プロローグ・帰ってきたお兄様
「お兄様!」
私は人込みで溢れる街を駆け抜け、お兄様へと抱きつく。
海のように深く青い髪に、優しい茶色の瞳で私に優しく微笑みかけると、ただいまとそっと耳元で囁いてくれた。
2年ぶりのお兄様の存在に、自然と顔が綻んでいく。
お兄様の姿に久々に会えた喜びを伝えると、私の頭を優しくなでた。
お兄様はゆっくりと私から体を離し、3人組の商人らしき人物たちへと視線を向ける。
あら、お知り合いのようね。
彼らは学園に通っているお友達なのかしら?。
彼らとお話があるんだ、いいかな?と問いかけるお兄様に笑顔で頷き、私は彼らを残して次の視察場所へと足を運んだ。
次に私が訪れたのは自分が経営している剣道場の一つだ。
この剣道場では将来警備兵や騎士になるための剣術を学べる場として、多くの少年や青年が通っている。
そこでは今日も剣術を学んでいる生徒がたくさん集まっていた。
剣を打ち合う音や、体力強化のトレーニングを行っているのであろう掛け声が響く。
当初は、屋敷へ剣の先生をよびアドルフと練習をしていたが、警備兵や王都で騎士を目指したい子供たちのために、剣道場を結成してからは、私たちもそこで剣を学ぶようになった。
数年前に剣術の勉強を終了した今も、私は週に一度はここへ来ることが日課となっていた。
剣が鈍らないように、本当は毎日鍛錬に励みたいが、領主の仕事やギルドの仕事をしているとなかなか時間を作ることができない・・・。
私は剣道場の門を潜ると一礼し、掛け声が聞こえる広場へと向かった。
「ようこそいらっしゃいました、お嬢様」
いつものように、アドルフのお爺様が私を優しく迎い入れてくれる。
私も笑顔で挨拶に応えると着替えの為、場所を移した。
私は更衣室へと向かい、ブラウンの髪を束ね、スカートから動きやすいズボンへと履き替える。
着替え終わると、木刀を握りしめ、また広場へ戻っていった。
広場へ着くと、いつものように中央まで歩き騎士の礼をとる。
後輩たちの剣術の練習相手となるため、そして剣術を鈍らせないため、私は剣を構える。
そんな私の姿に剣術を学んでいた学生たちが、野次馬のごとく現れだした。
「ふぉふぉふぉ、今日の相手は儂の一押しの坊主じゃ」
騒がしい広場の中、中央へと歩いてくる一人の青年の姿があった。
まだあどけなさが残る青年が、私の正面へたち騎士の礼を行う。
「始め!!!」
私は少年へ身を低くし走り寄る、少年は私の剣を交わし重心をこちらにかけてきた。
重い・・・、私はその剣を軽くいなすように、重心をそらし彼の剣を受け流す。
受けながされ剣は、バランスを崩したことにより彼の体は前のめりへ傾いていく。
私はその隙に、彼の背後に回りこみ、剣をたたきつけた。
彼はその行動を予測していたのか、素早く振り向くと、私の剣を薙ぎ払おうと剣を振りぬいた。
まずいっ!
私はたたきつける剣先をずらし、地面へ剣をつけるその力を利用しながら彼から一歩下がると、薙ぎ払われた剣の剣先が私の髪をかすった。
態勢を立て直し、次の一撃で必ずしとめるため、私は剣を構え直す。
二人とも離れた場所で、肩で息をし向かい合っていると、
「そこまで!!!」
との声が広場に響いた。
私は剣を腰へ戻し、ありがとうございましたとお互いに握手を交わす。
剣ダコのできた手を握りしめ、騎士の礼をとり、私たちは広場を離れた。
あそこで決められなかったのは惜しいわね・・・。
腕と足を重点的に鍛え、早く剣を振りぬけるようにしないといけないわ。
先ほど対戦した反省点を考えながら、額に流れる汗に私は水場へと向かう。
水場には誰もおらず、私は水が噴き出す場所へ頭から突っ込み、火照った頬を冷やしていく。
冷たくて気持ちいいわ。
「相変わらずだね」
水の中に微かに聞こえた知った声に振り返ると、そこにはお兄様とその他3名がたっていた。
「お兄様!?どうしてここに・・・?」
お兄様はどこから取り出したのであろうか、手に持っていたタオルで私の頭を優しく包み込む。
驚きで目を丸くした私に、お兄様はニッコリと微笑んだ。
あぁ、お兄様の笑顔はいつみても癒されるわ。
自然と私も微笑みを浮かべお兄様を見つめていた。
戦う女性は初めてみた・・・
無表情な赤い目の男の呟きは、タオルで頭を揉みくちゃにされている私の耳には届かなかった。
この姿を彼らに見せるのはいやでしたのに・・・、とお兄様へ呟くと、彼は私の髪を拭きながらごめんね、と困った様子を見せる。
ふと遠くからザワザワと、話声が近づいてくる。
タオルの隙間から騒がしくなる声に視線を向けると、水場に先ほど剣を合わせていた少年や、鍛錬をしていた青年たちが休憩の為か・・・・集まってきていた。
騒がしくなる水場で私はハッと意識を取り戻し、今の服装を確認する。
お客様の前でこの格好はダメだわ・・・。
私、着替えてきますわとお兄様へ伝えると、急ぎ足でその場を後にした。
私がいなくなった広場では、さらに剣の鍛錬を終えた生徒たちが集まり、談笑に花を咲かせている。
そんな中、自称商人3人組とルーカスは彼女の去っていく方向を眺めていた。
「君がそんな風に笑うとこを初めてみたよ」
その言葉にルーカスは苦笑いを浮かべ、プラチナの男を見据えた。
「彼女は本当に聡明だ、普通の令嬢達とは違う・・・ますます王都に呼びたくなったよ」
「彼女の戦う姿は、とても美しかった・・・」
「僕の怒った姿にも動じない彼女ともっとお話ししてみたいな、いいでしょ?お・に・い・さ・ま」
そう話す商人たちに兄は深いため息を吐いた。
「はぁ・・・君たちには僕の妹と出会ってほしくなかったんだけどね・・・」
ルーカスはそっと頭を抱えると、楽しそうに笑う彼らの様子に目を向けていた。
やっと短編に追い付きました(ノ_<。)