22.壊されそうな精神と砕け散った灰色の日々
「さ、探すって……証拠でも探すのか?」
東堂さんの方を向いた。泥棒が綿密に家を探索しているように思える。
ぼくはその様子に慌てて、古月さんに相談を持ち掛ける。
「東堂さんは探偵ごっこでもやってるの……こんな状況で?」
「そうね。例えば、引き出しに真珠が入ってるけど……あれ。これと同じものを持ってる人をあそこで……」
この状態。古月さんは何故、落ち着いて倒れたタンスなんかを探っているんだ?
普通。驚くだろ。声が出なくなるはずだ。だって、目の前で人が殺されてるんだぞ……しかも、病気や事故ではなく、どう考えても他殺死体だ!
「……凶器……あれだよ……死体の近く……どうやら……そこの虎の置物みたい……」
「え……?」
悲しくなってくる。目に溜まった何かが抑えられそうにない。河井さんまで、何言ってるの? 彼女はリビングの入り口で動かずとも、目に映る情景を言葉にしていた。殺人現場なんて、確かめえなくてもいいって!
この古く、今でも倒壊しそうな一軒家の中でぼくは床に倒れこみ、両手で顔を覆った。こんなの現実ではない。ぼくたちがやったんじゃない。秘密を隠して、何がしたいの?
「……何が何なんだよ。ここは」
「御影! 何か勘違いしてない!?」
「へっ?」
古月さんが何の予告もせずに、ぼくの胸倉を掴んできた。歯を食いしばって、自分の身を守る。彼女の表情は、どう考えてもぼくを威嚇している……。
「あんたは何を思ってるの?」
「不自然な証拠をなくしてさ……この計画部に何の危害もないようにするためだろ……何がしたいんだ?」
「……はあ、さっきの言葉を聞いてまでそれを言う? 江並が凶器の事を話したよね。それ、こっちに何の関係があるわけ?」
分からない。そう言って顔を歪めると、彼女は掴んでいた胸倉を思い切り離した。そのせいで頭をぶつけてしまう……。
「絵里利や江並は、知りたいのよ。ここで何が起きたのか。そこにいる湯治さんのためにも。ねっ!」
ぼくは彼女が指した後ろに首を回した。廊下にいたのは、河井さんと初対面の男の人。河井さんと会話をしていたので、その会話をほんのちょっとだけ耳に入れてみた。
「……もう……警察に……電話した?」
「ああ。こっちのスマホでね」
彼は携帯電話をポケットから取り出していた。新品にはまったく見えない。もう使い古されていて、いつ発火してもおかしくないような気がする。
古月さんの言葉で少し冷静になったぼくは涙を堪えて、東堂の調査しているリビングのテレビ前まで来た。彼女は窓ガラスにひびに小さなひびが入っているのを見ながら、傷だらけの床を触っている。
「と、東堂さん……予想当たってましたね。殺人……っていう」
「当たってほしくなかったよ……絶対にダメだよ……人の命を奪うなんてさ」
東堂さんの目から光る何かが飛んでいく。
ぼくも彼女と同意見だ。その人の人生を壊していい権利なんて、誰にもない! 壊される権利だって、同等だ!
しかし、ぼくたちが調べてもいいのか……? そんな権利あるのか? もしも滅茶苦茶にしてしまったら、それでこそ亡くなった人に失礼でしかない……。
「今回の事件、私たちも少し関わってるでしょ?」
「えっと……」
東堂さんがいきなり話題を変えた……のだろうか。それは分からないが、関わった経緯なら説明できる。
ぼくたちが依頼を受け、練習のためにこの家へ電話をした。そしたら、被害者の最期の声を聴くことになった。それだけだ。
「そう。絶対に現場を触れたり、汚したりしたらダメよ。あくまで私たちはこの場所の傍観者。手を触れないようにね」
「……その割には手に血がついてますけど……」
「え?」
東堂さんの手にハッキリと血がついていた。ぼくはしゃがみ込んで、床の傷を見る。凹みを幾つか、発見できた。そこで彼女に問いかける。
「警察に任せたら……無理ですよね」
「完全犯罪計画部が今回の事件に関わってるからね。それに……」
その後が気になる。それに……そこには捜査をする理由が当てはまるはずだ。だが、ぼくはそのピースを持っていないと……思う。
まだ知らない。彼女が何によって、そこまで動かされているのか。警察が家に入るまでの捜査をしていたのは、古月さんと東堂さんだけだった。ぼくはリビングから水田ばかりの外を眺めている。
「凹みに血がついてる……きっと、ここを触っちゃったからだね」
「絵里利。被害者から出血してる量が少ない。きっと、首の骨が折れて亡くなったんじゃないかしら」
彼女たちの決意には驚かされっぱなしだ。
歯がゆい。前回起きたストーカーの一件は何とか、できたのに今回ばかりはどうにもならない。そんな自分が悔しい。悲しい。辛い。
「おい! そこの三人、なにやってる!?」
初老の男が歩いてきた。やばい。怒られる。
だけど、その声は嬉しかった。闇に閉ざされたぼくの気持ちが彼の言葉によって、スッと飛ばされたような感じがする。
「立ち入り禁止だというのに。いつもの通り、東堂は入って来たか」
「調べるためですから」
ぼくたちは彼に説教される羽目になった。当たり前の話だが。それでも、本当に良かった。まともな人が来てくれて。東堂さんの口答えから、彼女が探偵の助手(自称)だということが分かって。
そう思わないと、安心して胸を撫でおろさなければ、高校生のぼくの精神は壊れて砕けていきそうな……そんな恐怖を覚えた。
「怒られた後に安心してんの……おかしいわよ」
「おかしいのは、君たちも同じだよ……」
「まあ、確かに私たち、凄い変だったからね。いきなりゴメンね。陽介君」
「ちなみに……うちと湯治さん……外で話して……たから……怒られなかった……よかった」
容疑者として玄関の前に立たされたぼくたち四人は、警察によって集められた三人の容疑者を目にした。




