未題
「そんじゃー、文化祭委員決めまーす!誰かー、なってくれる人いませんかー?」
クラス委員長の玉木鈴音が大きな声で言った。
クラス中に聞こえているはずなのにみんながみんな他人事のようにおしゃべりをしたり、提出ギリギリの課題をしたりしている。
まあそんなことを考えている俺だって適当に聞き流しているだけなんだけど。
「はいはーい!!」
「あ、笹原さんやってくれますか?」
勢いよく手をあげた彼女は笹原咲良。彼女はクラスの女子のリーダーのような存在で、みんな彼女に逆らおうとはしない。容姿が良く、八方美人な彼女は男子からはかなりモテる。
「いや、私じゃないんですけどー、佐々木さんとかどうかなーって!ねっ?佐々木さん企画力あるし、みんなも佐々木さんなら頑張れるよね?」
「えっ、うん。私は...」
「さんせーい!いいじゃんいいじゃん!」
周りのみんなも自分でさえなければそれでいいわけだから、それを利用して彼女は彼女と正反対とも言えるようなおとなしい佐々木瞳を推薦したんだろう。
「やってくれるよねー!佐々木さんっ!」
「あ、うん...わかった。」
「ありがと!みんな拍手ー!」
断れない佐々木さんとそれをわかって推薦した笹原、そして傍観者のように拍手する皆に俺はとても腹が立った。
「あの、俺もやります。」
「えっ?坂本くんやってくれるの?」
玉木、笹原を含むクラス中が驚いている。
「文化祭委員って男女1人ずつだよね?たしか。俺やるよ。」
「うん!そう。ありがと!!みんな拍手!」
思わず俺は立候補してしまった。書記係が坂本弘樹と佐々木瞳の字を大きく黒板に書いた。普段やらない俺がこういうことをするとひどく目立つ。
別に、佐々木とやりたかったというわけではない。ただ、この状況に耐えられなくなっただけだ。そこでチャイムが鳴った。
「はいみんな静かにー。今日文化祭委員を決めたが、次からは文化祭の出し物やら何やら決めていくんだからちゃんと協力するようにな。それじゃあ解散。」
「あ、あの、これ」
「ん?」
「これ、文化祭の注意事項とか色々書いてるから次色々決める時必要だから、読んどいて!」
「あぁ、わかった。ありがと。」
「あ、頑張ろうね!文化祭委員!」
「ん?あぁ、そうだな。」
「坂本君ってこういうの全く関心ないかと思ってたからちょっとびっくりしたよー。」
「うん、まあ別に気まぐれだよ。じゃあね。」
彼女は自分の意思でなったわけでもないのにやけに張り切っている。俺はというともちろん張り切ってなどいないが、なったからには最低限のことはこなすつもりだ。
「坂本君!ありがとーね、正直今日は決まらないかと思ってたからさー。」
「ん、みんなやらなそうだったし今日決まらなかったら面倒だろ?気にしてないよ。」
「そっか、ありがと!私もクラス委員長として、手伝えることあったらなんでも言ってね!」
放課後、そう言って彼女は笹原率いる女子グループに戻っていった。笹原は机に座って足を組んでいる、いかにも女王様だな。そう思いながら見ていると一瞬笹原がこっちを見た。
...今俺を睨んだ?...気のせいか?
「おい!聞いてんのか?お前急に文化祭委員とかやりだすと思ったら今度は笹原見つめて、どうしたんだよ?にしても笹原さんは今日も可愛いよなぁ〜。」
「あ、わりーわりー。って、別に見つめてねーよ!それはそうと、真司にも手伝ってもらうからな?」
「お前が勝手に立候補したんだろっ?俺はごめんだぜ?まあ頑張ってくれや!」
「しーんじー!!今日の紅白戦の準備始まってんぞー!早く来い!」
部活の友達に呼ばれて親友の武田真司はサッカー部の部室の方へ走っていった。あいつも薄情なやつだ。
俺はというと、部活には所属していない。うちの学校は部活に力を入れているらしく、無所属の俺は珍しい方だと思う。
絵を描くことが好きな俺は一度、美術部に入ろうと思ったことがあった。だけど見学に行ってやめてしまった。そこは女子の溜まり場のような場所で、本気で絵に向き合ってるようなやつはいなかった。
放課後の教室、1人になった俺は、文化祭の資料を読んでいると何やら学校内で絵のコンクールなんてものがあるらしい。参加は自由で、クラス対抗とかではなくこれは個人の対決らしい。審判は美術の教師陣、ということから思ったよりしっかりしているなと感心する。
色々な部活の出し物には劇、ドラマ作成、食品提供、など様々あってそれを見ているうちに思っていたより楽しそうだと俺は感じた。
途中のページは企画書のようなものになっていた。読んでみるとクラスの企画について、内容はなんでも自由だが俺ら文化祭委員は週に一回企画書を提出しなければならないらしい。面倒な役を引き受けてしまった。
ふと窓の外を見ると、サッカー部がグラウンドで練習している。紅白戦だろうか、真司とクラスで一番のイケメン、柿谷秀がキャプテンマークを付けて8人対8人の試合をしている。
昔、真司から柿谷のことについて聞いたが彼はとても努力家で、もともと真司よりも下手だったサッカーでも今では真司と2人で部を引っ張るまでになっているらしい。
こうして見ていると部活をやっている奴は活気があるなぁなんて思う。俺だって無気力なわけじゃないがとても活気があるとは言えない。そんなことを考えているうちに俺は眠ってしまった。
「...ガラガラガラガラ」
ふいに教室の扉が開いた。俺はかなりの時間寝ていたようだ。うすらと暗闇が教室を包んでいた。開いた扉からは女子が入ってきた。廊下の明かりしかついていないのではっきりとは見えない。部活後だろうか、校則でくくらなければならないはずの髪の毛はさらりと降ろしてある。
ー美しい。俺はその人を見てその時そう思った。
その女子は、席で何やらごそごそとしている。だんだんと視界がはっきりとして気づいた。そこにいる女子は笹原だと分かった。多分忘れ物でもとりにきたのだろう。
「ガタンッ」
俺は立ち上がるときに膝を机にぶつけてしまった。音にびっくりして笹原はこっちを向いた。俺の存在に気づいていなかったようだ。ほんの一瞬こっちを見てすぐに顔をそらした。俺はとても驚いてしまった。彼女が泣いているように見えたからである。
彼女はなぜ泣いているのか、どうせ男関係だったりするんだろう。なんて思いながら教室を出ようとすると笹原に呼び止められた。
「坂本...!今日、あの、文化祭委員さんきゅ。」
「は?なんで笹原が俺に礼を言うわけ?意味がわからないんだけど。」
髪を下ろしているいつもと違う雰囲気の彼女に戸惑って、少し強めの口調で反論してしまった。
「あ...うんそだね。瞳と頑張れ。」
「あぁ、誰かさんに押し付けられた佐々木さんと一緒に頑張るよ。」
彼女は向こうを向いて黙ってしまった。そういえば、笹原って佐々木のことを瞳って呼んでたか?委員決めの時は佐々木さんとか言ってた気がするんだけど。まあ気まぐれか。
「あの、出来る事あったら手伝うから!なんでも言ってね。」
教室を出ようとしたら笹原が言った。どこかで聞いたようなセリフだなと思った俺は、どうせお前みたいなやつに頼むことなんてない。といった顔で
「おう」
と一言返事をして教室を後にした。
ただ、意外だったのは彼女が俺の皮肉に言い返してこなかった事。彼女みたいな女王様タイプは俺みたいなやつにあんな皮肉言われたらキレそうなものなのに。
やはり泣いていた何かが原因なのだろうか、なんて考えながら歩いていると、男子バスケ部と女子バスケ部が体育館で部活をやっていた。
あぁ。そういえば、笹原ってバスケ部じゃなかったか?あいつ部活中に抜け出して何してたんだろ。
その後俺は図書館の横にある自習室に行って真司の部活が終わるまで1人で最近あまり描いていなかった絵を描いた。うす暗い教室で1人泣く彼女は確かに美しかった。
「真司ー、一緒に帰ろうぜー。」
「おう?弘樹?お前がこの時間まで学校にいるとか珍しいな?何してたんだ?」
「いやちょっとな、文化祭の資料読んでたら寝ちゃってさ。ついでにお前を待ってたんだ。」
「そーかそーか、お前も張り切ってんだなぁっ。」
わざと俺を煽るようにニヤニヤした顔で言ってくる親友に対して全く嫌悪感はない。
「うるせー。やっぱりお前には何かしら手伝ってもらうからな!」
「まあ本当に困ってる時は助けてやるよ。じゃあまあ帰ろうぜ。」
「おー、まあ期待せず待ってるよ。ありがと。」
こいつのこの言葉は委員長や笹原みたいな建前だけのものじゃない。だから俺は素直に感謝する。
「あー、そういやさ。俺が寝てたらさ...」
「ん?どうした?」
「いや、なんでもない。」
笹原のことを言おうとしたけど、言いふらすもんでもないと思ってとどまった。
「そういや、お前と柿谷の紅白戦見たぞー。紅白戦でもあんな白熱すんだなぁ。」
「あぁ、むしろ紅白戦だと大会メンバーの選抜に直接関わってくるんだよ。だからみんな必死でさ。」
「そっか。部活やってるやつはみんな活気があるよなほんと。」
「なんだー?美術部入ればよかったじゃん。俺、弘樹の絵好きだよ。」
「絵は趣味だからね。部活にしちゃうと自由が無くなるよ。」
「まあさ、弘樹は勉強できるしそれで十分だろ。」
「勉強する時間があるだけだよ。」
「まあまあ、次の試験勉強も頼むぜ!」
「一回につきジュース1本でいいよ。」
「んー、仕方ねえ!」
俺と真司の家は近所なのでたまに真司の部活がない日なんかは一緒に帰ったりする。だから今日みたいに一緒に帰るとやっぱり楽しいな。なんて思う。
「んじゃ!また明日な!」
「おーう、またな。」