23.睨み合いの交戦状態
「……何か、凄まじく気まずいなあ」
依頼人の塩見 湯治さん。彼に対しては話しにくいわけではない。しかし、東堂さんが彼の家に強引に押し入ったのだから、目を合わせづらい。
二人目。見たことのない女性。普通に考えれば、湯治さんの母であり被害者の妻なのだということが分かる。けれど、服装が豪華絢爛過ぎて本当にこの一軒家に住んでいるのか、不思議になってくる……ぼくは、古月さんよりも威張っていそうな女性から目を反らす。
三人目。走っている途中、ぼくを睨みつけてきた男性だ。……怪しい。今もこちらを恐ろしい形相で見ているような気がする。
そんなことを東堂さんたちに囁くと、古月さんが最初に眉をひそめた。
「……そうなんだ。アタシもあの女性に何か、嫌な目で見られたような気がする。さっき、駅前にいたときのことだけど……」
「そうなんだ」
つまり容疑者たちには、やましいことが幾つかあるらしい。
東堂さんは間を開けて、ぼくたちに話しかけてきた。
「睨まれっこよにはばかる。って言うでしょ! 大丈夫。きっと、貴方たちは世にはばかるから!」
「……憎まれっこ……世に……はばかる……意味が……まず違う」
「……もし、意味があってたとしても、そんな理由で世にはばかりたくないな……」
苦笑いをしていると、古月さんは女性の方をチラチラと見ていた。その不機嫌そうな顔にどうしたのかを尋ねてみると、案外どうでもいいことだった。
「いや。ああいう宝石との組み合わせが気に入らないわね。ルビーとかターコイズとか、サファイヤとか……さっき見たときには、真珠も首の辺りにつけてたけど。本当、宝石の使うファッションが分かっていないのよね!」
古月さん……彼女の身に着けている宝石をすべて言い当てたのは尊敬できるけど、その鼻が高そうな表情はなんなのだ……。
何か心に引っ掛かるような言葉があったが、分からない。後で考えてみよう。
殺人事件が起こって、人の命が奪われた……何だか、実感が湧かない。まあ、警察が捜査してくれるだろう。彼らは非常に優秀だ。一時間後には、犯人を警察署に連行するのだろう。そう思っていた。
暇だったので、ぼくは警官が外で簡単な話をしているのに聞き耳を立てる。何か……少しでも多く情報を!
女の人に若い男性警官が近寄る。彼女から舌打ちが聞こえたような……怪しい……早く犯人よ捕まってくれ。そう祈りを込めながら、彼女たちの話を聞いていた。
「あの……まずはお名前を」
「塩見 尚子! 被害者の妻よ! ワタクシは殺人が起こったときにあの場にはいなかった! それで十分でしょ!? ああ……まったく……他に何事もなくてよかったわ」
「そ、そうですか……ちょい薄情じゃ……」
分からない。怒りなのか、悲しみなのか。顔にこみあげてくる感情の種類が理解できなかった。夫が亡くなったのに、この焦りようは何なのだ。まるで「これ以上、|自分の都合が悪くなるから(・・・・・・・・・・・)何も聞かないで」と言っているような……。
死んでも悲しまれないなんて、本当に辛いことだろう……!成仏してくださいね。
そんな祈りを遮るように隣から暑い邪気を感じた。紫色の禍々しいオーラが古月さんから放たれている。東堂さんもその邪気に触れないよう、身を引いていた。ふ、古月さん!?
「許せないわね。あんな態度。ちょっと一発、殴ってきていいかしら」
「完全犯罪計画部の一員がこんなところで、騒ぎ起こしちゃダメ。よしなよ……」
そう言わなければ、古月さんは真っ先に容疑者に飛び込むくらいの怒りを持っていた。感情をハッキリさせて、力強い意思を……。
彼女たちとそんな話をしていると、警官は人相の悪い年よりと会話をしていた。危うく、名前を聞き逃すところだった。
「蛭間 堅蔵だ。忙しいときに呼びよって!」
目の前で警官に怒鳴りつけている男はターゲット。確か、被害者から金を騙し取った悪人なんだよな。
胸に手を当て、気分を穏やかにしてから考える。依頼人の湯治さんが嘘をついていなければ、彼も怪しいということになる。騙したことが公にされると被害者に脅されれば、不正から逃げてきた蛭間氏にとっては動機になり得る。
「……話を聞いてみると……どうやら……アリバイ……ある……みたい。蛭間氏も……尚子氏も……」
「どっちもアリバイか。河井さん。ありがとう」
彼女の注意力と集中力は大人顔負けだな……澄ました顔をして、容疑者を彼女は見る。あそこから、何が見えているのだろうか。ぼくたちとは全然違うものなのかもしれないが、どちらにしても知りたい真実は同じだ。
ぼくだって謎が早く究明されて、今運び出されている塩見さんの父親が安心できるように……したい!
その気持ちは同じだよねえ……東堂さん。古月さん。東堂さん。ねえ。
「完全犯罪計画部として、勿論、完全犯罪を作るのも仕事。犯罪をする人にとっても真実は大切なもの。隠さなきゃいけないんだから。探偵。あれが暴く。こちらは隠す。だから私たちには、隠す側の行動が探偵や警察からは違う視点でみることができるかもね! それなら、私たちも事件について考えたって損ではないでしょ!」
「その通りだね。東堂さん」
彼女が両目を瞑る。そこから、伝ってくる熱いものを受け取った。今は彼の死の真相の手がかりを掴んで、推理をしよう!
そんなとき、尚子さんの口から重要参考人の名前が挙がった。
「この家にいたのは息子でしょ。ワタクシ見ましたわ。湯治が事件が起こったとき、家にいたのを。ちょうど、出ていくところでしたから! そう。ワタクシを疑うのは筋違い……塩見 次郎を殺したのは、湯治よ!」
ぼくは全身を奮い立たせて、彼女を睨みつけた!




