プロローグ・夜の街へ・前編
私は部屋へと戻ると、もう一度お父様の書斎にあった歴史書を確認し、自分の推測を裏付けた。
犯人像は浮かんできたが・・・そこで新たな疑問が浮かぶ。
いったいどうやってこの街へ入り込んだのか?
目的はエイブレムからもらったこのネックレスで間違いないが・・・。
相手の手の内にエイブレムがいるとしても、なぜ私にこのネックレスを手渡したのだろうか?
エイブレムはもう私の前に姿を現さないつもりかしら・・・。
私は窓の外を見つめ、誰もいない真っ暗な世界に浮かぶ、白く輝いた月を見上げた。
アドルフへ酒場についての情報を集めるように指示をだし、情報収集に努める。
外出中にたまった書類に目を通し、急いで仕事を片づけていく。
そんな中、お兄様の友人である商人が屋敷を訪れたが、アランにかまっている暇はないと伝えると、うまくお兄様へ伝達してくれたようで、彼らに会うことはなかった。
そうして慌ただしく過ごす中、消えたメイドが屋敷へと戻ってきた。
外傷は特になく、意識もはっきりしているようだ。
メイドを応接室へと呼び、事件について話を聞くが、何も覚えていない様子のメイドは申し訳なさそうに私へと謝罪する。
そんな彼女の姿にいいのよ、あなたが無事で本当によかったわと優しく声をかけた。
泣きそうなメイドの表情を笑顔で見返していると、彼女の髪の隙間に光る青い宝石のピアスがチラッと視界に映った。
そうして露店の男から聞いた謎の男と会う日がやって来た。
私は朝から部屋へと引きこもり、夜こっそり外出する為の準備を始める。
お兄様に見つかったら絶対に止められる・・・それは何としても避けなければ・・・。
私はディナーを早々に済ませ、体調が悪いと部屋へと戻った。
メイドには迷惑をかけられないため、自分で衣装棚へと向かい、この日の為に用意しておいた、胸元が大きく開き、スカートには深いスリットが入り、体のラインがでるドレスを取り出す。
ブラウンのウィッグを一つにまとめ、派手な髪飾りを付けた。
青く輝くネックレスを首から外し、隠しナイフを太ももへと忍ばせる。
仕上げには、私だと気が付かれないように濃い化粧を施した。
さすがに一人で行くのは危険が伴う為、アランに協力を求める。
日が沈みあたりが暗闇に包まれた頃、扉を少し開け、誰もいないことを確認した後、足音を殺して裏口へと続く廊下を進んだ。
裏口の扉を開けると、ビシッと決まったタキシード姿に日ごろかけていない眼鏡をかけたアランが馬車を用意し、待機していた。
前世のホストクラブみたいね・・・、馬車が高級車に見えるわ。
私はアランが差し出した手に軽く私の手を重ねると、彼は馬車へと私を優雅にエスコートする。
馬車へと乗り込むと、ゆっくりと街の外れへと向かった。
情報通り、飲み屋街に続く裏路地のような場所へ到着すると、馬を停め、歩いて路地へと向かう。
この酒場、調べたところによると・・・貴族が何名か混じっていそうなのよね。
アランには申し訳ないけど外で待っていてもらいましょう。
薄暗い裏路地に似合わない作りの派手な店の前で私たちは立ち止まった。
私は隣を歩いているアランを見上げる。
「連れてきてくれてありがとう、アランはここで待っていて」
アランは私の言葉に驚愕したような表情を浮かべた。
「お嬢様、それは聞けないご命令でございます。私を連れていけないのでしたら屋敷へ戻りましょう」
私の手を掴み、先ほど来た道を戻ろうとするアランに私は
「アラン、私は大丈夫よ。」
アランのエメラルドの瞳をじっと縛るように見つめると、彼はエメラルドの瞳を鋭く光らせ、何か考え込むような様子を見せた後、私を掴んでいた手首を強い力で引き寄せた。
人が一人通るのがやっとのような狭い通路に引き入れられ、両手首を壁に縫いつける。
私の股の間に片足を割り込まれ、身動きが取れない。
ドレスに入った深いスリットが開き、私の足が露わになった。
突然の事に唖然としていると、アランの顔がゆっくりと私の方へ近づいてくる。
「お嬢様・・・私から逃げられないようであれば、一人で行かせることはできません」
彼の低い声が耳元に響く。
腕を持ち上げ逃げようと必死に力を入れ、もがくがビクともしない。
腕がダメなら・・・
蹴りをいれようと脚に力を入れるが、間に入ってる彼の足が邪魔をして蹴り上げることができない。
スリットから冷たい風が私の脚を冷やしていく。
暴れる私に捕まれている手首に力が入っていくのが分かった。
痛ぃっ、アランはそんな私の様子をただただ見下ろしていた。
これは本気で怒っているわね・・・まずいわ・・・。
「アラン、まって・・・」
アランは私の声を無視すると、エメラルドの奥にある暗く揺れる瞳がゆっくりと私に近づいてくる。
唇にアランの息がかかる。
私はそんなアランの様子に震えあがると、
「・・・・わかったわ・・いかないから・・・は・・なして・・・」
私は消え入りそうな声でつぶやいた。
掴まれていた手の力が緩み、彼の手が離れていく。
上目使いで恐る恐る彼の様子を確認すると、近づいていた深いエメラルドの瞳が離れ、少し寂しそうな表情を見せた後、私の視線にニッコリと微笑みを浮かべていた。
「では、いきましょうか」
少し赤くなった腕を彼は優しく撫でると、すみませんと痛々しい表情を見せながら私に謝罪をした。
私は彼の手に導かれ、細い通路から先ほどの裏路地へ出ると、
先ほどの暗い瞳はなくなり、アランはいつも通りの穏やかな雰囲気に戻っていた。