事件1:〜人形村殺人事件〜
出雲探偵事務所
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都内某所……
都心に程近い道路を前に、我らが事務所はひっそりと聳え建っている。
なんの変哲も無いこのビルの2階、喫茶店の上にその事務所は存在した。
白い階段を上がり、見えてくる木造の重量感ある扉には、銀のプレートに黒い文字が並ぶ。
“出雲探偵事務所”
と。
些か気味の悪い音を立てて簡単にその扉は開く。
扉の向こうには――
別に異次元に繋がっていたりとか、残念ながらそういう事は全くない。
俺はため息をつくと、意を決して部屋の敷地内へ足を踏み入れた。
「…………」
毎度毎度の事だが、探偵稼業と言うものは実に暇である。
ここまで暇だとむしろ人件費の事とか色々心配してしまうくらいだ。
そりゃ浮気調査とか一般的な依頼を受ければちょっとは忙しくなるのかもしれない。
しかしここは出雲探偵事務所。
普通の探偵事務所とは……
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ違うのだ。
だから暇なわけだが、理由はもう一つ。
事務所の責任者というか、主体である人が依頼を選り好みするためだ。
そうその人は
「ライス君」
「ぎゃああ!びびびびっくりした!
いきなり現れないで下さいよ綾無さん!」
「何を言ってるんだ?
私に気付いていなかったのはライス君だろう」
「そうですか?あ。で、なんでしょうか」
「あぁそうそう、ライス君」
「はい?」
「梅昆布茶」
「……はいはい」
そう、この人こそ我らが出雲探偵事務所の探偵、
出雲 妖その人。
出雲さんはストレートの黒髪を揺らしながらまったりと椅子に腰掛けた。
ダルそうに体を椅子に預けて梅昆布茶を待っている。
梅昆布茶は大好物らしい。
女の人だけど、口調は俺より男らしい。
背が低いから最初見たときは、本当に探偵か疑ってしまったとかは秘密だ。
「お待たせしました」
「ありがとうライス君」
「……いえ」
そう、何故か出雲さんは俺を“ライス君”と呼ぶ。
上司故に抗議出来ないでいるのだが、きっと俺の名字が
『林』
だからだろうなとは思っているけど。
「ライス君」
「なんですか出雲さん」
「暇だ」
「じゃあ仕事しましょうよ」
「それは嫌な暇潰しだな」
「じゃあ当分暇ですね」
はぁ とため息混じりにお盆を抱えて返すと、出雲さんは飲み終わった湯呑みをクルクル回しながらニヤリと笑った。
(うっわ〜…凄く嫌な予感がする…)
その様子につい口角が痙攣を起こしたかのように引きつった。
大概、この人がこういう表情をするときはロクな事がない。
「ライス君」
「はい…?」
「丁度いい暇潰しがあったじゃないか」
「は…?」
真っ直ぐ一ヶ所を見つめる出雲さんの視線の先。
そこには、一つの小包が置いてあった。
◆◇◆◇
「白い雲に青い空!流れる小川と新鮮な空気!
いや〜来てよかったですねぇ!」
タクシーを降りると、俺は思い切り空気を吸い込んだ。新鮮な空気が珍しく感じる。
「……ライス君、はしゃぐのは良いが仕事を忘れないで欲しいな」
「やだな〜忘れたりしませんよー!ははっ」
「(なんか凄く不安だ)」
眉間に皺を寄せる出雲さんを不思議に思いながら、俺と出雲さんは村への入口まで歩き始めた。
「にしても、いつこんな依頼受けたんですか?俺全然知らなかったんですけど」
「10日くらい前に宅配便で届いたのをすっきり忘れてしまった」
「すっかり、でしょう」
「そうとも言う」
なんてグダグダな会話をしていると、村の入口が見えてきた。
石造りの墓に似たそれは、黒く『人形村』と書いてあった。
「にんぎょうむら?」
「行こうか」
不安気な俺をよそに出雲さんは口元に手を添えて何かを考えているようだ。
さっさかと歩を進めながら道の先へ消えていく。
入口から伸びる道は鬱蒼とした暗い森の奥へと続き、まるで来るものを拒むかのように道は闇へと消えていく。
昼間だというのに暗く寒い森は、カサカサと蛇でも動き回っているかの様な木々の囁き声でさえ不気味で…思えば、これから起こる事件の不気味さを現していたのかも知れない――…
◆◇◆◇
「まだ着かないんですかー!?」
「そう急かすなライス君」
「急かすなって、もう真っ暗じゃないですかーっ!
どうするんですかこんな森ん中で!何か変な虫とか蛇とかいないでしょうね!?」
「案ずるな。虫や蛇くらい私が退治してやるから」
「さすが出雲総長!男前!ってちっがーーう!!俺が言いたいのは、
こんな森の中で食糧も無しに野宿なんか出来ないでしょうって事ですよ!!」
……そう。
青空にキラキラと光輝いていた太陽はとっくに沈み、今は満月を間近に控えた月が顔を出している。
一本道をどこをどうしたらこうなるのか全くもって不可思議だが、出雲さんに地図を渡した結果、俺達は見事に――それはもう見事に迷ってしまったらしい。
「ダァアア!俺は飢え死にするのかー!」
「大丈夫、骨は拾ってやる」
「うぉおおーー!!」
オーマイガッと両手で頭を抱えて悲観する俺に対して、出雲さんは平然と魔法瓶の水筒からまだほんのり温かそうな梅昆布茶をカップで飲んでいた。
「グスッ……グスッ……」
「あっ」
「な、何ですか!?」
突然声を上げる出雲さんをハッと振り返る。
対応策でも見つかったのだろうか?
そう期待した俺だったが、出雲さんから出てきた言葉は当然そんな事ではなく。
「……ぬるい」
という感想のみであった。
「ライス君」
「何ですか?梅昆布茶なら、温める事はできませんよ。我慢して飲んで下さい」
「違う。人がいるようだ」
「え?」
出雲さんに言われて、俺は指差す方へ視線を向けた。
見ると確かに木の葉の隙間から、懐中電灯だろうか?光の筋が漏れている。
「なんだ!よかった!人がいるなら助けてもらいましょうよ!おーい!!」
「……」
向こうから走ってくる光に向かって俺は手を振った。光の持ち主は木々の壁の向こうから懐中電灯?片手にこちらへ走って来ているようだった。
「おーい!お……あれ?なんだかスピード早いなぁ」
ササササ――――
「……」
さっさから出雲さんは黙ったままだ。
何か違和感を感じながら、それでも俺は手を振り続けた。
このまま飢え死にだけはごめんだ。
「おーい、こっちですよー!助けて下さぁあい!!」
俺が異変に気づくのは、それが近づいてからだった。
反応は遅かったかもしれない。
あっと言う間の事で、対応に時間がかかったのは事実だ。
ササササ――――
だって、どうやって予想出来るっていうんだ。
人だと思ってたものが、実はそうじゃなかっただなんて!
激しい木の葉の音をたてて、木々の間が割れる。
「お――――!?」
「ライス君!!」
光が一番眩しく見えた瞬間、俺と綾無さんの横を信じられない速さで通り抜けて行ったのは、
淡く光る“人”だった。
黒いフードのあるコートを被り、口に鎌の持ち手を加えて淡く光る人……。
光源が分からない。
オーラのようにふわふわと光っていた様に思う。
けれど、驚いたのはそんな事じゃない。
一番驚いたのは。
一番目が離せなかったのは。
そいつが体中血みどろで、しかも口に加えていた鈍く光る鎌が、
真っ赤に染まっていた事だった――――!!
死神。
俺にはそう見えた。
鎌を口に加えた死神。
「い、いい出雲さんッ!いまッ!!」
「…………」
「君達!ここで何をしているんだ!?」
「ギャアアアアア!!!!」
カッ!と急にライトを当てられ、しかも後ろから怒鳴られて俺は本日一番の悲鳴を上げた。
「ァアア」と森中に響き渡って、どこか遠くの方で鳥の羽ばたく音が聞こえた。
「なっ、なっ、なっ、ナンデスカアナタハ!?」
「ライス君、エセ外国人みたいな片言になってるぞ」
容赦なく綾無さんのツッコミが入るがそれを無視して俺は目の前の男をみた。
20代後半くらいの、男の人だ。
銀フレームの眼鏡に白い開襟シャツとグレーのジーンズ。
さらっとした焦げ茶の髪。
悪い人ではなさそうだ。
……よく分からないけど。
「あの、もしかして道に迷ったりしてます?」
躊躇いがちに聞いてくる男の人に、俺は乾いた笑い声しか出せなかった。
◆◇◆◇
「はは、それは大変でしたね」
目の前の湯上さんが苦笑する。
「もう笑い事じゃないですよ!俺のたれ死にするかと思いました!」
「大袈裟だな」
「元はと言えば出雲さんの方向音痴がいけないんですよ!なんで一本道で迷うかなぁ」
あれから俺と出雲さんは、この湯上孝一さんに連れられて
ようやく村にたどり着いた。
改めて道を確かめてみればなんて事はない、村は目と鼻の先だった。
「まぁまぁ良いじゃないか林君」
「ライス君だ」
「え?ライス君?」
湯上さんに、出雲さんが間髪入れずに訂正する。
ほんとは、訂正なんていれないでいい。
むしろ訂正してくれるな。
「……俺のあだ名ですよ」
ほとほと呆れつつ答えると歪さんは妙に納得した様子で
「あぁ!ハヤシとライス!なるほど」 とかなんとか言っていた。
一体いつになったら俺のあだ名は改良されるのだろうか。
今一番気がかりなだ。
「そういえば湯上さんはこの村の方ですか?」
「え?」
色素の薄いヘーゼルの瞳が不思議そうにこちらを見つめる。
「いや、なんだか訛りが無いなと思って」
「あぁそれでか…」
湯上さんの納得の声に俺は少し頷いた。
「僕はここの人間じゃないよ。余所者さ。民俗学を研究していてね。研究の為にこの家を借り ているだけなんだ。その土地を知るにはまずそこに住む人達と親睦を深めなくてはね」
「へぇ民俗学ですかー」
なんて言っても、民俗学なんてなんのことやらさっぱりだ。
「あのーっ」
「?」
俺が感心していると、玄関の扉が開く音がした
「湯上さーん!いますかー?」
続いて、玄関の方から女の人の高い声が届いてくる。
「佳奈さーん、上がっておいでよー」
「はーい、おじゃましまーす」
湯上さんが玄関の方へ頭だけ覗かせて呼ぶと、
返事と共に側の廊下を歩く足音が聞こえて直ぐ止まる。
そちらに顔を向けると、女の子がこちらを伺い立っていた。
「やぁ佳奈さん、今晩は。まぁ座って」
「今晩は。あの……湯上さん、この人達は?」
佳奈と呼ばれた若い女のひとは、おずおずと湯上さんの隣に着座しながら、俺達を見ていた。――特に出雲さんを。
「こちらは東京の人達だよ。森をさ迷っていた所を案内したんだ」
「東京から!? あっ、……じゃあ、じゃあ貴方もしかして
出雲探偵さんですか!?」
ガシッ
と勢いよく、佳奈さんは俺の手を掴んで言った。
……マテマテマテ。
「あの、俺は助手の林です。探偵は、あっち……」
俺は掴まれた両手をほどいて、おずおずと出雲さんを指した。
「えっ、えぇ!?」
佳奈さんは俺と出雲さんを交互に見比べては
「信じられない!」という表情を浮かべた。
うんうん、その反応すごく分かりますよ。(経験済み)
佳奈さんは、遂にはジッと出雲さんを上から下まで眺めた後、
最後にゴクリと喉を鳴らして蚊の鳴くような声を喉から搾り出して言った。
「ぁ、あなたが出雲 妖 探偵……?」
とだけ。
「いかにも。私が出雲 妖です。ひょっとしてあなたですか?小包を送ってきたのは」
そう言って出雲さんはテーブルに木箱を置いた。
ちょっと大きめの箱の中には、小さい人形が入っている。
出雲さんが背中の部分をいじくると、人形が手に椀を持ってコトコト音を立てながら
俺の所まで歩いてくる。
「うわスッゴい!カラクリ人形だ!」
「……確かに、この人形は私が送りました。それと言うのも、」
――――ジャキン!!
「うわぁあ!?」
「!!」
「!?」
「……ふむ」
佳奈さんの言葉を遮って俺は後方にひっくり返ってしまった。
無論ちょっとリアクションが早すぎるボケをかましたとかそういう事じゃない。
椀を取った瞬間、ジャキンと金属音を鳴らして着物の袖が裂け、刃物が人形の両袖から飛び出してきたのだ。
カッターを研いだ様な刃物のせいで、まるで人形が二刀流の侍(女の子だけど)に見えてくる。
しかしなんて危ない仕掛けだ!
もし油断していたら指や腕に傷がついたかもしれない。
「あ、あ、あの、これは一体……?」
まるで油のきれたロボットかなにかのように、ギギギとぎこちなく首を佳奈さんに向ける。
俺の視線を浴びる佳奈さんは、落ち込む様に深刻なため息をついた。
「タチの悪い嫌がらせです……。でも私、こんなことをされる覚えはありません。
それに最近妙な視線を感じることがあって――。
気になってしまって、探偵さんに送り主を探してもらおうと思ったんです。
お願いです、依頼を頼まれては頂けませんか?」
「確かに、ストーカーかなにかだったら、エスカレートするまえになんとかしておかないといけないね……僕からもお願いします。どうか、送り主を見つけてあげて下さい」
佳奈さんや湯上さんに頭を下げられて、慣れないことに俺は慌てて両の手の平を振った。
「お、お二人とも顔を上げて下さい!俺達は依頼をこなしに来たんです!今更断ったりしませんよ!」
元々出雲さんの暇つぶしも兼ねてるんだし。
……とは、勿論口に出したりしない。
「ねっ!?出雲さん!」
俺は勢いよく主賓とも言える探偵の方へ顔を向けた。
「ライス君」
「はい!」
キリッとした表情で呼ばれて、つい自分もシリアスな顔になる。
久しぶりに出雲さんの真剣モード突入の予感がした。
真剣モードと言えばもうあの事件依頼、出雲さんの真面目な表情を見ていない気がするけど。
「ライス君」
俺の思考がずれていった頭を覚醒させるように、出雲さんが漆黒の瞳でもう一度俺を呼ぶ。
「はい、出雲さん」
負けじと俺も更に真剣な顔で答えた。
「梅昆布茶入れろ」
「……はいはい」
相も変わらずマイペースな出雲さんの言葉に、
俺はがっくりとうなだれるほかになかった――――……。
<つづく>