普通の結婚相談所のシステム説明のようにしているだろうと思った。今まであんなに拒んでいた結婚相談所だったのに、とんでもないところに来てしまったなと考える力は残っていた。
「ここまでの説明で不明点はないでしょうか。
もし不明点がないようでしたら
早速入会の手続きに入らせていただきたいと、、、」
「ちょ、ちょっと待った!」
今にも結婚しそうな想い人の誓いのキスを止めるセリフのように、私は食い気味でそういった。一生懸命自分の理解でここまで納得はできずとも黙って説明を聞いてはきたものの、誰も入会するとは言っていない。結婚相談所は無料サイトや会費制のパーティーと違って、しっかり高い料金を支払った上に保証されるサービスだと知らないほど私はおろかではない。
「入会の費用は…。」
「あれ?聞いてませんか?
うちは費用はご紹介者様にお支払いいただく制度になっているんです。」
そんなことも聞いていないのかというテンションで、シェルさんは言った。ご紹介者ってもしかして…とまだ頭に疑問符を並べていたら、シェルさんは「ふふふ」と楽しそうに笑って、「昨日マスターからすでに受け取っておりますのでご安心くださいね。」と言った。
もうお金を支払っているなんて。
こんなどこの馬の骨なのかもわからない私に、どうしてそんなによくしてくれるのだろう。っていうかそもそもここは何のなのだろう。もう疑問符しかない私は、でもお金を払ってくれているんだしという罪悪感からそれから淡々と入会の手続きをした。
入会の手続きと言っても、名前や年を書いたり趣味や得意なことを書いたり、相手の希望を書いたりしただけだったけど、やっとここで普通の結婚相談所らしいことができたことに私は心底安心していた。
希望の相手のところで躓いている私を見て、シェルさんは「途中でも変えられるので今の希望で大丈夫ですよ」と言ってくれた。
そこで初めて、自分ってどういう人がいいんだろうと考えてみたものの、答えが全然でなかったので、とりあえず無難に「年収600万以上、170センチ以上、優しい人」と書いておいた。
「ありがとうございます!
これからレベルアップも婚活もサポートしていきますので、
一緒に頑張っていきましょうね!」
わけがわからなかった。
昨日マスターに話しかけられてからここまで訳が分からないことだらけだったけど、とりあえず立ち止まっていたところから一歩くらい前に進めた気がする。そう思って私はシェルさんの言葉にひとまずうなずいておいた。
わけがわからないと言いながら私はシェルさんに促されるまま、次の日もThe Marriage Guildに向かっていた。思考回路をいったんリセットしてきてみたけど、ひっそりとたたずむその見た目は昨日と変わらず怪しいままだった。でも吸い込まれるように重いドアを開けると、またしてもキレイにほほ笑むシェルさんが私を出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、田部様。」
ここはメイドカフェかよ。
勢いよく突っ込みそうになったその言葉を胸の中にしまって、社会人として一つ静かに礼をして昨日と同じ席に座った。
「田部様、いよいよ今日から本格的にクエストがスタートしますね!」
「は、はい…。」
コンセプトは本当に揺らがない。
思えばこの相談所の中の造りだって、近代的ではあるけどよくアニメで見る”ギルド”のような造りになっていて、カウンターだって木出てきている。どうして私はこんなところに入会してしまったんだろう。そんな気持ちを無理やり押し込めて私はなんとかここに座っている自分をたもっていた。
「田部様はまだレベル1の初心者ですので、
本日はハイレベルの方たちが集めるパーティーに
体験として参加していただきます。」
「はぁ。」
「田部様、という名前のまま参加することももちろん可能ですが、
多くの方がクエストネームを付けられます。
ご希望があれば私がつけることも可能ですが、どうされますか?」
シェルさんの言葉を総合して
”今日は体験としてお見合いパーティーに参加する。参加するときは個人情報を守るためにもあだ名のようなもので呼んでもらう”
と理解した私は、速やかにシェルさんに名前を付けてもらうことを頼んだ。
「ひより様、ですから…。
ヒョリンとかどうでしょうか。」
そのままじゃんとまたツッコミかけたけど、そこまでこだわりがない私はそのまま”クエストネーム”とやらを承認した。
「では続きましてアバターですが、
現実と別のものを用意することもできますが、
今の姿より美しいものを用意することはできません。
もちろん、ヒョリンさんのお姿のままでも結構ですが、
いかがいたしましょう?」
ついに私の変換機能も追いつかないほどのことをシェルさんは言い始めた。プロフィール写真のことだろうか。たしかにプロフィール写真は第一印象となる大切なものだが、今より美しくできないなんてなんだか納得いかない。でも会ってから幻滅されるのもよくないかなと思ったのでそれもそうかと納得している自分もどこかにいた。
「そのままで。」
「ヒョリン様おきれいですから、
シェルもそのままでいいと思ってました!」
初めて会った時より砕けた言い方でシェルさんは笑顔のままお世辞を言った。
別にきれいでもないしブスでもない。それが私の現実だ。でも現実はありのまま伝えておこう。そう決意して私は自分の手でギュッとこぶしを作った。
「では準備は以上です!
今は装備が全然整っていないので頼りなく感じられると思いますが、
クエストを成功していくことでマリルがたまって
装備もどんどん購入できるようになりますので、
楽しみにしててくださいね!」
意味が不明だ。でもしょうがない、選んだのは私だ。
変なところだったら今日で来るのをやめにしたらいい。正常な私がずっとやばいと叫んでいたけど、それを気にするほど私には余裕がないみたいだった。どんなところでもこの焦りを少しでもおさえるために何か行動しなくては。その焦りだけが自分の心の支えで、唯一背中を押しているものだった。
「では早速行ってみましょうか!」
「今日から行くんですか?」
「もちろん!」
今日はちょっとした相談だと思っていた私は、普段の気を使わない格好で来てしまった。どうせ初めて結婚相談所を使うなら、もっと女子アナみたいなモテる王道のファッションで化粧もしっかりしなくてはと思っていたのに、そんな希望はシェルさんの笑顔に砕かれた。
「大丈夫です!身なりは”あちらの世界”に行けばある程度整います!」
もう本当に意味が不明だ。
混乱する私を安心させるようにシェルさんが言った言葉は私の混乱をさらに加速させた。もう引き下がれない空気に小心者の私は押されて、シェルさんに導かれるままカウンター横のドアの前に立っていた。
「これからヒョリン様の冒険が始まります。」
「…。」
“冒険”とはよく言ったものだ。
私は今まで婚活とは”戦争”で勝ち抜いていくものだと思っていた。でも“冒険”といえば聞こえがいい気がする。戦争みたいなネガティブなものではなく、もっと心躍るポジティブな理解で婚活をとらえるにふさわしい言葉だった。
「ヒョリン様、笑顔が一番のおしゃれです。
それを忘れないでくださいね。それでは張り切って。」
そう言ってシャルさんは私の後ろに回った。そして戸惑う私が振り返るのを気にすることもせず、思いっきり背中を押した。
「いってらっしゃい!」
私が戸惑っている間に、こうして私の結婚相談所を通した摩訶不思議な本気の婚活が始まった。