10.下着泥棒への挑発と真実への鍵
「えっと……」
もう確信できる証拠もあるから、騒ぎになる前に逃げようとした。古月さんは、それを成功させて遠くへと目をくらましたようだ。置いてかれたぼくは、どうすればいい。
目前にいる宮古とかいう男は、青ざめた顔でこちらの様子を窺っているらしい。もしかして、ぼくを口封じする機を狙っているんじゃないだろうな……。
「待って! これは勘違いなんだ!?」
そう思って、駆け足を始めるのだが、彼の大声でぼくの足は停止した。
「ど、どこが勘違いなんですか?」
「……説明するには、上がってもらうしかないから」
「えええええ……」
彼の家に入ることにした。確かに誤解されたままでは、変な噂が流れることだってある。不安になるのは、当然だ。しかし、こちらだって不安だ……。何か、危険なことをされなければ、良いのだが。
彼に言われて通った廊下の奥は闇に覆われていて、進む自分が徐々に溶け込んでいくような気がした。
「ここが……リビングですか」
絨毯がひいてあり、その上に食事用なのかテーブルがぽつんと置かれていた。別に不自然な点はない。男性の部屋なら男性の部屋でキッチリしている。塵一つもないとは言えないが、それなりに客人だってもてなせる場所だ。
「で、勘違いされたと思うんだけど。この下着……言いたくはないんだけど」
宮古さんは口を濁していたのだが、言っているうちに煩わしくなってきたのか正直に事実を伝えてきた。流石に真偽は判断できないのだが。
「この下着は何故か分からないんだけど、ぼく宛てに送られてきたものなんだよ!」
「え!? す、全てですか?」
「ああ。今日の朝、送られてきたんだよ……それで帰ってきてから、チャイムが鳴って。これが僕にどういう関係があるのか分からなかったから、尋ねようとしたら君たちがいたってわけ」
「誰が送って来たか心当たりは……」
「ないんだよ。とほほ……」
彼は頭を抱えて、この状況を考えいるみたいだ。その間に家を詮索させてもらって……台所のゴミ箱前に段ボールを見つけた。これを彼に突きつけ、下着が郵送されたときのものか確認する。彼は「ああ」と言って、その場へ座り込みテーブルに肘をついた。
「ああ。ごめんね。座っていいよ。誤解が解けるまで……ここにいて欲しい。だけど、余計な探索はやめてね」
「……ええ」
彼の視線が一瞬、赤く光ったように思えた。それに怯えて、ぼくは違う方向に首を曲げる。
「あっ……カーテン閉めさせてもらっていいですか?」
「もう時間だから、いいよ」
この窓からはアパート・田中の一階の窓が見える。敷地を区別するためにレンガが置かれてはいるのだが、簡単に飛び越えられてしまうので、この家に出入りできるものなら、誰でもアパートへの不法侵入ができることが分かった。ここからでもアパートの窓からの住民が見えてしまう……宮古さんが本当にストーカーであれば、この上なく好都合だ。盗撮し放題である。
ちなみにカーテンを閉めたのは、東堂さんがアパートの一階を訪問していたことを思い出したからである。見つかったら、大目玉を食らうどころでは済まないだろう。下手したら……クーラーもかかっていないのに、寒くて身の毛がよだった。
「ど、どうしたんだ?」
「い、いえ。こっちの私情です。それで下着ですよね……」
ストーカーに下着を郵送するメリットとして、二つ思いついた。一つは、宮古さんがサイコパスで自分で自分に下着を送りつけ、浜野先輩が自分に下着をくれたんだと妄想している説だ。彼の困りようからして、さすがにそれはないか……。
もう一つは、誰かが宮古さんを陥れるために……例えば、彼を下着泥棒にさせて。しかし、それだと郵便で送る意味がない。玄関のポストかどこかに下着を詰め込んでおけばいい話だ。
悩みが悩みを呼んで新たな混乱を招いていく。不可解なことを考えて、目が回ってきた。もうこの依頼を断ってしまおうかな……甘ったれた精神が諦めを引きずってきた。
「どうしようかあ……」
「そうだ。君、喉乾いたよね。麦茶入れるから、待ってて!」
「は、はい……!?」
そう言って宮古さんは立ち上がり台所の方に向かおうとしたのだが、最初の一歩を踏み出したときにテーブルの角へと小指をぶつけて、転んでしまった。ぼくは急いで駆け寄り、独り言を言った。
「大丈夫ですか……弓道部なのに、こんなに運動神経なくてどうするんですかね」
「いたたた……へっ!?」
「……どうしたんですか?」
彼の目が限りなく輝き、ぼくを睨んできた。
「さすがにそれを馬鹿にしてもらっちゃあ困る……」
「どこがですか?」
「僕は弓道部でも結構いい成績だったんだからな」
「へえ……そうなんですか。証拠とかあるんですか?」
「あるよ!」
「へっ!?」
彼が年上だということを忘れていたのも見下していた原因の一つだが、古月さんが教えてくれた宮古さんの平平凡凡な弓道の成績を知っていたからというのもある。生意気だな……ぼく。
そんなぼくに怒りを持ち、自分で自分の頬をつねっていると、宮古さんの姿が消えていたことに気づく。辺りを見回そうとすると、足音が近くで響いた。宮古さんだ。早いお帰りで。
彼は下着ではなく、一冊の赤いアルバムを持っていた。彼は高校生に馬鹿にされたことが気に障ったらしく、慣れた手つきでページをめくって、一枚の写真を見せつけてきた。
「こ、これは……」
「僕が一年の時、三位入賞……地区大会だけどね」
一枚の写真。それには賞状をもらって素晴らしい笑顔を見せている宮古さんが映っていたが、ぼくはその下にあった集合写真に釘付けになっていた。
「なんで彼女がそんな?」




