6.弟想いの問題児
「おーっす! 元気でやってるかぁー!?」
「暑苦しいよ! 姉ちゃん!」
静かな夜にぼくへと抱き着いて来たのは、正真正銘の姉である。
長い茶髪と大学一の美貌(これは、前に彼女自身で言っていたことなので、信憑性などない)を持つ彼女が誘惑してくる。よほど、暇だったのだろう。
……いや。この部屋から出て欲しい! お金払ってでも出てもらいたい!
貯金箱に手を伸ばす。
「いやいや。ワタシはお金なんていらない! 陽君への愛があればいいよー」
御影 妃芽。ぼくとは正反対で異常に明るく、友達や彼氏も山のようにいるそうだ。時たまに同じ姉弟なのか不安になってくる。姉が拾われてきたんじゃないのかと親に質問したこともあった。その時は笑い飛ばされたのだが、怪しい疑念はまだ取り払えていない。
その話は置いといて、彼女は弟のぼくに対して半端じゃない希望を持っている。それはただの姉弟愛とか、そういうものではなく、もっと重いものである。
「大好きー! 大人になったらあ、陽君のおこぼれを貰おうかなあー?」
「何で最初から部下になることしか考えていないの?」
理由は不明。極度の可愛がりと期待に暑苦しいのか、寒気がするのか分からない自分である。ぼくの身の毛がよだっていることは確かだ。
とにかく窓を開け、換気をする。そうすれば彼女も迂闊に大声は出せないし、暑さも夜風でどうにかなる。……夜風も月明りも入ってこない。今日は曇り、無風の様だ。
そうして、彼女に背中を見せてしまう。そこに彼女が近づいてきた。よっぽどこの人の方がヤンデレだよ!?
「で……陽くーん、あ・そ・ぼ……ん?」
「ああっ!」
彼女はぼくのスマートフォンを踏んでしまった。気づいた彼女はそれを拾い上げる。充電器を引っこ抜いた後、止める間もなく画面を触り始めた。
「ああ、ごめん。壊れてないかチェックした後に、中身も」
「やめろー!」
飛んで彼女のスマートフォンを奪おうとしたが、失敗して机に頭突きをした。痛いなんてもんじゃない……痛みを我慢し、頭を抱えながらまた彼女に飛びついた。
「あらあら、威勢がいいのねえ。そんなに見られちゃ嫌なもの? わかった。ワタシが陽君の初めてになってあげるからさあ」
「何言ってるんだ? こいつ!?」
「お姉ちゃんをこいつって呼び方しちゃダメ……『お姉ちゃん』か『ヒメ』って呼んで!」
「誰が呼ぶかあああ!」
彼女はぼくが頭を押さえているときに、スマートフォンの怪しいと思うところを全て触ろうとしていた。
「あれ……インターネットは履歴消してる……動画も消してある」
一回一回サイトや動画を視聴した後に消去できるものは良い。一番の問題は連絡用アプリだ。登録した友達が必ず見つかってしまう。
確実に彼女はそこを開く。やめさせないと!
「させるかっ!」
「あら?」
彼女は背中を反って、ぼくの攻撃を避けた。頭をゴミ箱の中に突っ込んだ……後で頭、洗ってこよう。
「さあて、友達いるのかしら……」
「やめ――」
奪取を試みたが、さすがは姉。手の動きを見切って、全てはたいていた。そのせいでぼくの指と手の骨が複雑骨折するかと思った。
しまった!
「あら……増えてる。東堂 絵里利。名前からして可愛らしい子と友達になったわねえ。お姉ちゃんとして、喜ばしい限りだわあ」
「そ、そう……」
半分諦めモードになる。彼女の言葉に相槌を入れるくらいしか、やる気も体力も残っていなかった。
次の瞬間、彼女が何故か、目を見開いて、口に手を当てる。
「古月……って、もしかして古月ITの古月?」
驚いた理由はそれか。答えてあげるか……。
帰りに校門でした話を思い返してみる。
「確か。宮古って人を襲撃するんだから、彼のことを知らないといけないんだよね。これで調べられないことはないと思うけど、顔写真とかある? 同性同名がいるから困っちゃって」
この言葉から考えれば、彼女はどんな人でも探すことができるくらいの科学力は持っていたはずだ。まだまだ科学は発展中。2020年代。この年代にそんな便利な代物が普及しているわけがない。とすると、IT社の令嬢が試用しているだけだろう……そういえば。
「たぶん。お姉ちゃん。古月さんたちに伝えたいことがあるから、ちょっと貸してくれない?」
ぼくがそう頼むと、彼女はからかう様に声を上げてきた。
「おっ。おっ。いいねえ。デートの約束う? いいなあ」
「煩い。姉ちゃんの方こそ彼氏は?」
「ただいま募集中!」
「えっ!?」
スマートフォンの操作を誤ってしまい、姉の前で堂々と「完全犯罪計画部」のグループを開いた。
これはどう考えてもヤバイことをやってしまったに違いない。
「完全犯罪計画部……何それ?」
茶色い瞳を輝かせる彼女。眼球に映りこんだその画面は、焼き付けられてしまったようだ。
「あちゃあ……」
古月さんと会話をしようと思ったら、なんて失態を起こしてしまったんだ。
「姉ちゃん。このことは、他の人には黙ってて!」
「そんな頼み。陽君のためなら何でも聞いちゃう! いいよお! ……あれ? この写真は」
「え?」
東堂さんから送られてきた画像に姉は少しだけ顔色を変えた。ぼくは、勇気を出して彼女に勢いよく尋ねてみた。
「お姉ちゃん! どうしたの!?」
「うわあ……いやね。この人。空いている電車の最後尾でよく見かけるからさ。話したことはないけど。あっ! けど、前にその人と話してた人に聞いたことがあるんだよね……」
彼女と話している最中、東堂さんから突然メッセージが来た。
「明後日、決行が良いと思う!」
ここからが情報集めの執念場か!
そんな決意と共に夜風がそっと、ぼくたちの背中に触れる……。
「じゃあ、情報をあげるからさあ、お姉ちゃんに話してよ。全部……」
本当に怖い。よだれを垂らしながら、近寄ってくるマッドな姉さんがここにいた。逃げようとしたが、服を引っ掴まれてしまう。迫りくる好奇心という名の恐怖にぼくは、泣き叫んでいた。
「よーうーくーん!」
「うわああああああ!」