37.大騒ぎで大団円
「では、まず東堂さんに質問です」
「質問かあ。じゃあ、お姉ちゃんが答えてあげる?」
寒気が止まらない。誰か。いっそのこと、ぼくを炎の中にぶち込んでくれ。そうすれば、隣でぼくを愛撫でしてくる妃芽姉さんから逃げられるから。
「……えっと、考えてみたら私たちと陽介君のお姉さんとは初対面なんですよね。まあ、ですから連絡を取ってここで会議をやらせていただくことになりました」
「よろしくねえ。陽君にこんな仲間ができて、ワタシ幸せよおー」
「それは何よりです」
「っていうか東堂さん、姉さんといつの間にか連絡とってたのか……」
ぼくたち完全犯罪計画部は、御影宅で集会をしていた。土曜日の昼間、晴れ晴れとした夏の空気が外から入ってくる。その中、部活の行く末を話そうとする東堂さん。そこでぼくはまず、昨晩の河井さんについて説明を求めた。推理の時に吐いた暴言があまりにも普段とギャップがあるために、今でも脳内に残っている。
「ああ。アタシもそれは気になる……何で?」
「……言って……も……大丈夫?」
古月さんもぼくの意見に同意だ。姉さんは彼女のことを知らないので、のほほんとした表情でその場の勢いに身を任せている。
河井さんが東堂さんに確認を取っていた。
「いいわよ。あっ! 実際に見た方がいいわね。あの妃芽お姉さん」
「もっと気楽に。ヒメちゃんでいいわよ」
「あ、では。ヒメちゃん! ここにある小説借りますね」
東堂さんは、姉さんの本棚から推理小説を持ち出した。探偵の定番、ホームズの話だろう。河井さんはその本を受け取ると、ペラペラとページを捲っていく。
「あっ……ちょっと待っててね。河井さんには、話してあるから部活の活動について話しましょう」
「なんなの? 確か、一時休止かしら」
古月さんが東堂さんに座りながら膝を使って近寄った。ぼくも東堂さんの話が聞きやすいように近づこうとしたのだが、姉さんがぼくの前に出てしまった。
「ずるい。姉ちゃん」
「ごめんね。お膝に乗ってお話聞こうかあ」
「やだよ! 何で、お母さんなの?」
「分かったわよ。膝枕してあげるから。顔をこっちに」
「誰かあ! 助けて!」
それに溜息をつきながら、古月さんも彼女の悪戯に加担した。
「お姉さんの方が正しいことを言ってるんだから、聞いてあげなさい。世の中、お姉さんの思い通りにするのが掟よ」
「……古月さんまでええええ」
「ふふふふ」
東堂さんたちの辺り一面に笑い声が飛んだ。それにしても、河井さんは読書に集中している。彼女がい袋の緒を切らないか心配だ。あれ。それ切ったら、生命の危機に関わるような気がする。
ともかく、彼女たちに静かにするよう注意した。
「まあ……分かったわ。ごめん。ごめん。で、計画の話は」
今回の計画は蛭間氏が尚子夫人に金を返したことで、成功という話らしい。
次に完全犯罪計画部は数週間、休止とする。そんな話だった。理由はぼくたちの精神的な問題。古月さんがそれにこくんと頷くのを見て、ぼくは少し胸の内が気になった。
「あれえ。胸何か見っちゃって、どうしたのかなあ。まあ、成長期だから仲良くしてやって」
「姉ちゃん! それは違う!」
ぼくの顔が色々な事情によって、熱くなっていく。顔が赤く染まっているのだろう。胸を見ていたのは、昨晩のことを少し文章的表現で考えていてふと胸をちら見してしまっただけで、悪意とかスケベの類の意味は全くない。
「つまり、悪気はないってことね。反省する点なし、ちょっとここで完全犯罪をさせてもらおうかしら」
古月さんが指を鳴らして顔満面に黒い笑みを咲かせながら、こちらに歩いてくる。違う。完全に勘違いだ。
「東堂さあん!」
「あらあら……東堂さんの胸まで見て……」
「そうなんだ。陽介君って」
東堂さんの顔から喜と言う感情が消えた気がする。その上しっかり笑っているのだから、たちが悪い。
このまま古月さんが勝手に話を進めていく。最悪だ……。
「へええ。御影のお姉さんの胸が大きいからアタシと比較してるんだあ」
「そうなんだ。陽介君ってそんな人だとは知らなかったなあ」
東堂さん。情緒酌量はくれないのですか。このままでは、真っ先に死人が出ることになりますよ。
「さあ、ワトソン君! 悪を懲らしめなけらば、ならないのだよ」
河井さんがホームズの真似をし始めた。いや。こんな言葉は本篇にはなかったはずだ。つまり、河井さんはホームズに影響された。その本の主人公に影響された。考えてみれば本と言うと、彼女はぼくと初めて会った時も古典の参考書を読んで、こう言ったはずだ。
「紹介……うちは……河井 江並……そう申す」
彼女は読んでいる書籍に影響される人物なのだ。だからこそ、普通は「申す」なんて、今ではほとんど使われていない口語を使ったのか。すると、昨日はスマートフォンで小説でも読んでいたのかな。納得。納得。
「ああら。そんなに油断してると、心臓の一本二本はもういらないみたいね」
「誤解だ。まず心臓はそんな数え方じゃないし、二つもないし、まだ生きてえよ!」
だが、ぼくの前にいる二人の女子高生は全く納得をしていないようだ。まんまと姉さんの冗談に騙されている。詐欺の天才って……まさか……姉さんだったりしてね。
まあ、今はとにかく河井さん。声は遮られてしまうので、ぼくは「助けてくれ」とジェスチャーをする。そのジェスチャーは手を合わせて、その後に手を振った。
「ワトソン君。敵は、ワタシたちの胸に触りたいから、お願いこっちに来て。と言っているようだ!」
「違う違う違う。もう、姉さんでもいいから、弁明してくれ!」
「いやだあ。姉さんのじゃあ、飽き足りなかったの?」
まじで姉さんはぼくを殺害するつもりでいらっしゃる。
「絵里利。このエロ動画変態盗撮野郎を骨の皮まで引ん剝くわよ」
「ねえ、古月さん。エロ動画変態野郎までは認めるとしても、盗撮はやったことないよ! 東堂さん。古月さんをなんとか――」
「えっと、そしたら、処理が必要よね。……大丈夫。こんなにいるんだし、山に運んで隠蔽すれば、警察にはバレないって!」
「しまった。この人、自称サイコパスだった! ってか殺されてたまるか!」
僕は急いでその場を立ち去ろうとしたが、ベッドの足が小指に激突した。地獄の極みを経験した。もう立ち上がれない。
「陽介君。分かってるわよね!」
「そういえば、何か聞きたいことがバストサイズじゃなくて……はっ? 違う。素で間違えた! 違う違う違うっ!」
「そんな変なもの聞こうとしてたんだ? 古月さんやっちゃって!」
「イエッサー! 来世で土下座しなさあい!」
「うわあああああああ!」
壁に寄り掛かって、ホームズの真似をしていた河井さん。その顔には、微笑みが浮かんでいた。
「御影……古月……東堂……まあ、お姉さんも入るのかな? みんな……ありがとね。こんなうちを……元気づけてくれて……ふふふふふ」
街の色が全て緑に変わっていった。もうすぐ、猛暑の季節がやってくる。
これで2ndプロジェクトの本篇は終了させていただきます。
3rdプロジェクトはコメディータッチで青春ラブも兼ねたストーリーになっています。




