34.言の葉の肉弾戦
「腑に落ちない点っつうのは、携帯を持ってんのに携帯を使わないで、わざわざ現場の電話を使おうとしてたことか?」
鈴岡警部が口にした吐いた言葉によって蛭間氏は瞼を上げて、派手によろめいていた。それにも関わらず、口は達者なようで適当な反論を吐き散らしている。
「お前ら! 間抜けな推理はやめにしろ! 強盗なんだよ! 強盗がアイツを殺したんだ! わしには何の関係もない。帰らせろ! 電話なんて……」
犯人はきっと、僕から電話がかかってくる前に死体を電話の前に運んでいたに違いない。彼がその時にしていたこと、アリバイ工作の電話だ。その時に携帯電話を被害者の殺害現場に落とし、床に凹みを作り上げた。そこに血がついているということは、それが示す真実は一つ。
もう怖くない。前を向くことだけに集中をして、無心で証拠を言い当てた!
「警部さん。お願いします! きっと死体を運ぶ前にアリバイの電話をしていたはずです! 確か言ってませんでしたか? 途中で切れたと……死体を運ぼうとしたときに、落としたんじゃないんですか? たぶん、床の底についた血に気づかず、部屋に次々と凹みを……たぶん、携帯電話に被害者の血がついているんじゃないですか!」
「はっ!?」
白目で震え始めた蛭間氏のズボンに警官が飛び込み、叫んだ。
「ありました! 携帯……これにルミノールを……しなくてもどうやらズボンのポケットの中に血がついちゃってますね……うっかりしてたんでしょう」
「……違う。違う。違う。確かにアイツを殴り殺した……だが」
「何が……違うんだよ」
蛭間氏はその場に腰を下ろし、すべてを諦めたかのような白い顔をして何かを語りだした。
河井さんと東堂さんが険悪な雰囲気で僕たちの様子を窺っている。僕と古月さんは反応に困り、彼女たちから遠のいた。
「これで事件は解決よね……何で?」
「分かんないよ。さっき、何か言ってなかった?」
まだ何かが終わっていない? そんな不安が僕を覆い、座り込んでしまった。何かのキーワードが余っている?
古月さんは周りを見て目元を緩め、悲しそうな顔をしていた。たぶん、状況が彼女には読み込めず、一人置いてきぼりになっているのが嫌だったんだろう。どうしようもなく悔しかったんだろう。
その状況には関係なく、蛭間氏は自分の動機を語り始めた。アニメやドラマみたいに語るのか?
「……確かに騙したことを、世間に公表されると思って、困っていた。だが、これで殺意が固まっていたわけじゃないんだ! あ――」
「おい! 親父を殺しといて、言い訳すんな! 何だよ……人殺しがっ!」
僕たちは怒りを覚えた湯治さんを止まられない。止める資格はない。彼は蛭間氏の脇腹を大きな両手で握りこみ、今にも潰しそうな空気を醸し出していた。
鈴岡警部はその勢いに驚かされていたのか時が止まった如く、動かなかった。
「世間体のために親父を殺しやがって、こんちくしょう! 最悪だ。お前なんてなあ」
「あ……」
止まらない勢いに母である尚子夫人も絶句している。今にも、涙を流して彼を打ちのめしてしまいそうだ。この勢いのままだと、彼を殺害してしまうかもしれない。その恐怖が頭によぎった。だが、どうやって止める?
恐れと共感する悲しみで体が思う様に動かない。
「おい! 何とか言えよ!? それとも、僕に地獄に送られてえのか……」
「こんな茶番、いい加減にしろ! 飽き飽きする! 地獄に落ちるのはお前の方だよ……塩見 湯治! 親を殺しておいて、そんな罪を犯すのなら……俺がそのまま殺してやる!」
僕はその声へ直ちに反応することができなかった。ゆっくりと横を見る。古月さんの顔は硬直していた。今の声を出したのは、古月さんではない。鈴岡警部の方を向くが、彼は震える首を小さく横に揺らした。
声を発生させた人物が分かった。
空気さえも威圧する眼光を放つ東堂さん……ではなく、東堂さんのスマートフォンを手にした河井さんであったのだ。河井さんの方はいつも通り眼鏡をかけていたが、表情の方は顔が強張って――まるで怒りが爆発したような顔になって――いる。
彼女の攻めはさらに続いた。
「今回のアリバイトリックが計画できんのは、お前しかいないんだよ……」
「なんだって……それは言わない約束だったんじゃないか?」
蛭間氏を乱暴に地面にへと落とす塩見さんに東堂さんは腕を組んで、反論を咆哮する。
「こんなことになるなら、決着をつけてあげなきゃね。確かに貴方に私たちは勉強を依頼した」
「けっ……犯罪の話じゃないのか」
東堂さんに依頼を誤魔化された塩見さんは反吐を出しそうな嫌悪感あふれる顔をして、嫌味を口にした。だが、警察は塩見さんの豹変ぶりに目が行って「犯罪」の話には耳を貸さなかった。僕は心臓を抑え、動揺を隠しながら、今まで起きたことを思い出す。
そうだ。彼は自分の携帯電話の番号を忘れたり、事件現場の死体を動かしたりと不器用な男子大学生を振舞いながら、裏では狂気が滲み出る殺人犯になっていたんだ。
それに気づかなかった僕が、何となく自分が悔しい。自分で胸を大きくたたいた。しっかりするんだ!
「嘘や冗談はここまでだ。何で、僕が……それは全部たまたま……僕のおっちょこちょい、だったんじゃないのか?」




